駒の流儀・第28部

第138章「社会正義」

 再び北陸の地へとやって来た暇名と温対は、勇躍、福井県立脳外科病院に着いた。
  もう一度、ここへ来るような予感がしていたが、まさか、こんなに早く来ることになるとは、暇名にとっても予想外のことだった。
 暇名探偵は、受付で最所才吾医師に面会したい旨を伝えた。

 

受付嬢<22歳> 「生憎と、最所先生は只今手術中ですので、アポは取れません」

     上戸彩のような愛くるしい顔をした女性だった。
 

   暇名小五郎 「手術は何時ごろ終わりますか?」

受付嬢 「予定は、あと1時間ほどですが、手術の経過次第では時間は延びます。夕方までは面会はできません」

     暇名小五郎 「わかりました。名刺だけ置いておきます。あとからまた来ますので」
      

温対記者 「ねえ暇名さん。今の子、可愛いすねえ」

      暇名小五郎 「はは。そうですね。温対さんのタイプですか?」

 温対記者 「そうなんですよ。よくわかりますねえ」

     タイプもワープロもない。ちょっと若い女性なら誰でも良かった。
    2人は、いったん病院を出て、3時間ほど近くで時間を潰してから、再び病院へ引き返した。

  
 温対記者 「また来ました。先生に会えますか?」

      暇名より先に、受付にやって来た温対が聞いた。

受付嬢 「はい。少々お待ち下さい」

     彼女は、こんどは分かったという顔をして、内線で最所医師に連絡を取ってくれた。

受付嬢 「最所先生は、お会いになるそうです。3階の談話室でお待ちしてます」

      受付の女性に礼を言って、階段で3階へ行った。

最所才吾医師 「やあ。またあなたたちですね。こんどは何ですか?」

          手術がうまくいったらしく、機嫌が良かった。

      暇名小五郎 「先生、用事はこの前と同じです。藁人形氏の病状のことです」

       医師は、一瞬渋い顔をした。

最所才吾医師 「それは、お断りしたはずですよ」

     暇名小五郎 「わかってます。しかし、この前とは状況が違います」

     医師は、何が違うのかという不思議そうな表情だった。

   暇名小五郎 「山岡さんの次に、また1人殺されました。今度の事件では合計3名の人が殺されています。この先、まだ被害者が出るかも知れないのです」

                   強い口調だった。

最所才吾医師 「・・・・・」

        暇名小五郎 「それでも先生は、守秘義務を優先させるのですか?」

  温対記者 「そうですよ。人の命を助ける医者が、人が殺されても平気なんですか?」

       滅多に聞けないような温対記者の訴えが、最所医師の気持ちを揺さぶったようだった。

最所才吾医師 「暇名さん。藁人形氏の病気の容態を教えることが、殺人事件の解決に繋がるのですか?」

     暇名小五郎 「はい。おぼろげながら、容疑者の見当はついています。しかし、確証がありません」

 最所才吾医師 「患者の病状を知らせることによって、何が分かるのですか?」

         暇名小五郎 「多分、動機が分かります」

最所才吾医師 「そうですか・・・・・」

      医師は、しばらく考え込んでいた。

 最所才吾医師 「動機が分かれば、犯人もわかるのですね」

      暇名小五郎 「はい」

最所才吾医師 「では、ここだけの話ということで、お話しましょう」

       ついに、医者の倫理観が社会正義に負けた。

最所才吾医師 「藁人形茂和氏の病気は、脳腫瘍です」

      予想されたこととはいえ、重い病名だった。

  温対記者 「そ、その脳腫瘍って、具体的にはどんな病気なんですか?」

       温対も病名は聞いたことがあっても、実際にはどんな病気なのか知らなかった。

最所才吾医師 「名前のとおりですよ。脳の中に腫瘍ができて、その腫瘍が脳内を圧迫して、運動神経や感覚神経などに影響を及ぼす病気です」

         素人には、聞くだけで恐ろしい病気に思えた。   

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 金, 09/17/2010 - 10:55 categories [ ]

