駒の流儀・第17部

第83章「犯罪の質」

  阿佐ヶ谷の居酒屋から戻って来た寅金と天然流の両刑事からの報告を受けて、警視庁では翌日の朝早く、捜査会議が開かれていた。
    異例だったのは、赤外線警視総監も会議に同席したことと、捜査一課と三課との連帯会議だったことである。

 
赤外線透警視総監 「先日も刑事局長に呼ばれて、盗難事件を早く解決するように言われたばかりだが、今度は殺人事件が起きてしまった。しかも、盗難も殺人も、同じ人物の仕業かも知れないということだ。今度の事件は一課も三課もない。お互いが協力し合って、解決に全力を挙げて欲しいのだが、その後の捜査はどうなっているのかね」

     警視総監は自分の椅子の背もたれに身体を預けながら目の前の幹部たちに話しかけた。
   警視総監のデスク越しに金銀銅鉄一課長や世渡甚六三課長らが直立不動で立っている。

   金銀銅鉄一課長 「はい、私のところは、寅金警部と天然流捜査官に捜査を当たらせております。では早速、会議を進めてまいりますが、まずは殺人事件の捜査を優先事項として、その容疑者が三課の盗難事件とどのように関わるのかということを協議したいと思います」

世渡甚六三課長 「私は、必ずしも盗難事件の容疑者と、殺人のほうの容疑者が同一人だとは思っておりません」

   赤外線透警視総監 「ほお。その根拠はなんだね?」

世渡甚六三課長 「はい。いわゆる犯罪の質が違う。長年の刑事生活からの勘といいますか、臭いが別なのです」

   金銀銅鉄一課長 「世渡さんは、確かに私より経験豊富で、知識もおありですが、ただ単に勘だけを捜査会議に持ち込まれても困りますね」

     有名大学卒のエリートと、高校卒の叩き上げの刑事の間には、目に見えぬ確執と対抗意識があった。

世渡甚六三課長 「はは。勘というとね、非科学的に思えるだろうが、案外正確なものですよ」

   金銀銅鉄一課長 「今は科学捜査の時代ですから・・」

赤外線透警視総監 「ま、それぐらいにして、本題に入りましょう」

    寅金邪鬼警部 「では、私から報告いたします。まず経過をもう一度、おさらいしておきますので、ご不明な点があれば、質問して下さい」
      
 
     寅金警部からは、阿佐ヶ谷の居酒屋が現在も営業を継続していること、殺害の動機をもつ者の心当たりなど、馬得店長や他の従業員からの聞き込みの内容が報告された。

寅金邪鬼警部 「殺された藁人形茂幸氏の居酒屋を引き継いだ馬得騒造なる人物に、事件のあった状況を確認しているのですが、犯人は変装していたと見えて、有力な手がかりは今のところ得られておりません」

   赤外線透警視総監 「それで、その晩殺された藁人形氏と、一緒に飲んでいた客が有力容疑者だということだが、何も出てこないのかね?」

寅金邪鬼警部 「はい。店長の話では、初めて見た客だったが、店主とは親しげに話していたらしいです」

   金銀銅鉄一課長 「つまり、店に来たのは初めてだが、藁人形氏とは知り合いだったということになるね」

天然流誠捜査官 「そうだと思います。まるっきり初めて会う男と、深夜に飲み明かすのはどうみても不自然ですので」

    赤外線透警視総監 「よし。店主とは知り合いだったという方向でいく」

寅金邪鬼警部 「死因は、ビールに混入された<青酸カリ>です。これは、床に落ちていたコップの中と、こぼれていた液体にも含まれていました。ビール瓶の中からは検出されておりません」

   金銀銅鉄一課長 「犯人が隙を見て、藁人形氏のコップに毒を入れたんだろうなあ」

天然流誠捜査官 「はい。そのように推測されます。なお、一緒に飲んでいた男のほうのグラスは、発見されておりません。おそらく、持ち帰ったものと思われます」

   寅金邪鬼警部 「指紋などは、多すぎて誰のものか判別できませんでした」

赤外線透警視総監 「うむ。犯行は計画的に行われている。指紋や手掛かりになるものなどは、いっさい消し去っているだろうな」

   金銀銅鉄一課長 「はい。もし本当に怪人60面相の仕業なら、手掛かりになるようなものは残していないでしょうな」

    捜査会議は連帯で行われたものの、どうしても捜査一課が主導権を握って進められていた。
     怪人60面相が、果たして盗難と殺人の両方に関与しているのか、いまだに捜査本部としては半信半疑であり、当面は両睨みで捜査をしていかざるを得なかったのである。

