駒の流儀・第19部

第93章「盗難発生」

 高橋道男9段の自宅は、世田谷区の東松原にあった。
  すでに警視庁の刑事たちは、高橋9段の自宅近くで、ひそかに張り込みを続けていた。
 暇名探偵と温対記者も、近くのコンビニで客を装いながら待機していた。

温対記者 「暇名さん、このコンビニ、めちゃくちゃ混んでますねえ」

  暇名小五郎 「ほんとですね。こんなに混むコンビニは、初めてですよ」

     東松原は、小田急線と井の頭線が交錯する下北沢駅から、井の頭線で新代田の次、明大前の前にある駅である。

      駅を降りて梅が丘のほうに行くと、羽根木公園がある。
     2人が話しているコンビニエンスストアは、逆の方向に降りて、すぐ坂の上がり口左側にある<セブンイレブン東松原駅前店>のことだった。

      この店が混み合うのは、他に買い物をしたり、食事をしたりする店が少ないことと、なんといっても駅を降りると1分もかからない場所にあるという、地理的な条件が大きかった。

     ここの店員は、次から次へとレジへ来る客の対応に追われ、商品の補充やフェイスアップなどの作業が間に合わず、いつも店内の商品だなの陳列は乱れがちであった。
      その分、店員たちのレジ打ちの速さは、目を見張るものがあった。

      
  
温対記者 「ここの店員は慣れたもんですねえ。あっという間に精算が終わってますよ」

   暇名小五郎 「はは。たしかに」

     
     見事な店員のレジ操作を、なんとなく眺めていると、奥のほうの事務室から60歳代にみえる男性が出てきた。
      おそらく、この店の店長かなにかで、これから帰るところのようだった。

温対記者 「あれ、暇名さん。あの人・・」

    暇名小五郎 「あ、この前、警視庁の廊下で挨拶した人ですね」

     2人とも、瞬時に誰だったかがわかった。

温対記者 「そうか。初台のセブンイレブンのオーナーさんですよ」

    暇名小五郎 「そうそう。たしか不満多羅さんとか言ってましたね」

     この不満オーナーが、都内に8店舗のコンビニを経営しているということも思い出していた。

温対記者 「偶然ですよねえ」

    混み合う店内で、挨拶する間もなく、不満オーナーは店を出て行った。

   暇名小五郎 「そういえば、東松原にも店があると聞いたような気がしますね」

温対記者 「ええ、僕も思い出しました。高橋9段の家が近いから、ここのオーナーとは顔見知りで、親しいかも知れませんねえ」

    2人が店を出て、高橋9段の自宅の方角に歩いていると、向こうから細波刑事が走ってきた。

細波雷蔵刑事 「あ、暇名さん。やられましたよ」

     慌てた様子で、細波は息を切らしていた。

  暇名小五郎 「どうしたんですか?」

名探偵も、ただならぬ気配を感じた。

細波雷蔵刑事 「怪人60面相が現れて、品物が盗まれました」

  温対記者 「え!! ほんとうですか! あんなに警戒していたのに?」

なんと驚いたことに、刑事たちが張り込みを続けている中、盗難発生の知らせである。
     怪人60面相は、化け物か超人なのであろうか?

<追記>
>疑問: 藁人形茂幸の父親/藁人形茂和は、福島県出身ですか?
  ・現アマ竜王の<藁人形茂幸>は、福島県出身、30歳、独身。

・・・・・単純な記述ミスである。福井県が正しい。余も指摘されるまでは気づかなかった。
       誤植をした係員は、責任を取らせ解雇しておいたぞ。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 月, 07/12/2010 - 10:53 categories [ ]