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駒の流儀・第28部  第141章

第141章「本当の動機」

 小浜市には、明日の朝、出向くことにして今夜は福井の旅の宿ということになった。
   福井市の繁華街片町にある<ホテル・ビストロ>は、JR福井駅から歩いても、10分のところにあるビジネスホテルだった。

温対記者 「なんか高そうなホテルですよねえ」

    暇名小五郎 「はは。その分、サービスがいいかもね。ま、たまにはいいですよ。滅多にないことですからね」

    地方都市のビジネスホテルには珍しく、洒落た景観のホテルで、女性にも人気があった。

温対記者 「明日は、小浜市に行くんですよね。暇名さん、三愛不動産に行く目的を教えて下さいよ」

   暇名小五郎 「いいですよ。温対さんには、これまでに分かったことをお話します。但し、まだ裏付けは取れてませんから、会社にも誰にも言わないでくれますか?」

温対記者 「もちろん。約束します」

    ホテルの部屋には、ビールが運ばれて来た。つまみはチキンと枝豆だった。

    暇名小五郎 「実はですね、怪人60面相の正体は分かりました」

温対記者 「えっ! ほんとですか?」

     暇名小五郎 「はい。十中八九間違いないと思います」

 温対記者 「そ、それで、誰なんですか?」

      いきなり怪人60面相の正体が分かったと言われては、温対記者でなくてもびっくりするところだ。

    暇名小五郎 「怪人60面相は、プロ棋士の○○○○×段ですよ」

温対記者 「ええっ!!」

         暇名小五郎 「驚きましたか?」

温対記者 「そりゃあ、驚きますよお」

      暇名小五郎 「彼が<ゆきちゃん>です。間違いありません」

 温対記者 「・・・どうして分かったんですか?」

         暇名小五郎 「思ったとおり、怪人60面相は、上小阿仁村の猫面忠治君のともだちです。彼は・・・・・」

          言葉が小さくて、よく聞き取れない。

温対記者 「ふーん。そうでしたか。そうすると犯行の動機は?」

     暇名小五郎 「はい、表向き盗難の動機は、一応駒の流儀書違反ということになっていますが、それは違います」

温対記者 「・・・」

        暇名小五郎 「動機は将棋のほかに、もうひとつあったのです。いや、むしろ本当の理由は、もう1つのほうだとも言えます」

 温対記者 「表面に出てない動機ですね」

         暇名小五郎 「そうです。私の推理が正しいかどうかは、東京に戻ってから、私の親友の弁護士に会って確かめます」

温対記者 「わかりました。凄いことになりましたねえ」

       しばらく、会話の代わりにビールとつまみに口の仕事が移った。

温対記者 「ねえ暇名さん。○○○○×段が、本物の怪人60面相だとすると、偽者は誰なんですかねえ」

      暇名小五郎 「偽者が殺人犯であることは、明白です。偽者の怪人60面相は、盗難を利用しただけで、殺人と盗難は無関係ですよ」

 温対記者 「じゃあ、なんで殺人犯は怪人60面相を名乗ったんですかねえ?」

      暇名小五郎 「捜査の撹乱が、大きな理由でもありますが、殺人者は怪人60面相が誰だか知っていたんだと思います」

温対記者 「どうして分かるんですか?」

       暇名小五郎 「殺人者もまた、猫面忠治君のともだちだったからです」

 温対記者 「じゃあ、やっぱり新聞配達をしていた・・」

          暇名小五郎 「そうです。<キョーシロウ>です」

温対記者 「だから、わざと怪人60面相を名乗ったということですか?」

        暇名小五郎 「はい。駒の流儀書のことが手紙に書かれていたときに、殺人者はすぐ盗難犯が誰か分かったのですよ。なぜなら、あの巻物のことを知っているのは、猫面忠治君とその友達2人だけだからです」

