駒の流儀・第20部

第97章「息子の友だち」

越中褌事務局長 「その亡くなられた息子さんのお友達は、この村におりますか? 名前はなんと言う人ですか?」

 つい越中は、立て続けに質問した。その友達のことが、妙に気になるからであった。

    猫面鈴江 「忠治が、よく遊んでいた子は2人いましたわ」

越中褌事務局長 「2人ですか・・」

    猫面鈴江 「はい。ひとりは将棋の仲間で、時々家に来て自分の部屋で将棋をしていました」

越中褌事務局長 「将棋の仲間ですか・・・。名前は分かりますか?」

将棋と聞いて、越中は内心、小躍りした。

     猫面鈴江 「本名は知りません。息子は、その子を<ゆきちゃん>と呼んでいました」

越中褌事務局長 「そうですか。その<ゆきちゃん>の親の職業とか、家の場所とかはご存知ですか?」

  猫面鈴江 「さあ、わからないです」

        妻は、申し訳なさそうに顔をしかめた。

越中褌事務局長 「もう1人の子は、誰ですか?」

    猫面鈴江 「たまに家に連れて来る男の子で、新聞配達のアルバイト先で知り合ったと言ってました」

越中褌事務局長 「息子さんは、新聞配達をしてたのですか」

    猫面尺治 「忠治は、小遣いを稼いで、いい将棋盤を買うと言ってましたよ」

      父親の尺治は、息子の部屋には今でも、その将棋盤が置いてあると言った。

    猫面鈴江 「その子の名前は知りません。両親が何をしてたのかもわかりません」

越中褌事務局長 「お友達との付き合いは、何年ぐらいでしたか?」

  猫面鈴江 「そうですねえ・・・ゆきちゃんとは1年ちょっと。もう1人の子は半年ぐらいでしたわね」

越中褌事務局長 「どっちの子とも、短い間だったのですね。年齢はわかりますか?」

 猫面鈴江 「さあ? 2人とも忠治よりは年上に見えましたけど・・。正確には聞いたことがないので」

越中褌事務局長 「そうですか。同級生ということはないでしょうか?」

猫面鈴江 「さあ、どうかしら。もしかすると、そうかも知れませんけど」

越中褌事務局長 「息子さんが通っていた中学は、なんという学校ですか?」

猫面鈴江 「村奧中学校です」

       役場の近くで、歩いても15分位の所にある学校だった。
 

越中褌事務局長 「2人のお友達ですが、共通の友達ですか?」

猫面鈴江 「共通というと?」

よく意味がわからないようだった。

越中褌事務局長 「つまり、その友達同士は知り合いでしょうか?」

事務局長は、分かりやすいように言い直した。

猫面鈴江 「さあ、どうかしら? 3人で遊んでるのを見たことはありませんから、別々の友達で、お互い知らないのではないでしょうか」

越中褌事務局長 「それぞれ付き合っていた期間は短いようですが、親の転勤か何かの関係でしょうかね?」

猫面鈴江 「たぶんそうだと思います」

越中褌事務局長 「あの、息子さんが新聞配達をしていたという新聞販売店は、まだありますか?」

猫面尺治 「ああ、益田さんのとこだね。まだあるよ」

越中褌事務局長 「そうですか。店主さんは、同じ方でしょうか?」

猫面尺治 「さあ? 今は益田幸三さんがやってるけど、その前は誰だったかなあ」

猫面鈴江 「そうねえ、益田さんは15年ぐらいよね。忠治が働いていたときは誰だったのかしら」

     越中は、新聞販売店の場所を聞いて、猫面宅を出ようとすると、妻の鈴江が思い出したように口を開いた。

猫面鈴江 「そうそう、そういえばその<ゆきちゃん>ていう子は、その後プロの将棋指しになったとか、忠治が話していたことがありました」

越中褌事務局長 「え!! プロ棋士にですか?」

さすがに冷静な越中も、おもわず大声をあげた。

 猫面鈴江 「はい。その子の父親が、プロ棋士にしたいと、いつも言っていたそうです」   

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 火, 07/20/2010 - 11:17 categories [ ]

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駒の流儀・第20部  第101章

第101章「傍観者の演出」

 全員が注目する中、暇名探偵は、あらためて怪人60面相が2人であることを強調してから、殺人を急ぐ理由に触れた。

暇名小五郎 「私の私見であり、推測に過ぎませんが、怪人60面相による盗難事件が発生した時には、偽者の人物は単なる傍観者だったのです」

     米中会長 「うむ」

暇名小五郎 「ところが、どの時点か分かりませんが、ある事情で人を殺めなければならなくなったのです。そこでその人物は、怪人60面相の事件を利用することを思いついたのでしょう」

