駒の流儀・第14部

第69章「疑問の交錯」

  池袋の暴力団山岡組にも、初台の行方8段宅での盗難未遂事件の詳細が知らされていた。

筒井村重本部長 「そういうわけで、結局、さしもの怪人60面相も今回は失敗したというわけです」

  山岡鉄収組長 「ま、これだけ警戒されていたら、俺がやっても難しいな」

筒井村重本部長 「しかし、不思議なのは、なぜ今回は1人でやらずに他人を利用したのかだ」

 仁歩犯則書記長 「本部長、実は私も疑問に思ってました」

山岡鉄収組長 「つまり、どういうことだ。怪人60面相の仕業じゃねえってことか?」

 筒井村重本部長 「いや。そうは言ってないが、奴が石辺五郎とかいうタクシー運転手を利用したのが、どうも気に入らないんだ。タイプが違う」

山岡鉄収組長 「石辺五郎? 聞いたことがあるな。若頭のダチじゃねえのか?」

       山岡は、若頭の小茶園を呼んだ。

山岡鉄収組長 「おい、石辺五郎ってのは、若頭のダチじゃなかったか?」

  小茶園猛若頭 「ええ。五郎がどうかしたんですか?」

         仁歩書記長が、一部始終を小茶園に説明した。

小茶園猛若頭 「そうだったんすか。五郎のやつ、またどじりやがったな」

 筒井村重本部長 「知り合いでしたか。どんな男ですか?」

小茶園猛若頭 「喧嘩は俺たちよりも強えし、度胸もある。だけど嘘つくような男じゃねえすよ」

 筒井村重本部長 「そうですか。今度、一度会わせてくれませんかねえ」

小茶園猛若頭 「ああ、いいすよ。俺が呼べば、すぐ来ますよ」

    その頃、名人審議委員会では石辺五郎の釈放を受けて、すぐさま検討会が開かれていた。

大吉三郎委員長 「木村8段と行方8段の両者に絞り込んだところまでは正解だったが、結果は意外な形で終わりました。被害者は行方8段でしたが、容疑者として逮捕された石辺という男も釈放された。このことは、怪人60面相が第5の盗難に失敗したと考えていいのでしょうか?」

 喝采賢介委員 「常識的には、失敗したということでしょうな」

不利舎耕介副委員長 「だが、いくつか疑問点がある」

 大吉三郎委員長 「たとえば、どんな?」

不利舎耕介副委員長 「石辺の供述によると、入るときに部屋には鍵はかかっていなかったと言っています」

   大吉三郎委員長 「そうでした」

不利舎耕介副委員長 「そして、そのことを怪人60面相は石辺に教えています。と言うことは、前もって怪人60面相が行方宅の入り口ドアを開けておいたことになります」

 湯川慶子委員 「たしかに、そうなるわね」

不利舎耕介副委員長 「では、いつ開けたのでしょうか?」

 喝采賢介委員 「そう言われると変だ。行方氏が警察の指示で、部屋を出るときには鍵をかけて出かけてますから、その後はずっと刑事たちが監視している。どうやって警察の目を盗んで、ドアの鍵を開けたんですかね」

丸潮新次郎委員 「怪人60面相が、石辺氏に合鍵を持たせたのではないかな?」

 不利舎耕介副委員長 「いや。それなら石辺氏が警察に言うはずだ」

湯川慶子委員 「そうよ。彼は、はっきり鍵はかかっていなかったと供述しているもの」

  大吉三郎委員長 「不思議だね。どういうことだろう」

喝采賢介委員 「それと、暇名探偵の指摘によると、石辺氏が入室してから、出てくるまでの時間ですが、5分はかかりすぎだと・・・。その間彼は何をしていたのかなあ」

  湯川慶子委員 「そうなのよ。そのことも疑問よね」

丸潮新次郎委員 「その点ですがね。私はね、タクシーの運転手だから、つい人の家だけど、小用を足していたのではないかと思うね」

  湯川慶子委員 「あら、いやだ」

喝采賢介委員 「しかし、それだけなら、やはり5分は長いですよ」

     しばらく難しい顔で考え込んでいたホームズが、面白い説を披露した。

不利舎耕介副委員長 「私もその5分間の意味については、考えてみたのです。行方8段の部屋に入った石辺は、初めは
頼まれた物を持ってすぐ戻ってくるつもりだったと思います」

