駒の流儀・第27部

第133章「少年の名前」

暇名小五郎 「問題なのは、猫面忠治さんではなく、その友達のほうです。ほんの数ヶ月のようですが、忠治さんと一緒に新聞配達のアルバイトをしていたのですが、記憶にあるでしょうか?」

    訳知雀席主 「ああ、忠治君と一緒に来てた子だろ? 覚えてるよ」

      なんと、訳知席主は、いともあっさりと言った。

温対記者 「ほ、ほんとですか! そそれで、名前はなんという子だったんですか?」

     思わず温対記者も、声が大きくなった。

       訳知雀席主 「名前? 名前は知らんよ」

 温対記者 「え! ど、どどうしてですか?」

       こんどは、声がもつれた。

    訳知雀席主 「ははは。アルバイトの少年の名前など、誰も知らんよ。本名を名乗って来る子なんか、どこにもいるわけがない」

暇名小五郎 「なぜでしょうか?」

     訳知雀席主 「忠治君は、たまたま親も知ってたから名前がわかってるだけで、ほとんどの少年は名前なんか言わないし、こっちも聞かないからね。ちゃんと新聞を届けてくれればいいだけだから」

暇名小五郎 「でも猫面さんのほうは、訳知さんを知らないようでしたが」

      訳知雀席主 「ああ、そうだろうね。個人的な付き合いがあったわけではないし、儂だって顧客として、名前を知ってただけだからねえ」

温対記者 「じゃあ、彼らを呼ぶときは、どうするんですか?」

      訳知雀席主 「みんなそれぞれニックネームとか、あだ名なんかで呼び合ってたから、儂もそれで呼んでた。名簿や伝票も同じだよ」

 暇名小五郎 「例えばどんな?」

       訳知雀席主 「そうだなあ。ビリとか、デカとか、ガンジー、おそ松とかもいたなあ」

       席主は、20年前を思い出しながら懐かしそうだった。

温対記者 「だけど、本名でなくて支障はなかったんですか? 税金とか保険とか」

     訳知雀席主 「少年のアルバイトなんかに税金はかからんよ。中には親に黙ってバイトしてる子もいたから、名前は言いたがらなかったね」

暇名小五郎 「成る程、そういうわけですか。では、その忠治君の友達は何と呼ばれていたのでしょうか?」

      訳知雀席主 「ああ、あの子は<キョーシロウ>と呼ばれてたなあ。儂もそう呼んだよ」

 暇名小五郎 「<キョーシロウ>ですか。本名ですかねえ」

         訳知雀席主 「さあ、どうかな」

温対記者 「<キョーシロウ>って、カッコイイ名前ですよねえ」

  暇名小五郎 「どうして、その名前で呼ばれていたのか、心当たりはありませんか?」

      訳知雀席主 「全くないな。詮索したこともない」

      席主は、目を閉じて天井を見上げた。

暇名小五郎 「当時の子供たちは、あだ名で呼び合うことが多かったのですか?」

      訳知雀席主 「そうだね。流行だったような気がするなあ。語呂合わせのようにしてつけたり、有名人の名前の一部を借りたりね」

暇名小五郎 「訳知さんは、当時<ゆきちゃん>と呼ばれていた少年を、ご存知ありませんか?」

   やはり忠治の友達だったが、念のため聞いてみた。

    訳知雀席主 「<ゆきちゃん>? いや知らないね。聞いたことが無い」

            思ったとおりだった。

温対記者 「僕なんか<キョーシロウ>と聞くと、<眠狂四郎>
を思い出すけど」

        訳知雀席主 「そうだね。儂も最初、眠狂四郎から名づけたと思ってたよ」

 暇名小五郎 「違うんですか?」

       訳知雀席主 「さあね。聞いたことが無いから」

温対記者 「もしかすると、ほんとにキョーシロウっていう名前じゃないですかねえ? 田中恭四郎とか、鈴木京史郎とか・・・」

  暇名小五郎 「はは。その可能性もありますね」

    せっかく札幌までやって来たのだが、これでまた手掛かりが途絶えたのだろうか。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 金, 09/10/2010 - 11:42 categories [ ]