温対記者 「そうか。それで僕に、関根総裁に電話させたんですね」

       暇名小五郎 「そういうことです。それで、順を追って話しますとね、・・・・・・・・・」

      この後、暇名探偵は温対記者に、詳しく事の真相を話したのだが、ホテル・ビストロは各部屋の防音装置が整っていて、読者諸氏のお耳には達しなかったようだ。

駒の流儀・第28部  第140章

 第140章「旅の宿」

    暇名小五郎 「先生。藁人形茂和氏の病気のことを知ってる人は?」

最所才吾医師 「病気で入院してるということは、会社の社員は皆知ってますから、得意先や金融関係先、取引業者、友人、知人たちにも伝わっていると思いますよ」

     暇名小五郎 「脳腫瘍だということは、どうですか?」

最所才吾医師 「そうですね。家族の方以外では、私が話したのは、あなたたちだけです」

  温対記者 「じゃあ、奥さんと、義理のお姉さんが知ってる程度ですかねえ」

最所才吾医師 「そうだと思います。藁人形氏の奥さんや、お姉さんが誰かに話したとすれば別ですけど、病院からは洩れていないはずです」

     やはり、守秘義務については気にしてるようだった。だが、それも当然で、場合によっては医師免許の取り消しにもなりかねないからである。
      それほど、国家資格者の守秘義務は重いものであった。

     暇名小五郎 「よくわかりました。それで、藁人形氏の奥さんとお姉さんは、悪性の腫瘍で余命が短いということも、知っているのですね?」

 最所才吾医師 「勿論、知っていますよ」

      暇名小五郎 「もうひとつ伺いますが、藁人形氏のお姉さんは病室には長い間、付き添っていたのでしょうか?」

最所才吾医師 「お姉さんは、千葉県の方ですから、たまに来るだけです。藁人形氏の兄弟は、いまはお姉さんだけなので、奥さんに頼まれたときだけ出てくるようです」

    暇名小五郎 「そうですか。兄弟仲は、どうでしたか?」

最所才吾医師 「詳しいことは分かりませんが、印象では兄弟仲は悪かったようです」

     医師は、あまり患者のプライベートな部分には、触れたがらないようだった。

    暇名小五郎 「最後にもうひとつお聞きします。病室にお見舞いに来る人は、多かったですか?」

最所才吾医師 「いや。やはり病気が病気なだけに、知られたくないということもあって、見舞いに来ても、病室には通さなかったですね」

    暇名小五郎 「なるほど、そうでしょうね。それでも、山岡さんのように中に入れる人もいたと思いますが」

最所才吾医師 「はは。ま、山岡さんの場合は、強引に入り込んだようですがね。ごく親しい友人だけ何人か入れてたみたいです」

    暇名小五郎 「例えば、どんな人ですか?」

          食いついたら離さないのが、暇名流である。

最所才吾医師 「会社の役員さんとか、税理士さんとかは、病室で奥さんと話しをしていましたね」

   温対記者 「役員さんはわかるけど、税理士さんはどうして?」

 最所才吾医師 「さあ?。私は医者ですから、そこまでは分かりませんよ」

      暇名小五郎 「ご尤もです。どうも長いことお付き合いくださって、有難うございました」

     最所医師の話を聞いているうちに、外はすっかり暗くなっていた。

温対記者 「これからどうしますか?」

  暇名小五郎 「小浜市に行くつもりですが、今からじゃ遅いので、明日行きましょう」

 温対記者 「小浜市ですか。藁人形氏の自宅に行くんですか?」

       暇名小五郎 「いや、三愛不動産です」

     三愛不動産に、いったい何しに行くのか聞きたかったが、どうせ教えてくれないと思うと、温対は何も聞かず歩いた。

温対記者 「一応、編集長に電話しときます」

      思いがけず、福井市で一泊することになった。

 温対記者 「そういえば、山岡の組長さんも、ここで一泊したんですよねえ」

     暇名小五郎 「ああ、そうでした。どこの宿だったのかなあ」

     ふと、吉田拓郎の<旅の宿>という歌を思い出した。

温対記者 「ねえ暇名さん。いったいなぜ、山岡組長は殺されたんですかねえ?」
     
 
     何気なく呟いたのだが、駒音探偵団の諸氏も、温対記者と同様の感想を抱いていることであろう。
      ここまでの、山岡組長の足取りの中に、その答えが隠されているのは、言うまでもない。

