駒の流儀・第8部

第38章「張り込み」

  その日のうちに、山崎7段とは連絡がついて、暫くの間留守にしてもらうことになった。

  温対記者 「警部。今日は山崎さんは何処で泊まるんですか?」

渡り鳥旭警部 「さあ、友達のとこじゃないかなあ。麻雀
をすると言っていた」

 温対記者 「そうか。山崎さんは麻雀が趣味だと聞いたことがあります。強いそうですよ」

細波雷蔵刑事 「彼はイケ面だし、暇つぶしする場所には困らないだろうね」

      いま、彼らが会話している場所は、山崎7段の自宅マンション308号室の真向かいの部屋の中だった。
       この部屋の住人は、やはり独身の会社員だったが、警察が事情を話して、数日間借りたものである。

 温対記者 「ところで、僕が不思議なのは、山崎7段の自宅マンションと関西将棋会館は、目と鼻の先ですよね」

細波雷蔵刑事 「ええ。それが?」

 温対記者 「そんなに近いのに、どうして1時間も対局に遅れたんですかね?」

細波雷蔵刑事 「だから、事故にあって時間がかかったんですよ。何度も確認してます」

  温対記者 「それでも、そんなに時間がかかるもんですかねえ?」

暇名小五郎 「はは。温対さんなら、5分ぐらいで着く場所に出かけるのに、何分ぐらい前に家を出ますか?」

  温対記者 「そうですねえ。少し早めに出たとしても、20分前ぐらいですかね」

暇名小五郎 「そうでしょう? きっと山崎7段が自宅を出たのも、対局開始の15分前位のはずですから、事故で1時間ぐらい遅れたのは当然でしょうね」

       暇名に理詰めで説明されると、不思議な説得力があった。

 温対記者 「でも暇名さん、なんか退屈ですねえ。いつ犯人が来るかわからないし・・・」

暇名小五郎 「そうですねえ。でも私たちは刑事ではないので、四六時中張り込んでいなくてもかまわないんですよ」

  温対記者 「それはそうですけど。編集長がねえ・・」

       時間は、夜の11時を少し過ぎたばかりだった。

渡り鳥旭警部 「今夜現れるとも限らないから、暇名さんたちも休んだらどうかね?」

  暇名小五郎 「ええ。適当に出たり入ったりしますから」

     暇名は温対を誘って、近くにラーメンを食べに出かけた。

 温対記者 「でたらめ飯店なんて、変わった店名ですけど、美味しいんですかね?」

      いかにも欲の深そうな顔をした店主が、ラーメンを茹でていた。
       後に、東北の或る地方のラーメン屋が登場するが、店主は顔も性格もよく似ているものの、全くの別人である。

 温対記者 「暇名さん。本当に怪人60面相は、現れますかねえ?」

      運ばれて来たラーメンは、やはりまずかった。具財は変色していた。

暇名小五郎 「それなんですが。なんとなく空振りのような気がするんですよ」

      名探偵にしては、弱気な発言だった。

 温対記者 「前にも、そんなこと言ってましたよね。どうしてですか?」

暇名小五郎 「根拠は無いです。いやな胸騒ぎがするので」

       暇名小五郎の勘は当った。2日目も3日目も怪盗は、山崎宅に侵入しなかったのである。

     【張り込み4日目の昼】

暇名小五郎 「どうもおかしいですね。もう一度、視点を変えて考えてみるべきかも知れません」

       温対も、暇名同様空振りのような気がしてきた。

暇名小五郎 「温対さん、ちょっと関西将棋会館へ行って見ませんか?」

2人は、渡り鳥警部に断ってマンションを出て、関西将棋会館に行った。

     温対記者が名刺を渡して、事務局長に面会を求めると、すぐ中年の男性がやってきた。
      柔和な顔をした親切そうな男だった。

山城寛斎事務局長<45歳> 「どうも。わいが事務局長の山城ですがな」

     地元出身なのか、大阪弁丸出しである。

  温対記者 「いろいろお尋ねしたいことがあって来ました」

     山城事務局長も、現在の状況を把握していて、なんでも協力すると申し出てくれた。
 

暇名小五郎 「3日前から山崎7段の自宅前で、張り込みを続けています。しかし、怪盗が現れるような兆しが見えないのです」

      山城も、分かっているというように、深く頷いてみせた。

暇名小五郎 「そこで、何か見落としがあるような気がして、もう一度検討しなおしてみたいのです。私がお尋ねすることを、事務局長さんの判る範囲で教えてください」

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 水, 04/21/2010 - 10:17 categories [ ]