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駒の流儀・第27部  第137章

第137章「殺人鬼の影」

 千代田図書館は、区役所と同じ建物の中に併設されている珍しい図書館である。
   学生や一般のための自習室もあって、連日、受験生たちが勉強しにやってくる。

  地下には食堂もあって、値段も手頃なため外部のサラリーマンやOLなども昼食に来ていた。

   暇名小五郎が、過去の新聞記事を見始めてから2時間ほど経過していた。
  特に目当ての記事があるわけではないので、流し読みだったが、これが結構疲れる。

    主要全国紙を年代別に、順を追って見ているが、特に将棋に関係する記事があると注目して見た。
   猫面忠治が、友達と一緒に新聞配達をしていた頃に流行していた歌は、あるいは政治家は、プロ野球は、将棋界の動きは、凶悪な事件は・・・・・

    更に1時間が経過して、そろそろ帰ろうと思ったときに、或る記事が目に留まった。
   別に珍しい記事ではなく、なんとなく見過ごしてしまっていたが、暇名の全身に一瞬、電気が走った。

暇名小五郎 「そうか! そうだったのか!!」

     思わず口走ったため、周りの人が暇名のほうを見た。

 暇名小五郎 「そうか、分かったぞ。気がつかなかった」

        今度は、頭の中で聞こえない声を発した。

暇名小五郎 「・・・」

     暇名は、しばらく呆然としていたが、おもむろに立ちあがると図書館を出てきた。
      すぐ温対記者に電話を掛けると、新宿駅で待ち合わせた。

     普段は冷静な暇名だったが、このときばかりは興奮を抑えられないでいた。
      温対記者が、待ち合わせの喫茶店に来ると、さっそく関根銀四郎とのやりとりを尋ねた。

温対記者 「やっぱり、暇名さんの考えたとおりでした。関根総裁が間違いないと言ってくれましたよ」

    暇名小五郎 「そうですか。やはり巻物の色は、奴の言うとおりだったんですね」

温対記者 「やはり怪人60面相と殺人犯は、同一人ということですか?」

    暇名小五郎 「いや、そうとは限りませんよ。・・・なるほどねえ」

      なぜか暇名探偵は、不敵な笑みを浮かべていた。

温対記者 「暇名さん。どういうことなのか、もう少し説明してくださいよ」

     暇名小五郎 「つまりですね、流儀書は1つしかないのだから、巻物を持っている人物も1人だけです」

 温対記者 「はい」

       暇名小五郎 「しかし、本物が持っているとしたら偽者は持っていないのだから、巻物の色を当てることは不可能です」

温対記者 「そうですよね」

     暇名小五郎 「それなのに、巻物の色を知っていたということは、過去に実物を見たことがあるということです」

温対記者 「そうか。それが忠治君の友だちなんですね」

     暇名小五郎 「そうです。可能性は極めて高いですね」

     無論、ほかの推測も成り立つのだが、解答書の無い答えを出す以上は、あくまでも高い確率を考えるのが、推理の常道である。

温対記者 「それで、図書館のほうでは何か分かったんですか?」

    暇名小五郎 「はは。収穫がありました」

           なんとなく暇名の顔が明るくなった。
 

 温対記者 「へえ。うれしそうですねえ。少しは進展したようすねえ」

     暇名小五郎 「実はね、殺人犯のほうも、ぼんやりとですが影が見えました。あとは、その影を踏むだけです」

温対記者 「えっ! ほんとなんですか!」

     多少、手掛かりがあったぐらいに考えていた温対記者は、さすがにびっくりした。
      まさか、殺人犯の身辺にも迫っていたとは、驚いて二の句が告げなかった。

 温対記者 「そ、それで、誰なんですか?」
 
        暇名小五郎 「まだ私の推測に過ぎません。迂闊なことは言えませんよ。警察やマスコミに話すには、証拠不足ですから」

温対記者 「ひ、暇名さん。そんなこと言わずに、記事にはしませんから、僕にだけ教えて下さいよお」

     暇名小五郎 「もちろん温対さんに、一番先に話します。ただ、動機もまだ分かっていません。あくまでも推測なので、それを今から確かめに行きます。それまで待って下さい」

温対記者 「分かりました。それで、何処へ行くんですか?」

       暇名小五郎 「福井県です。もう一度、脳外科病院に行って、主治医の先生に会います」

 温対記者 「病院ですか。何しに行くんですか?」

      暇名小五郎 「温対さんも一緒に行くのなら、列車の中で話します」

温対記者 「わかりました。編集長に許可をもらいます」

     連絡を受けた皆本編集長は、もちろん福井行きを快諾してくれた。
          いったい、福井には何があるのであろうか。

駒の流儀・第27部  第136章

第136章「当時の流行」

 千駄ヶ谷で3時間ほど費やした暇名探偵は、こんどはその足を四谷に向けた。
   あらかじめ連絡していたため、週刊ポテト社では、編集長の皆本以下、全員揃って待っていてくれた。

