駒の流儀・第21部

第102章「病人」

 福井県の福井市にやって来ていた山岡組の山岡鉄収組長が訪れたのは、福井県立脳外科病院だった。
  ちょうど、暇名探偵と温対記者が小浜市の藁人形宅を訪問した日の翌日になる。

小茶園猛若頭 「組長、こんなところに何の用事があるんすか?」

    山岡鉄収組長 「おう、若頭はここで待っててくれ」

    若頭の問いには答えず、山岡は受付のほうに行った。
  しばらくして、山岡は奧にあるエレベーターに乗った。
   小茶園がなにげなく見ていると、エレベーターは5階で止まったようだ。

 エレベーターを降りて、508号室の前まで来ると、山岡は在室者を確認してから、中へ入った。
  ベッドの傍には、60歳代位の婦人が付き添っていた。

山岡鉄収組長 「どうも。山岡といいます」

     やくざの親分とは思えないほど、丁寧な挨拶をしたので、相手の婦人も会釈で返してくれて、姉だと名乗った。

山岡鉄収組長 「このたびは、茂幸さんが不幸なことになり、心中お察し申し上げます」

     茂和の姉<64歳> 「いいえ。ご丁寧にどうも」

    山岡組長は、興信所の者だと名乗り、現在関東連合会というアマチュアの将棋団体からの依頼で、殺人犯の追及をしているところであること、すでに小浜市で藁人形茂和氏の奥様に会ってきたことなどを話した。

茂和の姉 「そうでしたか。ご苦労様です」

    病室で寝ていたのは、藁人形茂和氏<62歳>で、被害者の父親だった。

山岡鉄収組長 「実は奥さんに話を聞いたんですが、ご主人にも参考までに話を聞きたいと思って来たんですがね・・・」

     茂和の姉 「はあ。でも、話ができる状態ではないですから」

山岡鉄収組長 「相当悪そうに見えますが、どんな病気なんですか?」

     山岡は、息子が死んだことで、心身の疲労で寝込んだんだぐらいに考えていた。

      茂和の姉 「患者の秘密ですので、病名はちょっと・・・」

山岡鉄収組長 「そうですか。では、いつごろから入院されてるのですかね?」

     会話をしながら山岡組長は、この女性の顔に見覚えがあるような気がしたが、はっきりとは分からなかった。

      茂和の姉 「もう半年ほど経ちますわ」

山岡鉄収組長 「え! そんなに長く?それでずうっとお姉さんが付き添っているんですか?」

    茂和の姉 「いいえ、とんでもない。今度の事件が起きて、義妹も心労で倒れてしまって、どうしてもと頼むから来てるんですよ。来たくて来てるわけではないです」

    姉は、仕方なく来てるとでも言いたげだった。

山岡鉄収組長 「茂和氏には、他に兄弟はいないんですか?」

      藁人形茂和氏は、眠っているわけではなかったが、全く口を開かなかった。ただ黙って山岡のほうを見ていた。

   茂和の姉 「4人兄弟ですが、兄と弟は亡くなっていますので、私と茂和だけです」

     口ぶりからすると、兄弟仲は、あまり良くないようだった。

      茂和の姉 「正直なところ、私と弟は昔から仲が悪くて、ほとんど付き合いも無かったんですけどね。こんな時だけ呼ぶんですからね」

     明らかに、姉の機嫌は悪かった。早く自宅に戻りたいのだろう。

山岡鉄収組長 「見舞いには、誰か来ますか?」

     茂和の姉 「はい。会社の人が多いです。奥さんは時々、替え下着を持ってきたりしてますよ」

     ちらっとベッドのほうを見たが、沈黙の病人はいったい何の病気なのか、山岡には皆目見当が付かなかった。

山岡鉄収組長 「どうも、いろいろ助かりました。また来るかもしれませんが・・」

      茂和の姉に礼を述べて、山岡は病室を出てきた。病人は結局一言も話さなかった。
     エレベーターに乗って、1階に下りると、ロビーで小茶園若頭が待っていた。

山岡鉄収組長 「若頭、待たせたな。すまねえ」

    小茶園猛若頭 「お疲れです。これから東京へ戻りますか?」

      山岡は、今夜は福井に泊まるから、先に東京へ帰ってるように命令した。  

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 火, 07/27/2010 - 14:36 categories [ ]

