駒の流儀・第16部

第78章「王の流儀」

  警視庁の赤外線透警視総監は、その日、全国警察本部長会議のため<グランドアーク半蔵門>にいた。
   丁度、新任の国家公安委員長が冒頭の挨拶をしている時だった。

  緊急の呼び出しを受けて、席を立った警視総監は、何事か報告を受けると、そのまま席へ戻らず、霞ヶ関の警視庁へと車を走らせた。
   警視庁へ到着した赤外線警視は、慌ただしく警視総監室へ入ると、すでに捜査一課長以下刑事たちが待ち構えていた。

金銀銅鉄一課長 「お待ちしてました。会議中申し訳ありません」

   赤外線透警視総監 「緊急の用事とは何だ?」

金銀銅鉄一課長 「はい。実は、警視総監個人宛に手紙が来ております。差出人は怪人60面相です」

      警視が椅子に座るのを待って、金銀課長がすぐ用件を切り出した。

   赤外線透警視総監 「なにい!」

金銀銅鉄一課長 「宛先が、赤外線警視個人宛ですので、開封することも出来ず、こうしてご足労いただいた次第です」

  赤外線透警視総監 「わかった」

    赤外線警視は、すぐに封筒を開けて、みんなに聞こえるように声を出して読み始めた。
     手紙はいつものように、雑誌や新聞から切り抜いた文字を組み合わせたものだった。

     拝啓 赤外線警視総監殿

  
       全国には各種の事件や犯罪が後を絶たず、連日お忙しいことでしょう。
        それにもかかわらず、孤軍奮闘されている警察の皆様には、心から敬意を表したいと思います。

       さて、先日の阿佐ヶ谷での居酒屋店主殺害事件でありますが、殺害動機が不明だと苦慮されているようですので、ご説明したく手紙を差し上げた次第です。

        去る6月11日、関西将棋会館で行われたアマ竜王戦の決勝戦で、駒の流儀書にある全ての流儀に反する行為が見られたために、王命により断罪した。

       すなわち、藁人形茂幸アマ竜王は、7つの流儀に違反し、わが国の将棋道を著しく汚し、純粋に将棋を愛する者たちの期待を裏切った。

      その卑劣な行為に対して、王の流儀の心得『死』をもって制裁したことを、ここに報告する。

                   怪人60面相 
 

赤外線透警視総監 「この手紙は、いったい何のことを言ってるのだ?」

      赤外線警視にしてみれば、殺人と将棋のかかわりが、理解できないようだった。

   寅金邪鬼警部 「はい。警視もご存知の通り、阿佐ヶ谷の居酒屋で毒殺事件が発生しております」

赤外線透警視総監 「うむ。それは知ってるが、それと将棋となんの関係があるのだ?」

   金銀銅鉄一課長 「実は、その文面からすると、どうやら殺された居酒屋の店主は、将棋のアマチュア界では強豪のようなのです」

    将棋フアンの駒音探偵団諸氏にしてみれば、<居酒屋店主殺害事件>というよりは、<アマ竜王殺人事件>のほうが、しっくりくるであろう。

寅金邪鬼警部 「私も今、判かったところでして・・。まさか怪人60面相が関係しているとは思いませんでした」

      刑事たちにしてみれば、捜査三課で追いかけていた怪人60面相の事件と、阿佐ヶ谷の殺人事件が関係していたとは、寝耳に水の驚きであった。

    赤外線透警視総監 「つまり、これは怪人60面相からの犯行声明なのかね?」

      警視にも、ようやく事態が飲み込めてきたようだった。

金銀銅鉄一課長 「どうもそのようです。すると、居酒屋の店主を殺害したのは、怪人60面相で、しかもその動機は恨みや憎しみではなく、<将棋の心得>に違反したためだというように聞こえます」

