駒の流儀・第31部 検証編

第152章「女の意地」

 被害者を装った3人の棋士の中に、犯人がいる。ミス・マープルは断言した。
 

湯川慶子委員 「怪人60面相という人物は、異常なまでに物事に執着する人物のはずなの。駒の流儀書の心得に添って、粛々と順番どおりに犯行を重ねました。そして、狙う相手は全員、将棋大賞の新人賞を受賞した棋士でした」
  
     大吉三郎委員長 「三浦8段は、違ったはずだが」

湯川慶子委員 「そうなのですよ。そこに、どうしてもやむを得ない狂いが生じたの」

     筒井村重本部長 「つまり、どういうことですか?」

 
     
湯川慶子委員 「つまりね、角の流儀の時の、本当の狙いは<高橋9段>だったのよ」

      皆本義経編集長 「本命が高橋9段ということか。確かに、高橋9段なら、新人賞を受賞している」

湯川慶子委員 「ええ。だから、怪人60面相としては何としても、高橋9段から品物を盗み出したかったのよ。ところが、東松原の高橋9段の自宅には、暇名探偵をはじめとして刑事たちが、がっちりと張り込んでいて、流石の60面相も手が出せなかったというわけなの」

       筒井村重本部長 「それで、しかたなく対戦相手の三浦8段所有の品物を盗んだのですか?」

 湯川慶子委員 「いいえ。ちょっと違うわ」

        筒井村重本部長 「ほお。違うのですか」

湯川慶子委員 「三浦8段は、自分で自分のものを盗んだのよ」

      将棋会館の道場を埋め尽くした人たちの間から、どよめきの声があがった。

    仁歩犯則書記長 「し、しかし、いったい何のためにそんなことを?」

湯川慶子委員 「予告したからには、何も盗まないわけには行かなかったからよ」 

    大橋宗雪理事長 「まさか。すると三浦8段が、怪人60面相だと言うのかのお?」

湯川慶子委員 「はい。三浦8段こそ、<ゆきちゃん>と呼ばれていた少年の、現在の姿です」

     当の本人の三浦宏行8段も、会場に来ていたが、不思議そうな顔で斜め上の天井を見上げていた。
        NHK杯では、おなじみのポーズだ。

      
湯川慶子委員 「だからこそ、ここで初めて唯一の共通点が狂ったわけ」

      仁歩犯則書記長 「なるほど」

 湯川慶子委員 「怪人60面相としては、不本意だったけど、しかたがなかったのよ」

      大橋宗雪理事長 「うむ。自分で自分のものを盗むとはのお。だが、それなら簡単じゃ」

湯川慶子委員 「<ゆきちゃん>は、勿論、三浦宏行の<ゆき>よ。彼以外に、この共通点の矛盾を解決できる人はいないの」

     湯川女史は、勝ち誇ったように三浦8段のほうを見た。

湯川慶子委員 「三浦さん。どお、違ってるかしら?」

      三浦8段が、困ったような顔で、何も言えずに黙っていると、見かねた暇名探偵が、湯川女史を諭すように話し出した。

       暇名小五郎 「湯川さんの、せっかくの推理だったのですが、残念ながら三浦8段は怪人60面相ではありませんよ」

  
   いままでの推理をひっくり返すように、名探偵がきっぱりと言った。
 

湯川慶子委員 「あら、どうしてかしら?」

      真っ向から否定されたのでは、誰でもむきになるところだ。

不利舎耕介 「暇名君、湯川さんの推理を否定するのは構わないがね、もう少し言い方というものがある。仮に湯川女史が間違っていたとしても、恥をかかせない程度の助言をして、敵に塩を送るぐらいの度量の広さを見せて欲しいものだねえ」

        暇名小五郎 「不利舎先生。仰ることはよくわかります。できるだけそのように心がけることにしますが、間違った犯人を認めるわけにはいかないのです。どうかご容赦願います」