  丸潮新次郎委員 「うむ。そうだろうね」

不利舎耕介副委員長 「ところが部屋に入ってみると、思った以上に豪華な部屋だった。そこで石辺は、頼まれたトロフィーを持ってくるついでに、なにか金目のものはないか物色したのではないかと思うのです」

  大吉三郎委員長 「なるほど、ありうることだね」

不利舎耕介副委員長 「つまり、何か盗むというほどではなくても、つい他人の部屋にどんなものがあるのか、あちこち覗いてみてたというのが真相でしょうな」

 喝采賢介委員 「それで石辺氏は、警察に話せなかったんですなあ。納得です」

     この不利舎耕介の意見は、皆の賛同を得た。
     事実は、石辺五郎本人の自供を待たねばならないが、恐らくそれほどの違いは無いはずであった。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 金, 06/04/2010 - 11:33 categories [ ]

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駒の流儀・第14部  第74章

 第74章「アマ竜王戦」

   6月11日、関西将棋会館では、アマ竜王戦の決勝戦が行われていた。
     
     先手は、前年のアマ竜王で、連覇を目指す藁人形茂幸。
      対する後手は、北海道代表で、ここまで勝ち上がってきた葱巣鴨輔。人呼んで<北の狼>と称される強豪である。

     アマ竜王戦とは、日本将棋連盟と読売新聞社が共催で行われる、全国規模の実力棋戦である。
      各都道府県単位で、例年数ヶ月かけて予選が繰り広げられ、それに勝ち抜いた56人の代表により、毎年6月ごろ全国大会が開かれる。

      予選リーグでは、4人1組のブロックに分かれ、それぞれ勝ち上がった28人が、決勝リーグのトーナメントで雌雄を決することになる。

     この大会は、アマ名人戦、アマ王将戦、朝日アマ名人戦などと同じく、優勝者もしくはそれに準ずる者が、プロの公式戦に出場する資格を与えられる。
      正確には、アマ竜王ベスト4に入ると、自動的に竜王戦6組での参加が認められるのである。

   現アマ竜王の<藁人形茂幸>は、福島県出身、30歳、独身。
      若いが、東京阿佐ヶ谷で居酒屋を経営している。

   挑戦者の<葱巣鴨輔>は、北海道札幌市出身、37歳、妻と別居中。
     札幌南市役所の職員。酒癖・女癖悪い。
    前作<闇の棋士>でも登場しており、その強豪ぶりは説明の必要はないであろう。

   決勝戦は、アマ竜王の<居酒屋風三間飛車>に対して、北の狼得意の<北極熊戦法>の対決となっていた。

    週刊ポテト社の後呂記者は、毎年このアマ竜王戦の取材を担当していた。
     観戦記事の解説は、野月弘毅7段に依頼していた。

  
後呂記者 「野月先生は、葱巣鴨輔さんとは親友だそうですね?」

まだ序盤で、将棋はゆったりとした流れになっていた。

  野月弘毅7段<37歳> 「はい。彼とは小学校のころからの知り合いです」

後呂記者 「同級生なんですか?」

 野月弘毅7段 「いいえ。学校は、まるで違います。将棋の小学生名人の札幌予選の時に、知り合いました。彼は強かったですよ」

後呂記者 「へえ、小学生の時からだと、ずいぶん対局してますね?」

  野月弘毅7段 「うーん。もう数え切れないほど指してます」

後呂記者 「どっちが分が良かったんでしょうか?」

  野月弘毅7段 「はは。ま、五分五分で、いい勝負でしたね」

後呂記者 「そうなんですか。野月先生といい勝負というのは凄いなあ」

      葱巣鴨輔と親友だったという野月7段の横顔を紹介しておくことにする。

        北海道出身、勝浦治9段門下。1973年生の37歳である。
       順位戦B級2組 竜王戦3組。
        どちらかというと、急戦を得意としており、早指し新鋭戦での優勝実績もある。
        やや伸び悩んでいるが、タイトル獲得も期待される逸材である。

