駒の流儀・第4部

第17章「ギンナン面の駒」

  去る2010年1月31日、関根名人記念館では女流名人位戦が行われた。毎年恒例となるようである。
   清水一夜女流名人対里見華菜倉敷籐花。
     立会人は中村収9段 聞き手は野田澤綾乃1級。

  
  あらかじめ電話で用件を話しておいたため、館長も待ち構えていたようだった。

山蛇知之館長 「あの座布団盗難事件で、早速マスコミの方が来られるとは驚きですな」

    館長は実際この程度のことで、東京から週刊誌や探偵が来たことを驚いていたようだ。

 温対記者 「驚かれるのはごもっともです。これにはちょっと事情がありまして・・」

     温対が言葉に詰まると、横から暇名が助け舟を出した。

暇名小五郎 「確かに一般の人たちからみると、なんでもない品物ですが、所有者の屋敷9段にとっては、とても大切なものだったようで、警視庁にも被害届を出しています」

 山蛇知之館長 「そうらしいですね。うちからも千葉県警に被害届を出しましたが、両方で捜査ということになるんでしょうか?」

暇名小五郎 「実はこの盗難の発端は、最初に私宛に来た手紙でして、すでにこの事件が起こる前に警視庁に届けを出しています。その延長線上にある事件ですから、警視庁が引き継ぐことになると思います」

  山蛇知之館長 「そういうことですか。わかりました。それで、今日あなた方のご用件は?」

暇名小五郎 「はい。いろいろと教えていただきたいことがあります。いずれも今回の盗難に関係があると思います」

     山蛇館長は、軽く頷いた。

暇名小五郎 「まず、盗まれた座布団ですが、どこに展示してあったのでしょうか?」

   この質問には、職員の亀臨辰彦が展示室を案内しながら教えてくれた。

  温対記者 「なるほどね。このパネルの下に置いてあったんですね」

亀臨辰彦 「そうです。持っていこうと思えば、誰でも持ち出せます」

暇名小五郎 「何か他に変わったことはありませんでしたか?」

 亀臨辰彦 「そうですねえ。無くなった座布団が置いてあったところに、駒が1枚置いてありました」

暇名小五郎 「駒? なんの駒ですか?」

  亀臨辰彦 「歩です。これがそうです」

       亀臨は、手に持った駒を見せた。

暇名小五郎 「ほお!」

  温対記者 「変わった装飾の駒ですねえ」

      ふたりとも、今まで見たことがない駒だった。

 亀臨辰彦 「ええ。これは<ギンナン面>といって、ちょっと珍しい装飾駒なんです」

暇名小五郎 「ギンナン面ですか?それは初めて聞きました」

     手にとってみると、駒の角に段ちがあり、そこから丸く削りこみがあって、また反対側にも段ちがあり、都合3段階の面取りがしてあった。

山蛇知之館長 「一般の人は知らないでしょうね。ギンナン面というのは、駒の表面と裏面の駒形の縁が、このように段になっているものです。うちの記念館にも展示してありますよ」

暇名小五郎 「そうですか。後でゆっくり見物しますよ。ところで、閉館は何時ですか?」

 山蛇知之館長 「展示室は午後5時までです」

暇名小五郎 「休館日はいつですか?」

 山蛇知之館長 「火曜日です」

暇名小五郎 「それで、座布団の紛失に気がついたのは、何曜日でしょうか?」

  亀臨辰彦 「水曜日の朝でした」

温対記者 「じゃあ、盗まれたのは火曜日の休館日ですよね?」

 山蛇知之館長 「そうかも知れませんが、月曜日ということもあり得ます」

温対記者 「どうしてですか?」

 山蛇知之館長 「つまり、月曜日の午後に盗まれていたんだけど、水曜日まで気がつかなかったというケースです」

暇名小五郎 「毎日チェックはしていないのですか?」

  亀臨辰彦 「基本的には毎日点検しています。ただ、こんなものが盗まれるとは想定していないので、どうしてもおざなりになってしまって、見逃した可能性もあります」

     亀臨は、面目ないという態度をみせた。

暇名小五郎 「わかりました。当然休館日には、鍵がかかっていたはずですが、戸をこじ開けられたような痕跡はありますか?」

 山蛇知之館長 「それは無いです。ですから、可能性としては月曜日に来館者を装って入り、隙を見て盗んだということのようです」

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 火, 03/23/2010 - 13:23 categories [ ]