     暇名は、不利舎の湯川女史への援護射撃にも動じず、どこまでも冷静であった。

 
湯川慶子委員 「あなた、面白いことを言うわね。じゃあ、名探偵さんの推理をお聞きしたいわ」

     こみあげる怒りを抑えて、逆に暇名探偵に微笑みかけた。女の意地である。

      暇名小五郎 「わかりました。まず、湯川さんが指摘された<ゆき>の名前がつく棋士は、12人ということでしたが、私は、もう1人<ゆき>のつく棋士がいることに気がつきました」

  大橋宗雪理事長 「ほお。まだいたのか」

       暇名小五郎 「その棋士の漢字を普通に読むと、<ゆき>という読み方になりますが、実際の名前の読み方は、全く違うのです」

 喝采賢介委員 「日本語の読み方は、複雑だからなあ」

       暇名小五郎 「その人の名前は、独特の読み方をします。そして、その棋士もまた、将棋大賞の新人賞を獲得しています」

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 火, 10/12/2010 - 15:19 categories [ ]

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駒の流儀・第31部  第155章

 第155章「火花」

 名探偵に怪人60面相の正体を見破られた真田7段とは、いったいどのような棋士なのか、読者のために紹介しておくことにする。

   
      真田啓一7段  1972年生 37歳

        千葉県八千代市出身 故松田繁役9段門下
            順位戦Ⅽ級1組  竜王戦2組
          タイトル獲得歴は無いが、将棋大賞の新人賞を受賞している。

         棋風は自在奔放で、風貌からは豪快な性格と受け取られているが、素顔は繊細で礼儀正しい好青年である。
        将来を期待された大器だったが、好不調の波が激しく、近年は低迷が続いている。

         しかし、誰もが認める実力者であり、昨年の順位戦では、今をときめく広瀬彰人王位に快勝している。

       暇名小五郎 「真田さん。もう少し会場に来ている方たちのために、お付き合いくださいますか?」

真田7段は、無言だったがわずかに暇名探偵と目が合った。見えない火花が散った。

 
      暇名小五郎 「最初の犯罪は、関根名人記念館での屋敷9段の座布団でしたね」

 山蛇知之館長 「そうでした。もうずいぶん前のことのようですよ」

        職員の亀臨辰彦とともに、関根名人記念館の山蛇知之館長も、この会場に姿を現していた。
 

    暇名小五郎 「怪人60面相が、なぜ易々と記念館に侵入し品物を盗めたのかを考えたとき、あらかじめ、ここを下見するなどして会館内を熟知している者の仕業だと確信しました」

 山蛇知之館長 「私もそう思います」
 

      暇名小五郎 「そこで思いついたのは、毎年アルゼ杯女流名人位戦が関根名人記念館で行われているということでした。山蛇さん、今年はどのように行われたのですか?」

山蛇知之館長 「はい。今期の女流名人位戦は、清水一夜女流名人に里見華奈倉敷籐花の対戦でした。たしか1月13日の日曜日で、中村収8段が立会人と解説を担当し、野田沢綾乃1級が聞き手を務めています」
 

    暇名小五郎 「そうでしたね。では、その前年はどうでしたか?」

山蛇知之館長 「2009年の2月10日。やはり日曜日です。矢内理絵子女流名人に清水女流王将が挑戦していますが、170手で後手番の清水さんが勝ちました」
 

      暇名小五郎 「なるほど。その時の立会人はどなたでしたか?」

山蛇知之館長 「真田啓一7段です。聞き手が古川彩子女流2段だったと記憶しております」

         思わず、会場内がざわついた。
 

     暇名小五郎 「真田さん、あなたは立会人として関根名人記念館を訪れた時に、いちいのホールを十分に下見されたのでしょう。あるいは合鍵を作ったのかも知れません。なにしろ盗難業(含ピッキング)は、父親譲りの筋金入りですからね」 