皆本義経編集長 「暇名さんが言うように、怪人60面相の偽者には、あせりがみえますなあ」

   後呂記者 「編集長、まだ偽者と決まったわけじゃないですよ」

皆本義経編集長 「それはそうだが、だいぶ核心に近づいているぞ」

       編集長の勘は鋭いものがある。事実、暇名小五郎の頭の中には、1人の人物の輪郭がおぼろげながら浮かんできていたのである。

     暇名小五郎 「私は、今まで将棋会館にいて、怪人60面相の被害に遭った7人の棋士について調べていました」

皆本義経編集長 「うむ。7人の共通点だね」

      暇名小五郎 「はい。その共通点ですが、私なりにある結論に達することができました」

温対記者 「ほんとですか!」

   後呂記者 「凄い! 何が分かったのですか?」

      暇名小五郎 「7人の棋士の共通点と、怪人60面相を名乗る人物も、見当が付きました」

皆本義経編集長 「誰ですか?」

      思わず皆本も、前のめりになって聞いた。

        暇名小五郎 「申し訳ありませんが、まだ言うことは出来ません。はっきりとした確証が無いからです」

後呂記者 「でも、僕らにだけでも教えてくださいよ」

    暇名小五郎 「駄目です。間違っていたら迷惑がかかりますから」

       暇名には、間違いないという確信はあったのだが、報道機関には、おいそれと話せなかった。
      週刊誌とはいえ、マスコミだけに、うっかりしたことを先走って記事にされたら、元も子もないし、場合によっては名誉毀損で訴えられることも懸念していた。

皆本義経編集長 「暇名さんの気持ちも分かるけど、教えて欲しいねえ」

      暇名小五郎 「皆本さん、もう少し待って下さい。これから確認作業をしますので。それと、まだ動機が分かりません。それが分かれば、真っ先に話します」

       皆本も、渋々納得した。

       暇名小五郎 「私は、これから千代田区の図書館へ行きます。調べることがありますので」

温対記者 「調べものなら、僕も手伝いますよ」

       暇名小五郎 「いや、それより温対さんに頼みがあります」

温対記者 「なんですか?」

   暇名小五郎 「名古屋の関根さんの連絡先は、控えてありますよね」

温対記者 「関根総裁のところですか? 電話番号は解かります」

     暇名小五郎 「じゃあ、関根さんに電話で確認してもらいたいのですがね、・・・・・」

       温対記者とは、後ほど連絡を取り合うことにして、暇名探偵は急いで出かけた。

      都営新宿線の<九段下>駅を下車してすぐ、千代田区役所に行ける。
        その中の9階と10階が、千代田区立の図書館になっている。
       俳優の役所広司が、千代田区役所の土木工事課に勤務していたのは有名である。
  

       暇名探偵は、図書館の受付に行って、過去の新聞記事の閲覧を申し込んだ。

女性職員<21歳> 「全国紙のほかに、地方紙・区内ローカル紙とありますが」

      受付は可愛い女の子で、温対記者を連れてくるべきだったかなと、暇名はふと思った。

    暇名小五郎 「とりあえず、全国紙を見せてください」

      現在は、綴り込んだものもあるが、ほとんど利用可能データベースとなっていて、便利である反面、見づらいという声もあった。

     暇名探偵は、所蔵新聞一覧の中から、1990年を中心に前後4年間位の記事を調べることにした。

    猫面忠治が、2人の友達と親交があった頃に、いったい何があったのか?
      <ゆきちゃん>と呼ばれたわけは? <キョーシロウ>のあだ名の由来は?
        当時の流行は何だったのか? 