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駒の流儀・第4部  第22章

第22章「仮説」

暇名小五郎 「そうです。現在までに知りえた情報を整理して、仮説を立ててみるのです」

     コーヒー党の暇名探偵は、自分でいれたコーヒーを上手そうに口に運んだ。

 温対記者 「そうか。それが予測ですね」

      温対のほうは、藤田舞子が出してくれたお茶を飲んだ。

暇名小五郎 「はい。まず1点目。私のところへ怪人60面相からの予告状が届いた後、将棋関係の品物が盗まれています」

  細波雷蔵刑事 「そうです」

暇名小五郎 「2点目。盗まれた人は、プロ棋士です」

      細波刑事も温対記者も、きちんとメモをとっている。

 暇名小五郎 「3点目。犯人は品物を盗んだ後で、将棋連盟の米中会長に宛てて、犯行声明文を送っている」
  

     暇名探偵は、みんなに分かるように、一語ずつゆっくり区切りながら説明していく。

暇名小五郎 「さらに4点目は、その中で犯行理由を掲げている」

      皆、黙って名探偵の説明を聞いていた。

暇名小五郎 「そして5点目。流儀書に記されている<心得>が、盗まれる品物と関係があるということ」

  渡り鳥旭警部 「うむ。そのとおりだ」

暇名小五郎 「そこで問題になるのは、最初の盗難のパターンが、二回目の盗難にも当てはまるかどうかということです」

  温対記者 「僕は同じ展開になるような気がします」

暇名小五郎 「はい。流石は温対さんですね。私もそう思います。わざわざ予告状を出す以上、そうならなければ不自然です」

     藤田舞子は、温対記者の隣りで神妙な顔で聞いている。

渡り鳥旭警部 「つまり、こういうことだな。近いうちに、プロ棋士が所有している大事な品物が盗難に遭うが、その品物は流儀書に記載されている<心得>に関係があると」

  暇名小五郎 「はい、そうです。そこで<直>という心得から、どんな物が思い浮かびますか?」

     左手の親指と人差し指で、顎をなでる得意のポーズで、暇名探偵は全員の顔を見回した。

温対記者 「うーん。道路とか、定規、宿直、直線・・・」

       さっそく、温対が答えた。

藤田舞子 「ちょっと温対さん、品物よ。道路盗む人なんかいないでしょう。それに、将棋に関係する物って言ったでしょう」

     温対は、やり込められてしまったが、当然悪い気持ちはしなかった。

暇名小五郎 「警部はどうですか?」

 渡り鳥旭警部 「いやいや、俺は駄目だ。まず、将棋がまったくわからんからなあ」

細波雷蔵刑事 「私も駒を動かす程度ですから・・」

      警視庁は、全く自信がなさそうだった。

暇名小五郎 「ではその心得ですが、<真っ直ぐの道を歩け、奇策はいけない>とあります」

  渡り鳥旭警部 「うむ」

暇名小五郎 「そのことから連想すると、将棋は<定跡>の通りにやりなさいということでは?」

   渡り鳥旭警部 「というと?」

暇名小五郎 「私の推理が正しければ、狙われる品物は<定跡書>です」

 渡り鳥旭警部 「なるほど。将棋の解説書か」

暇名小五郎 「はい。将棋の定跡を紹介したり、解説をしたりしている本です」

     暇名が断言する時は、自信のある証拠だ。

 細波雷蔵刑事 「しかし、本ならそれ程大切な物とは言えないのではありませんか?」

暇名小五郎 「それは分かりません。その人にとってだけ、大事だというものもありますから」

  細波雷蔵刑事 「それはそうですね」

       若い刑事は、あっさり引き下がった。

暇名小五郎 「分からないのは、盗まれる本人が書いた本なのか、別の棋士が書いた本なのかということです」

駒の流儀・第4部  第21章

第21章「第二の予告」

   銀座の暇名探偵事務所に、2通目の手紙が届いたのは、名人審議委員会が議論をした次の日だった。

    この日は、連絡を受けた警視庁捜査三課の刑事たちの立会いで、文面を読むことになった。
