駒の流儀・第25部

第122章「新聞社の制約」

 益田店主の話を聞いているとキリがなかったが、要するに猫面忠治とその友達が、バイトをしているときのオーナーとは違っていたということだった。

暇名小五郎 「つまり、オーナーさんが代わったのが15年前ということなのですね。それで、前のオーナーさんは現在どちらに居るのでしょうか?」

        益田幸三店主 「さあ。わかりません」

暇名小五郎 「名前は分かりますよね」

      益田幸三店主 「ええそれは。訳知雀という名前の人でしたよ。今は何処で何をしているのかねえ・・」

 暇名小五郎 「その訳知さんは、お幾つぐらいの人です?」

       益田幸三店主 「さあ。結構年配の人で、当時で55歳位でしたね」

       今も健在なら、70歳である。

温対記者 「知ってる人じゃなかったんですか?」

    益田幸三店主 「違います。初めて会った人です」

暇名小五郎 「新聞社の仲介のような形でしょうか?」

     益田幸三店主 「ま、そんな感じでしょうかねえ。結構、新聞社の締め付けとか、制約とかが多くて、販売店の店主が勝手にできることは少ないんですよ」

 暇名小五郎 「と、いうと?」

        益田幸三店主 「そうですねえ。例えば販売店を経営したいと思っても、新聞社の了解がなければ出来なくて、オーナー同士の話し合いだけで譲渡したりは出来ませんし、個人事業だったものを法人成するようなときも、新聞社の了承が必要なのです」

温対記者 「へえ。結構大変なんすねえ」

     益田幸三店主 「そうでしょう?のんびりしてるようでも、苦労が多いんですよ」

暇名小五郎 「その訳知氏の居所を調べる方法はありませんか?」

    益田幸三店主 「さあねえ」

      店主は、さかんに首を捻りながら考え込んだが、答えはなかった。

暇名小五郎 「たとえば、新聞社に問い合わせたら分かるでしょうか?」

    益田幸三店主 「いや。多分わからないと思います。他地区の販売店に移ったのなら別ですが、廃業した場合は、その後どこで何をしているかは、新聞社には関係ないことなので」

       それも尤もな話だった。

 暇名小五郎 「そうですか。ところで、ちなみに前の店主の訳知氏が廃業した理由は、わかるでしょうか?」

      益田幸三店主 「廃業の理由ですか?」

暇名小五郎 「はい。あまり儲からなかったとか、他にやりたい商売があったとか・・・」

    益田幸三店主 「元々、この商売自体そんなに儲かる商売じゃないですからね。安定はしてますけど」

 温対記者 「そういうもんなんですかあ」

      益田幸三店主 「特に、これといった理由は聞いてませんね」

暇名小五郎 「参考までにお聞きしますけど、新聞販売店の売上げというのは、新聞代金のほかにはどんなものがあるのですか?」

     益田幸三店主 「そうですねえ。少ないですが雑誌もあります。それにチラシ広告の折込手数料、残紙の売却収入ぐらいですね」

暇名小五郎 「仕入のほうはどうですか?」

    益田幸三店主 「はは。そんなに興味がありますか?」

暇名小五郎 「ええ、まあ。せっかくですから・・」

    益田幸三店主 「新聞社に注文して仕入れた代金は、毎月末にその月の分を支払わなければならなくて、紙が残っても返品できないんですよ」

      店主の口ぶりからは、新聞社に対する根強い不満が感じられた。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 木, 08/26/2010 - 12:06 categories [ ]