赤外線透警視総監 「ところで、三課のほうの進展状況は、どうなっているのかね?」

   世渡甚六三課長 「はい。いまだに有力な手掛かりがありません。申し訳ありません」

赤外線透警視総監 「君たちはそれでも優秀な日本の警察官なのですか、もう少し知恵を働かせてはどうかね」

    世渡甚六三課長 「はい、いろいろ捜査は進めており、何しろあの名探偵暇名小五郎氏にも協力をお願いしているのですが、進展のない状態でして」

赤外線透警視総監 「情けない、暇名君に頼るのは結構ですが君たちは優秀な警察官なのですよ、少しは自分たちで考えたらどうかね」

   渡り鳥旭警部「しかし、手がかりが全く無い状態では手のつけようがありません」

   熱血警部の額には脂汗が浮き上がってきた。

赤外線透警視総監 「手がかりならあるでしょう」

    警視総監室に西日が差し込んできて、陽の光が渡り鳥警部の顔に当たり汗がキラキラ光りだした。
    赤外線透警視総監はクルッと椅子を回転させるとゆっくり立ち上がり窓際に近寄るとブラインドを降ろした。
   渡り鳥警部はポケットからハンカチを取り出し額の汗を盛んにぬぐっている。

    赤外線透警視総監はデスクに戻ると2番目の引き出しから怪人60面相から送られてきた犯行声明文を取り出し、デスクの上に置いた。

渡り鳥旭警部「これが手がかりですか?」

  赤外線透警視総監 「良く文面を読んでみたまえ,何か気が付かないかね」

    警視総監のデスクに怪人60面相の手紙を広げ皿のように目を開けて覗く2人。

赤外線透警視総監 「分からんかね」

  世渡甚六三課長 「・・・・・・・」

   渡り鳥旭警部「・・・・・・・」

赤外線透警視総監 「情けない、君達の脳には“ぬかみそ”でも入っているのかね」

    渡り鳥旭警部「そう言われましても分からないものは分からないとしか・・・」

赤外線透警視総監 「『駒の流儀書にある全ての流儀に反する行為が見られたために、王命により断罪した』と書いてあるではないか」

    世渡甚六三課長「そのようですな」

赤外線透警視総監 「駒の流儀書には7つの教えがあるそうではないか」

     渡り鳥旭警部「そのようですな」

赤外線透警視総監 「まだ分からんのかね、君が犯人だとして居酒屋の店主が7つ全てに違犯したとどうすれば分かりますか」

   渡り鳥旭警部「それは、その場で見ていれば分かるのでは・・・ア、そうか」

赤外線透警視総監 「やっと分かったのかね、私には7つの教えなるものは分かりませんが、犯人はその場にいた者しか分からないことをこの声明文に書いているのですよ」

   渡り鳥旭警部「早速その時取材に行った週間ポテト社の後呂記者に当たってみます」

赤外線透警視総監 「なに、雑誌記者が取材していたのかね、それは都合がよい」

     世渡甚六三課長「都合がよいとはどういう事でしょうか?」

赤外線透警視総監 「本当に君達の頭には“ぬかみそ”しか詰まっていないのかね、雑誌記者が取材すると言うことは、必ずカメラマンが同行しているでしょ」

    渡り鳥旭警部 「なるほど、その時撮影したスナップ写真があれば犯人がその中に居る可能性が高いわけですね」

赤外線透警視総監 「少しは頭が働き出したようですね、しかし、フィルムが切れていたとかカメラマンが腹痛を起こしていたとかで、写真がないと言いこともある」

   渡り鳥旭警部「その時はどうすればよろしいのでしょう?」

赤外線透警視総監 「主催者に会って当日会場にいた者全員のリストを作りなさい」

     渡り鳥旭警部「全員ですか?」

赤外線透警視総監 「アマチュアの将棋指しで当日観戦に集まった者ははずしても良い、そのほかの者は主催者を含めプロ棋士、雑誌記者、その他の関係者全員のリストを作りなさい」

