駒の流儀・第32部 解決編

第156章「名人審議委員会の力量」

 丸潮新次郎といえば、<犬神家の一味>や<悪霊橋>など主として探偵物の映画を得意としている巨匠の1人であった。
  もちろん現代劇だけではなく、時代劇の作品も何本か撮っている。 

  その有名監督が、殺人事件の謎解き役を買って出たのである。

喝采賢介委員 「ちょっと待って下さいな。殺人事件のほうに移る前に、流儀書の内容の提示にどういう意味があったのかくらいは、知りたいですなぁ」

         駒音探偵団を代表した形で、ワトスンが名探偵に詰問してきた。

       暇名小五郎 「わかりました。その点については、怪人60面相本人しか分からないことではありますが、私なりの推理でお答えしましょう。丸潮さん、よろしいでしょうか?」

 丸潮新次郎委員 「かまいませんよ。私も是非、知りたいことだからね」

       殺人事件の解明に意気込んでいた丸潮委員だったが、あっさりと同意した。

       暇名小五郎 「では、少し時間を頂きます。怪人60面相の犯罪の動機は、復讐だと申し上げました。彼は、憎い父親の敵である暇名小五郎に、いかなる方法で復讐しようかと計画を練っていたのです」

 湯川慶子委員 「執念深い男よね」

       暇名小五郎 「はい。彼の狙いは、暇名小五郎を完膚なきまでに打ちのめし、現在の地位や名声を地に落とすことでした」

 大吉三郎委員長 「親の敵討ちなら、そのぐらいは考えるでしょうなあ」
 

       暇名小五郎 「ちょうど計画を考えているときに、闇の棋士事件を暇名が解決したことを知りました。プロ棋士でもある彼には、得意の将棋と関連付けて、暇名探偵の鼻を明かすことが最善の方法だと考えたのは、当然の成り行きです」

不利舎耕介副委員長 「それはそうだな。自分の得意分野で勝負すれば、一番失敗が少ない」

     暇名小五郎 「そこで、子供の頃に見た<駒の流儀書>を利用して、事件を起こすことを思いつきました」

喝采賢介委員 「ふむふむ。そこで、秋田県というわけですな」

      暇名小五郎 「はい。彼が、秋田県の上小阿仁村から巻物を盗み出したのは、実際に暇名小五郎と対決する際に、リアリティをもたらすためであり、欠かせない小道具だったのです」

 筒井村重本部長 「つまり、この世に存在しないような、単なるこけおどしだけの小道具や設定では、暇名探偵に対抗できないということですか?」

       暇名小五郎 「そうです。できるだけ本物に近く、盗難の被害者の品物も、棋士たちの共通点も実際のものでなければなりません」

丸潮新次郎委員 「なるほど。本物の共通点を提示することによって、暇名さんに推理の手掛かりを与えたのですね」

  湯川慶子委員 「そういうことなのね。でも、私たちには共通点の謎は解けなかったわ。悔しいわねえ」

        暇名小五郎 「そのために、わざわざ上小阿仁村まで行って、巻物を盗んできたのですが、もちろん流儀書に書かれている内容は、全て怪人60面相による創作でしょう」

大橋宗雪理事長 「うむ。流儀書自体は、実際にある本物だが、中身は作り話ということか。何が書いてあったのか、知りたいものじゃのお」

      暇名小五郎 「したがって、歩から飛車までの心得などは、無かったと思います。ただ、もっともらしく<駒の流儀>の心得にしたがって、盗難事件を惹き起こし、最後に暇名小五郎と対決するという計画でした」

大吉三郎委員長 「最後に最も大きな打撃を与えるために、途中に餌をまいておいたのですな」

       暇名小五郎 「はい。その最後の挑戦は、どのようなものだったのかは、本人以外には知る由もありませんが、暇名小五郎を引退に追い込めるほどの難問であったろうことは、想像に難くありません」