コメントの表示オプション

お好みの表示方法を選択し、「設定の保存」をクリックすると、表示方法を変更することができます。

駒の流儀・第25部  第127章

第127章「盗難品返還」

 暇名探偵から連絡を受けて、警視庁捜査三課の刑事たちが渡辺竜王の自宅を警戒したが、結局、怪人60面相は現れず、どの棋士にも盗難の被害はなかったのである。

  それから数日経った日、銀座の暇名小五郎の事務所に宅配便が送られてきた。
 送り主は、<怪人60面相>となっていた。

藤田舞子事務員 「先生、なんだか気持ち悪いですよお。爆弾とかじゃないですよね?」

       暇名小五郎 「ははは。大丈夫。開けて見て」

      恐る恐る藤田舞子が箱を開けると、書物や置時計、座布団、扇子等とともに手紙が添えられていた。

     親愛なる暇名小五郎君

       
       最後の流儀の被害者は、渡辺竜王だった。よく見破ったな。
         潔く私の負けを認めよう。

       今まで盗んだ品物を、全部送り返した。君から持ち主に返却していただきたい。
         そして、怪人60面相による盗難事件は、二度と起きないことを約束する。

     なお、偽者の怪人60面相が、私の名前をかたって殺人を犯した。
      一体、誰なのかは知らぬが、私は盗みをしても、人殺しはしない。殺人犯は、私とは全くの別人である。

     その証拠に、私は駒の流儀書を持っている。
      この流儀書にある心得に基づいて、私は違反者を制裁しているのだ。
      偽者は、巻物がどんなものなのか、何もわからないはずであるから、問いただせば、すぐに偽者だと分かるであろう。