駒の流儀・第28部  第139章

第139章「悪性の診断」

暇名小五郎 「それで、脳腫瘍にかかると、どんな症状になるのでしょうか?」

    藁人形社長は、ほとんど話すことがなかったが、見ていた限りでは相当重症のように思えた。

     最所才吾医師 「そうですねえ。人によっても違うのですが、一般的には朝方に頭痛がひどくなったり、嘔吐を頻繁にするようになります。歩き方や話し方も、おかしくなりますね」

  温対記者 「手や足が動かなくなったり、しゃべれなくなったりするということですか?」

       最所才吾医師 「ええ。局所的に腫瘍が出来たりすると、脳の左半分に出来れば右の手足が、右半分に出来れば左の手足に症状が出ることが多いです」

暇名小五郎 「生命の危険度は、どうなのでしょうか?」

    最所才吾医師 「うーむ。腫瘍が出来た場所により違います」

 暇名小五郎 「といいますと?」

最所才吾医師 「皆さんは、脳腫瘍と一言で言ってますが、実は脳内のさまざまな部位に起こりますので、危険度も治療法も違ってきます」

     暇名小五郎 「そうすると、同じ腫瘍といっても、悪性のものと良性のものがあるのですか?」

 最所才吾医師 「そういうことです。悪性ならば、命の危険があります」

    温対記者 「どんな治療をするんですか?」

最所才吾医師 「治療法としては、手術で患部を全て摘出することが最良ですがね、全部切除できないこともあります」

       暇名小五郎 「そういう場合は、どうするのですか?」

      立て続けの質問にも、最所医師は嫌な顔もせずに、明瞭に答えてくれていた。

最所才吾医師 「そうですねえ。手術が難しい場合は、放射線治療や化学療法なども行います」

    暇名小五郎 「藁人形茂和氏の腫瘍は、どうなのですか?」

     肝心要の質問に、最所医師は難しい顔をした。

最所才吾医師 「悪性です」

     暇名小五郎 「どの程度の?」

 最所才吾医師 「レベル4を超します」

       暇名小五郎 「ということは、生命の危険があるということでしょうか?」

最所才吾医師 「そうです。非常に危険な状態です。良性の場合ですと、腫瘍を全部摘出できれば完治することも可能です。しかも、基本的に再発はしないので、ほとんどのケースは、手術によって腫瘍を摘出します」

      暇名小五郎 「なるほど。では、藁人形氏のような悪性の場合には、手術は出来ないのですか?」

最所才吾医師 「うーん。難しい質問ですね。というのは、悪性もまたそれぞれ違うからです」

       暇名小五郎 「悪性にも、種類があるということですね」

最所才吾医師 「そうです。患者の年齢や体力によっても差がでます。それでも、ほとんどの場合、悪性と診断されたらどんな手段を講じても、その平均余命は1年程度です」

  温対記者 「じゃあ、手術はしないってことですか?」

最所才吾医師 「やっても、再発と手術を繰り返すだけということになりますね。本人につらい思いをさせるだけです」

     結局のところ、悪性という診断がなされた時点で、積極的な治療は断念されるということだった。

   暇名小五郎 「藁人形氏も、やはりそうですか?」

               医師は、無言で頷いた。

   暇名小五郎 「もう入院してから、どのぐらい経ちますか?」

最所才吾医師 「うちでは、約10ヶ月です」

  温対記者 「じゃあ、あと2ヶ月ぐらいじゃないですかあ」

最所才吾医師 「ですが、あくまでも平均であり、目安ですので・・。数年生きた患者さんもいますから」

       あわてて、最所医師は訂正した。

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