      不利舎耕介副委員長 「うーむ。一連の犯行も含めて、殺しも怪人60面相の仕業にみせんけようとしたと・・・」

暇名小五郎 「そうです。その人物は、怪人60面相以上に悪知恵の働く男です」

     丸潮新次郎委員 「<男>ですか?」

暇名小五郎 「はい。断定してよいでしょう」

     渡り鳥旭警部 「それは間違いない。居酒屋で殺害された店主と飲んでいた男が、犯人であることは確実だ」

    丸潮新次郎委員 「わかりました。続けてください」

暇名小五郎 「私の推測では、第3の犯行あたりではないかと思います。なぜかというと、そのあたりで怪人60面相の犯行の流れが見えてきており、容易に偽者を演じることが可能になった頃だからです」

    喝采賢介委員 「なるほど。彼のパターンが読めるようになったわけだなぁ」

不利舎耕介副委員長 「つまり偽者は、<桂の流儀>あたりで犯行を決意し、7つの流儀が完成するまで待っていた。そしてその後に<王の流儀>を持ち出して、殺人を実行するつもりだったのだな」

   大吉三郎委員長 「ところが、事情ができて<殺し>を急がねばならなくなったわけだ」

湯川慶子委員 「問題は、その事情なのね。難しいわねえ」

暇名小五郎 「はい。我々は、その殺人者が抱えている事情を探らなければなりません」

     米中会長 「なるほど。君は、噂どおりの名探偵だ。納得した」

   妖怪が納得したところで、各者が協力しあいながら、犯人の事情を追及するということを確認して、会議は終わりとなるところだった。
    皆、帰りかけているところで、先ほどから何か考え込んでいた伊加職員が発言した。

伊加訓生職員 「あの、暇名さん。さっきの怪人60面相からの犯行声明文ですけど、どうも何か変だなと思っていたのですが、やっとわかりましたよ」

      暇名小五郎 「そうですか。伊加さんも気がつきましたか」

伊加訓生職員 「はい。やはり暇名さんも、気がついていたのですね」

     米中会長 「おいおい、2人とも。いったい何の話をしてるんだ?」

会長は怪訝そうだったが、他の出席者も同じで、皆、足を止めて2人を見ていた。

伊加訓生職員 「実は、あの手紙の中で、<最優秀棋士賞>の賞状を取り上げたと有りますが、三浦8段は、<最優秀棋士賞>は受賞していないのですよ」

    暇名小五郎 「はい、そのとおり。渡り鳥警部がNHK杯戦で優勝した時の賞状が盗まれたと、はっきり言ってましたね」

渡り鳥旭警部 「そうだった。間違いない。実際、盗まれたのはNHK杯戦で優勝した時のものだ」

    西村和義専務理事 「うむ」

米中会長 「つまり、どういうことになるのだ?」

     暇名小五郎 「それにしても、伊加さんは、よく気がつきましたねえ。たいしたものです」

       名探偵は、こころから感心していた。
 

伊加訓生職員 「でも暇名さん、僕にはその意味はわかりませんけど・・」

    喝采賢介委員 「私が思うに、単純に勘違いしただけじゃないのかなぁ」

暇名小五郎 「はは。喝采さん、そのとおりなのです。つまり、怪人60面相は、それ程慌ててこの手紙を書いたということを示しています」

     米中会長 「犯人が慌ててたというのかね?」

暇名小五郎 「はい。問題なのは、怪人60面相が賞状の名称を間違うほど、なぜそこまで慌てていたのかです」

     温対記者 「暇名さん、それは何故なんですか?」

暇名小五郎 「犯人が、これだけ慌てていたということと、駒の流儀の順番が変更されたこととは、無関係ではありません」

    不利舎耕介副委員長 「うむ、暇名君の推理が正しければ、それだけ犯人に余裕が無くなっていたということになる。ということは、今犯人の身辺は、非常に慌ただしい状況にあるということになるが、近いうちに新たな展開が起こることが予想されるね」