                   怪人60面相

    こうして、怪人60面相による盗難事件は、一応の決着がついたかのようだったが、その正体については、依然として疑惑のままであった。

       なぜ、プロ棋士ではないかと噂される怪盗が、このような犯罪を犯したのか、名探偵暇名小五郎をもってしても未だ解明できずにいた。  

    【警視庁捜査三課の部屋】
  

渡り鳥旭警部 「怪人60面相が、盗難品を返却したからといって、その罪が消えるわけではない。なんとしても捕まえますよ」

    細波雷蔵刑事 「僕も警部と同じ気持ちです。このままじゃ、引っ込みがつかないですよ」

     担当の刑事としては、当然のことだった。

世渡甚六三課長 「うむ。それはそうだが、被害届も撤回されたし、あまり深追いしないほうがいいだろうなあ」

   渡り鳥旭警部 「冗談じゃないですよ、課長。さんざん馬鹿にされてきたんですよ。このままにしてはおけません」

暇名小五郎 「はは。警部。あまり熱くならないでくださいな」

     それでなくても、東京は狂ったような暑さだ。その上、心まで熱くなったのでは熱中症で倒れそうであった。

    細波雷蔵刑事 「でも、暇名さん。怪人の奴もずいぶんあっさりと認めたものですねえ。拍子抜けですよ」

暇名小五郎 「そうなんです。私もなんかひっかかるんです」

     世渡甚六三課長 「引っかかるというと?」

暇名小五郎 「はい。うまく説明できないのですが、あっさりし過ぎてる気がします。まるで、正解が出るのを待っていたかのようです」

      世渡甚六三課長 「うむ」

暇名小五郎 「それから、まだはっきりしないのは、盗難と殺人の関係です」

       世渡甚六三課長 「たしかにそうだ。何一つ解明されていない」

暇名小五郎 「私は、怪人60面相が言うように、殺人犯は別にいると思っていますので、捜査一課のほうにも出向いて、協力しようと思います」

    細波雷蔵刑事 「何か、殺人のほうの手掛かりでも掴んだんですか?」

 暇名小五郎 「まだ、はっきりとしたものはありませんが、少しずつ前進してます」

     捜査三課の部屋を出ると、暇名は捜査一課の部屋へと移動した。

     【警視庁捜査一課の部屋】

金銀銅鉄一課長 「こっちは、さっぱり進展なしだ。今のところお手上げだね」

    暇名小五郎 「課長、そんな情けないこと言わないでくださいよ」

寅金邪鬼警部 「暇名さん、あっちこっち出掛けてるってことは聞いてるぞ」

    暇名小五郎 「はは。耳が早いですねえ」

天然流誠捜査官 「怪人60面相が、敗北宣言を出したそうですね。さすが、暇名さんだ」

    暇名小五郎 「ええ、まあ・・。でも死んだ振りかもしれませんよ」 

駒の流儀・第25部  第126章

第126章「勝利宣言」

 暇名小五郎は、はっきりと最後の流儀の被害者は<渡辺竜王>だと宣言した。

暇名小五郎 「伊加さん。渡辺竜王について、知ってることを話してくれませんか?」

あらたまって暇名探偵に聞かれた伊加は、知っていることを、かいつまんで話した。

    伊加訓生代理 「だいたいこのぐらいで、渡辺竜王に関する知識としては十分だと思います」

暇名小五郎 「どうも有難うございます。そこで、怪人60面相からのヒントを検討してみましょう」

 温対記者 「第1のヒントは、1週間以内の対局者だから、これはクリアですよね」

       暇名小五郎 「はい、そうですね。問題は第2のヒントのほうです。温対さん、もう一度見てくださいな」

温対記者 「えーと。その棋士は、王手飛車が好きな表裏のある人物だが、最近、美しい1つの絵を手に入れた」

      暇名小五郎 「はい。そうでした。ところで、伊加さんから見て、この文章はおかしくないですか?」

伊加訓生代理 「はあ。どこが変なのですか?」

       暇名小五郎 「温対さんは、どうですか?」

温対記者 「さあ、なんだろう。なんか変ですか?」

      暇名小五郎 「はい、変です。普通、こういう言い方はしません。つまりですよ、始めのほうの<表裏のある人物だが>の部分と、後ろのほうの<絵を手に入れた>という部分には、なんのつながりも無いということです」

伊加訓生代理 「・・・・・」

     暇名小五郎 「それから、後半の部分は<最近美しい絵を、1つ手に入れた>という書き方のほうが、ちゃんとした文章になります」

温対記者 「そう言われるとそうですが、それほど重要なことなんですか?」

      暇名小五郎 「はい、重要です。この文章は、いかにも無理やりくっつけた印象を受けますよ」

 伊加訓生代理 「たしかに、そんな気もしますが、それがどうしたのでしょうか?」

        暇名小五郎 「つまりですね、文章的にたとえ変なところがあっても、その配列が必要だったということです」

いつものように、暇名探偵の説明は、温対にとっては難解な文学書を読むようだった。

温対記者 「まだ、よくわかんないんですけど・・」

      暇名小五郎 「ええ。怪人60面相は、1つのの前に美しいという言葉を持ってきたかったという意味です」

     温対と伊加は、まだ分からないというふうに、きょとんとしていた。

伊加訓生代理 「暇名さん、わかるように説明してくれますか?」

    暇名小五郎 「はい。まず、ひとつのとは数字の<1>です。そして、<美しい>は一文字にすれば<美>ですが、アルファベットにすれば<B>になります」

伊加訓生代理 「・・・」

        暇名小五郎 「さらに、<絵>もアルファベットでは、<A>になります」

温対記者 「はい、そうですね」

      暇名小五郎 「そして、<表裏>ですが、駒の王将の表は<王>、飛車の裏は<竜>です」

伊加訓生代理 「王手飛車と表裏は、継がっているというのですか?」

      暇名小五郎 「そういうことです。飛車手王というのは、いかにも変ですから裏表のほうを、表裏と言い換えたのです」

温対記者 「どうも僕には、まだ言ってることがわかんないす」

     暇名小五郎 「いいですか、温対さん。王手飛車と表裏は連動しているのですから、王の表と飛車の裏がつながります」

伊加訓生代理 「すると、王の表は<王>、飛車の裏は<竜>になりますね」

     温対記者 「あ! 竜王ですね」

 暇名小五郎 「普通の言い方をすれば、<裏表>のほうが一般的です。それをわざわざ<表裏>と書いています。つまり、王手飛車と対比させるために、表が先で裏が後である必要があったのですよ」

      伊加訓生代理 「なるほど・・」

暇名小五郎 「文章を作り直してみましょうか」

    

