駒の流儀・第29部

第142章「三愛不動産」

 翌朝、暇名と温対は福井市から小浜市へ向うバスの中に居た。

温対記者 「ねえ、暇名さん。昨日の話ですけど、僕は興奮して眠れなかったですよ。暇名さんの想像どおりなら大変なことですからね。ほんとに○○×段なんですかねえ。僕は、まだ信じられないすよお」

      暇名小五郎 「気持ちは分かります。私だって同じです。最初は信じられなかったですよ」

温対記者 「だから、その裏付けを取るために行くわけですね」

      暇名小五郎 「はい」

温対記者 「暇名さんが、気がついたヒントは何だったんですか?」

    暇名小五郎 「そうですねえ。いろいろあることはあるんですが、彼が<怪人60面相>を名乗った理由が分かったからですかねえ」

       暇名探偵らしい、意味深な説明である。

温対記者 「へえ。僕なんか全然気づかなかったですよ。それで・・・・・弁護士さんに・・・のですね」

      バスのエンジン音がうるさくて、聞こえない。

   暇名小五郎 「それと、私が後で調べてみると、○○○○×段は・・・・年の・・・・戦第2局の立会人として・・・・・を訪れているんですよ」

 温対記者 「あ、○○○○○対○○○○の対局ですね」

       暇名小五郎 「そうです。好局でしたね。私が事務局で調べたところでは、170手で後手の○○○○が勝っています」

温対記者 「そうか。それで・・・・が、・・・・・できたんですねえ」

     暇名小五郎 「はい」

       どうも、2人の声がとぎれとぎれで聞き取れない。
     こうなっては、ここの部分は読者の想像力と洞察力に頼るしかなさそうである。

  

温対記者 「それから、昨日の話では殺人者のほうは、怪人60面相が誰だか知っていると言いましたよね」

       暇名小五郎 「ええ」

温対記者 「と言うことは、怪人60面相のほうも、殺人犯のことを知っているということになりませんか?」

       暇名小五郎 「温対さん、いいところに目をつけましたね。実は私も、そのことは考えてみました」

     バスの中の一番後ろに座っていたが、他の客は前のほうに数人座っているだけで、話を聞かれる心配はなかった。

    暇名小五郎 「怪人60面相のほうは、殺人者のことは知らなかったと思います。なぜかと言うと、もし怪人と殺人者が子供の時に、顔を合わせていたら、殺人者が怪人60面相の名をかたることはあり得ないからです」

温対記者 「うん・・?」

      暇名小五郎 「意味わかりますか? 殺人者にしてみれば、すぐ自分が犯人だと怪人60面相にバレてしまうでしょう?」

 温対記者 「あ、そうか。そうですよね」

      暇名小五郎 「それぞれは別々に、猫面忠治君の友達だったが、3人共通の友達ではなかったと思うのです。ただ、その存在は忠治君を通じて、話には聞いていたと思います」

温対記者 「じゃあ、顔は知らないけど、存在は知っていたということですか?」

       暇名小五郎 「その可能性が、一番高いでしょうね」

温対記者 「でも、顔も名前も知らないのに、どうして分かるのですか?」

       暇名小五郎 「分かるという意味は、子供の時の忠治君のもう1人の友達だということが分かるだけで、プロ棋士の誰かまでは知らないと思いますよ」

温対記者 「あ、そうか。つまり、プロ棋士になったほうも、殺人者が誰かまでは分からないけど、忠治君の友達だということは分かっているということですね」

       暇名小五郎 「はい。正解です」

  

      話をしているうちに、いつの間にかバスは小浜駅に着いた。
     そこからタクシーを拾って、三愛不動産に向った。見覚えのある横看板が見えた。
     
      三愛不動産のあるビルの中へ入ると、女子社員が応対してくれた。前に来た時と同じ女性で、暇名と温対の顔を覚えてくれていた。
     役員さんに面会したいと伝えると、応接室に案内された。すぐに、50歳代の男性が現れた。

      

詫錆一郎<53歳> 「わびさびです。常務をしています」

      一癖ありそうな感じの重役だった。挨拶の後、名刺を交換した。

   暇名小五郎 「こういう事情で、前にも一度お伺いしています。社長さんの実家と入院先にも行きました」

      暇名探偵が、事情を説明すると、ある程度予想していたようで、詫錆常務は、何でも聞いてくださいと申し出てくれた。    

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 月, 09/27/2010 - 11:48 categories [ ]