     渡り鳥旭警部 「分かりました」

     こうして、捜査本部では、捜査一課と捜査三課が連携して、怪人60面相を追求することになったのであるが、警察の威信を掛けて、殺人鬼との壮絶な攻防戦が繰り広げられようとしていた。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 月, 06/28/2010 - 13:52 categories [ ]

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駒の流儀・第17部  第87章

第87章「婚約者」

  もうすでに、暇名たちより先に訪ねて来た者がいた。

温対記者 「誰が訪ねて来たんだろ。あの、さしつかえなければ教えてくれませんか?」

   藁人形法子 「不利舎という方と、喝采という方が一緒に来ました。時間はズレますが、同じ日の午後に山岡という方も来ております」

      最初の2人は、名人審議委員会のメンバーだが、山岡という名前には心当たりが無かった。

暇名小五郎 「山岡さんという方は、何をしている人ですか?」

   藁人形法子 「さあ、わかりません。ただ、興信所のような仕事をしていると申しておりました。なにか普通の人とは違うように見えましたけど・・」

暇名小五郎 「普通の人とは違うといいますと?」

   藁人形法子 「いえ、私の印象なので。目つきが鋭いので、最初は警察の人かなと思ったのですが、違ったようです」

     目つきが鋭くて、警察ではないとすれば、残るのは反対側にいる人間ということになる。
      暇名には、おおよそどういう種類の人間かは、見当が付いたが、その種の人間がなんのために藁人形家に現れたのかまでは、わからなかった。

温対記者 「じゃあ、さっそくお聞きしますけど、警察も僕らマスコミも懸命に犯人像を探しています。そのために何か手掛かりになるようなことを、みつけたくて来ました」

      母親は、良く分かったというように頷いた。

温対記者 「家族関係ですけど、兄弟姉妹は?」

    藁人形法子 「いません。一人っ子でした」

       母親は、声を詰まらせながら言った。

暇名小五郎 「そうですか。なおさら、お気の毒です」

      暇名小五郎も仕事とはいえ、つらい面会だった。

暇名小五郎 「この家には、ご両親だけで住んでいるのですか?」

    藁人形法子 「はい。夫婦2人だけで住むのは広すぎますが、いずれ息子が結婚したら、同居しようと思っていました」

暇名小五郎 「結婚のご予定でもあったのでしょうか?」

    藁人形法子 「はい。婚約者がおりまして、この秋には結婚式を挙げる予定になっていました」

       また母親は、目頭をぬぐった。

暇名小五郎 「その婚約者の方は、お幾つですか?」

   藁人形法子 「27歳です。中学生の時から、付き合っていたみたいです。今は小浜市で、小学校の教師をしています。彼女も相当ショックを受けています」

温対記者 「あの、聞きずらいんですが、息子さんを恨んだり憎んだりするような人に、心当たりないでしょうか?」

    藁人形法子 「いないと思います。少なくても殺されるほど恨まれるようなことは、していないはずです」
 

暇名小五郎 「ごもっともです。では、誰かにお金を貸していたとか、逆に借りていたというようなことは、どうでしょうか?」

    藁人形法子 「それも考えられません。お金が足りなければ、実家に言ってきますし、お金を貸しても、無理やり返済を強要する必要も理由もありませんから」

温対記者 「あの、女性関係はどうでしょうか? たとえば婚約者の女性を誰かと争ったというようなことは?」

    暇名小五郎 「相手の女性には、迷惑をかけませんので」

   藁人形法子 「はい。どちらかというと、相手の女性のほうが積極的でしたので、問題になるようなことは起きませんでした」

    今のところ、3つの理由のどれにも当てはまらないようだった。

暇名小五郎 「話は変わりますが、我々よりも前に訪ねて来た人たちは、どんなことを聞きに来たのでしょうか?」

    藁人形法子 「そうですわねえ。どちらの人たちも、あなたたちと同じようなことを聞いていましたけど」

暇名小五郎 「そうですか。特に変わったことは聞かれなかったですか?」

   藁人形法子 「はい。ほとんど同じですわ。山岡さんという方が、私だけではなくて、主人にも話しを聞きたいと申しておりましたが、主人は仕事が忙しくて、なかなか会えないとお伝えしました」