   <その棋士は、竜王だが、最近B1からAに上がっている>

          これが答えですよ。

温対記者 「凄い! 暇名さん、さすがですねえ」

伊加訓生代理 「驚きです。よくわかりましたねえ」

       信じられないというように、伊加訓生は暇名小五郎のほうを見た。

温対記者 「それで、暇名さん。答えをどうするんですか?」

暇名小五郎 「もちろん、渡辺竜王の自宅で待ち伏せします。尤も、張り込みに気づいて捕まらないでしょうけど、私の勝ちは認めてくれるでしょうね」
 

駒の流儀・第25部  第125章

第125章「竜王の投了」

 東京将棋会館5階の特別対局室では、王位戦紅組リーグの4回戦が行われていた。
  佐藤康満9段対渡辺晃竜王という、好カードである。

 暇名探偵と温対記者は、30分ほど観戦していたが、途中で伊加代理とともに、特別対局室を出てきた。

暇名小五郎 「伊加さん、少し教えていただきたいのですが、時間はありますか?」

     伊加訓生代理 「ええ。もちろん大丈夫です。僕で分かることでしたら、なんでも話しますので」

     3人は、地下の喫茶ルームに腰を落ち着けた。

暇名小五郎 「今の対局ですけど、どちらが優勢だったのですか?」

      伊加訓生代理 「そうですねえ。序盤から佐藤9段の構想が決まっていて、渡辺竜王が苦しそうでしたが、今の時点では、はっきり佐藤9段が優勢になっています」

 暇名小五郎 「そうなんですか。渡辺竜王の表情を見ていたら苦しそうだったので、やはりね・・・」

      伊加訓生代理 「たぶん、夜まではかからないのではないですかねえ」

     連盟の事務局の中でも、相当強いという伊加だったが、局面の判断も的確で、その後まもなくして竜王の投了となったようだ。

温対記者 「僕なんか、まだどっちが有利なのか分からなかったけど、伊加さんは強いんですねえ」

    伊加訓生代理 「はは。冗談やめてくださいよ。あてづっぽうで言っただけですから」

     温対に誉められて、純情な伊加は少し照れた。

暇名小五郎 「ところで温対さん。最後の流儀ですが、覚えてますか?」

    温対記者 「えーと。<飛>の流儀ですよね。たしか、心得は<闘>でした」

暇名小五郎 「そうです。限りなき闘志と闘魂と言ってました。根性物語ですよ」

     珍しく、暇名がおどけた調子で言った。

 暇名小五郎 「そこで、伊加さんから見て、今日の渡辺竜王の対局ぶりはどうでしたか?」

      伊加訓生代理 「暇名さんに指摘されて見ると、なんだかいつもの渡辺竜王らしくなかったですね。あっさりしてて」

暇名小五郎 「私も、そんなふうに見えました」

    伊加訓生代理 「仰るとおりです。闘志が感じられないまま、佐藤9段に押し切られたという印象ですね」

温対記者 「佐藤9段が強かったからじやないですかねえ?」

    伊加訓生代理 「もちろん、それもあるでしょうけど、やはり渡辺竜王らしくなかったように思います」

 暇名小五郎 「私が怪人60面相だったら、真っ先に今日の渡辺竜王は<飛>の流儀違反だと言うでしょうね」

       伊加訓生代理 「同感です」

温対記者 「でも暇名さんは、どうしてこの対局に注目したんですか?」

       温対は、実に不思議だという顔をしてみせた。

  暇名小五郎 「ははは。実は、温対さんと名古屋から秋田へ出かける前に、すでに目星がついていたんですよ」

    暇名探偵は、なんとなく楽しそうだった。

温対記者 「ほ、ほんとですか?」

     暇名小五郎 「ええ。対局予定表を見ると、渡辺竜王の対局は今日になっていたので、それに合わせて戻って来たわけです」

温対記者 「そうだったんですかあ。じゃあ、渡辺竜王が最後の被害者候補だというのですね」

    暇名小五郎 「はい。竜王の対局ぶりも、佐藤9段の圧勝のせいで、闘志不足のように見えただけですよ。先入観をもってみれば、どういうふうにも見えますからね」

伊加訓生代理 「し、しかし。どうしてですか? なぜ渡辺竜王だと分かったのですか?」

     流石の伊加代理も、何がなんだか分からないでいた。