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駒の流儀・第29部  第146章

第146章「甲州街道沿いの店」

 福井県から東京に帰ってきたものの、2人ともまだ仕事に戻る気がしないでいた。

      暇名小五郎 「温対さん。私の事務所でコーヒーでも飲んでいきませんか?」

温対記者 「も、もちろん行きます」

      目的は、コーヒーではないことは明らかだった。思わず温対の顔が明るくなった。
     タクシーに乗って、運転手に銀座に行くように命じた。

温対記者 「ねえ、暇名さん。もしかして、相続がらみの事件なんですかねえ?」

      暇名小五郎 「あり得ますね」

 温対記者 「暇名さんは、そう思ってるんですか?」

       暇名小五郎 「五分五分です。まだ何とも言えませんね。可能性は十分にあるでしょうけど」

温対記者 「でも、変ですよねえ」

            暇名小五郎 「何がですか?」

 温対記者 「だって、相続財産狙いが目的なら、茂幸さんがどうして殺されるんですか?」

        暇名小五郎 「たしかにそうですね。財産を持っているのは、茂和社長ですからねえ」

温対記者 「ね、そうでしょう。殺すんなら父親のほうですよね。息子が死んでも財産なんか無いんだし・・・」

     殺人犯の目的が、相続財産目当てであれば、確かに理屈が通らなかった。

    タクシーが、数寄屋橋に差し掛かったところで、暇名の携帯が鳴った。

藤田舞子事務員 「あっ、先生ですか。今どこですか?」

タクシーの中だと言うと、先ほどセブンイレブンの不満オーナーから電話があったと伝えてきた。

      暇名小五郎 「不満さんから? 急ぎの用だったのかな?」

藤田舞子事務員 「そうみたいでした。帰ってきたら、上北沢店にいるので、すぐ来て欲しいと言っていました」

      暇名は、急遽タクシーを銀座から上北沢に変更させた。温対記者は、いかにも残念そうであった。

温対記者 「なにかあったんですか?」

       暇名小五郎 「ええ。急ぎのようですよ」

     セブンイレブン上北沢店は、不満多羅オーナーの指令本部でもあった。
       ここから、所有する8店舗の店長に指示を出し、ファックスで毎日の来客数や売上金額などが報告されてくる。
     
      この店が、全店舗のうちで最も古く、12階建てのビルの1階になっていた。
       2階から上は、賃貸マンションと分譲マンションに分かれていた。

温対記者 「不満オーナーが何の用ですかねえ?」

      暇名小五郎 「こうやって呼び出すからには、事件にかかわりがあることでしょうね」

     甲州街道沿いにある上北沢店は、京王線で行くと、桜上水と八幡山の中間の駅を降りて、2分ほどの場所にあった。

      この街道の並びには、セブンイレブンだけではなく、ローソンやファミリーマートなど各種のコンビニが商圏を競い合う激戦地であった。

温対記者 「こんにちは。週刊誌の者ですが、不満オーナーさんをお願いします」

     レジには、学生のような男性従業員がいたが、すぐ奧からオーナーが顔を出した。

不満多羅オーナー 「あ、お呼び立てしてすみません。どうぞ中へ」

      中へ入ってみると、ここの事務室は、在庫の商品が置いてあるバックルームと一体になっていて、かなり広い。

       暇名小五郎 「福井県のほうに行ってまして、遅くなりました」

不満多羅オーナー 「そうですか。お疲れのところすみません」

  温対記者 「それで、何かあったのですか?」

新しい発見を期待していた温対記者は、勢い込んで聞いた。

不満多羅オーナー 「それが、ちょっと気になることがあったのです。もちろん事件の関係なのですが、警察に話すほどのことでもないと思ったので、暇名さんにご連絡を差し上げたのです」

        暇名小五郎 「そうでしたか。どんな小さなことでも結構ですので」

 不満多羅オーナー 「それで、最初は暇名さんの事務所に掛けたのですが、事務員の女性によると福井県に出かけてるとのことでしたので、名人審議委員会の方にも連絡しました」

       暇名小五郎 「そうですか。どなたにですか?」

不満多羅オーナー 「不利舎副委員長さんに電話したときは、どこかの温泉に行ってると言われましたので、それで、大吉委員長さんに連絡しました。ですから、今頃は委員の皆さんにも伝わっていると思います」