暇名小五郎 「そうでしょうね。で、ご主人は、何のお仕事をしているのでしょうか?」

駒の流儀・第17部  第86章

第86章「オバマの友人」

  福井県小浜市は、福井県の南西部に位置する人口3万人の中都市である。
   この北陸の港町を一躍有名にしたのが、アメリカ合衆国のバラク・オバマ大統領だった。

    地名と名前の読み方が同じなため、語呂合わせのようにして町興しを狙って、アメリカの大統領を担ぎ上げた小浜市民もしたたかだったが、個人的にも応援しているとの親書を大統領に贈って、その親密ぶりを演じてみせた小浜市長にも驚かされた。

     おそらく、当の本人のオバマ大統領も、ホワイトハウスの大統領執務室で、<わるくない>と、ほくそ笑んでいることであろう。

温対記者 「藁人形氏の実家は、小浜竜田75番地となってますね。どの辺だろ?」

     歩きながら温対記者は、小浜市の市内地図を広げて見た。

温対記者 「ああ、こっちだ。駅からは少し離れてますね」

   暇名小五郎 「ええ。案外遠いですね」

       小浜市の所番地は、やたらと小浜が付いている。

温対記者 「暇名さん、あっちもこっちも小浜なんとかばかりですよ」

       暇名も、地図を覗き込んでみた。

    暇名小五郎 「あ、ほんとですね。へえ」

温対記者 「ね。小浜神田、小浜広峰、小浜酒井、小浜住吉、小浜今宮、小浜生玉、小浜鹿島、小浜大宮、小浜白鳥、小浜日吉・・・・・」

    暇名小五郎 「はは。凄いもんですねえ。小浜銀座はありませんか?」

温対記者 「小浜銀座ですか? なんかありそうですねえ 」

      目指す小浜竜田は、その小浜街の中にあった。

  温対記者 「へえ。小浜市って、お寺や神社が多いですねえ。やたらと寺ばかりですよ」

     藁人形家は、八幡神社や西宝寺の近くにあった。 

温対記者 「暇名さん、ここのようです。敷地が広いですねえ」
 

      門から玄関入り口まで、広い庭園のようになっていた。

    温対記者 「こういう家に住んでみたいですねえ」

暇名小五郎 「ははは」

     インターフォン越しに来意を告げると、50代後半位にみえる婦人が出てきて、2人迎えてくれた。
         被害者の藁人形茂幸の母親だった。

藁人形法子<59歳> 「あいにくと、主人は留守にしておりますが」

     母親は、無表情で力の無い声で言った。
  

    暇名小五郎 「突然来て、申し訳ありません。ご主人様は、何時ごろお帰りでしょうか?」

       暇名小五郎も、丁重に尋ねた。

藁人形法子 「さあ。今日は遅くなると思います」

     さすがに息子を亡くしたばかりで、母親は憔悴しきっている様子にみえた。

暇名小五郎 「お仕事ですか?」

   藁人形法子 「はい。いつ戻るかはわかりません。どのようなご用件でしょうか?」

     暇名は、息子さんの事件の真相を突き止めようとしていること、そのためには動機を解明しなければならないこと等を説明した後、あらためてお悔やみを述べた。

藁人形法子 「では、私でわかることでしたらお話しますので、なんでもお聞き下さい」

     応接間に通されたが、相当に広い家のようだった。

 藁人形法子 「息子の茂幸が亡くなってから、警察の方はもちろんですが、ほかにもあなた方のように、訪ねて来られた方もいました。つい先日ですが」
 

駒の流儀・第17部  第85章

第85章「交換条件」

  警視庁の捜査会議が行われた翌日、週刊ポテト社では、暇名小五郎を迎えて、作戦会議が行われていた。

皆本義経編集長 「暇名さん、警察の捜査は何処までいってますかねえ?」

    暇名小五郎 「はい。寅金警部に昨夜会いましてね、当局の方向性は教えてもらいましたよ」

後呂記者 「へえ。よく警察が捜査会議の内容を、教えてくれましたねえ。僕らには全然ノーコメントなのに・・・」

   皆本義経編集長 「そりゃあ、お前らとは信頼感が違うからなあ」

暇名小五郎 「はは。そんなことはないですよ。いわば交換条件で、私のほうも知りえた情報や、推理を公開するということで、おたがい損は無いということです」