   天然流誠捜査官 「課長。その文面では実際、そのように言っています」

金銀銅鉄一課長 「しかし、将棋の流儀だが心得だかに違反したぐらいで、人殺しをすると思うか?」

      理論派の金銀課長にしてみれば、とても容認できない犯行の動機であった。

   赤外線透警視総監 「うむ。課長の言うとおりだな。あり得ない話だ」

      阿佐ヶ谷の殺人事件と、怪人60面相が繋がったことで、事件は急展開をみせてきた。
       果たして、犯行声明にある殺害の動機は本当なのか。殺人者は怪人60面相なのか。

       暇名小五郎と警視庁捜査一課、そして駒音探偵団の追求で、何処まで真相に迫れるのか楽しみである。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 月, 06/21/2010 - 10:46 categories [ ]

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駒の流儀・第16部  第82章

第82章「相撲の街」

  温対記者も、暇名探偵がこれ程粘るのをみたのは、初めてだった。
   それだけ、この殺人事件の動機が不明であることを物語っていた。

暇名小五郎 「もう少しで退散しますので、お願いします」

  馬得騒造店長 「かまへんで。ほかにどないなことや?」

     店長は、それほど迷惑そうな顔はしなかった。

暇名小五郎 「客層は、主にどんな人が多いのですか?」

   馬得騒造店長 「そうやねえ。場所的に近所に住むサラリーマンとか、大学生、消防署や区役所などの役所関係の人なんかがよく来てくれまんねん」

温対記者 「そういえば、このあたりは一般の住宅だけでなく、アパートやマンションもたくさんありますよね」

   馬得騒造店長 「ほかに、女性連れで来る男性もおるし、女性同士ちうのも来ますがな」

暇名小五郎 「なるほど。客層は幅広いですねえ」

     結構繁盛しているだけのことはあるようだ。
 

馬得騒造店長 「そうそう、相撲取りもきよりまっせ」

    温対記者 「へえ。お相撲さんも来るんですかあ。誰が来てます?」

馬得騒造店長 「ははは。有名な力士は来まへん。ちうより、おらへんちうべきやな」

      大相撲も、露鵬や若の鵬の大麻事件、朝青龍の殴打事件などの不祥事で、揺れ動いたばかりだったが、こんどは野球賭博と暴力団がらみの問題で、さらなる激震が起こっている。
       
       昔から、八百長問題などが論議されており、週刊誌などから告発されたにもかかわらず、ほっかぶりし続けてきた勘定書きが3倍返しで回って来たようなものであった。

      このことは、一相撲協会に限らず、見てみぬ振りを決め込んでいたNHKや横綱審議委員会などにも言えることである。
     そろそろ角界も、自浄努力をしなければ、公益法人の認定も危うくなりそうな雲行きではなかろうか。
 

温対記者 「どこの部屋ですか?」

  馬得騒造店長 「放駒部屋の若い衆たちや。なんにんかで、よく来てくれますんや。近いやろからね」

      阿佐ヶ谷というところは、元々は<東の両国>に対して<西の阿佐ヶ谷>と呼ばれるほど、相撲部屋が多かった。
     花籠部屋や二子山部屋もあったが、その後、藤島部屋との合併で、中野新町へ移転して、現在は貴乃花部屋となっている。
       
      以前は、花籠部屋の隣りに日大相撲部の稽古場があったが、今は日大相撲部だけが残っている。
 

温対記者 「放駒部屋といったら、あのうるさい審判部長がいるところですよね」

       現在も審判部長なのかどうかは、さだかではない。
  

  暇名小五郎 「はは。そうでしたね。元大関魁傑ですね」

温対記者 「そうそう。いちいち手がついてないから、やり直しさせてたけど、最近は手をついてなくても、誰も何も言わなくなりましたよねえ」

   馬得騒造店長 「だいたいや、自分たちが現役のときは、手なんぞつかなかったくせに、引退したとたん忘れよるで」

暇名小五郎 「ははは。いい加減なもんですねえ」

     放駒部屋は、杉並区阿佐ヶ谷3丁目にある。
      JR中央線阿佐ヶ谷駅で降りると、歩いて10分くらいのところにあった。

     1981年に、花籠部屋から独立して創設された。
      1985年には、元横綱の輪島(当時の花籠親方)が、年寄株を担保とした借金騒動を起こしたことが原因で、花籠部屋が消滅したため、残った力士は全員放駒部屋に移籍した事件があった。

