駒の流儀・第10部

第49章「ゴキゲン流」

越中褌事務局長 「はい。たしか近藤6段と村山5段が持っているはずです。三浦8段はちょっと分かりません」

    それまで議論に加わらないでいた越中事務局長が、不利舎の質問に答える形で口を開いた。

 伊加訓生職員 「僕の記憶では、三浦8段はパソコンは苦手で使わないと言っていたように思います。今、確認します」

      すかさず、伊加職員が補足した。

不利舎耕介副委員長 「そうすると2人ですね。詰め将棋もパソコンでやるのでしょうね」

  越中褌事務局長 「そうですね。パソコンを持っているほとんどの棋士はそうです」

湯川慶子委員 「私は、パソコンが盗難品ということに賛成するわ」

 大橋宗雪理事長 「うむ。儂も同意じゃ」

       みんなが考えているうちに、ちょっと席を立っていた伊加職員が戻って来た。

伊加訓生職員 「今、調べてきましたが三浦8段は、やはりパソコンは持っていません。それから、近藤6段が升田幸三賞を獲得した時の副賞がパソコンです」

      この報告は、一同を緊張させた。

渡り鳥旭警部 「それが本当なら、間違いないな」

  喝采賢介委員 「近藤6段のパソコンで決まりですな。これは」

米中会長 「ほお、みんなパソコンを持ってるんだねえ。私なんかブログで日記を書く時に使う程度だよ。ははは」

     今はそんなことは関係なかったが、誰にも読まれないのでは気の毒である。
      その会長の自慢の日記とは、<さわがせ日記>と称するものである。

不利舎耕介副委員長 「うむ。村山5段のほうは、何かの賞でパソコンを貰っていないのですか?」

 伊加訓生職員 「それも調べてみたのですが、賞としては貰っていませんでした」

      不利舎としては、村山5段を本命と考えていただけに、不服そうではあったが仕方が無いというところだった。

大吉三郎委員長 「では、我々合同検討会の結論として、第4の流儀の被害者は、近藤6段ということに決めましょう。もちろん、他の被害者ということもあり得ますが、そこまで考えればキリがないので、これで対策を立てたいと思います」

 世渡甚六三課長 「承知しました。皆さんご苦労様でした。警察も近藤6段宅を徹底マーク致します」

     こうして、その日のうちに近藤6段宅の厳重な警戒が行われることになったが、渦中の近藤6段とはどんな棋士なのか紹介しておくことにする。

      近藤正数6段 1971年生 39歳

        新潟県出身 順位戦C級1組 竜王戦4組        
       純粋な振飛車党で、通称<ゴキゲン流>と呼ばれている。
        この<ゴキゲン流>と呼ばれるようになったのは、トレードマークの坊ちゃん風の髪型と、いつもニコニコして愛嬌があるところからである。

       2001年には、升田幸三賞を受賞しており、<ゴキゲン中飛車>と呼ばれた。
        2004年度は、勝率8割2分の好成績を残し、年度最高勝率を達成して、その実力の非凡さを証明したが、ここ数年は鳴かず飛ばずの印象のほうが強かった。

 