駒の流儀・第25部  第124章

第124章「挑戦状の答」

 東京に戻って来た暇名探偵は、その足で四谷の週刊ポテト社に行った。

皆本義経編集長 「暇名さん。どうもお疲れ様でした。むこうはどうでしたか?」

     暇名小五郎 「それが、新聞販売店のオーナーが、途中で交代していましてね・・・・・」

     名古屋の関根銀四郎氏の話を聞いてから、秋田県まで行ってきた経緯まで、すべて皆本編集長に報告した。

皆本義経編集長 「そうでしたか。その新聞店の以前のオーナーさんの居所が分かればねえ・・」

      皆本も、悔しそうだった。

 後呂記者 「そうそう、それより暇名さん。怪人60面相への返事はどうするんですか?」

       暇名小五郎 「そうでした。明日が期日ですねえ」

     暇名は、わりと平然としていた。

温対記者 「心配だなあ。暇名さん、そんなに落ち着いていて大丈夫なんですか?」

      暇名小五郎 「別に大丈夫なわけではないですが、心配していても仕方ないですからね」

      みんなの心配をよそに、暇名小五郎は別なことを言った。

   暇名小五郎 「それより、温対さん。今日の対局を見に行きませんか?」

温対記者 「えーと、誰の対局ですか?」

       暇名小五郎 「誰と言うことではなく、将棋会館で何局かありますよね。それを見に行くんですよ」

      温対は、暇名探偵のことだから、きっと何か考えがあるのだろうと思って、黙って一緒に千駄ヶ谷の東京将棋会館へ行くことになった。
     連盟のホームページで、対局案内を見ると、3局予定されていた。

温対記者 「もう始まってますけど、お目当ての対局があるんですか?」

将棋会館のエレベーターの中で、温対が聞いた。

     暇名小五郎 「ええ。あるといえばあるんですけどね」

       意味深に言うところが、暇名探偵の特徴だった。

温対記者 「教えて下さいよ、暇名さん」

      暇名小五郎 「はは。たぶん、怪人60面相からの挑戦状の答えがあるはずです。それを確かめにきました」

 温対記者 「ほんとですか? へえ、今日の対局者の中に、最後の被害者がいるってことですか?」

暇名は、それには答えず、本日行われている対局を確認していた。すでに下記の3局が始まっていた。

    王位戦 白組リーグ 丸山忠寿9段 対 戸部誠5段
        紅組リーグ 佐藤康満9段 対 渡辺晃竜王

    順位戦 B級2組 3回戦 先崎勉8段 対 森下宅9段   

  

温対記者 「凄い、好カードばっかりすよ」

      5階の特別対局室が、佐藤対渡辺戦で、あとの2局は4階の対局室で行われていた。

   暇名小五郎 「面白そうですね。普段は滅多に見れません」

      渡辺竜王と対戦する佐藤康満9段は、今期B級1組に落ちたとはいえ、依然実力最強であることに変わりはなかった。
       今期は、現在まで15勝4敗で勝率7割9分と、佐藤にしては、やや不本意な成績である。

      
温対記者 「どの対局から見るんですか?」

     暇名小五郎 「はは。下から順番に見ていきましょうか」

     先崎対森下戦、続いて丸山対戸部戦の両方の対局を、10分ほど見ていただけで、暇名小五郎は5階の特別対局室のほうに足を運んだ。

      普段は、予約がないと入れないのだが、将棋連盟から依頼された事件の解明に必要ということで、特別の許可を受けていた。
     事務局長代理になったばかりの伊加訓生職員が、わざわざ2人を案内してくれた。 

駒の流儀・第25部  第123章

第123章「ラーメン店」

 新聞社というのは、業績の悪い販売店のオーナーを辞めさせることが出来る強い権限を持っている。
  但し、配達に支障がないように、同じ店舗、同じ従業員を引き継ぐことが多いため、外見上はオーナーの交代は分からないものである。

  暇名たちは、思わぬところで、新聞販売店の形態を知るところとなったが、肝心の猫面忠治の友達のことは聞けなかった。
 暇名は、益田店主に探偵事務所の名刺を渡して、もし訳知雀氏の居所が分かったら、連絡して欲しいと伝えて店を出てきた。