     この放駒部屋も、独立当時は第62代横綱<大の国>がいたが、現在は幕下力士6人を頂点に、総勢15名の寂しい部屋になっていた。
 

馬得騒造店長 「わしも、駆け出しの小僧の頃から、この阿佐ヶ谷では長い間、飲み屋をやっとりましたが、昔は輪島とか荒勢とか、豪快な酒飲みの力士がおったでえ」

   暇名小五郎 「はは。そうらしいですねえ」

馬得騒造店長 「日大相撲部の連中も、たまに来てくれはるけど、どっちゃが強いんかわからんねえ」

   暇名小五郎 「相撲のことですか? 酒ですか?」

馬得騒造店長 「ははは。それは言えまへんがな。どっちもお客様やろから」

       客商売に慣れているというのが、馬得店長に対する印象だった。
  

暇名小五郎 「いろいろご協力いただきまして、助かりました」

   温対記者 「どうも長い時間、有難うございました」

    馬得店長は、聞きたいことがあれば,またいつでもどうぞと言って、笑顔で見送ってくれた。 

駒の流儀・第16部  第81章

第81章「動機」

暇名小五郎 「では、その男の年齢の見当はつきませんか?」

  馬得騒造店長 「無理だすなあ。声もちょっと聞いただけやし、店も混んでたよって」
  

温対記者 「店長さん以外の従業員さんは、その客を見ていないんですか?」

    馬得騒造店長 「そうや。さっきの刑事さんにも聞かれたんやが、他の者は気がつかなかったようや」
  

温対記者 「でも、いくら混んでいても、誰も気がつかないもんですかねえ?」

   馬得騒造店長 「わしが嘘言うてるちうんかいな?」

       馬得店長が、少しむきになって言った。
  

温対記者 「い、いえ。そういう意味ではないんですけど・・・気に障ったらご免なさい」

      温対も慌てて、言い繕った。この先、まだまだ聞きに来るかもしれない相手だったからだ。

   馬得騒造店長 「逆にや、他の従業員が応対したお客はんのことは、わしはさっぱり覚えてまへんね。みんな、そういう状態で仕事してますんやから」
  
暇名小五郎 「よくわかりました。それから、亡くなられた藁人形氏は30歳だということですが、居酒屋を経営する前は、何をしていた方でしょうか?」

   馬得騒造店長 「開業したのは、2年前やけど、大学を卒業してから暫くは将棋の勉強とかなんぞで、ぶらぶらしてたらしいですわ」
  
暇名小五郎 「2年前ですと28歳の時ですね。それまで定職についていなかったとすると、開業資金はどうしたのですかねえ?」

   馬得騒造店長 「さあ? 社長の実家が裕福やったから、実家から借りたか、それとも貰ったかのどっちかやと思うでえ。これだけの店でっから、相当な資金が要るはずやけどなあ」
 

      阿佐ヶ谷駅の近くの一等地である。そこに土地を買い、店舗を建てるとしたら大変な額になる。
       悪徳不動産屋の寅金氏が、よく知ってるはずである。

暇名小五郎 「実家は何をやっているのですか?」

   馬得騒造店長 「たしか実家は福井県だと聞いてまんねん。両親とも健在で、父親は昔から不動産をぎょうさん持ってる富豪らしいで」
  

暇名小五郎 「なるほど。それなら居酒屋の1軒や2軒ぐらい、どってことないですね」

    温対記者 「殺された藁人形さんには、兄弟はいたんですか?」

馬得騒造店長 「いや、一人っ子のはずや。だから親も落胆してますがな」
  
   暇名小五郎 「そうでしょうねえ。お気の毒です。もう1つお聞きしますが、社長さんが殺された動機ですが、実家が金持ちだということと、何か関係がありそうにも思えますが、店長さんからみて、その点はどうでしょうか?」