    一方、合同検討会の結論は、各関係諸団体にも伝わるところとなった。

      【東京池袋 山岡組事務所】
    

山岡鉄収組長 「成る程なあ。それだけのメンバーで検討した結果なんだから、間違いねえようだな」

  筒井村重本部長 「うん。十中八九当りだろう」

     山岡組長の兄弟分の筒井が、事細かく検討会議の様子を離して聞かせた。

小茶園猛若頭 「組長、俺たちのほうで先に怪人60面相とやらを捕まえねえと、巻物は手に入らねえし、どうしますか?」

  山岡鉄収組長 「ああ、そうなんだが。なにしろ察が張り込んでるところだからなあ」

弐吐露隆若頭補佐 「筒井の兄貴、近藤6段の自宅は何処ですか?」

  筒井村重本部長 「うむ。駒込のアパートだ。独りで住んでる」

     若頭は、若い衆に地図を持ってこさせて拡げて見せた。

小茶園猛若頭 「この辺はアパートや住宅が密集してるなあ。住所でみると、この和泉荘というところすねえ」

      その和泉荘は、二階建ての木造アパートで古い建物であった。
       上下ともに5世帯ずつ10世帯が暮らしているが、近藤6段は2階の一番端の部屋に住んでいた。

     どうやら、山岡組も乗り出してくる気配である。   捜査陣は、今度こそ怪人60面相を捕らえることが出来るのであろうか。

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 火, 05/11/2010 - 11:01 categories [ ]

コメントの表示オプション

お好みの表示方法を選択し、「設定の保存」をクリックすると、表示方法を変更することができます。

駒の流儀・第10部  第54章

第54章「駆け引き」

    合同検討会といっても、それぞれが自分たちに有利になるように事を進めようと、虚々実々の駆け引きが行われていたのである。

大橋宗雪理事長 「では、現役のプロ棋士ということになるが、年齢や経験、段位などはどうか?」

      まずは、大橋理事長が口火を切った。
 

 不利舎耕介副委員長 「それはまだ犯人の動機がわからない以上、絞りきれないでしょう」

       即座に反論が出たが、尤もな意見だった。

湯川慶子委員 「私は動機の解明が最優先だと思うわ。それがわかれば犯人に辿りつくはずよね」

     その動機が分からないから、苦労しているのだったが、それについては誰も何も言わなかった。
      あえて火中の栗を拾うものなどいない。
  

 喝采賢介委員 「賛成です。この事件の骨格を成しているのが動機ですからね」

     すかさず喝采委員が賛成した。機を見るのが敏である。この男は生き延びる知恵を知っていた。

  温対記者 「僕も湯川さんに賛成します」

          もう1人いた。

筒井村重本部長 「では、その動機ですが。考えられることは?」

    ここで、丸潮委員が興味深い意見を述べた。

  丸潮新次郎委員 「今まで4人のプロ棋士が被害に遭っています。みんな駒の流儀書に違反したという理由で、大切な品物を盗られていますね」

大吉三郎委員長 「はい、それが共通点でした」

  丸潮新次郎委員 「ですが、それは隠れ蓑だったのではないかと思うのです」

皆本義経編集長 「ほお。と言うと?」

  丸潮新次郎委員 「つまりですね、共通点は<駒の流儀書>ではなく、その4人にあるのでは?」

     いかにも映画監督らしい斬新な視点である。

筒井村重本部長 「なるほど。被害者の4人に共通する何かということですね」

    関東連合会随一の切れ者の筒井は、丸潮の言いたいことが瞬時に解かった。

   丸潮新次郎委員 「そういうことです」

不利舎耕介副委員長 「だが、そうなると流儀は7つあるのだから、これから起こると予想される事件の被害者3名も、含めた7人に共通する何かということになる。そうなると4人の段階では、中途半端になるのではないかな」