     恐るべし不利舎耕介の懸念は、当っていたのである。

   
暇名探偵に敬意を表して、盗難犯と殺人犯は別人ということで、この先進んでいくが、盗難犯は捜査三課と名人審議委員会が担当し、殺人犯は捜査一課と関東連合会が協力しあうことになった。

温対記者 「ねえ暇名さん。きょうは盗難事件の犯行声明だったので、捜査一課の人や、関東連合会の人たちは来てませんでしたね」

    暇名小五郎 「殺されたのは、アマ竜王ですからね。やはり、アマチュアの連合会のほうが適任でしょうね」

     話をしながら、暇名と温対が1階まで降りていくと、出口付近で越中事務局長に声を掛けられた。

越中褌事務局長 「暇名さん、ちょっとお話があるんですが、いいでしょうか?」

       いつもと違って、事務局長は神妙な顔つきだった。

     暇名小五郎 「やあ、越中さん。もちろん構いませんよ。なんですか?」

越中褌事務局長 「暇名さん、実は怪人60面相の正体についてですが、私が調べた情報によると、間違いなくプロ棋士ですよ」

     暇名小五郎 「ほお」

越中褌事務局長 「しかも、彼が中学生の頃は、友達から<ゆきちゃん>と呼ばれていました」

    温対記者 「ほ、ほんとですか。なぜ、そんなことまで分かっているんですか?」

越中褌事務局長 「はい。話すととても長い話になりますし、まだ確証はありません。今は或る事情から、そこまで突き止めたと思っていてください。もう少したったら、詳しくお話しますので」

   暇名小五郎 「わかりました」

越中褌事務局長 「それと、5人のプロ棋士を怪人60面相の候補に絞込みましたので、あとで伊加君に聞いてください」

    これからすぐ出かけると言い残して、越中事務局長は、そそくさと出かけていった。

駒の流儀・第20部  第100章

第100章「殺しの事情」

丸潮新次郎委員 「湯川さんの指摘はご尤もです。それは私も疑問に思っていました」

     湯川慶子委員 「あら、丸潮監督もそうなのね。うれしいわ」

丸潮新次郎委員 「はい。普通なら<金>の次に<角>がくるはずです。にもかかわらず、<王>が先に来て、その後に<角>がきました。何故か?」

       湯川女史の一言が、丸潮委員を喜ばせた。
 

西村和義専務理事 「たしかに妙ですなあ」

    青野輝一常務理事 「だから、別人説が出てくるわけですな」

      将棋連盟の重役たちも、一様に首をかしげた。

喝采賢介委員 「考えられることは2つしかありませんな」

    米中会長 「ほお。2つねえ。是非伺いたいねえ」

       心理学教授のワトスン博士が、自信満々に発言したのをみて、妖怪が興味を示した。

喝采賢介委員 「1つは、<王>の流儀は別人が送ってきた。2つ目は、順番どおりに<角>の流儀の違反者が出なかった」       
      渡り鳥旭警部 「なるほど」

      このワトスン博士の意見は、正論だが、なぜか弱い印象だった。

不利舎耕介副委員長 「悪いが、私はその意見には賛成できないね」

    桜井登常務理事 「ほお。どうしてかな」

不利舎耕介副委員長 「ここまで順番どおり違反者を咎めていてだね、急に該当者なしだったから飛ばしましたじゃ、どうも納得がいかないね」

      むしろ、このホームズの意見のほうが、情緒的に共感を得られた。

大吉三郎委員長 「なるほどねえ。どちらの意見も相当だねえ」

     渡り鳥旭警部 「暇名さんは、どう考えますか?」

沈黙を続けている名探偵が、名指しされた。

暇名小五郎 「そうですねえ・・・私の考えは、皆さんとはちょっと違います」

    大吉三郎委員長 「ほお。是非伺いましょう」

暇名小五郎 「怪人60面相が、別人だろうが、同一人物だろうが、どちらにしても順番どおりにしたかったはずです。なぜなら、同じ人物であれば当然順番どおりに盗難を起こし、シナリオを完成させたかったでしょうし、偽者なら、なおさら順番どおりに犯行声明を出すことによって、より本物と見せかけることができたからです」