    果たして何が、名探偵暇名小五郎のアンテナに引っかかるのであろうか。 

駒の流儀・第27部  第135章

第135章「本物の証」

 帰りの飛行機の中は、倦怠感と疲労感だけが残っていた。
 

温対記者 「暇名さん、結局なにもなかったですねえ。また編集長に怒鳴られそうすよ」

     暇名小五郎 「はは。そうでもないです。<キョーシロウ>という名前が分かったじゃないですか」

 温対記者 「でも、それだけじゃあ・・。僕なんか、キョーシロウって聞くと、田村正和の眠り狂四郎を思い出してしまうんですけど、暇名さんはどうですか?」

       暇名小五郎 「そうですねえ。私なら市川雷蔵のほうですね」

温対記者 「そうすか。でも僕は、市川雷蔵って知らないんですよ」

     暇名小五郎 「そうでしょうね。かなり古い俳優ですからね」

      市川雷蔵といえば、<忍びの者>を連想される方は、相当な通といえる。
       勝新太郎、長谷川一夫と並んで大映を代表する二枚目スターだった。

温対記者 「そういえば、細波刑事も下の名前は雷蔵ですよね。なんか怪しくないですか?」

      暇名小五郎 「ははは。細波さんがですか?」

温対記者 「わ笑わないで下さいよ。ただ、名前が同じだったから、言ってみただけですけど・・」

     暇名小五郎 「細波さんのことは、よく知ってますが、生まれも育ちも高知県で、高校卒業まで四国を離れてませんよ」

温対記者 「そうですか。たしか、暇名さんと仕事もしてますよねえ」

    暇名小五郎 「ええ。細波さんが学校を出て、まだ新米刑事の時に、一緒に協力しあったことがありましたねえ」

     2人で推理やら、思い出話などをしているうちに、飛行機は羽田に着いた。
       暇名と温対は、そのまま羽田空港で別れた。

    暇名小五郎は、銀座の事務所へ直行した。
     昨夜は、すすきののスナックで遅くまで飲んでいたため、家に帰って休みたかったのだが、藤田舞子からの急な連絡で事務所へ行かざるを得なくなった。

藤田舞子事務員 「あら、先生。早かったですね」

     暇名小五郎 「おはよう。また手紙が来たって?」

藤田舞子事務員 「そうなんですよ。朝、出勤したら届いてました。怪人60面相からです」

           暇名は、すぐ封を切った。

     親愛なる暇名小五郎君へ

      名探偵ともなると、全国あちらこちらに出かけなくてはならないようだね。
       他人事とはいえ、ご同情申し上げる。

      さて、警察や関係者の間では、怪人60面相が2人居るとの説もあるようだが、笑止千万だ。
       私は、駒の流儀書の心得にのっとり、一連の事件を起こしたものである。殺しについても、同様に<王の流儀>によって断罪しただけである。

       また、何者かが私を怪人60面相の偽者だと称しているが、その者こそ偽者である。
      駒の流儀書を所持しているのは私だ。その証拠に巻物の色は、私だけが知っている。

      この流儀書は、表紙全体が黒で、文字は白で書かれている。そして、紅色の紐で結ばれている。
     実物を見れば、私が本物の怪人60面相であることが判るであろう。

            
                     怪人60面相

     