   もちろん、週刊ポテト社の温対記者も駆けつけてきていた。

渡り鳥旭警部 「やはり、前と同じだね。差出人は怪人60面相となってる」

      警部は、いったん手に取った手紙を藤田舞子に返した。

藤田舞子 「では読み上げます」

     親愛なる暇名小五郎君。

      ★ 第2の流儀は、『香』の流儀である。 
        
         そして、その心得は『直』

        直とは、<棋士は常に正道、すなわち真っ直ぐの道を行かねばならぬ。決して奇策を弄して、勝とうとしてはならぬもの也>

        これが、流儀書に記されてある『直』の心得である。
     この流儀に違反した者には、それにふさわしい品物を罰として頂戴するつもりだ。

        暇名探偵の奮闘を祈る。

                  怪人60面相

 

細波雷蔵刑事 「また盗みの予告ですか。馬鹿にしてますね」

     若い刑事は、腹が立って仕方が無いという表情をみせた。

渡り鳥旭警部 「うむ。調子に乗ってることは確かだ。ほっとくわけにもいかんな」

     ベテランの刑事は、表情には出さなかったが、内心は怒りがこみ上げてきていた。

温対記者 「でも、前と同じで何かを盗むつもりのようですけど、いつ、誰の、何が盗まれるのか、全然わかんないですよね」

     温対が、記者の心得のようなことを言った。

藤田舞子 「温対さん、何処で、どうやってが抜けてますよ」

     舞子から、5W1Hの指導がきた。

暇名小五郎 「ははは。たしかに温対さんの言うとおり、何かが盗まれるでしょうね。でも、それが何なのか、私にもさっぱりわかりません」

     暇名探偵は、まるでお手上げという格好で、両手を広げた。

細波雷蔵刑事 「暇名さんがわからないんでは、我々もどうしようもないですね、警部」

      細波が、暇名の真似をして手を広げて見せた。

渡り鳥旭警部 「おいおい。情けないことを言うなよ。こっちは警察だぞ」

      藤田舞子が、笑いながらお茶を持ってきた。

  暇名小五郎 「そうですよね。そっちは国家権力ですからね。私なんか足元にも及びませんよ」

      きつい皮肉がこめられていた。

渡り鳥旭警部 「ふう。参ったね。そうは言っても暇名さんが頼りだ」

      実際、予告の手紙だけでは警察としても、手の打ちようがなかった。

  温対記者 「暇名さん。なんかいい方法はないですかねえ?」

 暇名小五郎 「待つしかないです。我々ができることは、今まで起きたことを材料にして、予測を立てることだけです」

渡り鳥旭警部 「予測?」

登場人物一覧

 登場人物一覧(寸評付き)

---------- 第1部 ----------
【秋田県北秋田郡上小阿仁村】
大沢一向巡査   <46歳> ⇒ 駐在さん
猫面尺治     <67歳> ⇒ 村会議員を長年務めていた
              ⇒ 時代劇の忍者の巻物のようなものが蔵から紛失
猫面の妻     <65歳> ⇒ ・・・

【日本将棋連盟理事会】
桜井登常務理事  <69歳> ⇒ 暇名探偵事務所訪問
              ⇒ 快活で、豪快な発言をする
西村和義専務理事 <68歳> ⇒ 年の功、慎重な物言い
米中国雄会長   <67歳> ⇒ 狸、憎まれ口をきいている
淡路仁重理事   <60歳> ⇒ 関西のベテラン、暇名探偵事務所訪問
              ⇒ とぼけた味をだす
青野輝一常務理事 <57歳> ⇒ 実直なスピッツ、万年青年
              ⇒ 良さはさわやかなところ、やや重みに欠ける
西川敬二理事   <48歳> ⇒ 華やかさはないが、堅実なところが持ち味
中川大介理事   <42歳> ⇒ 熱血漢
上野宏和理事   <33歳> ⇒ 新任の理事、暇名探偵事務所訪問
              ⇒ 若さが売り物、手腕は未知数