後呂記者 「たしか野月先生は、小学生名人になられてますよねえ」

  野月弘毅7段 「ええ、そうでしたね。1985年の第10回大会でした」

     
      話のついでに、小学生名人戦とは、日本将棋連盟が主催し、文部科学省・文化庁が後援、小学館・集英社が協賛する全国規模の小学生日本一を決める大会である。

     各都道府県で予選が行われ、その予選を通過すると、3月に東日本・西日本の大会にそれぞれ出場できる。
      そこでの上位4名で、優勝を争うことになるが、決勝戦は毎年NHK教育テレビで放映されている。

 野月弘毅7段 「なにしろテレビに出るので、緊張しましたよ。だから今でも、NHKのテレビ対局の時は、緊張して結果が良くないです」

    この野月7段が全国制覇したときの、札幌予選の決勝戦の相手が、葱巣鴨輔だったのである。

駒の流儀・第14部  第73章

第73章「恐怖」

   なんと驚いたことに、第5の盗難事件が終わったばかりだというのに、早くも暇名探偵宛に予告状が届いたというのである。

暇名小五郎 「そうか、わかった。今すぐファックスで流しなさい」

  藤田舞子事務員 「先生、早く帰ってきてくれますか? なんだか怖いんです」

       いつもと違って、藤田舞子の声は震えているようだった。

世渡甚六三課長 「暇名さん、どうしたのですか?」

世渡課長も、何事かというように暇名のほうをみていた。

   暇名小五郎 「怪人60面相からの予告状です。また来たようです」

米中会長 「なにい! また来たのかね」

       米中会長も、思わずヒステリックな声を出した。
 

  暇名小五郎 「今、ファックスを流させましたので、持って来て欲しいんですが・・」

      越中事務局長が、すぐ伊加職員に事務室へ取りに行かせた。

伊加訓生職員 「暇名さん、これですね」

     伊加は、まず暇名探偵に用紙を渡した。
      暇名小五郎は、丁寧に読んでいたが、予告状にしては長い文章のようだった。
     読み終わると暇名は、越中事務局長に渡してから、全員に伝えた。

  暇名小五郎 「皆さんにお願いがあります」

      暇名小五郎は、いつになく緊張した様子だった。

大橋宗雪理事長 「暇名殿、あらたまってどうしたのかの?」

大橋理事長も、暇名の様子から、ただならぬ気配を感じ取っていた。

   暇名小五郎 「はい。怪人60面相から、またも予告状が来たのですが、文面は今までとは内容が異なっており、非常に危険なものを感じさせます」

喝采賢介委員 「ほお」

   暇名小五郎 「何かもっと不気味な恐怖というか、得体の知れない脅迫状のようでもあります」

湯川慶子委員 「ねえ、ちょっとあまり脅かさないでよ」

     あまりにも暇名が、真剣な表情だったので、部屋全体が静まり返った。

   暇名小五郎 「したがって、この手紙の内容は、ここにいる方々だけにとどめておき、絶対に他の人には漏らさないでいただきたいのです」

不利舎耕介副委員長 「いきなりそう言われてもねえ。どうしてなんだね?」

   暇名小五郎 「読んでいただければ分かりますが、何故かとても嫌な予感がするからです」

不利舎耕介副委員長 「わかった。まずは、読んでいただこうか」

  

    いつものように、越中事務局長が、手紙を声を出して読み上げた。

      親愛なる暇名小五郎君

         駒の流儀も第5の流儀まできたようだ。
        ずいぶんと違反者が出て来るもので、私も忙しくて寝る暇も無いというところだ。

         さて、駒の流儀の心得も、あと2つとなったが、中には7つの流儀の全てに違反する不心得者もいるようだ。
          そういう輩は、本来、将棋を指す資格すらないのだが、嘆かわしいことに古今東西、何処に行っても存在するものである。

        将棋道を愛する者として、見過ごすことが出来ぬ場合もあるのだよ。
         心得違反をした時は、命をもって償う覚悟がなければ、生きている価値が無いとも言えるのだからね。
        その意味では、米中君と私の理想は、一致しているのかも知れぬな。