湯川慶子委員 「そうよねえ。親の敵討ちなんだから。殺人事件が起きなかったら、暇名さんが負けていたかも知れないわね」

       暇名小五郎 「はは。仰るとおりです。命拾いをしたのかも」

       こうして、怪人60面相の流儀書事件については、ひとまずの決着をみたところで、あらためて仕切り直しの形で、丸潮委員の再登場となった。

丸潮新次郎委員 「さて、名人審議委員会は、闇の棋士事件で大恥をかいております。私としては、殺人犯を暴き出して、名人審議委員会の存在意義を示したいと思っています」

       暇名小五郎 「そうですか。もちろん文句はありません。私たちと目的は同じですから」

      丸潮委員は、功名心からではないことを強調していたが、本音は不利舎耕介に対する対抗心であることは、ミエミエだった。

 丸潮新次郎委員 「ではお許しを頂いたので、私が連続殺人犯の正体に迫ってみせましょう」

      これからは、窃盗犯ではなく、殺人犯だけに周りも緊張からか、静かになった。
  

      暇名小五郎 「確認しますが。連続殺人・・・ですね?」

丸潮新次郎委員 「そうです。連続殺人事件というからには、この3件の殺しの犯人は1人です。つまり、同一人によって、次々に殺人が繰り返されました」

  湯川慶子委員 「そうね。3件の殺しは、相互に関連があると思うから、やっぱり単独犯ね」

       単独犯人説は、暇名探偵をはじめ、全員異論が無いようだった。

丸潮新次郎委員 「ポイントになるのは、やはり、最初の殺人でありましょう。この最初の殺人の犯行動機を解明することこそが、解決の近道になります」

     大橋宗雪理事長 「と言うことは、第2、第3の殺人の動機は、あまり重要ではないということなのかのお?」

丸潮新次郎委員 「その通りです。第1の殺人には、はっきりと殺すための理由が存在していました。殺すための目的があったということです」

       喝采賢介委員 「ふむふむ」

 丸潮新次郎委員 「ところが、次からの殺しは、第1の殺人の副産物として、しかたなく生じたものです」

       筒井村重本部長 「うむ。言いたいことは分かる。私も同意見だ」

丸潮新次郎委員 「要するに、第1の殺人が無ければ、第2、第3の殺人も無かったという関係にあります。被害者たちは、第1の殺人の真相に迫ったために殺されたからです」

       仁歩犯則書記長 「そうでしょうね。よく分かります」

丸潮新次郎委員 「では、第1の殺人の動機は何だったのか?」

       湯川慶子委員 「それが問題よね」

    喝采賢介委員 「そうそう」

丸潮新次郎委員 「ご存知のように、被害者は毒物をビールに混入されて、それを飲んで亡くなっております。しかも、自分が経営する店の中で死んでいます」

          大吉三郎委員長 「たしか、客が来て、従業員がみんな帰った後に、その客と2人だけで飲んでいたんだったね」

 丸潮新次郎委員 「いかにも。その通りであります」

     丸潮新次郎は、映画監督らしく、やや大袈裟にみえるポーズをとった。
      名人審議委員会の力量が、今まさに問われていた。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 月, 10/18/2010 - 12:43 categories [ ]

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駒の流儀・第32部  第160章

第160章「切り札」

 筒井村重から、バトンを受け取った不利舎耕介は、言わずと知れた名人審議委員会の切り札である。
   その颯爽とした登場ぶりに、見ている者にとっては、どんな難事件でも解決するであろうという期待感が溢れていた。

     不利舎耕介副委員長 「皆さん。この事件の奥底には、多くの謎が潜んでいました。暇名小五郎君が、怪人60面相の正体を暴いたのは見事です。しかし、私もただ手をこまねいて見ていただけではありませんよ」

湯川慶子委員 「あら、そうなの? どこかの温泉で、いい思いしてきたんじゃなかったの?」

   不利舎耕介副委員長 「い、いったい何の話ですか?」

周欲富店主 「アイヤー! 隠すことないアルよ。アチと中山温泉で混浴露天風呂に入ってたアル。あの時の女、どうなったアルのか?」

      不利舎耕介副委員長 「な、ななにを言い出すんですか。そんなこと今は関係ないですよ」

周欲富店主 「アイヤー!誤魔化すつもりアルね」

      不利舎耕介副委員長 「いい加減にして欲しいね。今は、殺人事件の謎解きをしているんだ。協力してくださいよ」

周欲富店主 「アイヤー!わかったアル。アチが推理するアルよ。えー、さつじん鬼は、猫面忠治アル。ホントは、生きてたアルのヨ。猫面夫妻は共犯アル」

  湯川慶子委員 「あら。このヒト、面白いこと言うわねえ。猫面忠治さんが生きてたんですって?」

周欲富店主 「ホントのことアルよ。えー、忠治は殺人狂で趣味でやってたアル。2人の友達なんかは、はじめっからいなかったアルね。猫面夫婦は、息子の犯罪を隠してるアルのヨ。しぇいシェィ」