【将棋連盟事務局】
越中褌事務局長  <48歳> ⇒ 辣腕事務局長、米中会長も一目置く
              ⇒ 米中国雄会長の右腕
伊加訓生職員   <37歳> ⇒ 飲み仲間:後呂泡勢記者、
              ⇒ 結婚したいと思う女性にめぐり合ったばかり

【週刊ポテト社】
皆本義経編集長  <51歳> ⇒ 金が絡むとムキになる性格、
              ⇒ 欲しいものをあきらめた経験が豊富
温対低脳記者   <38歳> ⇒ 人間が素直で純粋、大勢に流されるタイプ
              ⇒ 越中事務局長とは何度も会ってます
後呂泡勢記者   <37歳> ⇒ 飲み仲間:将棋連盟事務局の伊加訓生職員
              ⇒ 越中事務局長とは初対面でした

【暇名小五郎探偵事務所】
暇名小五郎    <48歳> ⇒ わが国屈指の名探偵
藤田舞子     <26歳> ⇒ 探偵事務所の秘書兼受付兼事務員

---------- 第2部 ----------
関根銀四郎    <89歳> ⇒ 元魔道館総裁、口が悪い(名古屋市の閑静な住宅街在住)

【長野市】
丸田祐蔵9段   <91歳> ⇒ 元日本将棋連盟会長、暇名小五郎に好意を持つ
              ⇒ 暇名小五郎氏が訪問時、流儀書の伝聞を語る
蕎麦屋<まるた>店主<63歳> ⇒ 丸田祐蔵9段の長男

---------- 第3部 ----------
【霞ヶ関 警視庁】
赤外線透 警視総監<58歳> ⇒ いつも冷静沈着、警視庁の顔
   「捜査一課」     ・ 殺人、強盗、傷害、放火などの凶悪犯が対象
捜査一課長金銀銅鉄<40歳> ⇒ 正義感に燃える有名大学出のエリート
 警部  寅金邪鬼<49歳> ⇒ 泣く子も黙る鬼警部
 捜査官 天然流誠<35歳> ⇒ 切れ味抜群、カミソリ流
   「捜査二課」     ・ 詐欺、汚職、選挙違反などの知能犯罪を対象
   「捜査三課」     ・ 侵入窃盗、スリ、ひったくり等の窃盗犯罪が対象
捜査三課長世渡甚六<54歳> ⇒ 人情に厚いベテラン、暇名小五郎氏と親しい友人
              ⇒ 叩き上げの苦労人、人当たりよく誰からも好かれる人物
 警部  渡り鳥旭<48歳> ⇒ 悪事は許さぬ熱血漢、暇名氏と怪人40面相事件で協力
 刑事  細波雷蔵<32歳> ⇒ 若手の俊才、 暇名氏と怪人40面相事件で協力

【千葉県野田市 関根名人記念館】
 ◆ 棋聖戦二次予選・屋敷9段×日浦7段の五日後に、屋敷9段が初めて棋聖位を獲得した時の、記念の座布団(展示物)が紛失(盗難?)

山蛇知之 館長  <52歳> ⇒ 履歴不明
亀臨辰彦 職員  <28歳> ⇒ 中堅職員(野田市商工課の職員?)
 女 子 職員  <20歳> ⇒ 野田市商工課の職員(?)

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【特設版】

【怪人60面相】
 ⇒ 米中国雄会長の手先かな?(イマジン)
   目的1: 流儀書をネタに、連盟のモチ代(一億円)を捻出する
   目的2: 流儀書をネタに、棋士精神を復活させる(東京都教育委員会並に)

 ⇒ 暇名小五郎氏に挑戦状(1) 送付
   予告: 歩の流儀に抵触する行為を行った棋士から、それにふさわしい物を、罰として頂戴する
   結果: 屋敷九段×日浦七段(棋聖戦二次予選) 屋敷九段のタイトル奪取記念座布団を頂戴済み
   ☆ : 無くなった座布団が置いてあったところに、ギンナン面の歩駒が1枚置いてありました