       細波雷蔵刑事 「たしかにそうですね」

     湯川慶子委員 「そうね。そうだと思うわ」

暇名小五郎 「ところが、ある事情があって、順番どおりに出来なくなったと思うのです」

     米中会長 「うーむ。その事情とは何かね?」

暇名小五郎 「はい。順番では<金>のつぎは<角>です。しかし、盗難ではなく<王の流儀>を急ぐ事情が出来たのです」

       米中会長 「王の流儀を?」

不利舎耕介副委員長 「<死>の心得、つまり、殺人を急ぐ必要があったということか・・」

       暇名小五郎 「そうです」

      名探偵は、自信を持って言い放った。

大吉三郎委員長 「こういうことかね。本当は順番どおりにするはずだったが、ある事情が生じて、どうしても人殺しのほうを優先しなければならなかったと」

      暇名小五郎 「はい。そうです」

丸潮新次郎委員 「そして、それは同一人でも、別人でも同じことだと言うのですね」

      さすがに、名探偵の推理には説得力があった。

温対記者 「じゃあ、暇名さん。殺しを急いだ事情とは、いったいなんですか?」

   暇名小五郎 「はは。温対さん、それがわかれば事件は解決してますよ」

米中会長 「しかしだね、暇名探偵なりの考えがあるから、その推理になったわけだ。だったら、そのあたりの推理を聞かせてもらいたいねえ」

    喝采賢介委員 「わかりました。私は少し前までは、怪人60面相は1人だと考えていました」

喝采賢介委員 「そうでしたなあ。たしか天然流氏と同じ意見だったと記憶している」

     喝采賢介委員 「はい。その訳は、少し考えると誰もが盗難の犯人と、殺しの犯人は別の人間だと想像できます」

米中会長 「うむ」

    暇名小五郎 「あれほど頭脳明晰な怪人60面相にしては、あまりにも稚拙な偽装工作だったからです。だから、わざと複数の人間を装ったものであり、捜査の撹乱を狙った1人の人物の犯行だと考えました」

      連盟の理事役員、審議委員会の委員、そして刑事たちも、神妙な顔つきで聞いていた。

暇名小五郎 「しかし、それは間違っていたと思うようになりました。裏の裏をかかれたようです」

     

     殺しを急がねばならないという、殺人者が抱えている事情とは、いったい何か?

名探偵暇名小五郎の推理、山岡組の黒い暗躍、和製ホームズとワトスンの存在、越中事務局長の謎の行動。
     この先、いったい何人殺されるのか。被害者は誰か。益々目が離せない展開が待っているぞ。 

駒の流儀・第20部  第99章

第99章「角の流儀」

 暇名探偵から、犯行声明文が届いたとの通報を受けて、さっそく捜査三課の渡り鳥警部が、細波刑事とともに千駄ヶ谷へ飛んできた。

  すでに週刊ポテト社の温対記者や、名人審議委員会の委員たちも待ち受けていて、関係者が集結したところで、越中事務局長が犯行声明文を披露した。

     日本将棋連盟 米中会長様

       ここまできても、未だに駒の流儀が守られておらず、誠に遺憾である。
       将棋道も地に落ちてしまい、嘆かわしいことだと言わねばならぬ。

        さて、駒の流儀書<角の流儀>に反する行為があったために、三浦8段が所有していた品物を頂戴した。

       先日のA級順位戦において、三浦8段は勝つには勝ったが、うろちょろ食堂からわざと悪臭を放つ中華料理を大量に注文して、意識的に高橋9段の嗅覚を刺激し大局観を狂わせた。
        このことは、あきらかに『知』の心得に違反する卑怯な行為である。
       よって、三浦8段が大切に所蔵していた<最優秀棋士賞>の賞状を取り上げたので、ここに報告する。

               怪人60面相

細波雷蔵刑事 「警部、驚きましたねえ。怪人60面相はどういうつもりなんですかねえ?」

    渡り鳥旭警部 「俺にもわからんよ」

        熱血警部は、憮然としていた。

米中会長 「これで何回目になるんだね、まったく! いったい警察も審議委員会も何をしている」

       こんどというこんどは、妖怪会長も怒りを顕わにしていた。

    越中褌事務局長 「会長、落ち着いてください。手紙は6回目になります。ですが、この被害を防ぐのは、会長の現役の時のような受けの名手でも困難ですよ」

      会長の機嫌をとりながら、ジョークを交えて言ったつもりだったが、米中はニコリともしなかった。

米中会長 「ではこのまま、怪人60面相にやられるままに、ただ見ていろというのかね? あきれたものだ」

        連盟理事たちも、会長の勢いに押されて、誰も何も言えないでいた。

    不利舎耕介副委員長 「我々も全力を尽くしています。いたずらに吠えるのは止めていただきたい!」

       ホームズが、反発した。

米中会長 「なにい!」

平成の妖怪が、ホームズの言葉に刺激されて目をむいた。

     不利舎耕介副委員長 「あなたは、我々まかせで、ただ座ってるだけだが、警察も我々も大変な苦労をしているのですよ。お偉いさんたちと酒を飲んだり、豪華な食事を楽しんだりしてるだけでは、事件は解決しない」