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駒の流儀・第19部  第96章

第96章「蔵の中」

 東京の伊加職員から、秋田県の村を調べたと連絡を受けたが、関根宅にはファックスが無いため、電話で一つひとつ読み上げてもらうことにした。

伊加訓生職員 「事務局長、ファックスするまでもないですよ。3村だけでした」

   越中褌事務局長 「たった3村か。じゃあ、書き取るから読み上げてくれ」

      左手に携帯電話、右手にホールペンを持っている。越中のやることに、万事抜かりが無かった。

伊加訓生職員 「はい。大潟村、上小阿仁村、東成瀬村です」

  越中褌事務局長 「そうか、わかった。有難う」

     傍で聞いていた関根銀四郎は、しばらく考えていたが、思い当たったという顔をした。

関根銀四郎 「そうかそうか、わかったぞ。上小阿仁村というところじゃ」

  越中褌事務局長 「そうですか! 間違いないですか?」

関根銀四郎 「ああ、間違いない。名前に記憶がある」

  越中褌事務局長 「上小阿仁村の、猫なんとかさんの家ですね。解かりました。有難うございます」

関根銀四郎 「だが、むこうに行っても、それだけでわかるかのお」

   越中褌事務局長 「なんとかなると思います。とにかく無駄足覚悟で行ってみます」

  こうして、関根銀四郎から聞きだしたことだけを頼りに、秋田県までやって来た越中だったが、上小阿仁村に着くと村役場を訪ねた。

   そこで、<猫>のつく名字の家があるか尋ねると、<猫面尺治>の家だと簡単にわかった。
  他に猫の字がつく家は、無かったからである。

   【秋田県上小阿仁村 猫面尺治の家】

  越中が、猫面の妻に訪問の理由を話すと、中へ入るように言われ、主人の猫面尺治も現れた。

越中褌事務局長 「いまお話したような経過がありまして、こちらにお伺いした次第です」

     もちろん怪人60面相の事件についても、かいつまんで話をしたが、盗難事件については、報道などで少しは知っているようだった。

猫面尺治 「よくわかりました。そういう事件に関係してるとはびっくりです。なんでも聞いてくださいな」

   越中褌事務局長 「助かります。では、もうずいぶん昔で、ご主人のお爺さんの代だと思いますが、関根銀四郎という子供が、お宅の蔵の中で、駒の流儀書という巻物を見たそうです」

猫面尺治 「はい。たしかに蔵の中にありました」

   越中褌事務局長 「その巻物は、今でもあるでしょうか?」

猫面尺治 「いいや。盗まれてしまって、もう無いですよ」

     やはり思ったとおりだった。

   越中褌事務局長 「盗まれたのは、いつ頃ですか?」

猫面尺治は、つい最近盗まれたが、それほど高価なものでもないし、別に必要なものでもないので、駐在には届けていないと話した。

  越中褌事務局長 「そうですか。・・・その巻物が、猫面さんの蔵の中にあることを、知っている人はいましたか?」

肝心な質問だった。まさにこの村までやって来た最大の理由が、この質問にあった。

猫面尺治 「さあね。あんまり人に話したことも無かったし、わざわざ教えた人はいなかったけどねえ」

   越中褌事務局長 「奥さんは、どうですか?」

こういうことは、主人より奥さんのほうがわかるものである。
     越中は、初めから奥さんに聞きたかったのだが、儀礼的に奥さんに聞くのを後にした。

猫面鈴江 「さあ。どうだったか・・・。息子が友達に見せてたぐらいだと思いますけど」

   越中褌事務局長 「息子さんの友達ですか。今、息子さんはどちらに居られるのですか?」

     夫婦は、ちょっと悲しそうな顔をみせた。

猫面尺治 「長男の忠治は、5年前に交通事故で亡くなったんですよ」

   越中褌事務局長 「そうでしたか。嫌なことを聞いてすみません」

猫面鈴江 「忠治が中学生の時に、仲良くしていた友達がいて、蔵の中を見せたりしてたので、巻物のことも見ているとおもいます」

    場面が一巡して、再び秋田県へと戻って来た。
     この先、さらなる緊張の展開が待ち受けているのである。
       期待していただきたい。

    なお、明日は御前会議のため、休載する。  

駒の流儀・第19部  第95章

第95章「秋田県の村」

 三浦8段宅の盗難事件で、捜査本部が大騒ぎになっている頃、将棋連盟の越中褌事務局長は、秋田県の上小阿仁村の役場にいた。
  彼は、役場の職員に<猫面尺治>の家を聞いて、すぐ近くにあることを知った。

越中褌事務局長 「ごめん下さい。お邪魔します」

     声を掛けると、この家の奥さんが出てきた。

  猫面鈴江<64歳> 「はい。どちらさまでしょうか?」

実際には、秋田弁で話しているのだが、便宜上、標準語に直して記述してある。
    物語の進行上、重要な会話が交わされていることから、読者の理解を容易にするためである。