   皆本義経編集長 「なるほどね。それで、今後の方針だが、暇名さんはどうしますか?」

暇名小五郎 「そうですね、金銀一課長も捜査会議で述べられていたそうですが、この事件を解決するためには、動機の解明が絶対的必要条件です」

    皆本義経編集長 「うむ。そうだろうなあ」

暇名小五郎 「動機さえわかれば、犯人も必然的に解かってくるはずです」

   皆本義経編集長 「警視総監が、3つの動機を言っていたらしいが、うちもその3つでいくぞ。金銭・復讐・恋愛だ。いいな!」

      温対記者は、編集長は号令を掛けるだけだからいいけど、動くほうは大変なんだぞと口に出しかけたが、黙って冷めかけたコーヒーをすすった。

暇名小五郎 「被害者の藁人形茂幸氏は、アマチュア将棋界の強豪でした。それで、その方面の関係と、居酒屋の経営に関すること、恋愛や家族、友人、知人関係なども調べたいので、私はとりあえず藁人形氏の実家まで往って来ようと思います」

   温対記者 「それなら、僕も同行します。編集長、いいですよね?」

皆本義経編集長 「ああ、いいだろう。温対1人じゃ心配だからな。暇名さんの邪魔はするなよ」

       この人は、いつも同じことを言う癖があった。

   後呂記者 「ところで、藁人形氏の実家は何処なんですか?」

暇名小五郎 「福井県です。もう目的地まで調べてあります」

     流石に、名探偵のやることに抜かりはなかった。

    後呂記者 「へえ。福井県かあ。僕も行きたいけど、無理ですよね」

暇名小五郎 「ははは」

       
     被害者の藁人形茂幸アマ竜王の実家は、福井県小浜市にあった。

      暇名小五郎と温対記者の2人は、その日の午後にはJR西日本小浜線の車中に居た。
     東京からは、北陸・信越の整備新幹線を乗り継いで、敦賀駅から小浜駅を目指しているところだった。

温対記者 「暇名さん、長野へ行ったのを思い出しますねえ。僕らは、なんか東北、北陸方面に縁がありますねえ」

   暇名小五郎 「ええ。北海道も行きましたしね」

     実際には、九州福岡や京都、名古屋、大阪にも行っているのだが、印象深かったのは北のほうだったようだ。

温対記者 「だけど暇名さん。被害者の居酒屋店主が、アマ竜王のタイトルを持っている強豪だったのには、びっくりしましたよねえ」

   暇名小五郎 「はい。そのアマ竜王戦の決勝の対局が、駒の流儀に違反した。だから、殺して制裁したのだという犯行声明でしたがね、温対さんは、どう思いますか?」

温対記者 「それなんですよねえ。いくらなんでも、そんなことが動機とは普通思いませんけどね。ほんとは別の動機があるんだけど、カムフラージュしてるんじゃないですかね」

   暇名小五郎 「常識的にはそうです。私もそう思います」

温対記者 「それに、赤外線警視総監が言ってた3つの理由にも該当しませんよね」

    暇名小五郎 「たしかにそうです。ただ、この犯人には病的な異常性も感じられます。マニアックな何かです」

温対記者 「・・・」

   暇名小五郎 「完全主義というか、潔癖症というようなです。こういう人物からみると、7つの流儀全てに違反するような行為をした者は、許すことができないというふうに思い込んでしまうこともあります」

温対記者 「そうだとすると、まるっきり動機として、あり得ないことではないと言うのですか?」

   暇名小五郎 「そうですね。完全に排除は出来ないという程度ですが・・・」

温対記者 「それに、そもそも藁人形さんが、7つの心得に全部違反したなんて本当なんですかねえ?」

    暇名小五郎 「さあ。わかりません」

温対記者 「怪人60面相だって、対局のその場に居なければ、藁人形氏が7つも違反したかどうかなんて、分からないじゃないですか」

     暇名小五郎 「はは。そのとおりですね。でも所詮、心得違反だと言ってるのは、理由付けのためのこじつけでしょうから、あまりそれにこだわったら、木を見て森を見ずになってしまいますよ」