         暇名小五郎 「わかりました。それで」

不満多羅オーナー 「はい。私の思い過ごしかなとも思いましたし、まったく何でもないことかも知れませんが、気になったものですから」

      前置きが長くて、なかなか本題に入らない。わざとではなく、性格のようだった。

 不満多羅オーナー 「そういうわけで、事件に関係なかったとしても、どうか勘弁願います」

      温対記者 「それは分かりましたから、結局どういうことなんすかあ?」

さっきから、ジリジリしていた温対記者の声が、1オクターブ高くなった。
 

駒の流儀・第29部  第145章

第145章「税理士事務所」

 見渡すと職員も多勢いて、かなり大きな会計事務所だった。事務室には、職員ひとりずつのデスクの上にパソコンが置いてあって、いかにも近代的な事務所に見えた。

  東京や大阪よりも、地方の小都市のほうが会計事務所の規模が大きいのが普通のようだ。
  2人が所長室に入ると、岡目税理士が書類に目を通していたが、すぐ立ち上がって応接用の椅子をすすめてくれた。

       暇名小五郎 「お邪魔致します。突然で申し訳ありません」

岡目八作税理士<54歳> 「いや。丁度今頃はそんなに忙しくはないんですよ。さっき、詫錆常務から電話がありました。いろいろと聞きたいことがあるようですね」

      会計事務所は、主な仕事に法人の申告業務があるが、3月決算の会社が多く、5月申告が一番多い。
     せっかくのゴールデンウィークも、会計事務所の職員にとっては、ゆっくり休めないのが実態である。

  温対記者 「はい。藁人形社長の息子さんの事件に、関わりがあることなので」

岡目八作税理士 「ええ。そうだろうと思っていました。それで、どんなことを知りたいのですか?」

さきほどの女子職員が、お茶を運んできた。会話がしばらく途絶えた。
      美人というほどではないが、おっとりとした感じで、歌手の<ちあきなおみ>に雰囲気が似ていた。

       暇名小五郎 「先生にお尋ねすることは、今度の事件に関係あるかどうかはわかりません。それだけに、そんなことまで聞いてどうすると思うかも知れませんが、何が関係してくるか分かりませんので、どうかご協力ください」

     12畳ぐらいある立派な所長室には、4号の風景画が飾られてあった。

 岡目八作税理士 「わかりました。但し、税理士にも職業上知りえた秘密を、口外してはならないという守秘義務があります。その点はご理解願いますよ」

         ここでもまた、守秘義務が壁になりそうだった。

     暇名小五郎 「はい。よくわかっています。ですが、殺人事件の解決に繋がる可能性もありますので、出来る限りはお話し下さい。私たちは絶対に他に漏らしませんので」

岡目八作税理士 「そうですか。できるだけ考慮しましょう」

       なかなか、切れ者の税理士だった。話が早い。

      暇名小五郎 「今、我々が一番知りたいことは、殺害の動機です。これが分かれば、自然に犯人も判るからです」

岡目八作税理士 「なるほど」

       暇名小五郎 「まず、先生に伺いたいのは、三愛不動産という会社が、他人に恨みを買っていたということはないでしょうか? あるいは、社長個人でもいいです」

岡目八作税理士 「恨みですか・・・。殺された息子の茂幸さんではなく、父親である茂和社長にですか?」

     なぜ父親や会社への恨みなのか、岡目税理士には不思議なことに思えた。

    暇名小五郎 「はい。息子の茂幸さんの交友関係や、金銭問題、女性関係など調べましたが、一向に何も出てこないのです。それで、もしかすると父親に対する恨みが、息子に及んだ可能性もあるのではないかと考えたのです」

岡目八作税理士 「なるほどねえ。実に興味深いですな。しかし、茂和社長個人が誰かに恨まれたり、憎まれていたかどうかは、私の知る限りではありません。但し、個人的なことなので、私が知らないところで誰かに恨まれていたのかも知れませんがね」

      いくら顧問税理士でも、そこまでは知らないと言いたげだった。

    暇名小五郎 「会社のほうはどうですか?」

岡目八作税理士 「たとえば、どんなふうに?」

     暇名小五郎 「そうですねえ。よくわかりませんが、商売上のことです。借入金を返さないとか、貸し倒れにしたとか、取引をやめたとか、下請けや外注先に無理難題を押し付けたとか、そんなような」