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【駒の流儀書】
 ⇒ 巻物は1つしかない。その中に全てが凝縮されている(悪魔仮面:12章)
 ⇒ 第1典が「兵法」、第2典「心得」の2部構成
 ⇒ 時代劇の忍者の巻物のようなもの(猫面尺治)
 ⇒ 将棋界では幻の書物と呼ばれていた(怪人60面相)
   古い巻物だが、中身は腐食しておらず堂々たる文献(怪人60面)
 ⇒ 先輩棋士から流儀書のことは聞いたことがある(西村専務理事)
 ⇒ 国宝級の書物らしいです(越中褌事務局長)
 ⇒ 読んだ。だが覚えていない。小学生の時だからなあ(関根銀四郎)
   巻物だったが筆字で書かれていた(関根銀四郎)
 ? 小学生でも読める筆字で書かれていたぁ?! 時代劇で見る筆字は
   義務教育を終えた私(イマジン)は、今現在でも読めないなぁ...!
 ? 1つしかない巻物を、小学生の分際で、何所で見ることが出来たンですかね?
 ⇒ 実物は見たことがない、先輩棋士達の話には何度も聞いている(丸田祐蔵9段)
   7つの流儀がある、流儀に違反すると、重い罰が与えられる(丸田祐蔵9段)
   歩の流儀、香の流儀、桂の流儀、銀の流儀、金の流儀、角の流儀、飛の流儀
   流儀書を手にした者は、将棋で天下を取るという言い伝えがあるそうだ
 ? 考えすぎかもしれないが「天下を盗る」の誤植じゃないですかね?

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【駒の流儀】
  盤上の桝目の中に駒を置かねばならず、決して四角形の桝目の外にはみ出すことは許されなかった。
  <徳川幕府将棋指南役 伊藤宗白著「駒の流儀」より>

1:歩の流儀 ⇒ その心得は『座』
  座とは、<棋士が対局場において座す時は、その技量、実力はもとより品格、態度、人望ともに秀でている者が上座に座るもの也>
2:香の流儀
3:桂の流儀
4:銀の流儀
5:金の流儀
6:角の流儀
7:飛の流儀

付記・・・今陣孝太郎殿の一覧表を拝借。
     

駒の流儀・第4部  第20章

第20章「犬猿の仲」

  名人審議委員会は、いつになく熱の入った議論が続いていた。

大吉三郎委員長 「それで、世渡さんの話はどうだったのですか?」

 不利舎耕介副委員長 「捜査三課では、渡り鳥警部と細波という刑事が、現場へ行っています。そこで暇名探偵と協力して聞き取りをしていますが、まだ重要な情報は得られてないようです」

     捜査三課の世渡甚六課長と大吉委員長、不利舎副委員長とは以前から親しい間柄であり、気軽に話し合える付き合いがあった。

大吉三郎委員長 「甚六さんも、座布団1枚の盗難じゃあ、やる気がでないだろうね」

      大喜利なら、座布団1枚で大騒ぎだが。

 丸潮新次郎委員 「当然ですよ。わざわざ三課まで行かなくたって・・」

     丸潮委員は、暗に大袈裟だと言いたいようだった。

不利舎耕介副委員長 「ほほお。おかしなことを言う。盗まれたのは座布団1枚でも、暇名探偵との知恵比べに勝つこと、つまり我々名人審議委員会の威信がかかっているんですよ」

      不利舎副委員長も、負けていない。

 丸潮新次郎委員 「それはわかってる。だからといって、今の段階でそこまでしなくても」

       犬と猿の応酬は続く。

不利舎耕介副委員長 「今の段階だからこそ、肝心なのです。どんな小さなことでも見逃していたら、暇名小五郎には勝てませんからね。それとも初めから勝つつもりはないのですか?」