越中褌事務局長 「東京から来ました。越中といいます」

      訝しげにみている夫人に、越中は将棋連盟の名刺を差し出した。

   猫面鈴江 「はあ。うちになんの用事でしょうか?」

越中褌事務局長 「はい。ぜひ、お聞きしたいことがあって、寄らせていただきました」

     あくまでも丁重に、越中は挨拶をした。

将棋連盟の越中事務局長が、なぜ秋田県まで来ているのか、説明しなければならない。
  かなり前に戻るが、週刊ポテト社の後呂記者と、越中事務局長の2人が、駒の流儀書のことを知るために、名古屋市の関根銀四郎元総裁を訪ねたことがあったのだが、まだ記憶にあるであろうか?

その後、越中は、或ることを聞くために再度、名古屋の関根宅を訪問している。
 そこで関根銀四郎と、どんな会話が交わされたのか、ここで再現しておく。

    
  
   【名古屋 関根銀四郎宅-再現】

越中褌事務局長 「先日お伺いしたときに、聞きそびれたのですが、関根総裁は小学生の時に、<駒の流儀書>を見たと仰いましたね」

   関根銀四郎 「たしかに、そう言った」

越中褌事務局長 「その見たというのは、何処で見たのでしょうか?」

まさに、このことを確かめるために、越中はわざわざ名古屋までやって来たのである。

  関根銀四郎 「うむ。・・・あれは、秋田県だったな」

     少し考えてから、関根は答えた。

越中褌事務局長 「秋田県ですか・・。秋田の何処ですか?」

   関根銀四郎 「ちょっと待ってくれ。・・・何とかいう村だったのお。一度行ったきりだ」

     村までは出てきたが、名前までは出てこない。関根は懸命に思い出そうとして、記憶を辿っていた。

越中褌事務局長 「そうですか。では、何しにそこへ行ったのでしょうかねえ」

      関根が考えている間、越中は思い出しやすいように、視点を変えて質問した。

  関根銀四郎 「何しに行ったかは、よく分からん。親父に連れられて行ったのは覚えてる。多分、親父の兄弟か知人でもいて、遊びに行ったんだと思う」

   なにしろ、89歳の関根銀四郎が小学生の時の話である。記憶が薄いのは当然だった。

越中褌事務局長 「では、何という家に遊びに行ったのか、覚えてますか?」

頭の回転が速い男である。あれこれ角度を変えて、関根の記憶を呼び起こそうとしていた。

   関根銀四郎 「そうじゃのお。猫なんとかという名前だったように思う」

越中褌事務局長 「猫が名字につくのですね」

       忘れないように、越中は、すぐメモをとった。

  関根銀四郎 「たしか1泊したと思う。その家の蔵の中で、巻物を見たんじゃ」

     もちろん、住所などは、まったく覚えているはずがなかった。

越中褌事務局長 「なるほど。その巻物が、駒の流儀書だったのですね」

   関根銀四郎 「そうだ」

      手ごたえがあった。もう少しだと越中は感じた。

越中褌事務局長 「その猫なんとかさんは、農家ですか?」

こんどは、あてずっぽうで言ってみた。

  関根銀四郎 「さあ。そんな感じではなかったのお。勤め人ではないかな」

      越中は、連盟事務局の伊加訓生職員に電話して、秋田県の村を全部調べて、連絡をくれるように指示した。

越中褌事務局長 「それからは、一度もその村を訪れていないのですね」

    関根銀四郎 「うむ。行こうにも、場所もわからんしな。小さな村だったような気がする」

     しばらく将棋の話題で、間をつないでいたが、すぐ伊加職員から電話がきた。  

駒の流儀・第19部  第94章

第94章「盲点」

 厳重な警戒態勢がしかれていたにもかかわらず、いったいなぜ盗難が発生したのか、まったくわからなかった。

暇名小五郎 「細波さん、いったいどうして高橋9段宅に侵入できたのですか?」

   細波雷蔵刑事 「それが、暇名さん。盗られたのは三浦8段のほうです」

温対記者 「ええっ!!」

これには、みんな仰天した。

  細波雷蔵刑事 「我々も驚いてるんですよ。なにがなんだかさっぱりです」