       ホームズの懸念も理解できた。

 湯川慶子委員 「たしかにそうよね。まだ後の3人が誰かわからないわけだし・・」

筒井村重本部長 「だとすると、あと3人が確定するまでは、共通点がわからないということでもありますねえ」

  喝采賢介委員 「困りましたなぁ」

大橋宗雪理事長 「うむ。理屈ではそうじゃが。そこまで悠長なことを言ってられぬぞ。今は分かっている4人の共通点を見つけることが先決じゃよ」

     大御所の一言は、効き目があった。

 大吉三郎委員長 「わかりました。とりあえず、4人の棋士の共通点を探しましょうか」

     将棋連盟の理事役員は出席していなかったが、事務局から4名の出席があった。

山城寬斎事務局長 「最初が屋敷9段や。そんで中田8段、山崎7段、村山5段の4人やな」

 風小僧職員 「年齢はそれぞれ38歳、45歳、30歳、25歳です」

      関西から事務局長と職員の2名が来ていた。

後呂記者 「段位が段々下がってきてますけど」

  湯川慶子委員 「関係ないわよ。そんなこと」

       
        後呂の指摘は、一瞬で否定された。

喝采賢介委員 「年齢が20代から40代ですね。年寄りではないけど、共通点とは言いにくいですよね」

  大吉三郎委員長 「出身地はどうですか?」

越中褌事務局長 「皆それぞれ違います。北海道、東京、広島ですから。共通しません」

  仁歩犯則書記長 「では、師匠が同じとか」

越中褌事務局長 「はい。中田8段と村山5段は、同じ桜井登先生門下ですが、屋敷9段は五十嵐豊和9段、山崎7段は森信夫7段門下です」

  喝采賢介委員 「そうか、それも違いますなぁ」

湯川慶子委員 「棋士になった年が同じというのはどうなの?」

 山城寬斎事務局長 「4段になった年ちゅうことやね。それも調べたんやけど、みんなバラバラですがな」

       今のところ、さっぱり共通点がなかった。

米中会長 「奥さんが美人というのはどうなの?」

     会長はジョークのつもりで言ったのだったが、かえって場がしらけてしまった。

駒の流儀・第10部  第53章

第53章「容疑者の資格」

 第5の予告状が届けられると同時に、3回目の合同検討会が横浜の関東連合会で開かれた。
  会議の出席者は、過去2回以上に多かった。
 それだけに、各団体の並々ならぬ決意のほどが窺われた。

筒井村重本部長 「本日の進行役は、連合会から私、筒井がやらせていただきます。怪人60面相から第5の挑戦状が来ました。今から読み上げます」

      
     親愛なる暇名小五郎君

      第5の流儀は『金』の流儀である。
          そしてその心得は『守』

      『守』とは、<防御は常に強固にして堅陣でなければならぬ。そのためには細心な注意と、臆病なまでの用心を怠らぬべきもの也> 

       これが、流儀書に記されてある『守』の心得である。
      この流儀に違反した者には、それにふさわしい品物を罰として頂戴するつもりだ。
        では、諸君の健闘を祈る。

                  怪人60面相

筒井村重本部長 「この文面を読む限りでは、今までと特別変わったところは無いように思うのですが、いかがでしょうか?」

  丸潮新次郎委員 「そのようですね。心得が変わっただけですね」

筒井村重本部長 「我々は前回は惜しいところまで迫っています。あと1歩のところでしたが、何かご意見のあるかたは、どうぞ発言してください」

  喝采賢介委員 「その1歩が大変ですな」

      この人は、どこか飄々としている。それだけ大人なのであろう。

大橋宗雪理事長 「そのとおりじゃ。儂からの提案じゃが、今度は誰が被害者になるかよりも、だれが加害者なのかを探ってみてはどうかのお」

 大吉三郎委員長 「つまり、怪人60面相の正体ですな」

大橋宗雪理事長 「さよう。儂はズバリ、プロ棋士だとみておる」

 温対記者 「暇名探偵も、前にそう言ってました」

   喝采賢介委員 「私は賛成」

不利舎耕介副委員長 「うむ。たしかにプロ棋士以外には考えにくい。私も賛成する」

 渡り鳥旭警部 「それは何故ですか?」

不利舎耕介副委員長 「理由はたくさんあります。なかでも将棋関係者でなければ、知りえないことを知っているという点だ」

 仁歩犯則書記長 「そのとおりですが、将棋関係者なら我々や事務方の人間、ジャーナリストも候補になりますよ」

不利舎耕介副委員長 「もちろん可能性は誰にでもあるが、これまでの経過を検討してみると、プロ棋士説が有力だ」

  暇名小五郎 「私も不利舎氏に賛成します。これだけ範囲の広い事件なのですから、ある程度容疑者の範囲を狭めないと解決は困難です。その意味では、プロ棋士に限定するのは賛成です」