馬得騒造店長 「さあ、あの時、店の売上金が仰山おたんやが、1円も盗られてまへんし、金銭は関係ないと違いますやろか。それに社長も、あまりお金にうるさく言う人じゃなかったさかい、金で恨みをかうとは思えまへんけどなあ」
 
   暇名小五郎 「なるほどねえ。つかぬことをお聞きしますが、社長さんの女性関係はどうでしょうか?」

馬得騒造店長 「女でっか? ま、男でっからねえ、なんにも無いことはないやろけど」

    温対記者 「社長さんは、モテるほうだったんですか?」

       質問する声が弾んでいる。 温対記者の得意の分野である。

馬得騒造店長 「どうやろかねえ。そないにモテるとは思わんかったがね」

   温対記者 「旦那さんのいる女性と不倫してたとか、婚約者がいながら浮気してたとか・・」

馬得騒造店長 「ははは。社長は、店の仕事以外は将棋のことしか頭になかったやね。いつも将棋の本を読んだりしはってましたし、時間があれば将棋仲間と研究会とかしてたんやから、女性とつきあう暇はなかったと違いますか」

      アマ竜王ともなれば、常にそのぐらいの心構えでいなければならないようだ。
       女のことしか頭にない温対記者とは、まるっきり正反対の生活ぶりだった。

女性従業員<26歳> 「あの、店長。たしか社長には、婚約者がいたらしいですけど、ご存知なかったですか?」

      傍で掃除をしていた女性従業員が、遠慮がちに声を掛けてきた。

   馬得騒造店長 「ほんまかいな?初耳やで。ほかのみんなは知ってたんやろか」

女性従業員<26歳> 「そういうことは、女は早いんですよ。私たちは知ってましたよ」

    馬得騒造店長 「そうか。社長は、わしにはなんにも言わへんかったけどなあ」

温対記者 「へえ。じゃあ、女性関係での恨みとかは、どうなんですかねえ?」

   女性従業員<26歳> 「社長は、女性問題でもめたとか、恨まれるとかいうことはありませんよ。そんな人じゃないわよ」

  暇名小五郎 「そうすると、犯人の殺害動機が、全く見えてきませんねえ」

         交友関係、金銭関係、女性問題など、殺されるぐらいの恨みを買うトラブルが、まったく見えなかった。

暇名小五郎 「店のお客さんや、そのほかの交友関係について、もう少し教えてほしいのですが」

      店の従業員たちが、開店の準備に入っていたが、暇名は粘った。   
 

駒の流儀・第16部  第80章

 第80章「個人事業」

  捜査一課の刑事たちが、阿佐ヶ谷に向った後、暇名小五郎はやりかけていた仕事をかたづけてから、温対記者に連絡した。
   温対のほうも、仕事がはいっていたため、刑事たちから2時間遅れで2人は中央線の阿佐ヶ谷駅で落ち合った。