 不利舎独特の皮肉が込められていた。

 丸潮新次郎委員 「私は、どんな調査にも柔軟性が必要だといっているのですよ。捜査三課に行くのは、もっと後でもいいと言っただけです」

       湯川女史は、2人のやりとりを面白そうに見ているだけだった。

喝采賢介委員 「おふたりともそのくらいにして、今後の方針を決めましょう」

      潤滑油が、仲に割って入った。
 

大吉三郎委員長 「では、これからの方針ですが、何かご意見はありますか?」

真っ先に手を挙げたのは、湯川女史だった。

  湯川慶子委員 「今回の怪人60面相による盗難事件は、あきらかに将棋連盟を標的にしたものであり、今後も一連の盗難が続くと考えられますが、どうでしょうか?」

不利舎耕介副委員長 「同感です。このままで終わるとは考えられませんよ」

 丸潮新次郎委員 「湯川さんに賛成です」

      この2人は、湯川女史の意見に反対したことがない。

喝采賢介委員 「それは私もおなじです。しかし、続けて盗難事件が起きるとしても、予測は困難でしょうなあ。盗難が起きるまで待つしかない」
 

      飄々としてるところが、この人の魅力だ。

  丸潮新次郎委員 「たしかに」

大吉三郎委員長 「うむ。警察も事件が起きるまで、何も出来ないだろうしね」

  不利舎耕介副委員長 「問題の駒の流儀書ですが、暇名探偵のところに最初に届いた予告状には、7つの流儀があって、その一つひとつの流儀について違反した者には、相応の罰が与えられると書かれてます」

 湯川慶子委員 「そうね。だからまだこの先、盗難は起こるということよね」

不利舎耕介副委員長 「そうです。少なくともあと6つの流儀が残っている以上、6回の盗難があると考えるべきです」

     不利舎は、自信たっぷりに言い切った。この歯切れの良い姿勢も、彼の魅力になっていた。

丸潮新次郎委員 「そこまでは異議はないが、怪人60面相が何の目的でこんなことをするのかが、わからんなあ」

  喝采賢介委員 「考えられることは、駒の流儀書という貴重な文献を手にするほどの者だから、潔癖なまでの将棋マニアではないですかね?」

大吉三郎委員長 「つまり、どういうことかな?」

  喝采賢介委員 「つまりですね、流儀書に書かれている<心得>に反する行為をした棋士を、許すことができないほどの潔癖主義者ということです」

丸潮新次郎委員 「なるほど。それはあり得るね。異常なまでの愛棋家ということか」

 不利舎耕介副委員長 「可能性としては確かに考えられます。でも、それなら何故わざわざ暇名探偵に、予告するような手紙を出したのでしょうか? 不自然です」

   さすがに和製ホームズの読みは鋭い。反論は出なかった。

悪魔仮面様

特別掲示板の方に小説の「登場人物一覧(寸評付き)」が投稿されている。

これもこちらに転写されてはどうかと。

駒の流儀・第4部  第19章

第19章「天才集団」

  日本将棋連盟の関係機関ではあるが、プロ棋士は一切構成員とはならず、外部からの有識者で組織され、将棋界のあらゆる諸問題につき審査協議し、将棋連盟に対して提言をすることを任務として設置されたものが、<名人審議委員会>である。

   魔界奇談シリーズ第2弾の<闇の棋士>でも登場し、委員長の大吉三郎氏は、平成のポアロと称されるほどの切れ者であったが、闇の棋士事件では思わぬ不覚を取っている。
   そのため、この度の<怪人60面相事件>では雪辱に燃えていたのである。

     現在の<名人審議委員会>の構成員は次のようになっている。

    委員長 大吉三郎<71歳>
         平成製菓会長。通称平成のポアロ。
         委員会をまとめる手腕抜群。

     副委員長 不利舎耕介<51歳>
           推理作家。和製ホームズ。
         頭脳明晰。暇名小五郎に対抗心燃やす。

    委員 喝采賢介<45歳>
          東和大学心理学教授。和製ワトスン。           穏やかな人柄だが、深い洞察力。

     委員 丸潮新次郎<48歳>
         映画監督。自称コロンボ。
          ミステリーが得意。冷静な分析力。

    委員 湯川慶子<40歳>
         女流アマ名人。日本版ミス・マープル。          度胸満点。女性特有の勘の冴え。

      以上が、新構成員だが、いずれ劣らぬ実績を持つ、選りすぐりの天才集団である。

    さきほどから、新宿西口にある平成製菓ビル16階の会議室では、審議委員が集まって会議が開かれていた。
     進行役は平成の金田一耕介とも噂される俊才、副委員長の不利舎耕介が務めた。