岡目八作税理士 「はは。別にそんなことは無いです」

     少なくとも、身内が殺されるほどの恨みや憎しみは、思い当たらないということだった。

      暇名小五郎 「では、最近、社長さんから個人的な相談を受けたことはありますか?」

岡目八作税理士 「相談は、頻繁にあります。と言っても、最近の社長は、あの通りですから相談どころじゃないですがね」

      暇名小五郎 「いちばん最近の相談は、どんなことでしたか?」

岡目八作税理士 「そうですねえ。具体的には話せませんが、会社の後継者のことですかね」

     暇名小五郎 「後を継がせたかったんですね」

岡目八作税理士 「社長の息子は茂幸さん1人だけですが、会社のほうには興味がなくて、居酒屋をやったりしていました。元々そういうことが好きだったみたいです。将棋も強かったですしね」

  
  温対記者 「でも、会社には常務さんとか役員さんとかいるから、問題ないんじゃないんですか?」

岡目八作税理士 「はは。いやいや、同族会社というのはね、そんな簡単なものじゃないんですよ」

    温対記者 「はあ」

岡目八作税理士 「会社の株のほとんどは、社長が所有していますから、後継者が役員の中から選ばれても、結局は雇われ社長ですから、一時的なものです」

      暇名小五郎 「そういうことですか。では、事業承継に関する相談が多かったのですね。他には、どんなことを?」

岡目八作税理士 「うむ。相続の関係もありました。社長よりも奥さんのほうが関心があったようで、社長の自宅で社長と奥さんに説明したこともありましたよ」

   暇名小五郎 「その時は、どんなことを聞かれたのでしょうか?」

 岡目八作税理士 「詳しいことは勘弁願いますよ。ただ、現在の状態で相続が発生した場合は、どうなるとか、誰と誰が相続人で、相続分はどうだとか。いろいろのケースを想定したシュミレーションをしました」

     暇名小五郎 「それは、茂幸さんが亡くなる前のことですか?」

岡目八作税理士 「そうです。あの事件後は、それどころではなかったですからね」

  温対記者 「そうですよねえ」

     暇名小五郎 「先生。そのシュミレーションですが、藁人形家のことではなく、一般的なこととして教えていただけませんか?」

 岡目八作税理士 「いいですよ。では、あなたのほうから、こういう場合はどうなるのかというように質問していただければ、説明しますよ」

      暇名小五郎 「有難うございます。例えば、長男の茂幸さんが生きていたとして・・・」

      暇名は、様々なケースを設定して、相続人・相続分・相続税額など細かく教えてもらうのに、1時間ほどかかった。

   暇名小五郎 「だいたいのことは理解できました。助かりました」

     暇名は、相談料を払うと申し出たが、岡目税理士は断った。

岡目八作税理士 「はは、結構です。税理士は弁護士とは違いますから」

     温対記者 「どこが違うんですか?」

岡目八作税理士 「報酬規定の形態が違うのです。弁護士は顧問料を毎月もらうということは、よほど大きな顧問先を持ってる先生だけで、普通は訴訟のほかに、個別相談料というのが収入源になるからです」

    暇名小五郎 「・・・」

岡目八作税理士 「その点税理士は、法人との月極め報酬契約が普通で、突発の相談はサービスでいいんです」

     ここまで来た甲斐があった。岡目税理士の話は、大きな収穫を暇名たちにもたらした。
       税理士事務所を切り上げて、2人は帰途についた。

駒の流儀・第29部  第144章

第144章「専門分野」

  東京の新宿区に<三愛不動産>があるが、小浜市の同社は全くの別会社である。
   役員室に飾られている社訓の額には、<慈愛・友愛・郷土愛>と、墨字で大きく書かれていた。

    おそらく毎日の朝礼で、社員に大きな声で唱和させているのであろうが、社長や重役が手前勝手に考え出した社訓を、無理やり社員に三唱させ、押し付けたところで、何の効果もあるはずがなかった。
     仕方なく、機械的に社訓を声に出す社員の顔は、どこの会社でも暗いものである。