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駒の流儀・第8部  第43章

第43章「第4の憂鬱」

丸潮新次郎委員 「提案したいのですが、今度また怪人60面相から予告状が来たら、合同で検討会を開くというのはどうでしょうか?」

       
 大吉三郎委員長 「合同というのは、誰々のことですか?」
 

ポアロ委員長も、咄嗟には意味がわからなかった。

丸潮新次郎委員 「暇名探偵と週刊ポテト社に、連盟理事会の3者による合同です」

  喝采賢介委員 「なるほど。良い考えですな」

      ワトスンは、すぐさま賛成票を投じた。

不利舎耕介副委員長 「私は反対だ。それでは暇名探偵に、こちらの手の内を明かすことになる」

      予想通り、ホームズが反対にまわった。

  丸潮新次郎委員 「しかしね、逆に考えれば、暇名探偵の考えも解かるわけですよ」

      コロンボは、不利舎の存在を無視するように、顔を背けたまま話している。

不利舎耕介副委員長 「我々としては、闇の棋士事件で暇名小五郎に屈辱を与えられている。彼の鼻を明かすためにも、合同会議は好ましくない」

      不利舎が、あくまでも強行に反対意見を述べたが、ここでミス・マープルの出番となる。

 湯川慶子委員 「副委員長の気持ちもわかるけど、私は合同会議に賛成よ」

       この女性の発言は重い。

不利舎耕介副委員長 「理由は何ですか?」

不利舎は、思わずムッとして聞いた。

湯川慶子委員 「つまりね、合同会議で暇名探偵や他の人たちの推理や意見を聞くことは、決してマイナスにはならないはずよ。こちらの考えや方針は適当に曖昧に伝えておいて、本当のことを言わなければいいのよ」

  喝采賢介委員 「なるほど。大したもんですなあ」

      やはり、女性の考えることは恐ろしい。

丸潮新次郎委員 「暇名探偵を、逆利用するということですね」

  湯川慶子委員 「そう。その上で、こちらの作戦を立てればいいのよ」

不利舎耕介副委員長 「うむ。湯川さんが、そう言われるのなら反対は出来ませんな」

      不利舎も、渋々賛成せざるを得なかった。

 大吉三郎委員長 「では、その合同会議の件については、私から連盟の西村専務理事と、週刊ポテト社の皆本編集長に話して、段取りをつけておきます」

      こうして、これからは3者による合同検討会が行われることが決定した日の翌日、早くもその会議を促すように、暇名探偵事務所に4回目の予告状が届いたのである。     将棋界にとっては、第4の憂鬱の始まりであった。

   【スカイタワービル5階 合同検討会議】

  3者による初めての合同検討会議は、四谷の週刊ポテト社会議室で行われた。
     暇名小五郎の他、将棋連盟理事会の役員、週刊ポテト社の記者、名人審議委員会の委員たちが出席していた。

藤田舞子 「では、怪人60面相からの手紙を公開します」

       親愛なる暇名小五郎君

        第4の流儀は、『銀』の流儀である。

         そしてその心得は『攻』

         『攻』とは、<攻撃するときは、常に柔軟でなければならぬ。攻めながらも退き、後退しながらも攻める如く、ただ闇雲に攻撃することは戒めるべきもの也>

        これが、流儀書に記されてある『攻』の心得である。
        この流儀に違反した者には、それにふさわしい品物を罰として頂戴するつもりだ。

       では、合同検討会の奮闘を祈る。

              怪人60面相

   