     不利舎耕介副委員長 「ははは。夢でも見てるのでしょう。無視して続けさせていただきます」

     不利舎は、相手にならず話を続けようとした。

葱巣鴨輔 「すみませんが、私の話も聞いて欲しい」

           なかなか先に進めない。

  湯川慶子委員 「こんどは、なあに?」

葱巣鴨輔 「昨夜、リレー将棋を見ていたら、リレー殺人という言葉がひらめきました。藁人形を山岡が殺し山岡を越中が殺す、というように順繰りに殺す、という趣向ではないのかとね」

       またまた変なのが現れたようだ。

   湯川慶子委員 「それで?」

葱巣鴨輔 「それでですね、藁人形茂幸->山岡鉄収->越中褌、5,4,3と名前が1文字ずつ少なくなっていくのも何かのヒントではないか?と、考えるわけです」

    湯川慶子委員 「じゃあ、越中さんは誰が殺したのよ?」

葱巣鴨輔 「はい。越中を誰が殺したかですが、これは自殺であろう。何故かなら、2文字の登場人物はいないからですよ」

       誰かが、救急車を呼んだらしく、係員の手によって、両名とも病院に運ばれた。

      不利舎耕介副委員長 「さっぱり先へ進めませんなあ。そもそも、この事件の出発点は、怪人60面相の事件と同じく、秋田県の上小阿仁村にありました」

     和製ポアロの大吉委員長からみても、不利舎ホームズは頼もしく映っており、必ずや、汚名を晴らしてくれるものと期待された。

      不利舎耕介副委員長 「その村の、猫面尺治氏の長男忠治氏は、すでに他界しておりますが、忠治氏がまだ中学生の時、2人の仲間がおりました」

湯川慶子委員 「さっきの人が、忠治君は生きてるって言ってたけど、気にしなくてもいいのね?」

       不利舎耕介副委員長 「当然です」

喝采賢介委員 「その2人が、さきほど湯川女史が指摘した<ゆきちゃん>と<バイトの仲間>というわけですな。うんうん」

   不利舎耕介副委員長 「私も遅まきながら、暇名小五郎君と、ほぼ同じ道筋を辿ってきたようです。そのもう1人の少年は、当時の新聞配達仲間の間では、<キョーシロウ>と呼ばれていました」

湯川慶子委員 「眠り狂四郎ね」

不       利舎耕介副委員長 「なぜ、その少年が、そう呼ばれるようになったのかは、ひとまず置いて、先にこの殺人事件が起きた背景、全体像を把握する必要があります」