        真田は、無言をつらぬいていた。

     暇名小五郎 「次に、中田宏喜8段宅では、家族全員がなぜ留守だと分かっていたのかも、疑問のひとつでした」

不利舎耕介副委員長 「うむ。たしかに、偶然は考えにくい」
 

      暇名小五郎 「その疑問も、中田夫人と真田夫人が仲の良い友人だと考えれば、容易に了解できました」

湯川慶子委員 「どうして分かるの?」
 

      暇名小五郎 「あくまでも推測です。中田宅の盗難があった日、真田夫人と中田夫人は他の数人の女性たちと一緒に映画を観に行ってましたよね」

 渡り鳥旭警部 「その話は、警察でも聞いているが、そこまで連想されるとは恐れ入ったねえ」
 

      暇名小五郎 「さらに、木村一樹8段のときは、将棋会館の特別対局室の隣りの部屋に、ショルダーバッグが置いてありましたよね」

 伊加訓生代理 「はい。僕が確認しています」
 

     暇名小五郎 「あの日は、この対局のほかにもう1局あったということを聞いた覚えがあります。伊加さん、その日の対局者を教えてくれますか?」

伊加訓生代理  「はい。特別対局室以外は、杉本政隆7段と真田啓一7段の対局だけでした」
 

       再び、場内が騒がしくなった。

      暇名小五郎 「たぶん、手洗いに立った時などに、盗んだのでしょう。あなたからみると、簡単だったでしょうねえ」

湯川慶子 「そうよね。同じ棋士だから怪しまれることもないわね」
 

      暇名小五郎 「まだまだあります。関西将棋会館から持ち出した山崎貴之7段の置時計、村山滋秋6段の銀の扇子、三浦宏行8段の賞状にしても、何の警戒も無いなかでの盗みだったので、いとも簡単に手に入れたはずです」

     暇名小五郎の指摘に対して、真田7段は一切反論しなかった。

暇名小五郎 「いつまでも説明していても長くなるだけです。怪人60面相の事件については、すでに盗難品が持ち主のところに返還されており、盗難の被害届も撤回されたようですので、これ以上の追及はやめておきます」

     こうして、本当に暇名探偵が指摘したように、真田啓一7段が怪人60面相なのかは、永遠の謎になったのである。
 

    暇名小五郎 「では、これから週刊ポテト社の温対記者が、憎むべき連続殺人犯の正体に迫るべく、謎解きに挑戦しますので、私と交替いたします」

    
     壇上を降りかけた暇名探偵に、温対記者が哀願するようにして手招きした。

 温対記者 「暇名さん。やっぱり駄目です。なんだか全然自信がなくなりました」

    藤田舞子 「なによ。温対さんは自分から言い出したんじゃないの。大丈夫よ。頑張って」 

       舞子の声援を受けても、温対の気持ちは変わらなかった。

温対記者 「暇名さん、頼みます。また途中でおかしなことになりそうで、僕には無理です。やっぱり暇名さんがやってくださいよ」

       傍らで、2人のやりとりを見ていた名人審議委員会の丸潮委員が、暇名のところに近づいてきた。

 丸潮新次郎委員 「暇名さん。よかったら、その役を私に振ってくれませんか?」

自称コロンボを自認する映画監督が、名乗りを上げた。

駒の流儀・第31部  第154章

第154章「復讐」

 不利舎耕介副委員長から、情けない棋士だと嘲笑された動機だったが、暇名探偵だけはニコリともしなかった。

     暇名小五郎 「不利舎氏の言うとおりですが、それは見せかけの動機なのです」

湯川慶子委員 「あら。本当の動機ではないということ?」

      暇名小五郎 「はい。それをはっきりさせるために、<ゆきちゃん>と呼ばれたわけを、探さなければならないのです」

 湯川慶子委員 「その言い方だと、分かったのね」

     暇名小五郎 「はい。きっかけは、偶然からでした」

      思わせぶりな、暇名探偵独特の言い回しである。
 

   暇名小五郎 「或る日、うちの事務員に頼まれて事務所の近くにある郵便局に言った時です。私が収入印紙と切手を買ってるときに、その郵便局の若い男性職員が、同僚から<じろちゃん>と呼ばれていました」