      暇名小五郎 「常務さんは、社長さんの病状については、ご存知なのでしょうか?」

詫錆一郎常務 「知っています。会社では、私と経理課長の工藤君だけです」

        暇名小五郎 「そうですか。それは、社長の奥さんからお聞きになったのですか?」

 詫錆一郎常務 「そうです。病気が病気だけに、誰にも言っていません」

        暇名小五郎 「くどいようですが、本当に他には誰も知らないのですね?」

 暇名らしく、念には念を入れている。

詫錆一郎常務 「ええ、知らないはずですよ。・・・あ、先生は知ってるかも知れないなあ」

     先生と聞いて、暇名は咄嗟に議員さんではないかと思った。
 

工藤貴宏経理課長<47歳> 「常務。先生はご存知だと思います」

         いつの間にか、経理課長も傍に来ていた。
 

  温対記者 「誰のことですか?」

詫錆一郎常務 「いや、うちの会社の税理士さんです」

    暇名小五郎 「会計事務所の所長さんですか?」

詫錆一郎常務 「ええ。もう何十年も、会社の経理を見てくれてますので、社長とも非常に親しくしています」

         暇名小五郎 「なるほど。そういう方なら、病気のことも教えているかも知れないですね。参考までに、どちらの税理士さんですか?」

 詫錆一郎常務 「市内で開業しています。岡目八作税理士です」

     暇名探偵は、場所と電話番号を聞いた。後で訪ねてみようと思った。

工藤貴宏経理課長 「岡目先生の事務所は、小浜駅の近くです。長考ビルの4階です。隣りが薬局なので、すぐ分かりますよ」

       暇名小五郎 「助かります。ところで、経理課長さんは、岡目税理士さんと仕事上の付き合いがあると思いますが、税務相談なんかもされるのですか?」

この方面には、あまり知識が無い暇名は、税理士に会う前に、一通りの知識を得ておくことにした。

 工藤貴宏経理課長 「はい。法人のことだけでなく、消費税や譲渡・相続・贈与関係の相談にものってくれます」

      暇名小五郎 「そうすると、顧問税理士ということですか?」

工藤貴宏経理課長 「そうです」

       温対記者 「僕は詳しくないんですけど、確定申告を頼んだりするんですか?」

 工藤貴宏経理課長 「勿論、会社の税務申告もします。しかし、会社の経理は複雑ですから、個人のように1年分をまとめて申告するというわけにはいかないのです」

      温対記者 「はあ」

     個人の申告も、法人の申告も温対には、違いが分からなかった。

工藤貴宏経理課長 「それで、毎月定期的に監査を受けて、間違った経理や税務の取り扱いをしていないかどうかを、チェックしてもらうのです」

     要するに、月次試算表を作成し、会計上の点検をすると同時に、資金繰りや税金対策なども、きめ細かくやっているということだった。

         暇名小五郎 「やはり、毎月チェックしないと、決算の時が大変だということですか」

詫錆一郎常務 「そういうことです。どうしても、うちぐらいの規模になると、毎月見ていただかないと」

     暇名小五郎 「社長さんは、会社のことだけではなく、個人的な相談などもしていたのでしょうか?」

詫錆一郎常務 「そうですね。税務関係は、すべて相談していたはずです」

  工藤貴宏経理課長 「岡目先生は、特に資産税には強かったですから」
       
         暇名小五郎 「資産税というと?」

工藤貴宏経理課長 「不動産の譲渡や、相続・贈与関係です」

     相続は、民法上の相続権や争いについては弁護士の範疇だが、相続税や贈与税など税金対策などに関しては、税理士が専門分野だった。

      暇名小五郎 「お忙しいところを有難うございました。我々は、これからその税理士先生を訪ねますので、もう一度、場所を教えてくれますか?」

詫錆一郎常務 「場所は、課長に聞いてください。岡目先生には、私から電話を入れておきます」

   暇名小五郎 「恐縮です」

           工藤課長が、簡単な地図を書いてくれた。

工藤貴宏経理課長 「タクシーに乗って、長考ビルと言えば分かりますよ」

   温対記者 「どうもすみません」

      暇名小五郎 「有難うございました」

    2人は、教えられたとおり、タクシーで岡目税理士事務所へ向ったが、あっさり15分ほどで着いた。

     小奇麗な長考ビルの4階に、オフィスがあった。
    入り口のドアを押して中へ入ると、30代ぐらいの女子職員が応対に出てきた。
      あらかじめ連絡してくれていたので、すぐ所長室へ通された。
 

駒の流儀・第29部  第143章

第143章「旅情」

 暇名小五郎たちが、小浜市の三愛不動産を訪れていた頃、暇名のライバルで推理作家の不利舎耕介は、1人で秋田県を旅していた。

   勿論、事件の解明が主目的だったが、せっかく秋田を訪ねるのであるから、温泉に浸りながら、きりたんぽや比内地鶏を肴に秋田美人と一杯やるのも楽しみであった。
  不利舎は、名人審議委員会の副委員長という堅い肩書きながら、将棋好き、美人好き、旨い食べ物好きという粋な風流人でもあった。