大吉三郎委員長 「そうだね。それが、最も肝心なところだ」

      不利舎耕介副委員長 「先ほど筒井氏は、第2の殺人事件つまり<山岡組長殺し>が本線だという見方をしていましたが、私は順番どおりに考えるべきだと思います」

 仁歩犯則書記長 「丸潮委員と同じく、<藁人形事件>が本線だと言うのですね」

       不利舎耕介副委員長 「そうです。そして、目撃者の証言どおり、居酒屋で藁人形オーナーと酒を一緒に飲んだ人物が、殺人犯に間違いないのですよ」

 大橋宗雪理事長 「問題は、やはり動機じゃのお」

         不利舎耕介副委員長 「その動機は、ずばり恨みであります」

喝采賢介委員 「ほほお。恨みねえ」

     不利舎耕介副委員長 「それも、どちらかというと逆恨みというやつです」

 今陣孝太郎管理人 「うむ」

       不利舎耕介副委員長 「殺された藁人形茂幸氏は、近々婚約者と式を挙げる予定でした」

湯川慶子委員 「そのことは聞いてるわよ。相手の女性は、とても美人のようね」

       もちろん、湯川慶子女史も大変な美人だった。

      不利舎耕介副委員長 「殺人者は、その婚約者の女性に横恋慕していたのですよ」

      和製ホームズは、冷静沈着。淡々と推理の膳を運んでいた。

  今陣孝太郎管理人 「ほお。恋愛も絡むのか」

        不利舎耕介副委員長 「はい。視点を変えて、この事件の発端まで遡ってみますと、この事件の鍵になるのは、怪人60面相と名乗って送られてきた挑戦状であります」

 大吉三郎委員長 「うむ。まさにそうだ」

         不利舎耕介副委員長 「その挑戦状は、金の流儀までは暇名探偵宛に送りつけられていたのですが、王の流儀では、赤外線警視総監宛に届きました。これは明らかに異変であります」

筒井村重本部長 「そうだ。そのことは私も不思議に思った」

      不利舎耕介副委員長 「暇名小五郎君が、怪人60面相の正体を明かしましたが、その動機は、父親の復讐だと言いました。しかし、偽者の怪人60面相は、そのことを知らなかったために、別に誰に送っても構わないだろうと思って、殺しの予告を警視総監宛に送ったのですよ」

 喝采賢介委員 「うんうん。よくわかる」

大橋宗雪理事長 「なるほどのお。ところで、あの脅迫文だが、なぜ偽者は同じ文章を書けたのかのお?」

 喝采賢介委員 「うんうん。当然、どこかで見たということになるはずですなあ」

      不利舎耕介副委員長 「当然の疑問です。あの時点で、我々将棋関係者や捜査関係者以外で、怪人60面相から来た手紙を見ることが出来た人物が、1人だけいるのです」

 

駒の流儀・第32部  第159章

第159章「跡目候補」

 関東連合会の司令塔筒井村重は、兄弟分であった山岡組長を殺害したのは、若頭の小茶園猛だと指摘した。
   この発言には、集まっていた山岡組の組員たちも唖然とするばかりであった。

弐吐露隆若頭補佐 「筒井のおじき。いくらおじきでも言っていい事と悪いことがある。違ってたら容赦勘弁できねえ」

     現在は、若頭の地位まで昇りつめて、いずれは組長になると噂されている弐吐露隆が、小茶園を庇った。

        筒井村重本部長 「弐吐露よ。私は事実を言っただけだ」

弐吐露隆若頭補佐 「ふざけんじゃねえ!若頭が組長を殺すはずがねえ。なんかの間違いに違いねえ」

     弐吐露の思いは、全組員の思いだった。
    

      筒井村重本部長 「気持ちは分かるが、冷静になれ」

弐吐露隆若頭補佐 「まったく馬鹿げてるぜ」

      小茶園の弟分だった弐吐露にしてみれば、考えられないことであった。

大吉三郎委員長 「筒井さん。小茶園若頭が犯人だとすると、殺害の動機は、いったいなんだと言うのかね?」

     筒井村重本部長 「この殺人の動機は、小茶園若頭と私の2人にしか分からないことです」

 湯川慶子委員 「あら。意味深なこと言うわね」

          筒井村重本部長 「私と山岡組長は、子供の頃からの遊び仲間で、よく酒を一緒に飲みに行ったりもしました」

湯川慶子委員 「仲が良かったのね」

      筒井村重本部長 「いつだったか、2人でクラブに飲みに行ったときに、山岡は、俺の後継者には若頭補佐の弐吐露隆にするつもりだと言っていました」

     読者の記憶にもあるだろうが、3人の若頭補佐のうち、山岡組長が最も目を掛けていたのが、弐吐露である。

小茶園猛若頭 「何を言うかと思ったら、そんなことか。たしかに組長は、弐吐露を可愛がっていた。それは組の者なら誰でも知ってる!」

      若頭は、目の前のテーブルを思いっきり叩いた。なかなかの迫力である。

     筒井村重本部長 「若頭。私にそんな脅しは効きませんよ。常日頃から、あなたは山岡組長に反感を持っていた。山岡組長は、表面には出さなかったが、高校中退だったので、大学でのあなたを疎ましく思っていたのです」