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駒の流儀・第21部  第105章

第105章「該当者なし」

 週刊ポテト社では、暇名探偵を囲んで、打ち合わせが行われていた。
   将棋連盟の越中事務局長から聞いた話を、検証するためである。

温対記者 「編集長。越中事務局長さんによると、怪人60面相はブロ棋士であり、子供の頃は<ゆきちゃん>と呼ばれていたらしいですよ」

    皆本義経編集長 「だが、どうやって調べて、どういうふうに断定したかは分からんが、本当に間違いないのか?」

暇名小五郎 「可能性は、十分高いと思いますよ。あの慎重な越中さんが、あそこまではっきり言われたのですから」

     温対記者 「そうですよ。越中さんは、自信がありそうでしたから」

皆本義経編集長 「そうか、わかった。事実関係は、また後でじっくり調べるとして、とりあえず問題は<ゆきちゃん>ということだな」

      後呂記者 「編集長。プロ棋士に限定しないで、奨励会の退会者も範囲に含めてはどうですかねえ」

皆本義経編集長 「うん? 奨励会の退会者か・・・。だけど、彼らはプロじゃないだろ?」

     暇名小五郎 「越中さんの話では、<ゆきちゃん>はプロ棋士になったと、はっきり聞いたそうですから、この際、奨励会の退会者は除外というか、保留して考えたほうがいいでしょうね」

      将棋界にあまり詳しくない人は、奨励会員はプロ棋士かどうかわからないはずなので、一概に奨励会退会者を外すことはできないと思ったが、暇名の直感では、プロ棋士以外には考えられなかったのである。

皆本義経編集長 「では、その<ゆきちゃん>に該当しそうな棋士が、5人ということか?」

     温対記者 「はい。森内、畠山、窪田、高野、中尾。みんな名前に<ゆき>がつきます」

     温対は、連盟の伊加職員から聞いたことを、そのまま伝えた。

皆本義経編集長 「5人だけか・・・。すぐ分かるな」

      温対記者 「それがですねえ。結果から言うと、全員該当しないんですよ」

後呂記者 「え! 全員だめ? どういうことなの?」

      温対記者 「いままで6回の盗難事件があったんですけど、みんなそれぞれ、どれかの事件の日のアリバイがあるんですよ」

皆本義経編集長 「ほんとか?」

      温対記者 「はい。対局してたり、研究会だったり、講師や解説やってたりで、確かなアリバイなんすよ」

暇名小五郎 「怪人60面相の予告に基づく盗難事件は、ひとりの人物によって引き起こされていると考えられますから、どれか1つについてでも、アリバイが成立すれば、違うということになります」

      皆本義経編集長 「なるほどなあ。それで該当者なしか」

     検討会の途中だったが、暇名探偵の携帯に、警察から連絡が来た。

暇名小五郎 「はい。暇名ですが。あ、寅金警部ですか。何かありましたか?」

      捜査一課の警部からということで、暇名だけではなく、編集部の面々も緊張して聞いていたが、暇名小五郎の表情は次第に険しくなってきていた。
       電話が終わると、すぐ皆本が暇名に問いかけた。