 秋田県上小阿仁村にある中山温泉の混浴露天風呂に入っていた不利舎は、当然ながら美しい秋田美人が入浴してくることを密かに期待して待っていた。

不利舎耕介 「今頃は暇名小五郎の奴は、馬鹿丁寧に福井県で事件の調査に奔走してるんだろうなあ。あー、いい気持ちだ」

    まだ早い時間帯だったので、他の客は誰もいないと思っていたが、岩場の後ろのほうに誰かいるようだった。
   一瞬、女性かと期待したが、タモリに似た50歳代の男で、不利舎に気がつくと傍に近寄ってきた。

周欲富 「アイヤー!東京の人アルかね?」

    手に徳利2本を載せた桶を持っていた。

     不利舎耕介 「あ、どうも。誰もいないと思ってました。東京から仕事で来たついでなんです」

    その男は、中国系で周欲富といって、地元の村でラーメン店を営んでいると言った。

周欲富 「イヒヒヒ。あんたも、これアルかね?」

     周は、小指を立てていやらしく笑った。
   

     不利舎耕介 「ははは。私も男ですからね。その気が無いといったら嘘になりますよ。それで、この露天風呂は混浴らしいけど、さっぱり女性が入って来ませんねえ」

 周欲富 「はいはいはい。アチも5時間待ってるアルがね、婆さんが2人入って来ただけアルよ」  
 

      不利舎耕介 「そうですか。つまらないですねえ」

        しばらく周の差し出すお酒を飲んでいたが、いつまでも男同士で飲んでいても面白くないので、そろそろ上がろうとしていると、湯煙の向こうに柔らかい人影が見えた。

周欲富 「シィー。誰か来るアル。あの雰囲気は女アルヨ」
    

    周が言うとおり、若い婦人が1人で入ってきた。
     女は、まだ湯船に肩までつかって息を殺している男2人に気づかないようだ。

女は、無人の風呂と思い込んでいたのだろう。前を隠しもせず堂々と歩いて来る。
     湯船の脇に来ると、桶でお湯を汲み取り2~3回かけ湯をしてから、湯船に入ってきた。

     よく見るとかなりの美形である。秋田は美人が多いというが、その中でもトップクラスといえる。
    目鼻立ちが整っていることはもとより、肌の色が透き通るように白く、胸とお尻はふくよかで、腰のくびれをいっそう引き立たせている。
       髪は、今時の女性には珍しく短くしていたが、その事がいっそう清涼感を漂わせていた。

 訳知すずめ<22歳> 「あら!!」
   

     女性は、やっと男たちの存在に気がついたようだ。声にならないような小さな声を発した。

訳知すずめ 「見ていたのですか?」

       不利舎耕介 「失礼。先に入っていました」

 周欲富 「いひひ。美人アルね。胸も大きいアル」

       実際、若いときの吉永小百合そっくりの美人だった。

        不利舎耕介 「君、ご婦人に対して失敬なことを言うのはやめなさい」

周欲富 「はいはい。アチが悪かったアルね。しぇいシェイ」

訳知すずめ 「まあ。こちらの方は立派な紳士なのね。素敵だわあ」

      不利舎耕介 「はは。そう言われると恥ずかしいですなあ」

      すずめは、不利舎に好意をもったようだ。それもそのはずで、不利舎耕介は高名な推理作家でありながら、昔の俳優の市川雷蔵にも負けない二枚目だったからである。

 訳知すずめ 「あの、よかったら私の部屋で一杯お付き合いくださいますか?」

この露天風呂のある中山温泉に泊まっているという美人からの誘いを、断るほど不利舎は野暮な男ではなかった。

            不利舎耕介 「勿論、お受けします」

    未練がましく、すずめのほうを見ていた周に挨拶をしてから、不利舎は教えられたとおり、すずめの部屋に体を忍び込ませた。

訳知すずめ 「うれしいわあ。あなたみたいな人が現れるのを待っていたのよ」

       不利舎耕介 「私もです。秋田で、こんな美人と酒を酌み交わすことができるなんて・・・」

 訳知すずめ 「さあ、もうお酒はやめて、床に入りましょう?」

             不利舎耕介 「もちろんです」

      不利舎は、高鳴る胸を押さえて、震える手ですずめの着物を脱がし、体を寄せて唇を近づけた。

 訳知すずめ 「あー!」

<うぐいすだにいー、鶯谷!>

山手線の車内放送の声で、不利舎耕介は夢から覚めた。
    連日の執筆作業と、駒の流儀書殺人事件の調査で疲れがたまっていたようで、不思議な夢を見たものだ。
   だが、案外溜まっていたのは疲れではなく、別のものだったのかなと不利舎は苦笑いした。  
 

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