喝采賢介委員 「仲間内のニックネームですな」

       この人は、相槌の打ち方を心得ている。

    暇名小五郎 「私が、彼の胸にあるネームプレートを見ると、<清水辰彦>と書いてあったので、どうしてあなたは<じろちゃん>と呼ばれているのですかと聞いてみました」

湯川慶子委員 「ええ、そうよね。どうしてかと思うわ」

      暇名小五郎 「そうすると彼は、僕の名字が<清水>なので、清水の次郎長から取って<じろちゃん>になったんですよと、教えてくれたのです」

不利舎耕介副委員長 「うむ」

       暇名小五郎 「それで私はピンときました。その<ゆきちゃん>もまた、郵便局員と同じ要領で名づけられたのではないかとね」

大橋宗雪理事長 「うむ。流石だ」

     暇名小五郎 「そこで、今まで忘れていた或る人物の名前が、天啓のようにひらめいたのです」

湯川慶子委員 「早く教えて」

       暇名小五郎 「怪人60面相の本当の目的は、私に対する挑戦でした。なぜなら、7つの流儀に基づく挑戦状は、すべて暇名個人のもとへ送られてきました」

 大吉三郎委員長 「そういえば、そうだった」

       暇名小五郎 「本来なら、挑戦状は日本将棋連盟に送られてくるのが筋です。私は、将棋とは何の関係も無い人間だからです」

湯川慶子委員 「たしかに、そうね」

       暇名小五郎 「そのため、なぜ私のもとに送られてきたのか、理由が分からなかったのですが、私への挑戦こそが目的だとすれば、なにもかも納得できたのです」

仁歩犯則書記長 「しかし、いったい何のために暇名探偵に挑戦しなければならないのですか?」

      暇名小五郎 「ご尤もです。怪人60面相が、暇名小五郎に挑戦してくる理由は、復讐です」

大吉三郎委員長 「なに、復讐?」

     暇名小五郎 「はい。今にして思えば、彼がなぜ<怪人60面相>を名乗ったのか、その意味に早く気づくべきでした」

筒井村重本部長 「怪人60面相と名乗ったこと自体に意味があったということですか?」

        暇名小五郎 「その通りです。迂闊にも、私はその意味に気づかず、犯人の動機に直結するシグナルを見落としていました」

 丸潮新次郎委員 「しかし、暇名さんだけではなく我々も、怪人60面相を名乗った理由など考えたこともなかったですよ」

大吉三郎委員長 「それで、どうして復讐なのかね?」

     暇名小五郎 「はい。父の敵と言い換えてもいいです。私が10年前に、知恵比べの末に逮捕させるに至った人物は、当時、怪人40面相と名乗っていました」

大吉三郎委員長 「うむ。覚えてる」

      ここに集まっている大多数の人たちは、その事件のことを記憶していた。

      暇名小五郎 「そして、忘れていた記憶を思い出したのです。怪人40面相の本名が<真田>だったということをね」

米中会長 「なにい! 本当かね」

        会長だけではなく、将棋関係者の全員が絶句した。

       暇名小五郎 「はい。本日、この道場にも来ております。<真田啓一7段> あなたが怪人60面相です」

     
     躊躇無く、暇名探偵は真田7段を指名した。

大橋宗雪理事長 「うむ。さすれば<ゆきちゃん>とは、<真田幸村>から頂いたのじゃのお」

      暇名小五郎 「お察しの通りです。私への復讐のために、挑戦状を出したのですが、どうせなら駒の流儀に従って、どうしても勝てない相手棋士の品物を盗み、必勝を祈願したのです」