     話をしているうちに、目的地の小浜市に着いた。

   物語も前半の45分を過ぎて、後半戦の45分になってきた。
    マラソンで言えば折り返し点、ベースボールなら5回表が終わったところである。
   前半部は、どちらかというと将棋を題材にした探偵小説風に仕上げたが、後半は本格推理小説の色が濃くなっていく。
     
     新たな出演者も続々登場し、怪しげな人物たちが駒音探偵団の読者を惑わせることになる。
    次に殺されるのは誰なのか?
        怪人60面相と殺人鬼の正体は?

     鬼才悪魔仮面の渾身の推理巨編を、続けて楽しんでいただきたい。  

駒の流儀・第17部  第84章

第84章「3つの理由」

寅金邪鬼警部 「この事件には、物的証拠となるものが、極めて乏しいのが特徴です。犯人は、夜遅くに変装してやってきて、閉店後、被害者と酒を飲み、毒を盛り、殺害し、証拠となるものを持ち帰って、平然と闇に消えたわけです」

    赤外線透警視総監 「うむ。この落ち着いた手口を考えると、盗難と殺人の違いはあっても、どちらも怪人60面相の仕業のようにも思えてくるねえ」

      警視総監は、捜査三課の刑事たちのほうを注視した。

細波雷蔵刑事 「先ほど、警視は犯人は知り合いだという線で行くと言われましたが、店主と知り合いだとすると、なぜ変装してきたのですかね?」

    寅金邪鬼警部 「うむ。知り合いでなければ、一緒に飲むのは変だしな」

細波雷蔵刑事 「もしかすると、その店長は嘘を言ってるのではないでしょうか?」

    金銀銅鉄一課長 「一課では、その可能性も視野に入れています。この件はもう少し調べるつもりです」

天然流誠捜査官 「それから、現場に残されていたコップですが、どうも府に落ちません」

   赤外線透警視総監 「うむ。どういうことかね?」

天然流誠捜査官 「はい。床には割れたコップとビールのような液体がこぼれていました。毒はその床にこぼれたものと、テーブルに残してあるコップの中にありました」

    寅金邪鬼警部 「そのとおりだ。それで?」

天然流誠捜査官 「ビール瓶の中には、毒は入っていませんでした。そして、一緒に飲んでいたと思われる男のほうのグラスは、発見されておりません。持ち帰ったものと思われます」

    寅金邪鬼警部 「うむ。間違いない。それで?」

天然流誠捜査官 「床の割れたコップは誰が飲んでいた物なのでしょうか? そして、テーブルの上のコップは誰が飲んでいたのでしょうね? これを素直に考えると、3人で飲んでいて2人が死んでいることになります。もう1人の死体は犯人が遺棄した事になるのですが・・」

    赤外線透警視総監 「だが、実際には死んだのは1人だ。うむ・・・なぜ、毒の入ったコップが2個あったのかねえ?」

寅金邪鬼警部 「犯人は、店主を殺害したあと、コップを持ち帰らずに、そのまま残した自分のコップに、青酸カリを入れて帰ったのではないかな?」

   天然流誠捜査官 「なんのためにですか?」

寅金邪鬼警部 「理由はわからんが、何かを誇示するためかも知れん」

   世渡甚六三課長 「寅金警部の推理も一理或るが、怪人60面相のこれまでの手口を考えたとき、誇示するためとは思えません」

金銀銅鉄一課長 「ほお。それでは伺いましょうか。どう解釈すればよいのですか?」

    世渡甚六三課長 「怪人60面相は、常になんらかの証拠品や手掛かりのようなものを、我々に残していました。そして、そのことによって、捜査する立場からすると、どのように解釈し、どう読み取ってよいのか迷うばかりでした」