        そこで、私は7つの流儀すべてに違反した者には、プロ、アマ問わず、『王』の流儀に違反した罪で、王命により断罪する。

         『王の流儀』の心得は、『死』

                   怪人60面相

  
   温対記者 「ひ、暇名さん。これは殺人予告とも受け取れますよね」

      温対記者も、文面の不気味さに身震いした。

湯川慶子委員 「そうよね。何か恐ろしいことが起こりそうで、すごく怖いわ」

       このときの湯川女史の心配は、やがて現実となり、読者を恐怖と暗黒の世界へと引きずりこむことになるのである。

駒の流儀・第14部  第72章

第72章「愉快犯」

   暇名小五郎によると、怪人60面相は行方8段宅の鍵はかかっていると思っていたと言うのである。

  湯川慶子委員 「どういうことなのか、わからないわ」

暇名小五郎 「順を追って説明しますと、石辺五郎は怪人60面相に頼まれて、行方8段の部屋の前まで行きました」

      喝采賢介 「ふむふむ」

暇名小五郎 「先ほども世渡課長が話したように、部屋の鍵が掛かっていないことを知っていたのは、課長と行方8段の2人だけですから、当然怪人60面相も知りません」

    湯川慶子委員 「うん、そのはずよね」

暇名小五郎 「行方8段が自宅に居る場合も、外出している場合も、どちらであっても部屋の鍵は掛かっているのが普通です。だから、怪人60面相も、部屋の鍵はかかっているものだと思い込んでいたはずです」

    喝采賢介 「ふむふむ。なるほど」

暇名小五郎 「ところが実際には、部屋の鍵は掛かっていなくて、石辺は容易に中に入ることができたのですが、このことは怪人60面相にとっては、思いもかけない出来事だったのです」

   大橋宗雪理事長 「うむ。では何ゆえ石辺殿に、鍵は掛けていないと申したのかのお?」

暇名小五郎 「はい。怪人60面相の構想では、石辺五郎は部屋の入り口の前でドアが開かずに、立ち往生してしまうはずでした。そこで待機していた警察官に逮捕されるという筋書きだったのだと思うのです」

   丸潮新次郎委員 「なるほど。ところが実際には鍵が掛かっていたために、シナリオが狂ってしまったのですな」

    いかにも映画監督らしい台詞である。

暇名小五郎 「そうです。行方8段が鍵を掛けなかったために、石辺がトロフィーを持ち出すという想定外の事が起きてしまったのです」

   大吉三郎委員長 「うむ。はじめから本気で盗み出させるつもりがなかったから、ギンナン面の駒も用意しなかったのですな」

仁歩犯則書記長 「さすが暇名探偵ですね。それなら辻褄が合います。納得です」

   湯川慶子委員 「あら、私は納得できないわ。なんのためにそんなことするのよ」

暇名小五郎 「ご尤もです。なぜ、わざわざそんな面倒なことをしたのか、今は想像することしかできませんが、何故この一連の盗難事件が起きたのかの謎に係わる出来事だと思っています」

     暇名小五郎の推定どおり、この初台の事件には、怪人60面相が一連の<駒の流儀事件>を引き起こした重要な動機が隠されていたのである。

   丸潮新次郎委員 「そうすると、両方の事件とも怪人60面相が関わっているということですね?」

不利舎耕介副委員長 「確実だね。単なる泥棒が偶然行方8段宅を狙って、トロフィーを持ち出そうなどとするわけがない」

   筒井村重本部長 「不利舎さんの仰るとおりでしょうね。私もそう思う」

丸潮新次郎委員 「では、両者を狙った理由は何ですか?」

  不利舎耕介副委員長 「この犯人は、ある意味では愉快犯だ。面白がっているところがある」

大橋宗雪理事長 「儂も賛成じゃ。その通りじゃのお」

   不利舎耕介副委員長 「怪人60面相は、事件を起こす前には必ず予告状を出しています。しかも、わが国随一の名探偵宛にです」

      いかにも皮肉たっぷりに聞こえた。

不利舎耕介副委員長 「そして犯行後は、ご丁寧に犯行声明も出して、自らを誇示しているとも受け取れます。こういう人物なら、捜査陣をあざ笑うために、わざと行方8段宅を狙ったのもうなづけます」