越中褌事務局長 「いつもと同じで、雑誌や新聞の記事を切り抜いて、文字にしています。もちろん指紋なども出ないと思います」

  桜井昇常務理事 「手紙の消印は、何処からかね?」

渡り鳥旭警部 「大阪です。東京都内であったり、千葉や神奈川だったり、毎回違う場所から投函してる。じつに用心深い」

       合同会議には、当然ながら警視庁の刑事たちも参加していた。

駒の流儀・第8部  第42章

第42章「名人審議委員会の決意」

   関西将棋会館で起きた盗難事件の様子は、瞬く間に将棋界に伝わった。
    無論、名人審議委員会においても例外ではなかった。

     【名人審議委員会 臨時例会】

不利舎耕介副委員長 「驚きましたな。山崎7段が被害者になるところまで突き止めたのに、取り逃がすとはねえ。いったい何をやってたのか」

     ライバルの暇名小五郎の失態だけに、不利舎耕介の鼻息は荒かった。

  丸潮新次郎委員 「しかし、普通は山崎7段が被害に遭うなどとは、誰も予測できませんよ」

        丸潮は、暇名探偵を援護するというよりは、不利舎を攻撃することのほうが、目的のようにもみえた。

 湯川慶子委員 「そうよね。私もそう思うわ。暇名探偵でなければわからなかったことよ」

不利舎耕介副委員長 「ほほお。おふたりとも、ずいぶん暇名探偵を買い被ってるようだが、あの程度の推測は我々にもできる。今後は我々が独自の判断で、怪人60面相を追いつめるべきだ」

      湯川女史が丸潮委員を援護射撃したため、不穏な空気が漂い始めた。

 喝采賢介委員 「賛成ですな。名人審議委員会が、またも暇名探偵に遅れをとるようでは、我々の存在意義が疑われるでしょうなあ」

    空気を読めるワトスンが、さつそく不利舎に同調して、天秤が水平になった。

大吉三郎委員長 「暇名探偵に対抗意識をむき出す必要はありませんが、独自の路線を行くことは賛成です。したがって、現在までの経過を把握、検討して怪人60面相逮捕への道標をみつけていかなければならないでしょう」

    大吉委員長の言葉には、名人審議委員会として怪盗逮捕への並々ならぬ決意が窺われた。

大吉三郎委員長 「では現時点の状況を、湯川委員から説明してみてください」

  湯川慶子委員 「はい。まず駒の流儀書に基づく盗難事件は3件発生しています。いずれもプロ棋士が被害に遭っています」

丸潮新次郎委員 「ということは、これから起こりうる盗難事件の被害者もプロ棋士と考えてよいですね?」

  湯川慶子委員 「はい、結構よ。それが前提になるわね」

喝采賢介委員 「はて、ほんとにそうでしょうかねえ?今まではプロ棋士だけだったですが、将棋関係者なら誰でも被害者になる可能性はあるのでは?」

  大吉三郎委員長 「たしかに可能性はあるでしょうが、それを言い出したらキリがなくなります。とりあえず、わが委員会ではプロ棋士を想定して、検討を進めましょう」

喝采賢介委員 「わかりました」

湯川慶子委員 「さて、怪盗は犯行現場に必ず将棋の駒を1枚残しています。その駒は流儀書に記す流儀と一致しています」

  丸潮新次郎委員 「そう。それも謎だね」

不利舎耕介副委員長 「私は、それについては深く考える必要はないと思う。一種の犯行声明と同じで、間違いなく俺が盗ったよと誇示したものでしょう」

 喝采賢介委員 「なるほど。証明書を発行したということですな」

       ワトスンは、いつも粋なことを言う。

湯川慶子委員 「次に、被害に遭う品物は、いずれもその棋士が大切にしている将棋関係の賞品や記念品などなの」

 不利舎耕介副委員長 「常に同一のパターンなので、次の被害も同じでしょうね」

湯川慶子委員 「はい。そして怪人60面相は、犯行を行う前に、必ず暇名探偵に対して予告状を送っています」

  大吉三郎委員長 「うむ」

湯川慶子委員 「さらに、その予告状の中で、流儀書の心得が書かれています」

 丸潮新次郎委員 「その心得が、唯一のヒントというわけですね」

湯川慶子委員 「はい。それしかないのよねえ」

  喝采賢介委員 「ということは、やはり暇名探偵が有利だということですなあ」

大吉三郎委員長 「うむ。暇名探偵には十分考える時間があるが、我々にはその余裕がない」

 湯川慶子委員 「その点は確かに私たちには不利よね。予告が来た時点ですぐ、こちらに知らせてくれるわけではないので」

丸潮新次郎委員 「暇名探偵に予告の手紙が来てから我々がその内容を知るまで、どういう経過をたどっているのですか?」

  湯川慶子委員 「まず、将棋連盟に連絡しています。暇名探偵から連絡を受けた事務局から警察へ届けます。その後に名人審議委員会にも連絡が来るということなの」

大吉三郎委員長 「つまり、暇名探偵としても、将棋連盟とは探偵の委任契約をしているので、連絡する義務があるのと、警察には犯罪捜査の必要性から通報しているのであって、審議委員会には別に連絡する必要も義務も無いということですよ」