   暇名小五郎 「うーん。偽者が、あせってきたね」

藤田舞子事務員 「どういうことなんですか、先生」

      暇名小五郎 「うん。そのうち教えるよ。ちょっと出かけてくる」

藤田舞子事務員 「あ、先生。途中で郵便局に寄って、収入印紙と切手を買ってきてくれませんか?」

     暇名小五郎 「やれやれ、うちの事務員は人使いが荒いねえ」

 藤田舞子事務員 「だって1人しかいないんですから、留守番がいなくなってもいんですかあ」

     このときは、何気なく藤田舞子に頼まれて郵便局に行ったのだが、思いもかけない形で、暇名小五郎の推理を促す結果となったのである。

    郵便局で用事を済ませたあと、暇名が向った先は、千駄ヶ谷の将棋会館だった。
     まっすぐ連盟事務局へ行くと、伊加代理が出てきてくれた。
 

伊加訓生代理 「お久しぶりです、暇名さん。用事ですか?」

    いつ会っても、にこやかに応対してくれる好青年である。

    暇名小五郎 「ええ、ちょっと調べものがあるんですよ」

 伊加訓生代理 「そうですか。手伝いますか?」

        暇名小五郎 「有難うございます。お忙しくないですか?」

伊加訓生代理 「ははは。大丈夫です。急ぎの仕事は無いですから」

     調べものをするのに、伊加に手伝ってもらえたら、大助かりだった。

      暇名小五郎 「実はですね、怪人60面相が駒の流儀によって、盗難事件を起こした被害者の棋士ですが、彼らには必ず何らかの共通点があるはずなのです」

伊加訓生代理 「僕も同感です」

     暇名小五郎 「そこで、もう一度彼らのことを調べたいのです」

伊加訓生代理 「なるほど。屋敷9段から始まって、中田8段、山崎7段、村山5段、木村8段、三浦8段、そして渡辺竜王ですね」

        暇名小五郎 「そうです」

伊加訓生代理 「わかりました。すぐ資料を用意します」

       暇名小五郎 「できれば、過去10年ぐらいの成績と、その他プロフィールや個人情報も知りたいのです」

駒の流儀・第27部  第134章

 第134章「迷い道」

暇名小五郎 「その少年ですが、親の職業とかも分からないですよね?」

     名前がわからないのだから、職業が分かるわけがないと思ったが、一応聞いてみた。

      訳知雀席主 「キョーシロウの親は、母親だけで父親は別居してるようだったが」

 暇名小五郎 「どうしてそれを?」

          訳知雀席主 「子供たちが話してるのを、たまたま聞いただけだよ。本当かどうかも怪しいなあ」

 温対記者 「それって、離婚したっていうことですかねえ?」

      訳知雀席主 「さあね。そこまではどうかな」

         真実かどうかは、不明のようだ。

暇名小五郎 「忠治君と、その少年は同じ年ですかね?」

     訳知雀席主 「さあ。見た目では、その子のほうが年上みたいだったがなあ」

 暇名小五郎 「忠治君は、その当時中学2年生位ですが、その少年はどうですか?」

      訳知雀席主 「君もしつこいねえ。はは、もうちょっと上に見えたが、実際はわからんね」

     席主も、暇名の執拗な質問にあきれていた。

暇名小五郎 「ところで、さきほど席主は、そのキョーシロウ君のことを、即座に覚えていると仰いましたが、どうしてですか?」

     訳知雀席主 「どうしてというと?」

       席主には、質問の意味がわからないようだった。

暇名小五郎 「普通、20年以上も前のことですし、何かその子に覚えているだけの特徴があったということだと思うのですが」

        訳知雀席主 「ああ、なるほど。そういうことか」

暇名小五郎 「はい。訳知さんからみて、特別に記憶に残るようなことがあったとか、変わったようなことはなかったですか?」

     訳知雀席主 「いや。その子が特別変わってたから、覚えていたわけじゃないよ。儂は、うちで働いていた子のことは、誰でも覚えているよ」

暇名小五郎 「そうですか。しかし、例えば人と違うクセがあったとか、乱暴だったとか、優しかったとか、音楽を聴いていたとか、将棋が強かったとか・・」

    しつこく食い下がるのが、暇名探偵の真骨頂である。

     訳知雀席主 「うーむ。今は主婦や年寄りとか、結構大人の人も配達員をしてるけど、昔は新聞少年だけだった。それに、ほとんど学生だからね。短い期間しかやらないので、数ヶ月で入れ替わるから凄い人数になるんだよ」

暇名小五郎 「よくわかります」

      訳知雀席主 「その中で、1人の子の特徴を言えといわれたって、無理だよ。儂が覚えてるのは、あくまでも呼び名と顔だけだ」

 暇名小五郎 「ごもっともです」

     暇名は、申し訳ないという素振りで、相槌を打った。

温対記者 「でも、今、その少年に会ったら分かりますよねえ?」

    訳知雀席主 「勿論だよ。女の子と違って、中学生くらいの男の子の顔は、何も変わらないからな」

 温対記者 「そうですよね。僕も中学の時の友人に会っても、すぐ分かりますから」

      訳知雀席主 「しかし、本当にその子が殺人事件に関わっているのかね?」

暇名小五郎 「まだ断定は出来ませんが、可能性が高いということです」

      訳知雀席主 「なぜ、そう思うのかね?」

暇名小五郎 「はい。怪人60面相を名乗る人物は、両者とも駒の流儀書の存在を知っています。言い方を変えれば、駒の流儀書が上小阿仁村の猫面家の蔵の中にあることを知っていたのは、この2人だけだからです」

       訳知雀席主 「なるほど」

暇名小五郎 「我々や、あるいは将棋関係者でも、その存在や名前は知っていても、実際に見た人はいません。猫面家の人以外では、この2人だけだといっても良いと思います」

      厳密には、関根銀四郎のほか何人かはいるのだろうが、暇名は、この2人のどちらかが最有力だと考えていた。

      訳知雀席主 「よくわかった。儂も何か思い出したら連絡しましょう」

    はるばる札幌まで来て、収穫は<キョーシロウ>という名前だけだった。
     今の暇名探偵と温対記者は、まるで行けども行けども出口の無い<迷い道>に入ったかのようであった。

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