   細波雷蔵刑事 「我々は遊ばれていると言うわけですか?」

細波は、やや憤然となった。

不利舎耕介副委員長 「警察だけではなく、私や暇名探偵も含めた全員が、からかわれてるわけですよ」

   大吉三郎委員長 「私も副委員長の説に賛成だ」

不利舎耕介副委員長 「おや。名探偵様は、さっぱり発言されませんが、何かご意見はないのですか?」

高名な推理作家が、名探偵に挑むような視線を突きつけた。

暇名小五郎 「そうですね。私も不利舎氏の意見に賛成で、どちらの事件も怪人60面相が関わっています。但し、初台の事件は単なる愉快犯が、自己満足のためにやったものとは思いません」

    不利舎耕介副委員長 「ほお」

暇名小五郎 「はっきりとは分かりませんが、我々をからかうだけというよりは、もっと陰湿な根深いものを感じるのです」

   大橋宗雪理事長 「暇名殿は、この事件には、もっと深い裏があると申すのだな?」

暇名小五郎 「まだ根拠は曖昧ですので、今の段階では、これしか言えません」

     長い議論を遮るように、米中会長が金切り声を上げた。

米中会長 「君たちの意見は分かったがね、その怪盗はいつ捕まえてくれるのだね。役に立たない連中だ」

  西村和義専務理事 「会長、それは言いすぎですよ。皆さん努力してくれてます」

米中会長 「しかしだね。連盟に所属する棋士たちばかり狙われてだ、未だに犯人が捕まらないじゃないか。警察も無能だねえ」

      渡り鳥旭警部 「申し訳ありません」

   世渡甚六三課長 「返す言葉もないです」

       刑事たちは、しかたなく頭を下げた。

大吉三郎委員長 「会長、我々も怪盗の逮捕に全力を挙げて協力しています。しかし、いまだかつてこれ程難解な事件に遭遇したことがありません。もう少し長い目で見て頂きたいですな」

      大吉委員長が、みんなの気持ちを代弁するように言った。

西村和義専務理事 「それで、今後の方針は、どうなさるおつもりですか?」

   大吉三郎委員長 「はい。やるべきことはふたつです。これまでの5つの事件から、犯人の手掛かりとなるものを洗い出すこと。そして、あと2つ予定される事件の予告状を待って、被害者を特定することです」

米中会長 「ふ、それしかないのかね? いつも同じではないか」

  皆本義経編集長 「悔しいですが、今やれることはそれだけぐらいですね」

     皆本編集長が、米中会長をなだめるように言ったが、このとき、暇名探偵事務所の藤田舞子から、暇名小五郎に電話があった。

藤田舞子事務員 「先生! 大変です! また怪人60面相から手紙が送られてきました」

駒の流儀・第14部  第71章

第71章「論争」

湯川慶子委員 「私も同じ疑問をもったわ。どういうことかしらね」

    温対記者 「あの、初台のほうは、怪人60面相とは関係ないんじゃないですかねえ」

大橋宗雪理事長 「いいや、それは変じゃぞ。石辺殿の証言は、目撃者がいて、事実だということが立証されておる。つまり、何者かが石辺殿に行方8段の自宅へ行って、トロフィーを持ってくるように指示しておる」

  不利舎耕介副委員長 「その通りです。その指示した者が怪人60面相であることは、疑う余地がありません」

     当然の主張だけに、誰も反論しない。
  

喝采賢介委員 「だとすると、木村8段がお守りを盗まれたのは、対局の当日ではなく、もっと後だということになりますなあ」

   大吉三郎委員長 「何故だね?」

喝采賢介委員 「つまりです、元もとのターゲットは行方8段だった。それが失敗に終わったので、あらためて木村8段を狙った」

   筒井村重本部長 「しかし、木村8段は盗まれるとしたら、あの対局の時しかないと言っていますよ。その言葉を信じるなら、盗難は木村8段が先です」

  湯川慶子委員 「なんか分からなくなってきたわねえ」

丸潮新次郎委員 「はっきりしていることから整理してみましょうか。まず木村8段が被害に遭い、犯行声明が出ていることからすると、怪人60面相の仕業であることは間違いありません」