  喝采賢介委員 「決め打ちして、違ってたらゴメンナサイですな」

湯川慶子委員 「はは。面白いこと言うのね、あなた。でも実際そうするしかなさそうよね」

     名探偵の賛成もあって、怪人60面相の正体はプロ棋士であると想定して、今後の検討が続けられることになった。

筒井村重本部長 「では、現在プロ棋士は約160名ほどおりますが、女流棋士とフリークラスの棋士、それと引退棋士はどうしますか?」

       今プロ棋士に、容疑者の資格が問われていた。

  喝采賢介委員 「フリークラスだけ残して、女流と引退棋士は外してよいのでは?」

湯川慶子委員 「あら、どうして女流を外すのよ」

       慶子姉御に睨みつけられては、たまったものではない。

 喝采賢介委員 「あ、いや、外さなくてもいいです」

        喝采ならずとも、前言を撤回するしかない。

暇名小五郎 「湯川先生。女流棋士まで対象に含めると、膨大な人数になります。今は出来るだけ、対象範囲を狭めたいと思ってますので、女流と引退棋士は除外させてくれないでしょうか?」

 湯川慶子委員 「そうね。暇名さんがそう言うのならしかたないわね。わかったわ」

      慶子姉御にあっさり撤回されては、喝采の立場がなかったが、みな見て見ぬ振りをしていた。

 皆本義経編集長 「フリークラスも外してよいと思うが」

不利舎耕介副委員長 「そうですね。とりあえず外してもいいでしょうね」

 丸潮新次郎委員 「だが、フリークラスを除外する理由はない。残したほうがいいと思うが」

大橋宗雪理事長 「難しいのお。フリークラスの棋士は順位戦に出ないというだけで、プロ棋士には違いないからのお」

  仁歩犯則書記長 「私は、暇名さんの言うように、範囲を狭めるべきで、その意味ではフリークラスも思い切って除外するべきだと思います」

温対記者 「僕は、フリークラスは残すべきだと思います。だって、まだまだ強くて魅力ある棋士がいっぱいいますからね」

  湯川慶子委員 「あなた、女流は除外してフリークラスだけ残すって言うの?」

温対記者 「い、いえ、そういうつもりじゃないですけど・・」

      とにかく、慶子姉御の神経を逆なでしないように、気を使いながら会議は続けられた。
     多少異論は出たが、結局引退棋士と女流棋士、フリークラス棋士は検討対象から除外されたのである。 