       筒井はクールな男だ。あくまでも冷静に話す。

    筒井村重本部長 「それで、何かにつけて山岡組長は、小茶園若頭ではなく、若頭筆頭補佐の弐吐露隆を重用するようになったのです」

喝采賢介委員 「うんうん。若頭としては、面白くはないですなあ」

    筒井村重本部長 「それでも、今まであまり文句も言わず、忠誠を誓ってきたのですが、跡目を弐吐露隆にと考えていると聞かされて、逆上したのです」

今陣孝太郎管理人 「なるほど。筋道は通ってるな」

     筒井村重本部長 「そして、山岡組長を亡き者にする絶好の機会が訪れました。それが、怪人60面相による一連の盗難事件だったのですよ」

 大吉三郎委員長 「しかし、怪人60面相の偽者が、<王の流儀>によって断罪するとした脅迫文は、本物と変わらない文体構成だったが、小茶園若頭がどうして、その文章をまねることが出来たのだろうか?」

  不利舎耕介副委員長 「その点については、私も同じ疑問を持つが。説明して欲しいねえ」

      筒井村重本部長 「ご尤もです。そのことについては、我々関東連合会にも責任があります。怪人60面相の事件が発生してから、なにかと山岡組の協力を仰ぐために、情報を提供してきたのです」

湯川慶子委員 「それで、例の挑戦状も見せたのね」

       筒井村重本部長 「そうです。こういう結果になることは、想定外でした」

 仁歩犯則書記長 「本部長だけのせいではなく、私も同罪です。組の関係者は全員知っています」 

喝采賢介委員 「うんうん。困ったもんですなあ」

   今陣孝太郎管理人 「じゃあ、あくまでも小茶園若頭による、山岡組長殺しが基本線にあって、第1の殺人はおとり、第3の殺人は防御のためというわけですな」

小茶園猛若頭 「ふん。馬鹿馬鹿しい」

      筒井村重本部長 「若頭。そうやって白を切るのもいいですが、これ以上は隠し通せませんよ」

     これにて一件落着の声が掛かるはずだったが、聞こえてきたのは、寅金警部の意外な言葉だった。

寅金邪鬼警部 「筒井さん、大変貴重な推理を展開してくださいましたが、申し訳ないことに、小茶園若頭が殺人犯であるはずは無いのです」

     筒井村重本部長 「おや。寅金警部、なぜでしょうか?」

 寅金邪鬼警部 「実は警察も、山岡組長殺しの容疑者として、小茶園若頭をマークしておりましてね、詳しくアリバイを調べていたのです」

       さすが天下の警視庁である。小茶園若頭も捜査圏内にいたのだった。
 

天然流誠捜査官 「山岡組長が殺害された当日の同時刻には、新宿の麻雀荘にいたことが確認されています。証人も多勢います」

       思いがけず、警察によってヤクザの無実が立証されてしまった。

小茶園猛若頭 「筒井よ。だから言わんこっちゃねえんだ。謝るぐれえじゃすまさねえぞ」

  湯川慶子委員 「でも、それならそうと、アリバイがあるなら早く言いなさいよ。意地悪な男よねえ」

小茶園猛若頭 「はっははは。確かにそうだが。筒井の奴が、どんなことを言い出すのか聞いてみようと思ってな。ははは」

       勝負がついた。筒井村重の負けである。

不利舎耕介副委員長 「筒井さん。猿も木から落ちるですなあ。ま、気を落とさずに。私が仇を討ちますから」

      ついに、名探偵暇名小五郎の最大のライバル、和製ホームズの登場である。
     現在、推理作家協会副会長であり、名人審議委員会の副委員長も務めている不利舎耕介は、横溝正史の再来とまで呼ばれている男だった。

     筒井村重本部長 「不利舎さん。どうやら失態を演じてしまったようですな。後はおまかせしますので、宜しくお願いしますよ」

    こうして、バトンは最終走者に渡された。

  なお、この小説は、第170章で完結する予定である。

駒の流儀・第32部  第158章

第158章「恐ろしい人物」

 馬得騒造が殺人犯だとする丸潮新次郎の説は、なかなかの説得力があったのだが、同じ名人審議委員会のメンバーの中から、その主張に疑問を抱く者が出てきた。

不利舎耕介副委員長 「名人審議委員会の一員としては丸潮委員を応援したいのだけれど、馬得店長では怪人60面相の手口をまねて“王の流儀”による犯行予告を出すことはできないであろう」