  湯川慶子委員 「そうよね。被害者は木村8段なのよね」

     暇名小五郎は、じっくりと皆の意見を拝聴していた。

丸潮新次郎委員 「一方、行方8段のほうは、盗難未遂があったことは事実ですが、必ずしも怪人60面相だとは限りません」

   喝采賢介委員 「どうしてかな?」

丸潮新次郎委員 「必要がないからですよ。すでに木村8段から品物を盗んでいるわけですから、さらに行方8段からも盗む必要は無いでしょう」

  不利舎耕介副委員長 「だが、他の人物も考えづらいのでは?」

丸潮新次郎委員 「そうでしょうか?」

   不利舎耕介副委員長 「私は、丸潮委員とは逆に、行方8段宅の犯行も怪人60面相だと思いますよ」

     喧々諤々、意見が入り乱れてきた。

不利舎耕介副委員長 「但し、怪人60面相の犯行だとしても、いろいろな面で納得のいかないところがありますね」

   喝采賢介委員 「たとえばなんだろう」

不利舎耕介副委員長 「たとえば、タクシーの運転手が、いくら客に頼まれたからといって、見ず知らずの男を残して、車を離れるでしょうかねえ?」

  湯川慶子委員 「それはそうよね。売上金を盗られたりしたらどうするのよ。それでなくても胡散臭い格好してたんだから」

喝采賢介委員 「たしかにあり得ないですなあ。現金だけでなく、車ごと盗まれるかも知れない」

   暇名小五郎 「いや。その点は不思議じゃないんですよ」

     今まで傍観者だった名探偵が、ようやく発言した。

湯川慶子委員 「あら、どうして?」

   暇名小五郎 「はい。代々木自動車で確認したのですが、その日は石辺氏は夜間が仕事開始で、その客が最初の客だったのです。したがって、売上金は1円も無かったのですから」

喝采賢介委員 「なるほど。じゃあ、車のほうは?」

   暇名小五郎 「もちろん、キーは抜いて離れていますから、その心配もなかったようです」

       石辺が車を離れた件は、ひとまず落着したが、ここでホームズが先ほどから問題になっている行方宅の部屋の鍵について、渡り鳥警部に質問した。

不利舎耕介副委員長 「警部に伺いたいのですが、行方8段はあの日、鍵を掛けてから出かけたのですか?」

    渡り鳥旭警部 「うん? そのはずだが・・」

世渡甚六三課長 「あ、その鍵のことなら、私から話そう。実をいうと、私が行方8段に鍵を掛けないで出かけるように指示したんですよ」

   暇名小五郎 「やはりそうでしたか」

世渡甚六三課長 「うむ。このことを知ってたのは私と行方8段だけだ」

   湯川慶子委員 「でもなぜ、そんな指示を出したの?」

世渡甚六三課長 「うむ。あくまでも怪盗を現行犯で逮捕したかったのでね。行方8段が鍵を掛け忘れたように見せかけたのだ」

 湯川慶子委員 「犯人が入り易くしたっていうこと?」

渡り鳥旭警部 「なぜ我々にも知らせてくれなかったのですか?」

渡り鳥も細波も、不満そうであった。

世渡甚六三課長 「知ってる人間は少ないほうがいいからだ。どこから洩れるかわからないからねえ」

   不利舎耕介副委員長 「それなら、怪人60面相も鍵がかかっていないことを知らないはずですよね」

喝采賢介委員 「でも知っていた。なぜかな?」

      喝采委員は、さああなたの出番だとばかり、暇名探偵のほうを見た。

暇名小五郎 「私もずいぶん考えてみたのですが、今の課長さんの話で、真相がわかったような気がします」

   湯川慶子委員 「そうなの? 早く教えて」

暇名小五郎 「怪人60面相は、行方8段宅の鍵はかかっていると思っていたのですよ」

       暇名探偵が、思いもかけぬことを言い出した。 
 

駒の流儀・第14部  第70章

 第70章「金の流儀」

 石辺五郎が釈放されてから、数日後。
  日本将棋連盟の米中国雄会長宛てに、またしても怪人60面相からの手紙が送られてきたのである。

  なんとそれは、意外なことに<第5の流儀>の犯行声明文であった。
  すかさず、警察及び各団体などに連絡されたため、千駄ヶ谷の東京将棋会館には、関係者が続々と集まってきていた。