駒の流儀・第10部  第52章

第52章「銀の流儀」

    またしても怪人60面相に、してやられた警視庁は、世間の非難に晒されることになった。
     大新聞も揃って、警察の無能ぶりを批判した。

赤外線透警視総監 「捜査三課が一生懸命やっているのは分かっているが、4度も被害を防げないのはどうしてなのかね?」

      警視総監室には、世渡課長と渡り鳥警部が呼ばれていた。

 世渡甚六捜査三課長 「面目ありません。私の責任です」

       実直な世渡課長は、辞表を警視総監のデスクの上に置いた。

赤外線透警視総監 「いや、責任が誰かなどはどうでもいいんだ。どうすれば解決できるかだ。私も法務大臣に呼ばれているので、説明しなければならない」

      赤外線警視は、辞表は受け取らず突き返した。

  渡り鳥旭警部 「これは今までの盗難事件とは異なり、予告はあっても被害者を特定するのは非常に困難です」

       警視も、その困難さについては十分認識していた。

赤外線透警視総監 「うむ。難しい事件であることは承知しているが、困難だと言ってるだけでは、世間が納得してくれない。なにか対策はあるのかね?」

        警視総監の立場も微妙であった。

 世渡甚六捜査三課長 「残念ですが、これといった妙案がありません。今までの犯罪の検証と、新たな盗難予告を待って対策を立てるしかないのが現状です」

       為すすべが無いだけに、世渡課長の苦悩は深かった。

赤外線透警視総監 「うむ。暇名小五郎という名探偵がいたね。彼とは連絡を取ってるのかね?」

 世渡甚六捜査三課長 「はい、暇名探偵の推理で何度も助けられています」

渡り鳥旭警部 「今度の事件でも、怪人60面相をあと1歩というところまで追いつめています。これからも協力を仰ぎながら捜査をしていくつもりです」

  赤外線透警視総監 「そうか。こんどこそ期待している。頑張ってくれたまえ」

     これから法務大臣に会うという赤外線警視の顔は、声とは裏腹に暗いままだった。

   そして、犯行の翌日。当然のように、犯行声明文が将棋連盟に郵送されてきた。

    【名人審議委員会 反省会議】

 
大吉三郎委員長 「予想通り、怪人60面相からの犯行声明が来ました。これがそうです」

     コピーだったが、すでに同じ手紙が警視庁や暇名小五郎にも渡されていた。

     日本将棋連盟 米中会長様

       米中会長をはじめ、皆様ご苦労様です。
        今度もまた駒の流儀書<銀の流儀>に反する行為があったため、村山5段が所有する<銀の扇子>を頂戴した。
       
       先日の朝日杯将棋オープン戦において、村山5段は相手がか弱き女性であるにもかかわらず、愚直なまでに攻めに攻め続けた。
        これは、里見女流を甚だしく侮り、卑しめ辱めるものであり、<攻>の心得に違反した行為である。

       よって、村山5段が新人王の副賞として獲得した賞品を、取り上げたのでここに報告する。

              怪人60面相

  
      東京将棋会館の小会議室において、名人審議委員会の反省会を兼ねた臨時会議が行われていた。
       丁度、その最中に犯行声明文が届けられたところであった。

 