      大橋宗雪理事長 「ほお。どうやら、名人審議委員会の意見が統一されていないようだのお」

 丸潮新次郎委員 「不利舎さん、それはどうしてかな?」

      不利舎耕介副委員長 「うむ。犯人は怪人60面相の手口を知っている人物でなければならないということだ」

 喝采賢介委員 「うん。うん」

      不利舎耕介副委員長 「したがって犯人になり得る人物とは日本将棋連盟に属する人物、または合同委員会に属する人物、或いは警察で怪人60面相の捜査に当たっている人物に限られるのでは無いだろうか」

今陣孝太郎管理人 「なるほど。そのとおりだな」

     不利舎耕介副委員長 「尤も、暇名小五郎氏とか温対記者ならその手口を熟知いると思うのだが」

    笑いでごまかしながらだったが、案外、不利舎耕介の本音のようにも聞こえた。

温対記者 「不利舎先生、そんな。冗談でもひどいなあ」

    筒井村重本部長 「ははは。ま、温対さんも気を悪くしないことです。不利舎さんには悪気は無いのですから」

    

 誰もが、馬得店長の犯罪を信じて疑わなかったのだが、不利舎耕介に続いてもうひとり、馬得犯人説を覆す人物が登場してきたのである。

     筒井村重本部長 「丸潮さん。あなたの説明は見事でした。本来なら拍手を送りたいのですが、遺憾ながら馬得店長は犯人ではありません」

丸潮新次郎委員 「ほほお。関東連合会の本部長さんが、馬得店長ではないと言うのですね。では、理由を伺いましょうか」

     悠然と登場してきた筒井村重は、横浜関東連合会の本部長であり、大橋宗雪理事長の片腕として屋台骨を支えてきた。
      その手腕は、大橋も一目置くほどであり、後ろ盾には暴力団山岡組がいることもあって、恐ろしい人物との評価を受けていた。

    筒井村重本部長 「実は我々連合会も、一連の殺人事件には関心があって、独自に調べていたのですが、馬得店長の話は狂言ではなく、事実であります」

丸潮新次郎委員 「事実だと? 根拠があるのですか?」

     筒井村重本部長 「あります。相撲部屋の力士が、馬得店長が説明したとおりの人相の人物を見ております」

 寅金邪鬼警部 「もう少し、具体的に」

         筒井村重本部長 「はい。あの夜、先輩力士からコンビニに使いを頼まれた序の口の若い力士が、たしかにその人相の人物が、居酒屋<こまおと>から出てくるのを目撃しています」