    赤外線透警視総監 「うむ」

世渡甚六三課長 「今回の件も同じだと思うのです。彼は帰り際に、自分が飲んでいたコップは持ち帰ったのですが、もうひとつ余ったグラスの中に、わざと青酸カリを入れておいたのだと推測します」

    赤外線透警視総監 「なるほど。そうすることで、さらに我々捜査陣を混乱させる狙いか」

世渡甚六三課長 「はい、狙いは捜査の撹乱です。奴の常套手段です。実に狡猾で抜け目の無い人物です」

        経験豊富な世渡課長の意見が、概ね妥当なものとして尊重された。

世渡甚六三課長 「警視、予告状などの一連の手紙については、どう考えるべきでしょうか?」

   金銀銅鉄一課長 「私も、怪人60面相の盗難事件には関心を持っていましたから、注意してみていたのですが、手紙の文章には一貫性があります。やはり同一人物が書いたものだと思われます」

寅金邪鬼警部 「その点は、私も一課長と同意見です」

   赤外線透警視総監 「うむ。私も全部読んでみたが、同一人でなければ書けない文面だねえ」

世渡甚六三課長 「ですが、真似をすることはできます」

   金銀銅鉄一課長 「はい。たしかに文章を真似することは可能でしょう。ですが、真似るためには怪人60面相から送られてきた手紙の原文を見なければならないでしょう?」

世渡甚六三課長 「その通りです」

    赤外線透警視総監 「つまり、世渡君の説は、殺人予告のほうの怪人60面相は偽者で、なんらかの方法で、手紙を偽装して送ってきたということだね?」

世渡甚六三課長 「はい。そう思います」

   金銀銅鉄一課長 「なるほど。そう言われると、あり得ないこともないですね。殺人の容疑を怪人60面相に振り向ける。古典的だが、上手い手だ」

寅金邪鬼警部 「しかし、一般の人は、怪人60面相からの手紙を見ることはできないですから、限られた人たちになるので、範囲は狭まりますな」

    赤外線透警視総監 「そうだとすると、将棋関係者が関わっていると言いたいのかね?」

寅金邪鬼警部 「あくまでも可能性です。疑えば名人審議委員会の委員ということもあり得るわけです。怪人60面相が同一人物ではなく、手紙を真似たのだとすると、他に考えようがありません」

    金銀銅鉄一課長 「では、別人が怪人60面相の名を装ったとする。その場合、容疑者になる可能性がある者のリストを作れ」

渡り鳥旭警部 「我々も協力しますよ。寅金警部とリストを作成してみます」

   赤外線透警視総監 「そうだね。そのリストをもとに、再度検討が必要だ」

寅金邪鬼警部 「わかりました」

    赤外線透警視総監 「ほかに何かあるかね?」

金銀銅鉄一課長 「青酸カリの入手経路も調べていますが、今のところそれらしい報告はきておりません」

    寅金邪鬼警部 「青酸カリの場合は、薬局で手に入れることは出来ますが、購入するときには氏名と使用目的などを記入しなければならないので、一般の人が手に入れるのは簡単ではないです」

天然流誠捜査官 「たしかに警部の言われるとおりですが、盗みが専門の怪人60面相なら、易々と手に入れられても不思議ではないです」

    寅金邪鬼警部 「うむ。それもそうだな」

天然流誠捜査官 「あと、一応被害者に恨みを持つ者がいるかどうか、調査中ですが、殺されるほどの恨みや憎しみを受けるようなものは出てきません」

    金銀銅鉄一課長 「そうか。動機の解明は、犯人逮捕に直結するから、引き続き調べるように」

     捜査一課に比べると、三課の刑事たちの発言は少なく、どちらかというと聞き役に徹していた。

赤外線透警視総監 「いいかね。人が殺される理由には、大きく分けると3つある。金銭・復讐・恋愛だ。興奮したり激高しての偶然の殺人とは違って、計画的なものは、この3つだ。犯人の動機は、必ずこの3つの中にある。肝に銘じてほしい」

      警視総監の言葉は、当然のこととはいえ、刑事たちを初心に帰らせるほどの効果があった。
       実際、この殺人事件の動機も、この3つの中にあったことは言うまでもない。

     この捜査会議の様子は、暇名小五郎には、それとなく知らされていたのである。

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