 湯川慶子委員 「一石二鳥ということね」

      暇名小五郎 「そして、粛々と駒の流儀書の順番どおりに犯行を重ね、最後に私と1対1の勝負をして、決着をつけるという構想だったのです」

 喝采賢介委員 「執念だねえ」

       暇名小五郎 「ところが、途中で思わぬアクシデントが起きました」

仁歩犯則書記長 「それが、偽者の出現ですね」

      暇名小五郎 「そうです。思いがけず現れた、もう1人の怪人60面相が、なんと殺人を犯したことを知り、計画に支障をきたしたのです」

     さきほどから、真田啓一7段は、身動きもしないで暇名探偵の話を聞いていた。
      その表情からは、何も窺い知ることはできなかった。

      暇名小五郎 「しかし、だからといって殺人者は自分ではないと叫んでみても、逆効果になることは分かっていました」

湯川慶子委員 「そうね。自分で自分が犯人だなんて言う人はいないわね」

      暇名小五郎 「賢明な犯人は、殺人犯の濡れ衣を着せられる前に、素早く事態を終わらせることを考えました」

喝采賢介委員 「賢いやりかたですなあ」

        暇名小五郎 「計画の初めに描いていた私への挑戦は、もっと難しいものだったはずです。ところが、怪人60面相は最後の挑戦状にヒントを残しました。しかも、ある程度能力があれば、だれでも解読できる程度のヒントでした」

不利舎耕介副委員長 「うむ。同感だ」

         珍しく、不利舎耕介が賛成した。

     暇名小五郎 「私には、ずっと何故、こんなヒントを残したのか疑問だったのです。そこで思いついた結論が、事態を急いで収束させたのではないかということでした」

大橋宗雪理事長 「成る程。そう考えると理解できるのお」

       暇名小五郎 「怪人60面相は、あっさりと敗北を認め、早々に盗難品を返還してきました。さっさと白旗を揚げたのです。おそらく、最初の計画通りに事が運んでいたら、私が負けたかも知れません」

喝采賢介委員 「そりゃあ、親の敵どころじゃないよなあ。殺人犯にされたらかなわない」

      暇名小五郎 「これが、真田7段が怪人60面相である理由です。いかがですか?」

      真田7段は、苦笑しながら、わずかに会釈したように感じた。

駒の流儀・第31部  第153章

第153章「7人の棋士」

 独特の読み方をする名前の棋士とは、誰のことなのだろうか。

湯川慶子委員 「じれったいわねえ。国語の時間じゃないのよ。つまり、誰なのよ」

        ミス・マープルが青筋を立てた。

      暇名小五郎 「はい。行方8段です」

       これ以上、じらすと女史の癇癪が破裂しそうなのをみて、暇名は、あっさりと言った。

 湯川慶子委員 「行方8段?」

       暇名小五郎 「はい。普通は大人でも<なめかた>と読める人は少ないです。子供なら、なおさら<ゆきかた>と読むでしょうね」

大橋宗雪理事長 「なるほど」

      暇名小五郎 「そこで<ゆきちゃん>なる人物は、行方8段ではないかと疑いました」

 喝采賢介委員 「当然でしょうなあ」

       暇名小五郎 「ところが、調査をしてみると、行方8段が怪人60面相ではないことが、はっきりしたのです」

不利舎耕介副委員長 「なぜだ?」

         暇名小五郎 「行方8段はですね、警察の指示で初台の自宅マンションを空けると、そのまま千歳烏山の友人の家に行き、どこにも外出せずにその友人宅に泊まったのです」

 大吉三郎委員長 「ほお。それはたしかなのかね?」

     暇名小五郎 「ええ。他にも共通の友人が3人泊まっています」

大橋宗雪理事長 「うむ。それなら間違いないのお」

     暇名小五郎 「さきほど、三浦8段が犯人ではないと言ったのは、実はこのことと関係があるのですよ」

喝采賢介委員 「ほお」

      暇名小五郎 「つまり、行方8段とともに友人宅に泊まった3人のうちのひとりが、三浦8段だったのですから」

葱巣鴨輔 「なるほどお。さすがだねえ。三浦8段でも行方8段でもないというわけか。じゃあ誰が怪人60面相なんだ?」

 
     いつのまにか、藁人形茂幸のライバル葱巣鴨輔が来ていた。やはり、アマ竜王戦の決勝で戦った相手が殺されただけに、犯人が誰なのか気になったようだ。
      だが、この葱巣とて、殺害犯の容疑者から除外されたわけではなく、知ってか知らずか、のんびり出てきたものである。