丸潮新次郎委員 「し、しかし。それならなんで今まで黙ってたんだね?」

       筒井村重本部長 「疑問をもたれるのは当然です。関東連合会の関係者が、放駒部屋の後援者でしてね、その関係で偶然分かったばかりです」

後呂記者 「でも、今頃になってそんな」

     筒井村重本部長 「その若い力士は、連日、稽古するだけで精一杯で、新聞なども読まないし、居酒屋の事件については全く知らなかったのですよ」

喝采賢介委員 「うんうん。そういうこともあり得るなあ」

   筒井村重本部長 「したがって、馬得騒造氏の証言は事実であり、容疑者とはなり得ないのです」

      こうなってはまさに、丸潮委員の完敗だった。

丸潮新次郎委員 「うーむ。認めましょう。面目ない」

   馬得騒造店長 「だから、わしやないて言うたんやないか」

   勝ち誇った馬得店長は、満面得意顔であった。

湯川慶子委員 「じゃあ、誰が殺人犯だって言うの?」

      筒井村重本部長 「実は、今だから言いますが、一時は丸潮監督が真犯人ではないかと疑ったときもありました」

丸潮新次郎委員 「え! 私が? なぜ?」

     筒井村重本部長 「はは。もちろん今は、そんなことは思っていませんがね。あなたの東北訛りが、ずっと気になっていたのですよ」

     読者の中にも、筒井と同様に東北訛りを気にしていた方もいるようだが、作者も意地悪な書き方をしたものである。

 丸潮新次郎委員 「ああ、そういうことか。子供の頃、ほんの1年間だけ青森に住んでいたからね。そんなことで、私を疑ったのかね」

      筒井村重本部長 「はは。丸潮さんには、動機も無いし、年齢から考えても、犯人では無いことは分かってますよ」

大吉三郎委員長 「うむ。委員会のメンバーが犯人のわけは無いからな。それで、筒井さん。いったい殺人犯は誰なんだね?」

        筒井村重本部長 「では、ずばり言いましょう。連続殺人犯は、山岡組の小茶園若頭です」

     筒井が指差したのは、山岡組の小茶園猛だった。現在は、山岡組の組長になっているが、当時は山岡組長の右腕であり、筒井村重とも親交があった。

小茶園猛若頭 「なんじゃとお! おい、筒井。いったい何のまねだあ」

      こんどは、小茶園若頭が怒鳴り声を発した。

 小茶園猛若頭 「なんで俺が、組長を殺らねえとなんねえんだあ。間違いでしたじゃすまさねえぞ。わかってんだろうな、こらあ!」

    湯川慶子委員 「でも、どうして小茶園さんなの?」

        筒井村重本部長 「今は組長になってますが、山岡の兄弟と紛らわしいので、若頭と呼ばせてもらいますよ。小茶園若頭が、居酒屋の藁人形オーナーを殺害したのは、あくまでも本命である山岡組長を殺すための、おとりだったのですよ」

丸潮新次郎委員 「本当の狙いは、山岡組長の殺害ということですか?」

       筒井村重本部長 「ええ。小茶園若頭は、ヤクザとはいっても大学まで卒業したインテリでしてね。非常に頭の切れる男です」

湯川慶子委員 「そうねえ。頭も良さそうだけど、顔もいいわね」

      俳優の菅原文太似の、苦みばしった二枚目である。

  喝采賢介委員 「うんうん」

      時々関係ないことを言い出すのが、女性の特徴でもあるが、それを煽って迎合する喝采委員の無責任ぶりは、他の参加者たちの非難の視線を浴びていた。

     筒井村重本部長 「若頭は、怪人60面相の事件を知っていました。将棋のプロ棋士が、次々に被害に遭っていることも十分、計算に入っていたのです」

    もう少し喚くかと思われた小茶園若頭は、案外静かに聞いていた。
     騒ぎ立てることが、逆にマイナスになることを心得ている。さすがに、頭は良い。

      筒井村重本部長 「そこで、怪人60面相の事件の中に、殺人事件をはめ込んで、容疑を怪人60面相に向けさせようと考えたのです」

今陣孝太郎管理人 「それが本当なら、とんでもない悪いやつだな」

      筒井村重本部長 「そうです。彼にとっては、1人殺すも2人殺すのも同じで、先にダミーである藁人形茂幸氏を殺害してから、本命の山岡組長を殺したのです」

小茶園猛若頭 「よくそんなことを考えつくもんだなあ。感心するぞ」
 

       小茶園若頭は、平然と薄ら笑いを浮かべていた。
 

駒の流儀・第32部  第157章

第157章「目撃証言」

丸潮委員が、最初の殺人事件の動機に触れようとしたとき、思いがけない人物から、声が掛かった。

今陣孝太郎管理人 「丸潮さん。順番が逆じゃないですか?犯人が居て、動機が存在するンですよねぇ」

初台のマンション管理人の今陣孝太郎も、この会場に来ていたようだ。
     彼も、重要な関係者の1人だけに、当然といえば当然だった。

     丸潮新次郎委員 「ほお。そうですかねえ」

今陣孝太郎管理人 「そうですよ。逆行は誤審のもとです」

    丸潮新次郎委員 「犯人を見つけてから、動機を探しなさいということかね?」

 今陣孝太郎管理人 「そういうことです」

石辺五郎 「だけどお前変でねえのか!1!111 動機がわかんねえと犯人がわかんねえんでねえか!1!111」

    今陣孝太郎管理人 「いや、私は犯人は、動機から推定するモノでは無いと言いたいのです」

 石辺五郎 「だけど、犯人が先にわかつて、あとから動機がわかることになるわけねえじやねえか!11!!1!1 お前の順番のほが逆でねえか!11!1!1!11」

      今陣孝太郎管理人 「犯人は、物的証拠から特定するモノです。動機は、犯行(犯人)の肉付けです。あくまでも私見ですが」

湯川慶子委員 「ちょっと、あんたたち。いつまでそんなこと言い合ってるつもりなのよ。いいから黙って聞いてなさいよ」

       喝采賢介委員 「そうそう」

      強面の湯川女史のとりなしで、あらためて丸潮委員の推理が再開された。

      丸潮新次郎委員 「先ほども言いましたように、被害者はビールに毒物を混入されて死亡しております。その時、遅い時間に来店した客が、殺された藁人形茂幸オーナーと一緒に飲んだというのは、その店の店長1人だけの証言によるものでした」