温対記者 「暇名さん。真っ直ぐ帰りますか? 僕はお腹が空いたなあ」

     暇名小五郎 「ええ、私もです。どこかで何か食べましょう」

     2人が歩き回った末に見つけた店は、<うろちょろ中華>と書かれた看板のあるラーメン店だった。

温対記者 「なんか不味そうな店ですねえ」

      暇名小五郎 「はは。そうですか」

     それほど小さな店ではなかったが、時間帯のせいもあってか、客はいなかった。

周欲富店主<59歳> 「アイヤー! いらっしゃいアル。何にするアルかね?」

どうやら店主は、中国の人のようだった。2人とも塩ラーメンを注文した。

温対記者 「ねえ暇名さん。今の店主、韓国ドラマによく出てくる面白い親父さんに似てませんか?」

     暇名小五郎 「ああ、わかります。チャングムの誓いなどに出ていた役者ですね」

     聞かれないように、暇名は声を潜めて答えた。

 温対記者 「そうそう。今、BSで放送中のイ・サンにも出てますよね」

     暇名小五郎 「はは。たしかによく似てますね」

      ラーメンをゆでていた店主が、ジロッとこっちを睨んだような気がした。

暇名小五郎 「温対さんも、韓国ドラマのフアンなのですねえ」

     温対記者 「へへ。もちろんすよ。韓国ドラマを見だしたら、日本のドラマなんか馬鹿らしくて見れないすよ」

 暇名小五郎 「はは。そうですね」

      温対記者に劣らず、暇名小五郎も大の韓流フアンだった。

温対記者 「ねえ、暇名さんは、今まで見たなかで、何が一番面白かったすか?」

     暇名小五郎 「ははは。そういう温対さんは何がよかったですか?」

温対記者 「そうすねえ。いっぱいあるから・・・なにかなあ。・・<冬のソナタ>とか<チャングム>とか、<テジョヨン>、<頑張れクムスン>とかですかねえ」

      女性の話以外では、こういう趣味の話が一番面白い。温対は楽しそうに、指折り数えた。

   
 温対記者 「僕は、こんなとこですけど、暇名さんのイチオシのドラマを教えてくださいよ」

暇名小五郎 「はは。いいですよ。私が見た中では、<バリでの出来事>が一番です」

温対記者 「あ、聞いたことあります。まだ見てないですけど。そんなに面白いですか?」

      暇名小五郎 「そうですねえ、見る人によって受け止め方や好みが違いますから」

温対記者 「たしかにそうだけど、暇名さんが推薦するなら見てみたいなあ」

     暇名小五郎 「はは、どうぞ。ストーリーも出演者もいいし、音楽も含めてすべてにおいて最高傑作だと思いますよ」

    あの暇名小五郎が、ここまで推奨するドラマなのだから、どれほど面白いのか温対記者も強く興味を持った。

周欲富店主 「ちょっとちょっと、台湾ドラマも面白いアルヨ」

     2人の会話を聞いていたのか、面白い親父さんが割り込んできた。

 周欲富店主 「お客さんたち、どこから来たアルのか?」

    東京から来たというと、長男と次女が東京に居るといって話し出した。
 

周欲富店主 「アチも、若いときは東京に住んでたアルよ。銀座も新宿も浅草も知ってるアル。秋葉原に行ったときは・・・・・」

   話がなかなか終わらない。ラーメンがいつできるのか。

    温対記者 「あの、すみませんけど、お腹空いてるんですけどお」

      店主は、話の腰を折られて、不機嫌になったようだ。

周欲富店主 「はいはいはい。すぐ作るアルけど、味は保証しないアルからね」

    周欲富という店主は、ここの中華屋のほかに、パチンコ店とスーパーも経営していると言った。
     いかにも金にこまかいという顔つきをしていた。

    この後、暇名と温対の2人は、秋田県から東京へ戻っていくのだが、結局、期待したほどのものは得られなかったようにみえた。
   だが、実際には暇名たちが気づかないうちに、大きな収穫を持ち帰っていたのである。

コメントの表示オプション

お好みの表示方法を選択し、「設定の保存」をクリックすると、表示方法を変更することができます。