米中会長 「なんだ、君の言い草は! 失敬じゃないか」

      不利舎耕介副委員長 「冗談じゃない。無礼なのはあなたのほうだ。一生懸命に頑張っている者に対して、もう少し温かい目で見るべきではないのか」

米中会長 「君の言い方だと、私が何もしないで、遊びまわっているだけだと聞こえる」

       不利舎耕介副委員長 「違うのですか?」

米中会長 「ほお。はっきりというね。君たち名人審議委員会が、ここまで何をしたのかね。何もしてないと同じではないか。口先だけは達者だな」

       周囲の者たちは、ただ両雄のやりとりを眺めているだけだった。

      不利舎耕介副委員長 「たしかに、まだ具体的な成果は挙げていませんが、徐々に犯人へと迫りつつあります。会長は、そんなことより連盟の将来を心配なさるべきではないですかな」

      あきらかに不利舎は、公益法人認定や新聞各社との契約問題などのことを皮肉っていた。

米中会長 「よけいな事を。今は怪人60面相の問題を話しているんだ」

         不利舎の挑発で、益々険悪なムードになってきた。

渡り鳥旭警部 「おふたりとも止めてください。終わったことをいつまでも責めていてもしかたがない。今後の対策を話し合いましょう」

    丸潮新次郎委員 「そのとおりです。問題点を明らかにして、議論することが大事だ」

       ようやく本筋に戻って来た。

湯川慶子委員 「ねえ、さっき事務局長さんが6回目と仰ったけど、実際には7回目の犯行声明よね?」

     喝采賢介委員 「そう。盗難が6回と、殺人が1回だね。越中さんは、盗難の犯人と殺人の犯人は別人だと考えているから、6回と言われたのでしょうなあ」

       越中は、そのとおりだというように、頷いた。

大吉三郎委員長 「うむ。元々複雑な事件が、盗難と殺人という全く性格の違う犯行を、同一人の名において行われていることによって、益々わかりずらくなっています」

     喝采賢介委員 「どちらも怪人60面相が、犯行声明を出していますからねえ」

大吉三郎委員長 「警察だけでなく、我々関係者の間でも、同一犯説と別人説、あるいは複数犯説もあり、意見が分かれています。ですが、そのことをいつまでも議論していたとしても、前に進むことができません」

    不利舎耕介副委員長 「そのとおりです」

大吉三郎委員長 「私は、あえてこのまま限定しないで、諸説を残したまま対策を講じていこうと思いますが、どうでしょうか?」

      暇名小五郎 「賛成です」

       丸潮委員や喝采委員らも、同調した。

湯川慶子委員 「わたしちょっと疑問があるんですけど、いいかしら?」

      喝采賢介委員 「はいはい、どうぞ。なんでも仰ってください」

         この人は、なぜか湯川女史に弱い。

湯川慶子委員 「怪人60面相は、1人だと仮定してのことだけど、いままで<歩>の流儀から始まって、<金>の流儀まで来たわけよね」

    大吉三郎委員長 「はい。金まではそうでした」

湯川慶子委員 「では、なぜ<金>の流儀の次が、<王>の流儀だったのかしら。順番が変よね?」
  

いかにも女性らしい細かな点の疑問だったが、事件の解明に直結する重要な指摘だったのである。

駒の流儀・第20部  第98章

第98章「候補者5名」

  越中事務局長は、秋田県から戻ると、すぐ将棋連盟に出勤した。
   無論、怪人60面相による三浦8段宅の盗難事件のことは、伊加職員からの報告で知っていた。

伊加訓生職員 「お帰りなさい。今朝は早いですね」

    先に出勤していた伊加が、笑顔で挨拶してきた。いつも明るく好感の持てる青年である。

越中褌事務局長 「うん。ちょっと君と打ち合わせがあるんだがね」

     信頼する部下の伊加に、越中は秋田県で明らかになった事実を話した。

伊加訓生職員 「よく調べましたねえ。事務局長、それは間違いないですよ」

     越中の報告を聞いて、伊加も興奮していた。

越中褌事務局長 「やはり君もそう思うだろ?」

伊加訓生職員 「ええ。その友達のうち、プロ棋士になったという<ゆきちゃん>という少年が、怪人60面相ですよ」

     読者の中には、ゆきちゃんを女性ではないかと疑っている者もいるようだが、猫面忠治の母は男の友達だと言ったのを作者が書き漏らしたのである。
     猜疑心の強い読者もいるので、作者としても丁寧な描写を心がけることにするが、字数の関係もあり、至らぬところは、ご容赦願いたい。
 