 大吉三郎委員長 「村山5段が被害に遭ったわけですが、合同検討会で絞り込んだ3人の候補者の中にいただけに、惜しいことをしました。」
    

      大吉委員長は、いかにも悔しいという表情を隠さなかった。

不利舎耕介副委員長 「私は最初から、村山5段が有力だと言ったはずです」

      不利舎にしてみれば、お前たちのせいで、取り逃がしたのだと言いたい気持ちであった。

  喝采賢介委員 「たしかに、そうでしたな」

丸潮新次郎委員 「しかし、それなら何故もっと強く推さなかったのですか?」

 不利舎耕介副委員長 「強くもなにも、多数決で決められては仕方が無い」

丸潮新次郎委員 「だがね、パソコンだと言い出したのは、あなたではないか。だから近藤6段が被害者になりそうだと、我々は推測したんですよ」

      丸潮は、鬼の首でも取ったように、不利舎を攻撃した。

  喝采賢介委員 「でもね、結果的にはパソコンが違っていただけで、不利舎氏は最初から村山5段だと言っていたのはたしかですよ」

      ワトスンはホームズの肩を持った。

湯川慶子委員 「あなたたちは困った人たちね。そんなこと言い争ってどうするのよ。どっちにしたって、もう少しのところだったんだから、こんど捕まえればいいのよ」

      その2人の争いの種が自分だと知っているはずだったが、平然と話す女性の怖さに、喝采委員は身震いした。

大吉三郎委員長 「湯川女史の言うとおりです。どこよりも我々が1歩先んじています。暇名探偵や警察に負けてはなりません」

     それから1週間後、さらなる挑戦状が暇名小五郎の元に届けられたが、これが恐るべき殺人事件への招待状となったのである。  

駒の流儀・第10部  第51章

第51章「巧みな誘導」

暇名小五郎 「パソコンだけでも、少し重いと思ったのですが、デスクトップでは無理です」

     実際、相当な力持ちでも簡単に持ち運びできるようなものではなかった。

 皆本義経編集長 「しかし、今更違うといわれても、どうしようもない」

     合同検討会での結論は、いったいなんだったのかと思うと、皆本に焦りが出てきた。

暇名小五郎 「すみません。あくまでも私の推理に過ぎませんから、絶対近藤6段宅ではないと言い切れません。警察には、このまま見張りを続けておいてもらいましょう」

    すでに警察だけでなく、山岡組の組員たちも和泉荘の周囲で待機していた。

  温対記者 「じゃあ、暇名さんは誰を被害者と考えているんですか?」

     温対記者は、里見女流名人という言葉を期待していた。

暇名小五郎 「もしかすると、最初に不利舎氏が指摘したように、村山5段かも知れません。もう一度村山5段について調べてみます」

      暇名探偵は、携帯を取り出して、何処かに電話を掛けた。

暇名小五郎 「・・・・そうですか。村山5段は新人王になってるんですね。で、その時の賞品は何でしたか?」

     電話の相手は、何かを調べているようで、会話が時々中断していた。

暇名小五郎 「わかりました。いろいろ有難うございました」

      暇名が電話を掛け終わると、すかさず皆本が質問した。

  皆本義経編集長 「何か分かったんですか?」

暇名小五郎 「ええ。おそらく被害に遭うのは、村山5段です」

  温対記者 「え!村山5段ですか。どうしてです?」

暇名小五郎 「今、将棋連盟の越中事務局長に教えてもらいましたが、村山5段は2007年に新人王戦で優勝しています。その時の副賞が<扇子>です」

 皆本義経編集長 「扇子? それがどうして・・」

暇名小五郎 「我々は予告状に記載された<柔軟な思考>という言葉にとらわれ過ぎました。それこそ柔軟な思考をするべきだったのです」

  後呂記者 「僕には、意味がわからないのですけど」

暇名小五郎 「はい。我々がキーワードだと考えた<柔軟な思考>というのは、怪人60面相が仕掛けた罠です。私も含めて合同検討会の推測を、その言葉で巧みに誘導したのです」

 皆本義経編集長 「つまり、どういうことですか?」

暇名小五郎 「はい。今回のキーワードは<柔軟な思考>ではなく、<銀>だったのですよ」

      みんな、まだ分からないという顔をしていた。

暇名小五郎 「越中さんによると、村山5段が貰った扇子は、普通のものではなく、<銀の扇子>です」

  温対記者 「銀の扇子ですか?」

暇名小五郎 「正確に言うと、<銀縁の扇子>です。銀粉をすり込ませた、かなりの高級品だそうですよ」

  後呂記者 「そうか、銀そのものがキーワードだったんですね。まんまと引っ掛けられたなあ」

温対記者 「不利舎さんだけでなく、暇名さんまでも引っかかったんだから、僕らが騙されるのは当たり前ですよね」

 皆本義経編集長 「そんなこと自慢してどうするんだ。暇名さん、とにかく今からでも渡り鳥警部に連絡しましょう」

     暇名小五郎の顔は、曇ったまま首を振った。

暇名小五郎 「いや、もう遅いでしょうね。多分、間に合わないでしょう」

     暇名小五郎の悪い予感は的中した。
      警視庁の渡り鳥警部から連絡が入ったのは、20分後だった。

皆本義経編集長 「暇名さん、村山5段の扇子が盗まれたそうです。そして、ギンナン面の<銀>の駒が残してあったそうです」

 温対記者 「間に合わなかったんですねえ。せっかく暇名さんが推理したのに・・・」

暇名小五郎 「いや、気づくのが遅すぎました。残念です」

     こうして、警察や山岡組の警戒をあざ笑うかのように、怪人60面相は、またしても第4の犯行を重ねたのである。
     暇名小五郎も不利舎耕介も、駒音探偵団諸氏の推理を聞いていれば、村山5段が被害に遭うことに気づいたはずであるが、時既に遅しだった。

駒の流儀・第10部  第50章

第50章「不安な気持ち」

  駒込といえば、すぐ六義園を思い浮かべる。
   日本を代表する庭園のひとつでもあり、春は桜、秋は紅葉を楽しむことが出来る。

  その六義園は、本駒込6丁目だが、近藤6段の住む和泉荘は六義園からみると、丁度JR駒込駅を中心とした対角線の反対側にあった。
   住所でいうと駒込2丁目で、駒込図書館から歩いても3分くらいの場所にある。