皆本義経編集長 「どうしたんですか。何かあったんですか?」

     暇名小五郎 「はい。寅金警部からでしたが、また殺しがあったそうです」

皆本義経編集長 「殺し? それで」

     暇名小五郎 「はい。八幡山のマンションで死体が発見されたようです」

皆本義経編集長 「もしかして、毒殺か?」

    暇名小五郎 「そのとおりです。阿佐ヶ谷の事件と手口が似ているから、私に知らせたらしいですよ」

温対記者 「だ、誰が殺されたんですか?」

    暇名小五郎 「やくざです。山岡組の組長らしいです」

皆本義経編集長 「山岡組なら、池袋だな」

      さすがに皆本は、その方面は詳しい。だてに編集長をしているわけではなかった。

     後呂記者 「編集長、知ってるんですか?」

皆本義経編集長 「名前はな。それで、何で殺されたんだ?」

     暇名小五郎 「詳しいことは、まだ分かりません。あとで警視庁へ行って見ます」

      例によって、温対記者も同行することになった。

暇名小五郎 「それで、さっきの<ゆきちゃん>のほうですが、越中さんに会ったときに、詳しい経緯を聞こうと思ってます」

    皆本義経編集長 「そうですね。それからでないと、判断できない」

      週刊ポテト社の専用車を出してもらって、暇名と温対は、霞ヶ関の警視庁まで来た。

暇名小五郎 「警部、ご連絡有難うございます。それで、どういうことですか?」

    寅金邪鬼警部 「うん。まだ断定は出来ないが、怪人60面相との関わりも考えられる」

       鬼警部の判断を聞いて、暇名小五郎も興味を示した。

暇名小五郎 「課長、この事件は匂いますね」

    金銀銅鉄一課長 「暇名さんも、そう思うのかね。阿佐ヶ谷の事件と関係があると」

暇名小五郎 「思います。勘ですが、同一人物の犯行です」

    天然流誠捜査官 「暇名さんの勘は、当るからなあ」

暇名小五郎 「問題は、やはり動機でしょうねえ。なぜ暴力団の組長が・・・」

      暇名の頭の中には、山岡組と対立する組織との抗争などは、毛ほども無かった。
       この後、暇名探偵が、警視庁を出て、温対記者とともに向ったのは、西池袋だった。

駒の流儀・第21部  第104章

第104章「死体発見」

 警視庁の合同捜査会議が行われた日から3日後だった。

  京王線の八幡山駅から、北側へ環八通り沿いに10分ほど歩いて行くと、<上北沢第3ライオンズマンション>がある。ちょうどヤマダ電機の裏側になる。

 朝早く、救急車とパトカーが、そのマンションの周りに数台停まっていた。
   出勤で急ぐサラリーマンやOLも、何事かという顔をしながらも、足早に通り過ぎていた。
   新聞社やテレビ局などの報道陣や取材陣も駆けつけてきていた。

 他殺死体で発見されたのは、このマンションの5階に住む<山岡鉄収>という男性だった。

金銀銅鉄一課長 「死体の第1発見者は誰だ?」

       天然流誠捜査官 「山岡組の組員です」

     被害者が、暴力団組長であることがわかったので、捜査一課長が直々に乗り出してきたのである。
 

金銀銅鉄一課長 「その組員は、何しにここへやって来たのだ?」

    天然流誠捜査官 「なんでも、今朝は9時から上部組織の幹部たちが集まるので、朝7時に起こすように頼まれていたため、7時に電話をしたが、何度かけても出なかったので、様子を見に行ったということです」

寅金邪鬼警部 「それで、その組員がマンションに着いたのが7時半頃です。組長付きの組員は、合鍵を持たされているので、部屋の中へ入ると、山岡組長が床に倒れていたそうです」

       死因は、青酸カリによる毒殺である。
 

    天然流誠捜査官 「現在捜査中の、阿佐ヶ谷の居酒屋で使用されたものと同じものです」

金銀銅鉄一課長 「うむ」

    寅金邪鬼警部 「課長、一連の怪人60面相の犯行の可能性もありますね」

金銀銅鉄一課長 「そうだな。だが、慎重に捜査する必要があるぞ。予断は禁物だ」

     捜査一課が、殺人と断定したのは、遺書が無かったことと、被害者が飲んだとみられる飲み残しのビールのコップの中に、青酸カリが検出されただけで、その毒薬の入った壜などが、残されていなかったからである。

金銀銅鉄一課長 「誰かと飲んでいた可能性があるな」

     金銀課長は、山岡が座っていたと思われる椅子の、対面の椅子に腰掛けた。

金銀銅鉄一課長 「犯人は、ここに座っていた。そして、被害者がトイレに立つなどした時に、被害者のコップに毒を入れた」

     課長は、実際にコップの中に毒を入れる仕草をしてみせた。

    天然流誠捜査官 「たぶん、そうだと思います。そして、自分の指紋を全部拭き消してから、グラスを持って逃走したのでしょう」

寅金邪鬼警部 「やはり、阿佐ヶ谷の事件と似てますなあ」

    天然流誠捜査官 「でも警部。阿佐ヶ谷は、アマ竜王が殺されて、怪人60面相からも犯行声明が出されています。しかし、山岡は暴力団の組長ですよ。どんな関係があるというのですか?」

      まだこの時点では、警察は関東連合会が山岡組に、怪人60面相の正体について、調査を依頼したことは、把握していなかった。

    寅金邪鬼警部 「うむ。見当もつかんなあ。これからだ」

金銀銅鉄一課長 「案外、似ているだけで、全く別の事件かも知れない。いずれにしても、寅金警部は動機の解明、天然流君は目撃者がいるかどうか、更に第1発見者の組員からも、再度詳しく話しを聞くことだ」