     暇名小五郎 「慌てないで下さい。順序良く話していかないと、混乱してしまいますからね。怪人60面相という男は、実に用意周到な人物で、途中で方向転換をしたわけではないのです」

湯川慶子委員 「じゃあ、初めから高橋9段ではなく、三浦8段を狙ったというの?」

      暇名小五郎 「そうです」

湯川慶子委員 「そんな馬鹿な。それでは共通点が無いじゃないのよ」

       暇名小五郎 「いいえ。7人には、確かに共通点がありました」

 喝采賢介委員 「わからないなあ。どんな共通点があったというのかな」

      暇名小五郎 「三浦8段は、たしかに新人賞を受賞していません。その意味では、7人の共通点から外れるので、該当しないことになりますが、そもそも7人の共通点は、新人賞ではなかったのですよ」

丸潮新次郎委員 「面白い。新人賞が違うというのだね」

      暇名小五郎 「正確に言うと、7人の中の共通点ではなく、怪人60面相と7人との間の共通点なのです」

 湯川慶子委員 「それは私も考えたけど、どうしても共通点は見つからなかったの」

      暇名小五郎 「無理もありません。私もずいぶん苦労しましたから」

 伊加訓生代理 「僕は、よく分かっています」

     暇名小五郎 「そうでしたね。私は、そのことを調べるために、将棋連盟の資料室で1日缶詰になって探しました。その時、伊加さんも協力してくれました」

湯川慶子委員 「それで、見つかったのね?」

   暇名小五郎 「はい。見つけました」

関根銀四郎元総裁 「さすがじゃ」

    暇名小五郎 「私が、7人の棋士の過去の成績を調べているうちに、あることに気がついたのです」

不利舎耕介副委員長 「ほほお。なんだろう」

    暇名小五郎 「彼ら7人の棋士は、或る棋士にこの10年間誰も負けていないということです」

喝采賢介委員 「ん?」

    暇名小五郎 「言い換えれば、その棋士は7人の棋士には、ここ10年間一度も勝っていないということです」

     ようやく、皆、暇名の言っている意味を理解したようだった。

丸潮新次郎委員 「うむ。よく調べたものだ。それは事実なのですか?」

    暇名小五郎 「はい。何度も記録を確かめました」

 伊加訓生代理 「僕も手伝いましたが、事実で間違いありません」

      暇名小五郎 「但し、駒の流儀違反で盗みをした後に、一度勝っていますがね」

不利舎耕介副委員長 「うむ。盗難が起こる前までは、一度も勝てなかった相手ばかりだと言うのだね」

    暇名小五郎 「実は、そのことが怪人60面相の犯罪の一つ目の理由です。駒の流儀書の中に、次のように書いてあるのを猫面さんの奥さんが、息子の忠治君から聞いたそうです」

 大橋宗雪理事長 「ほお。なんと書いてあったのかな」

       暇名小五郎 「どうしても勝てない相手に勝つためには、その相手が大切に持っている品物を奪って、勝てるまで保管しておくこと也と、駒の流儀書の一番最後に書いてあった必勝法なのだそうです」

    喝采賢介委員 「ふむふむ。それが勝つコツか」

葱巣鴨輔 「つまり、一度も勝てなかった相手に勝ったということは、盗難の効果があったということだなあ」

  不利舎耕介副委員長 「だが、それが動機とは、なんとも情けない棋士だねえ」

      道場内から、かすかに笑いが洩れた。

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