  喝采賢介委員 「それはそうでしょうなあ」

不利舎耕介副委員長 「ところで、怪人60面相からの手紙はこれまで7通(米中宛4通、暇名宛3通)であるが、米中宛に届いた手紙と暇名宛の手紙は、どっちも雑誌や新聞の切り抜ききを貼り付けた物ということで間違いないのですか?」

 湯川慶子委員 「ええ。それは確かよ。全部同じです」

      このことについては、間違いない事実だった。

不利舎耕介副委員長 「それと、予告状は暇名探偵宛、犯行声明文は日本将棋連盟米中会長宛に届いている。この使い分けの理由が読み取れない」

 大吉三郎委員長 「うむ。これは重要な指摘だ。私にもその理由が分からないが、なんらかの意図があるとしたら、犯人に直結する手掛かりかも知れないねえ。これについては、継続審議事項とします」

不利舎耕介副委員長 「それから、郵便物には取り扱った郵便局の消印が押されていますね。 消印から怪人60面相の生活区が読み取れるのではないだろうか。 生活圏が判れば犯人を特定するまでは追い込めなくても参考になると思うのだが」

  喝采賢介委員 「さすが不利副委員長、鋭い」

丸潮新次郎委員 「ふっ。怪人60面相のような切れ者が、そんな無様なことはしないよ。全国どこからでも投函してくるだろうね。調べたところで、とても犯人に結びつくとは思えないね」

  湯川慶子委員 「でも、そうだとも言い切れないわよ。案外、犯人はそんなことから足がつくわけがないと油断して、軽い気持ちで近所から投函してることもあり得るわ」

     またまた小さな火種に油を注いだ。

駒の流儀・第8部  第41章

第41章「桂の流儀」

  関西将棋会館での盗難事件は、山崎7段の自宅前で張り込んでいた刑事たちにも伝えられた。

暇名小五郎 「警部、私の失態です。裏を掛かれました」

     暇名探偵は、自分の失策に責任を感じていた。

  渡り鳥旭警部 「いや、全員で協議して確認した結果だ。誰のせいでもない」

      結局、関西将棋会館に設置されていた山崎7段の置時計は、誰も気づかないうちに、会館の外へと持ち出されたのである。
       そして、あらためて会館内の捜索をしている時に、暇名小五郎の携帯に将棋連盟事務局から電話が入った。

 
越中褌事務局長 「あ、暇名さんですか。大変です、また怪人60面相から犯行声明の手紙が来ましたよ」

     聞きなれた越中事務局長の声が慌てていた。

 暇名小五郎 「やはり来ましたか。私も越中さんに電話するところだったのですが、見事にやられましたよ」

     関西将棋会館での盗難の一部始終を越中に話すと、すぐ刑事たちと一緒に千駄ヶ谷の東京将棋会館へと向った。
    
 
      一向が将棋連盟に到着すると、米中会長以下理事役員も顔をそろえて待っていた。

 米中会長 「警察が多勢で待ち伏せしていて、取り逃がしたらしいですな。ご苦労なことです」

    いかにも、皮肉たっぷりな物言いである。

細波雷蔵刑事 「しかしですな、別に山崎7段宅に侵入するという予告があったわけではありませんよ。結果として、山崎7段が狙われると見抜いたのは暇名探偵です」

      細波がムキになって、言い返した。

  米中会長 「たしかにそうでしょうよ。なにしろ名探偵ですからな。それに頼る日本の警察も優秀ですなあ」

      皮肉の上に、辛しもスパイスも効いている。

渡り鳥旭警部 「会長、そんな言い方はないでしょう。なんのヒントらしきものもないのに、山崎7段を被害者に想定した暇名さんの眼力は、誰も真似できないものですよ」

      珍しく、渡り鳥警部も気色ばった。

  越中褌事務局長 「まあまあ。誰の責任かよりも、この手紙を見てください」

       事務局長が、会長と刑事たちの仲に入った。

 越中褌事務局長 「私が読ませていただきます」

      越中によって読み上げられた文面は、やはり従来と同じスタイルのものだった。

      日本将棋連盟 米中会長 様

   
        またしても駒の流儀書「桂の流儀」に反する行為が見受けられたため、山崎7段が関西将棋会館内に寄託しておいた<置時計>を頂戴した。
 
       先日の王将戦1次予選2回戦で、南9段との対局に際し、山崎7段は約1時間もの遅刻をした。
        これは、大先輩である対戦相手の南9段を、著しく侮辱したものであり、礼儀を重んずる「礼の心得」に違反した行為である。