      お手上げというように、細波刑事は両手を広げて見せた。
  

温対記者 「し、しかし、三浦8段は<新人賞>を受賞していませんよ。被害者の共通点は、これしかなかったじゃないすか」

     暇名小五郎も、温対の言うように、新人賞がキーワードだと思っていただけに、すっかり考え込んでしまった。

暇名小五郎 「我々に盲点があったというか、共通点が違っていたとしか考えようがありません。細波さんは、これからどうされますか?」

細波刑事は、本部へ戻って態勢を立て直すというので、暇名たちも同乗して警視庁へ行くことになった。
    車中で、温対記者は皆本編集長に電話して、暇名探偵と一緒に捜査本部へ向っていることを報告していた。

暇名小五郎 「皆本さんは、びっくりしてたでしょうね」

   温対記者 「そうなんです。唖然としてましたよ」

     皆本編集長の驚きの表情が浮かんだ。
      車が30分ほどで警視庁に到着すると、捜査三課長と渡り鳥警部が待っていた。 
 

細波雷蔵刑事 「課長、まったく意外でした。なぜ、三浦8段が狙われたのか・・・」

   世渡甚六三課長 「うむ。理由がわからんなあ。三浦8段には共通点が無い」

      いままでの苦労は、いったいなんだったのか。被害者の共通点は、唯一<新人賞>だったはずだけに、捜査本部には暗い影が差してきた。

暇名小五郎 「何が盗まれたのですか?」

   渡り鳥旭警部 「うむ。三浦8段がNHK杯戦で優勝した時の、<賞状>らしい」

暇名小五郎 「賞状ですか。盗まれたのは、自宅ですか?」

  渡り鳥旭警部 「そうだ。自宅の書斎にトロフィー等と一緒に飾っていたものを盗られた」

温対記者 「家には誰もいなかったんですか?」

   渡り鳥旭警部 「うむ。家人が留守の時に侵入している。無警戒だったから、楽なもんだ」

世渡甚六三課長 「三浦8段本人も、我々も全く予想していなかっただけに、悠々と持っていかれたよ」

   暇名小五郎 「その<賞状>は、額ごと持っていったのでしょうか?」

渡り鳥旭警部 「いや。中身の賞状だけだ。余計なものは持っていってない」

   温対記者 「それにしても、みんなで絶対狙われるのは高橋9段だって決めてたのに、わけがわかんないすよお」

     温対だけではなく、全員おなじ気持ちであった。

世渡甚六三課長 「おそらくすぐ将棋連盟のほうに、犯行声明文が送られてくるはずだ。細波君は、連盟の事務局にも連絡しておくように」

    細波雷蔵刑事 「わかりました。犯行声明の手紙が届いたら、すぐ連絡してもらうように手配しておきます」

暇名小五郎 「細波さん。越中さんに私のほうにも連絡するように、お願いしてくれますか?」

   細波雷蔵刑事 「いいですよ。そうします」

暇名小五郎 「助かります。ところで1課のほうへは、連絡してあるのですか?」

   世渡甚六三課長 「うむ。合同の捜査だからね。金銀課長へは私から連絡しておいた。1課の連中も驚いてたよ」

暇名小五郎 「そうでしょうね。寅金警部や天然流さんの驚く顔が、目に浮かびますよ」

    翌日。暇名小五郎は、朝早くから銀座の事務所に来ていた。
     しばらくしてから、事務員の藤田舞子が出勤して来た。

藤田舞子事務員 「あら! 先生、どうしたんですか? わ私より早く来るなんて・・・」

   暇名小五郎 「ははは。たまにはね」

藤田舞子事務員 「まさか、朝帰りじゃないですよね?」

      何時間も待つまでもなく、将棋連盟の事務局から電話が入ったのは、朝の9時半頃だった。
       やはり、怪人60面相からの犯行声明文が届いたとの知らせだった。

暇名小五郎 「やはり来たか」

    
      予期していたとはいえ、大胆不敵な目に見えぬ敵に対して暇名小五郎は、ニヤリと自信の笑みを浮かべていた。

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