温対記者 「阿佐ヶ谷南3丁目ですから、南口でしょうねえ」

   暇名小五郎 「そうでしょうね。5分くらいらしいから、すぐですね」

       探し回るまでもなく、居酒屋<こまおと>は、すぐ見つかった。

温対記者 「もっと派手な飲み屋街かと思ったんですが、案外静かなところにありますねえ」

     周りはアパートやマンションが多く、小学校や中学校もあり、住宅街の一角に居酒屋があった。
      店内に入ると、まだ開店前なので店長が1人いるだけだった。

馬得騒造店長 「やあ。こんどは新聞屋さんかいな。さっき警察の人が帰りはったばかりや」

       寅金警部と天然流捜査官のことであろう。

    温対記者 「どうも、何度も恐縮です」

馬得騒造店長 「いや、かまいまへんよ。あないな事件があったんで、ちーとの間、客もきまへんよろし」

      店主が亡くなったばかりにしては、明るい顔つきだった。

暇名小五郎 「店のご主人が亡くなられて、お店の営業のほうは、奥さんが継がれたのですか?」

   馬得騒造店長 「いや、社長は独身や。店のほうは、わしが事業を引き継いで、営業を続けることにしましたんや」

暇名小五郎 「いま社長さんと呼んでいましたが、会社組織になっているのですか?」

  馬得騒造店長 「わしが勝手に社長って呼んどるだけで、個人経営だすがな。従業員の生活もあるよって、わしが営業権を買うて事業を続けるっちゅうことだす」

温対記者 「そんなに儲かってる店なのですか?」

  馬得騒造店長 「そうやねえ、今のご時勢からすると、儲けは出てるほうかも知れまへんなあ。そんでも、たいしたことおまへん。やっと食っていける程度ですがな」

       馬得店長には、落ち込んだ様子がなかった。

温対記者 「ところで、もうすでに刑事さんからお聞きになったことでしょうが、警察に怪人60面相から自分が殺したとの犯行声明がきています」

   馬得騒造店長 「ああ、聞いたで」

温対記者 「それで、何かそのことで思い当たることはありませんか?」

   馬得騒造店長 「さっきも同じことを聞かれたけど、心当たりはおまへんなあ。新聞で名前は聞いたことはあるけど、怪人60面相ってなんですかいな?」

温対記者 「最近、出没している怪盗です。将棋関係の品物を盗み出していますよ」

       馬得店長は、わけがわからないという表情だった。

暇名小五郎 「店主の藁人形氏は、将棋が強い人だったということは、ご存知でしたか?」

   馬得騒造店長 「もちろん知ってますがな。わしは将棋は知りまへんけど、よく新聞に載ったりしてましたさかい、みんな知ってますわ」

暇名小五郎 「そうですか。それで、将棋関係の友人とかが、お店に来ることはあったでしょうか?」

   馬得騒造店長 「時々、何人か来てましたですわ。将棋関係だけやのうて、社長は友達が仰山おりましたよって」

暇名小五郎 「そうすると、事件の当夜、閉店前に訪ねて来た人も、社長さんの将棋関係の友人だと思ったのですか?」

   馬得騒造店長 「そうや。はっきりは知りまへんが、しょっちゅう見たこと無い人が来てたんやけど、たいてい将棋関係の友達のようやった」

       女性の従業員が、店内の掃除を始めていた。

暇名小五郎 「店長さんは、見たことのない人だったと言いましたが、帽子とヒゲとサングラスを外したら、会ったことがある人のような気がしませんか?」

      馬得店長は、しばらく考えていたが、わからないというように首を振った。 

駒の流儀・第16部  第79章

第79章「魔の手」

  怪人60面相から赤外線警視総監へ届けられた犯行声明文は、合同検討委員会にも報告されたが、捜査一課の寅金警部と天然流捜査官の2名は、手紙のコピーを持って銀座の暇名小五郎を訪ねていた。

暇名小五郎 「この前、私宛にきた予告状を見てから、嫌な予感がしてましたけど、まさかこういう形で事件が起きるとは思いませんでしたよ」

      いままでの捜査三課に代わって、捜査一課の事件になるとは、暇名探偵ならずとも想像すらできなかったようだ。

寅金邪鬼警部 「同じですよ、暇名さん。いくらなんでも、警視総監宛に犯行声明とはねえ」

   藤田舞子事務員 「へえ。ずいぶん大胆なんですねえ」

    お茶を運んできた藤田舞子が、恐々とした声を出した。
 

  天然流誠捜査官 「その予告状によると、殺害の動機は将棋の心得違反だということですが、暇名さんは、どう思われますか?」

暇名小五郎 「なんとも言えません。普通に考えればあり得ないことです。たかが将棋のマナーに反したぐらいで、殺されてたらたまりませんからね」

  天然流誠捜査官 「まったくです。これは悪戯じゃないですかね?」

暇名小五郎 「悪戯?」

   天然流誠捜査官 「はい。つまり、殺人を犯したのは別人であって、怪人60面相はその事件を利用して、悪戯の犯行声明をよこした」

      いかにも天然流らしい斬新な推理である。

暇名小五郎 「なるほど。あり得なくはないですがね・・・」

   天然流誠捜査官 「変ですか?」

     暇名小五郎が、怪訝そうな顔をしながら考え込んでいた。

暇名小五郎 「たしかに怪人60面相は、元々愉快犯的な犯罪者のようにも見えますから、まるっきり違うとは言えないのですが、愉快犯というのは軽い犯罪を面白がってやるものです。殺人は、その領域を超えています」