米中会長 「警部さん。盗難は行方君のところで、未遂に終わったのではなかったのかね?」

渡り鳥旭警部 「はい。そのはずです」

桜井登常務理事 「とにかく、まず読んでみましょう。事務局長頼みます」

越中褌事務局長 「はい。読ませていただきます」

  
      日本将棋連盟 米中会長様

        暇名小五郎名探偵及び無能な警察によって、誤認逮捕された善良な市民に対して、私からもお詫び申し上げます。

       さて、駒の流儀書『金』の流儀に反する行為があったために、木村8段所有の<金将のお守り>を頂戴した。
  
      先日の王位戦紅組リーグにおいて、木村8段は<受け師>と称されるほどの受けの達人にもかかわらず、守りを半ば放棄して、自らの称号を汚した。
       このことは、明らかに<守の心得>に違反した行為であり、よって木村8段が対局の際必ず持参していた品物を取り上げたので、ここに報告する。

                 怪人60面相

   

米中会長 「なんだね、これは! 怪盗は木村君から盗んだと言っているではないか」

      越中事務局長が読み終わると、米中会長が声を張り上げた。

渡り鳥旭警部 「おかしいですね。木村8段は何も盗まれていないと言っていたんだが」

米中会長 「今すぐ、事務局長から木村君に電話して聞きなさい」

       会長は怒り狂っていた。事務局長は、なるべく刺激しないように穏やかな口調で伝えた。

越中褌事務局長 「会長。実は、私は先に手紙を読みましたので、先ほど木村先生に連絡して、話を聞いております」

     万事に用意周到である。手抜かりが無い。

細波雷蔵刑事 「それで、木村8段はなんと言っていましたか?」

越中褌事務局長 「はい。最初は何も盗られていないといっていたのですが、私がお守りのことを聞くと、無くなっていると言うのです」

西村和義専務理事 「それは、どういうことだね?」

越中褌事務局長 「木村先生はですね、いつも対局の際には金将の形をしたお守りを持参すると聞いていました。そして、それはいつもどおりショルダーバッグの中に入れておいたようです」

湯川慶子委員 「そうだったの。案外可愛いとこあるのね」

越中褌事務局長 「私は、そのお守りのことが頭に浮かんだので、木村先生に聞いてみたのです」

丸潮新次郎委員 「そのお守りが、無くなっていたのですか」

越中褌事務局長 「そういうことです」

筒井村重本部長 「木村8段は、いつ盗られたのかは、まったく分からないのですか?」

越中褌事務局長 「はい。バッグに入れたままなので、あらためて確認していなかったそうです。私からの連絡で、はじめて気がついたということです」

     集まった関係者たちは、怪人60面相にしてやられたことを悟った。

大橋宗雪理事長 「だがそうすると、木村殿は何時の時点までは、そのお守りがあることを確認しておったのかのお?」

越中褌事務局長 「はい。先日の行方8段との対局が始まるときまでは、バッグの中にあったそうです」

湯川慶子委員 「あなたに指摘されて、あらためて見直してみたら無くなっていたのね?」

 越中褌事務局長 「そういうことです。そのお守りが無くなっていた代わりに、金の駒が1枚入っていたそうです」

不利舎耕介副委員長 「ギンナン面の駒ですか?」

   越中褌事務局長 「はい」

不利舎耕介副委員長 「そのショルダーバッグですがね。対局の時には何処に置いておいたのですか?」

   越中褌事務局長 「その日は、将棋会館の特別対局室で行われたのですが、ショルダーバッグはその隣りの部屋に置いたそうです」

不利舎耕介副委員長 「その部屋には、誰もいなかったのですかね?」

  伊加訓生職員 「誰もいませんでした。だからその部屋に置いたのだと思います」

     会館内の見回りの責任者でもある伊加職員が、事務局長の代わりに答えた。

越中褌事務局長 「その日は、この対局ともう1局あって、2局だけでした」

  丸潮新次郎委員 「では、この日に盗られた可能性もあるね」

越中褌事務局長 「ええ。木村先生も、盗られたとすると、この時ではないかと言っておりました。他の時は、バッグを常に手に持っていたので可能性は低いようです」

  大吉三郎委員長 「仮にその対局の日に、盗まれたとすると、その後に起きた行方8段宅の盗難事件は、いったいなんだろうね?」

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