越中褌事務局長 「私もそうだと思う。問題は、その<ゆきちゃん>が誰なのかだ・・・」

伊加訓生職員 「そのゆきちゃんは、秋田県出身ということでしょうかねえ?」

       越中褌事務局長 「いや、プロ棋士の出身地というのは自己申告だろうから、かならずしも秋田出身にこだわる必要はないね」

伊加訓生職員 「なるほど、そうですね」

    越中褌事務局長 「それに、その子が秋田県にいたのは、1年ほどらしい。親の転勤か何かだ」

伊加訓生職員 「一つの推理ですが。ゆきちゃんのお父さんは近くのダム工事かトンネル工事に仕事で短期間村近くに住んだ人かもしれないですね。 村人同士のような狭いコミュニティならお互いの職業を知らぬ訳ないでしょうから」

       十分にあり得る仮定である。むしろ会社や公務員の転勤より、可能性が高かった。

   越中褌事務局長 「君の推測は、当ってるかも知れないね。その可能性もふまえて、誰が該当するのか考えてみよう」

      2人は、午前中の時間を費やして、プロ棋士の中から候補者探しに没頭していた。

伊加訓生職員 「現在、プロ棋士の中で、<ゆき>という呼び方のする名前の人は、12人います。これが名簿です」

          森内利之9段 飯田裕行6段 大内延幸9段   
       屋敷伸幸 9段  三浦宏行 8段 植山悦雪7段
      
         畠山成行7段 山崎貴之7段 窪田義之6段
        高野秀之5段  中尾俊之5段  豊島雅之5段 

   越中褌事務局長 「12名か・・意外と少ないねえ」

伊加訓生職員 「その亡くなられた猫面忠治さんは、1974年生まれでしたよね」

    越中褌事務局長 「うん。生きていれば36歳だね。だが、その<ゆきちゃん>が何歳かは不明だ。同級生かどうかも、はっきりしていない」

伊加訓生職員 「そうだとすると、前後32歳から42歳ぐらいまでの幅で、考えたほうがいいですね?」

    越中褌事務局長 「それがいいだろうな。そうすると、何人残るかな?」

年齢で線を引くのは、当然の選択であった。

伊加訓生職員 「まず年齢でいくと、大内9段、植山7段、飯田6段は違いますね」

     越中褌事務局長 「それと、山崎7段と豊島5段は、若すぎるな」

伊加訓生職員 「はい。それに山崎7段は、今度の事件の被害者ですからねえ」

     越中褌事務局長 「そうだった。そうすると、残ったのは7人か・・・・」

伊加訓生職員 「いえ、屋敷9段と三浦8段も被害者ですから、外しましょう」

      こうして、5人のプロ棋士が候補者として残った。

       森内利之9段(40歳) 畠山成行7段(41歳) 窪田義之6段(38歳)
           高野秀之5段(38歳) 中尾俊之5段(36歳)

     越中褌事務局長 「5人に絞られたね」

       怪人60面相が、この中にいると思うだけで、越中は胸が騒いだ。

伊加訓生職員 「事務局長、この件は警察や暇名探偵のほうには、連絡しないのですか?」

    越中褌事務局長 「もちろん連絡はするつもりだが、もう少し具体的にはっきりしてから話そうと思う」

伊加訓生職員 「僕もそのほうが賢明だと思います。我々の手柄でもあるわけですから、なにもかも知らせることはないですよ」

      日頃の伊加とは似つかわしくない発言に、越中は意外な一面を見たような気がした。

    越中褌事務局長 「うん。もしかすると、殺人にも関係するかも知れないんで、いつまでも黙っているわけにはいかないが、しばらく様子を見ようと思う」
 
伊加訓生職員 「わかりました」  

 
      将棋連盟事務局によって、候補者が5名に絞り込まれた。
      怪人60面相は、本当にこの中にいるのであろうか?

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