       よって、山崎7段が将棋大賞の新人賞として取得した、記念品を取り上げたので、ここに報告する。

                怪人60面相

温対記者 「暇名さん、悔しいですねえ。もうちょっとだったのに」

       温対は、いかにも悔しそうに唇を噛んだ。

 越中褌事務局長 「ほんとにそうですね。暇名さんでなければ、山崎7段が被害者になるなんてわかりませんよ」

細波雷蔵刑事 「私もそう思います。残念ながら我々では見当もつかなかったですから」

      米中会長が、細波刑事をジロッと睨みつけた。

  米中会長 「日本の警察は楽ですなあ。容疑者を逃がしても、ちゃんと給料は貰えるんだからね」

       米中会長の毒舌は、絶好調になってきた。

渡り鳥旭警部 「会長。我々だって、出来る限りの努力はしているんですよ。我々と暇名探偵を信じてほしい」

      それまで、米中会長の言いたい放題にさせていた暇名小五郎だったが、諭すような口調で静かに言った。

 暇名小五郎 「怪人60面相は、まだ犯行を続けるでしょうが、必ず尻尾を出すはずです。我々は捕まえるチャンスを狙っています。どうか、もう少し待っていて下さい」

駒の流儀・第8部  第40章

 第40章「失態」

    風小僧は、元々は奨励会2段まで昇った男だが、年齢制限までに4段になれず、退会してからは関西将棋会館で、事務局員として勤務していた。
     したがって、記憶力や頭の回転は、すこぶる良かった。

 津崎嵐職員 「はい。副賞の記念品を貰っています」

温対記者 「どんなものを貰ったのですか?」

 津崎嵐職員 「2000年の新人賞の時は、将棋連盟のロゴマーク入りの置時計です。2004年の敢闘賞では、やはり将棋連盟の名前が入ったアルバムとなってます」

     記憶してきたのか、風小僧はメモなしでスラスラ答えた。

温対記者 「暇名さん。キーホルダーではなくて、置時計かアルバムということもあり得ますね」

      暇名は、しばらく考え込んでいた。

暇名小五郎 「温対さん。盗難品は置時計の可能性が高いです」

温対記者 「は、どうしてですか?」

暇名小五郎 「今回の桂の流儀の心得は<礼>でした。そして、その心得違反に挙げられていたのが、遅刻です」

  温対記者 「あ! そうか。それで時計かあ」

暇名小五郎 「ええ。私も見落としていました。品物は置時計ですよ」

  温対記者 「し、しかしですよ暇名さん。どの品物にしても山崎7段の自宅にあるわけでしょう?」

      2人のやり取りを聞いていた風小僧が、口を挟んだ。

 津崎嵐職員 「その置時計なら、山崎先生の自宅にはありませんよ」

暇名小五郎 「え! どこに置いてるんですか?」

 津崎嵐職員 「うちにあります」

    一瞬、2人ともキョトンとして、意味がわからないでいた。

山城寛斎事務局長 「はは。ここの会館の中に置いてあるちう意味ですがな」

 津崎嵐職員 「つまりですね。山崎先生も受賞した当初は、自宅に持ち帰られていたのですが、2年ほど前に、うちに置くようになったのです」

  温対記者 「はあ」

山城寛斎事務局長 「山崎先生は、ご承知のように関西では、谷川先生と並んでフアンの方に人気があるんですわ。それで、山崎先生の関係の品物が置いてあると、道場や会館への入場者が増えるさかい、先生にお願いして置かせてもらってるちうわけだす」

      相変わらず山城は、柔和な関西弁で話した。

  温対記者 「そういうことなんですかあ。そうすると今は、この会館の道場に置いてあるんですね?」

山城寛斎事務局長 「そうや。山崎7段のサイン入り色紙も、その横に置いてあるんやよ」

      山城の話をさえぎるようにして、暇名が急いた声をあげた。

暇名小五郎 「事務局長さん、申し訳ありませんが、その置時計が本当に道場にあるか確認していただけませんか?」

     暇名探偵の真剣な表情を見て、山城もただならぬ気配を感じたようで、すぐ全員で3階の道場へ走った。

     平日の午後だったが、かなりの将棋フアンが、熱心に対局を楽しんでいた。

 津崎嵐職員 「あれ?ないなあ。何処へやったのかなあ」

     職員の風小僧は、道場の責任者や顔なじみの客たちに聞いて周ったが、みな置時計が無くなっていることに気がつかないでいた。

  暇名小五郎 「やられた!」

     置時計が置いてあった空間には、<桂馬>が1枚ポツンと置かれてあった。
       やはり<ギンナン面>の駒だった。

駒の流儀・第8部  第39章

第39章「見落とし」

   関西将棋会館は、1981年に建設された5階建てのレンガ風の建物である。
    JR大阪環状線福島駅からは、歩いても3分の距離であって、利便性のよい立地であった。