筒井村重本部長 「怪人60面相が、そのアパートに侵入するとしたら、どこから入るかなあ?」

 仁歩犯則書記長 「それは私も考えていたんですが、少なくても家人が留守の時以外は無理ですね。寝ている夜中でも、狭い部屋なのですぐ気づかれます」

筒井村重本部長 「そのとおりだ。だが、今回は警察が見張るので、毎日留守にしているはずだから、侵入することは簡単だな」

  山岡鉄収組長 「その怪盗だが、察が見張ってることは承知のうえか?」

筒井村重本部長 「いや。今週の対局数だけでも68局ある。その中で我々だけが独自に考察して、近藤6段を被害者として推定したんだから、怪人60面相に分かるわけがない」

    筒井のいうように、普通に考えれば将棋関係者以外は、分からないはずであった。

山岡鉄収組長 「そうか、わかった。俺たちも組員を察にわからねえように配置させる」

 小茶園猛若頭 「筒井の兄貴。その怪人ですが、どんな格好してんですかねえ? それがわからねえと見当がつかねえすよ」

仁歩犯則書記長 「仰るとおりですが、まだ誰も怪盗の姿を見てないので、全くわからないのですよ」

       筒井に同行してきた仁歩が答えた。

  山岡鉄収組長 「そいつは困ったもんだな。とにかく、怪しい奴がいたら構わねえから、片っ端から拉致するしかねえな」

       恐ろしく乱暴な話だった。

筒井村重本部長 「まあ、あまり手荒なことはしないように頼む。一般の人を巻き込んだら面倒なことになる」

 山岡鉄収組長 「わかってるさ。なんとかやってみる」

    その頃、暇名小五郎は四谷の週刊ポテト社に居た。

皆本義経編集長 「警察は近藤6段宅を見張ってるから、我々の推理が正しければ、今夜あたり怪人60面相を捕まえそうだな」

 後呂記者 「僕もそんな気がします。楽しみですね」

     暇名小五郎は、合同検討会でもあまり発言しなかったが、何か浮かない顔つきだった。

温対記者 「暇名さん、なんとなく元気ないすけど、どうしたんですか?」

  暇名小五郎 「あ、いや別に。ちょっと疲れ気味でね。それと近藤6段宅というのが、どうも気になってねえ」

     暇名小五郎は、一度は不利舎耕介のパソコン説に賛成したものの、どこか違うような不安な気持ちでいたのである。

皆本義経編集長 「気になるというのは、どんなふうにですか?」

 暇名小五郎 「根拠は無いのですが、被害者は違うような気がするんですよ」

     温対や後呂にしてみれば、里見女流が被害者ならどんなものが盗まれるか興味があったし、取材に名を借りて面会することもできる。
      その意味では、被害者に里見さんがならないかと、密かに期待していたのであるが、暇名の言葉は彼らの胸を躍らせた。

温対記者 「違う? なぜですか?」

  暇名小五郎 「わかりません。しいて言えば、今まで盗難に遭った品物は、どちらかといえば軽い物ばかりで、容易に持ち出せるものでした」

皆本義経編集長 「なるほど。座布団、定跡書、置時計。みんな軽い」

 暇名小五郎 「それに比べると、パソコンは重くないですか?」

温対記者 「たしかに」

 暇名小五郎 「近藤6段の携帯に連絡して、どんなパソコンなのか聞いてもらえますか?」

       早速、後呂記者が近藤6段に電話で確認した。

後呂記者 「暇名さん、自宅に置いてあるのはノートパソコンではなく、デスクトップのパソコンだそうです」

     10年前のデスクトップ型のパソコンは、今のものと違って相当に重いものだった。

暇名小五郎 「やはりそうでしたか。被害者は違います。我々は間違っていました」

コメントの表示オプション

お好みの表示方法を選択し、「設定の保存」をクリックすると、表示方法を変更することができます。