   喝采賢介委員 「そうそう」

       丸潮新次郎委員 「具体的に言いますと、店長の馬得騒造氏以外、誰も見ていないというのは、きわめて不自然なのです。そんなことがあるでしょうか?」

丸潮は、独特のポーズをとりながら、馬得店長の傍まで近寄っていった。

馬得騒造店長 「なんやとお! ほなら、わしが嘘いうてるちゅうのんか?」

疑われた馬得店長が吠えた。鬼の形相である。

       丸潮新次郎委員 「馬得さん。状況からみて、それしか考えられません。あなたの話は、狂言であり、藁人形オーナーが何の疑いも無く、毒入りビールを飲ませられたのは、あなたしかいませんよ」

馬得騒造店長 「何を言うとるんや。わしは、前にも説明したはずやないか。混雑しとる日は、自分の受け持ちの客以外は、気にならんもんやいうて」

      丸潮新次郎委員 「それは馬得さん、あまりにも都合の良い言い分ですよ。私は、それとなく他の従業員の人に聞いたのですが、どんなに混雑していても普通は分かるはずだと言っていましたよ」

 馬得騒造店長 「そないなもん、人それぞれやないかい。誰も気がつかなかったちゅうこともあることやろが」

     丸潮新次郎委員 「その点は、水掛け論になりますから、しばらく置いておきましょう。こんどは、肝心の殺害の動機ですがね、我々が調べたところでは、動機を持っているのは馬得店長さんしかおりません」

  湯川慶子委員 「あら、そうなの」

馬得騒造店長 「冗談やないで。わしにどんな動機があるちゅうんや」

       殺人の嫌疑をかけられては、馬得店長も穏やかでいるわけがない。怒りを顕わにした。

      丸潮新次郎委員 「これも店の従業員から聞いた話ですが、あなたと藁人形オーナーは、非常に仲が悪く、日頃から頻繁に対立していたそうですね?」

馬得騒造店長 「馬鹿なことをゆうとんやないで。そないなことあるかいな。それやったら、一緒に商売するわけないやないか」

      丸潮新次郎委員 「いいえ、それは違うでしょう。仲が悪いというのは、1人や2人から聞いたのではなく、従業員の全員から聞いた話です。それに、最初は仲が悪くなかったらしいですが、途中からおかしくなったそうですねえ」

  湯川慶子委員 「そうなの? あなたたち仲が悪かったのね」

馬得騒造店長 「そりゃあ、商売やってりゃ、意見が対立することはあるがな」

       丸潮新次郎委員 「どうもその程度のことではなく、商売上の基本的な営業方針について、しばしば衝突があったとの証言を得ているんですがねえ」

馬得騒造店長 「だから、さっから言うてるやないか。単なる意見の食い違いや」

      丸潮新次郎委員 「はは。そうはとても思えませんね。藁人形オーナーが亡くなる直前にも、店舗の改装について激しくやり合ったとも聞きました」

  大吉三郎委員長 「うむ。動機は十分か」

       丸潮新次郎委員 「それだけではなく、ほかにも客層の絞り込み、資金繰り、従業員の待遇や福利厚生面などでも意見が合わず、不満がつのっていたはずです」

 馬得騒造店長 「勝手な作り話や」

        丸潮新次郎委員 「あなたたち2人の対立は、飲食店経営のベテランである馬得店長と、お坊ちゃん経営者である藁人形オーナーが、商売を続けていくうちに溝が深くなるばかりだったのです」

  湯川慶子委員 「そして、とうとう我慢できなくなって殺しちゃったのね」

馬得騒造店長 「ふん、冗談やないで。わしは何もしてへんで」

      丸潮新次郎委員 「馬得さん、あなたも往生際の悪い人ですねえ。ここへきて、まだ悪あがきをするのですか?」

 

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