    寅金邪鬼警部 「承知しました。それから、暇名探偵のほうにも、この事件については、連絡しておいたほうがいいでしょうか?」

金銀銅鉄一課長 「そうだな。やはり、連絡しておくべきだろう。暇名さんの推理力は頼りになるからな」

      金銀課長は、当然だという顔をした。
 

駒の流儀・第21部  第103章

第103章「警察の威信」

 警視庁では、捜査一課と捜査三課の異例の合同捜査本部が置かれていたが、どちらの課も怪人60面相の尻尾どころか、影すら踏むことが出来ないでいたのである。

赤外線透警視総監 「暇名探偵の説では、盗難犯と殺人犯は別人だということに傾いたらしいが、課長たちの意見はどうなんだね?」

    金銀銅鉄一課長 「私は、決めかねています」

     いまだに捜査一課は迷っていた。以前の検討では、暇名探偵も天然流捜査官も同一人物説を主張していたが、一転、別人説に変更したからである。

世渡甚六三課長 「私は、暇名探偵説と同じです」

     三課長は、一貫して別人説をとっていた。

    赤外線透警視総監 「うむ。どうしたものか・・・」

     両課長の意見が違うので、なかなか足並みが揃わないでいた。

赤外線透警視総監 「世渡さん。先日、第6の犯行声明が来たようだね」

     世渡甚六三課長 「はい。角の流儀です。したがって、すぐにでも最後の流儀の予告があるものと予想されます」

赤外線透警視総監 「つまり、飛車の流儀ということだな。順番どおりなら・・」

     渡り鳥旭警部 「こんども、暇名探偵宛に来るでしょう。今のところ、それを待つしか手がありません」

       熱血警部にしてみれば、切歯扼腕というところである。
 

赤外線透警視総監 「何か打つ手はないものかな?」

     天然流誠捜査官 「三課長が、最後の流儀と言われましたが、飛の流儀が終わったら、次は無いということでしょうか? 打ち止めというか・・・」

      一課の麒麟児から、発言があった。

世渡甚六三課長 「たしかにそれは気になるところですねえ」

     寅金邪鬼警部 「一巡したら、また初めからってことには、ならないでしょうなあ。リングみたく・・」

       寅金警部らしい、ウイットにとんだ発言だったが、誰も笑わなかった。

細波雷蔵刑事 「そんなことをしてたら、いつまでたっても終わらないですよ」

      生真面目な細波刑事が、まともに食いついてきた。

赤外線透警視総監 「はは。殺しのほうはどうなってる?」

     警視総監は、検討の鉾先を変えた。

    金銀銅鉄一課長 「はい。今のところ、物的証拠となるものは出てきません。容疑者の男は、変装しており、目撃者も店長ひとりでして、顔はもちろん、身体の特徴なども何も覚えていないようです」

寅金邪鬼警部 「動機が全くつかめません。警視が指示されたように<金銭>、<復讐>、<恋愛>のどこからも何も出てきません」

      赤外線透警視総監 「いや。動機は必ず、その3つの中にある。まだ突っ込みが足りないだけだ」

金銀銅鉄一課長 「申し訳ありません」

       赤外線警視の立場を思うと、金銀課長も頭を下げるしかなかった。
      この事件には、警察の威信と上層部の進退がかかっていたからである。

天然流誠捜査官 「前回の闇の棋士事件でもそうでしたが、この事件も将棋が深く関わっているのは確かです」

     寅金邪鬼警部 「うむ。殺されたのがアマ竜王なのだからな。そういう意味では将棋に関係してるのは最初からわかってるぞ」

天然流誠捜査官 「ですから、将棋関係者の中に犯人がいるとか、動機が将棋に直結してるとか、そういう意味です」

     赤外線透警視総監 「なるほど」

寅金邪鬼警部 「そうかねえ。将棋が原因で殺されるとしたら、うっかり駒も持てないな」

      鬼警部独特の言い回しであり、慣れている天然流には気にならなかったが、三課の刑事たちには不評だった。

   渡り鳥旭警部 「我々三課は、寝る間も惜しんで、捜査している。一課も、もう少し真面目にやってもらいたい」

     寅金と渡り鳥の両警部のキャラクターの違いが、はっきりでて面白いが、この時すでに、捜査一課を震撼とさせるほどの衝撃の事件の発生が、刻々と迫っていたのである。

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