   会館の構成は、5階が対局室であり、4階は多目的ルーム、3階が事務所と道場、そして1階にカフェやレストラン、販売コーナーなどがあった。

    かつては4階に、将棋博物館が設置されていたが、2006年に撤廃されている。
     関西本部が主催又は後援して、西地区大会や予選などの会場として利用されており、またタイトル戦の大盤解説会もここで行われる。

     関西所属の主な棋士は、久保俊明棋王、谷川光司9段、井上慶多8段、そして里見華奈女流名人がいる。

山城寛斎事務局長 「何でも聞いておくんなはれ。どないなことやろか?」

      人当たりの良い、笑顔がトレードマークのようだった。

 暇名小五郎 「有難うございます。山崎7段は、過去の棋戦で何回も優勝しています。私たちは、その優勝した時の副賞の中から、駒の形をしたキーホルダーが盗難に遭う品物ではないかと想定しました」

山城寛斎事務局長 「成る程。わいでもそう思うでっしゃろねえ」

  暇名小五郎 「しかし、未だに怪盗は現れません。もしかすると我々の判断が、間違っていたのかもしれません」

山城寛斎事務局長 「つまりや、被害に遭うのは山崎7段ではおまへんちうことやろか?」

  暇名小五郎 「いいえ。被害者は山崎7段で、九分九厘間違いないでしょう。問題は盗まれる品物です」

山城寛斎事務局長 「要点はわかったがな」

  暇名小五郎 「そこでお聞きしたいのは、優勝した時の賞品以外で、ほかに将棋関係で手にした品物には、どんなものがあるでしょうね?」

山城寛斎事務局長 「うーむ。わいの知りまへん個人的に貰ったものは、いっぱいあるでっしゃろねえ」

 温対記者 「例えばどんなものですか?」

       今まで黙っていた温対が聞いた。

山城寛斎事務局長 「棋士は、全国各地の将棋の大会での審判や、普及、道場やクラブに招かれての指導やらなんやらで、出かけまんねんし、その時に記念品を頂くこともあるんですわ」

  暇名小五郎 「ああ、なるほど」

山城寛斎事務局長 「そういう類の貰い物については、うちでは把握できまへん」

  暇名小五郎 「そうでしょうねえ。ほかには?」

山城寛斎事務局長 「山崎7段は実力者やろから、たくはん賞品は手にしとるはずやけど、あと昇段の時の記念品もあるんやね。初段から現在の7段まで」

  温対記者 「そのつど貰えるものなんですか?」

山城寛斎事務局長 「そうだす。簡単なものばかりやけどね」

      内容を聞くと、それほど大切な品物は無いように思えた。

山城寛斎事務局長 「あとは、将棋大賞もなんぞ賞を獲っとるはずやけど・・・ちーとばかし、待ってくれへんかの」

      山城は、事務局長室から奧に顔を突き出して、大きな声を出した。

山城寛斎事務局長 「風小僧いる?」

       名指しされて、30代位の男性職員が部屋に入ってきた。

  津崎嵐職員<36歳> 「何か?」

山城寛斎事務局長 「うん。例の山崎先生の関係で、調べとるんやけどね、先生は将棋大賞で何ぞ受賞しとるよね?」

 津崎嵐職員 「今、調べてきます」

    風小僧と呼ばれた青年は、機敏な動作で出て行った。

温対記者 「風小僧というのは、変わった名字ですねえ」

  山城寛斎事務局長 「はは。本名やないんや。疾風のように動きが速いので、みんながそう呼んでるんや」

        風小僧は、もう調べ終わったのか、あっという間に戻って来た。

 津崎嵐職員 「事務局長わかりました。山崎7段は将棋大賞で、新人賞と敢闘賞を受賞しています」

暇名小五郎 「その時、何か賞品か記念品を貰っているでしょうか?」 

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