   寅金邪鬼警部 「俺も暇名さんと同じ意見だ。悪戯だとすると、精神異常者の犯行に近い」

暇名小五郎 「ええ。ですが、彼は精神異常者ではありません」

   天然流誠捜査官 「では、あくまでも怪人60面相が、殺人を犯したということですかね?」

寅金邪鬼警部 「うむ。つまりだ、悪戯ではなく、本気でやったということだな」

   天然流誠捜査官 「警部。ですけどね、愉快犯でも悪戯でもないとしたら、なんのために犯行声明を出したんですか?」

寅金邪鬼警部 「俺に聞かれてもわからんよ」

     さすがの鬼警部も、理論家の天然流相手の推理合戦は、分が悪いようだ。

暇名小五郎 「この事件には、まだわからないことが多くあります。今わかっていることは、殺害された居酒屋の店主は、アマチュア将棋界を代表する強豪だったということ。そして、殺された理由は、駒の流儀すべてに違反したからだとされていること。この2点です」

   寅金邪鬼警部 「そうだな。事実かどうかは別だが」

天然流誠捜査官 「それから暇名さん。今までの駒の流儀の犯行声明は、すべて将棋連盟の米中会長宛に送られてきたそうですが、なぜ今回は警視総監宛だったのでしょうかねえ?」

   寅金邪鬼警部 「そうだ。俺も疑問に思っていた。一貫性がないな」

      刑事たちの疑問は、当然のように思えたが、暇名小五郎の推理は刑事たちの上を行っていた。

暇名小五郎 「それはですね、被害者がプロ棋士では無かったからでしょう。アマチュアの棋士なら、将棋連盟は関係ありませんから」

   寅金邪鬼警部 「なるほど。それで警視総監宛にしたということか」

       刑事たちは、あらためて名探偵の存在を重く感じ取った。

天然流誠捜査官 「それと、犯行声明の中の文章ですが。文体が<です・ます>調と<である>調とが混在しています。これは、犯人に何か意図があって故意に間違えているのか、それとも単に、犯人の無知による誤表記なのでしょうかねえ?」

     偶然にも、駒音探偵団と天然流捜査官の疑問が一致したようだ。
  

   暇名小五郎 「鋭い指摘ですね。このことからしても、怪人60面相が、ただならぬ知力の持ち主だということが分かりますよ」

寅金邪鬼警部 「と言うと?」

   暇名小五郎 「つまりですね、犯人の残した声明文は、あきらかに或る意図をもって書かれていますよ」

     暇名は、ここでお茶をグイと飲んでから、話を続けた。

暇名小五郎 「論文を書いてるわけではないのです。文体を意識的に統一させないことによって、読み手を混乱させています。我々に多様な人物像を想定させることが狙いです」

   天然流誠捜査官 「たしかに、わざと間違えたのか、無知なのか、何か意味があるのか。人物像が絞れませんね」

暇名小五郎 「その通りです。文字を切り抜きにしたのも、同じ意味です」

   寅金邪鬼警部 「うむ。そうなると、かなり手ごわいな」

暇名小五郎 「私たちが考えているよりも、遥かに複雑で危険な事件の可能性があります。もしかすると、我々はすでに敵の罠に嵌まっているのかも知れません」

    天然流誠捜査官 「罠ですか?」

暇名小五郎 「はい。何か見えない魔の手が、我々を迷路へと誘っているような感じです」

   寅金邪鬼警部 「うむ。暇名さんにそう言われると、自信がなくなってくるねえ」

     名探偵の一言は、刑事たちに重く響いた。

   暇名小五郎 「とにかく私は、阿佐ヶ谷まで行ってみます」

寅金邪鬼警部 「そうか。俺たちも今から行くところだ。暇名さんも一緒に行きますか?」

  暇名小五郎 「いや、私は温対記者を誘って行きますので、先に行ってください」

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