     委員長の大吉三郎が、唯一暇名小五郎に対抗できる人材として、三顧の礼で迎えた人物であった。

   【名人審議委員会 会議】

不利舎耕介副委員長 「名人審議委員会は、残念ながら<闇の棋士事件>で、暇名小五郎探偵との推理比べに敗れました。将棋連盟の参謀的位置づけの委員会としては、屈辱であり、世間ではその存在意義すら疑う者もいると聞いております」

    新任の副委員長だったが、早くも名探偵暇名小五郎に対する強烈な対抗心が窺われた。

不利舎耕介副委員長 「そこで、怪人60面相なる者が、将棋連盟に突きつけた盗難予告に続いて、実際に盗難が発生しました。警察も動いております」

 湯川慶子委員 「米中会長は、暇名探偵に調査を依頼したらしいわね」

    紅一点の美人である。この人がいると全員集まる。

喝采賢介委員 「つまり、我々を信頼していないということですかな」

 大吉三郎委員長 「結局そういうことだが、仕方が無いだろうね」

     暇名小五郎に対する劣等感が、垣間見えた。

丸潮新次郎 「警視庁の捜査三課と暇名探偵が、千葉県で鉢合わせしたらしいね」
   
 不利舎耕介副委員長 「遅ればせながら、我々も先日、野田市の関根名人記念館へ行って、様子を見て来ました」

喝采賢介委員 「湯川さんと副委員長が行かれたのでしたね。結果はどうでしたか?」

      人格者の喝采は、メンバーの潤滑油的存在である。

  湯川慶子委員 「はい。これといった犯人に繋がる収穫はありませんでしたが、暇名探偵のほうも同じよね」

不利舎耕介副委員長 「その通りです。少し出遅れましたが、まだ横一線です」

     この男らしく、豪気な姿勢である。

丸潮新次郎 「しかしですよ、相手は名探偵ですからねえ」

      この丸潮と不利舎は、昔から犬猿の仲で有名な二人であった。
       不仲になったきっかけはわからないが、一説では、湯川慶子女史を巡って争ったことが尾を引いているようである。

不利舎耕介副委員長 「ほお。名探偵だから何だと言うんですか?」

  丸潮新次郎 「暇名探偵は、過去に怪人40面相も捕まえているのですから、強敵ですよ」

    普通には気がつきにくいが、丸潮新次郎の発音は、わずかに東北訛りがあった。

大吉三郎委員長 「その通りです。だからこそ我々は力を結集して、暇名探偵の鼻を明かさなければならないのです」

   ポアロが、ホームズやコロンボに寄せる期待の大きさが、ひしひしと伝わってきていた。

不利舎耕介副委員長 「それで、私なりに少し気になった点を申し上げたいと思いますが」

  大吉三郎委員長 「どうぞ。どんな細かい点でも結構ですよ」

不利舎耕介副委員長 「まず、盗難品が展示されていた場所に、ギンナン面の駒が置いてあったことですが、これがどんな意味を持つかです?」

  湯川慶子委員 「そうよね。あれはなんなのかしら?」
   

不利舎耕介副委員長 「まだ即断はできませんが、ギンナン面の駒はこれから起こるであろう事件にも香、桂、銀、金、角,飛車と犯行現場に残されていくのでしょうから(怪人60面相の犯人像に繋がる、重要な手掛かりはここにあるのかも知れません」

  丸潮新次郎委員 「そうかな。深い意味はなくて、そういうものを残すことによって捜査陣を惑わすのが目的ではないかなあ」

      これについては、各委員も半信半疑であり、継続審議とされた。

不利舎耕介副委員長 「次に、記念館には受付に記帳簿があって、来館者は自分の名前を記帳するようになっています。したがって、鍵となるのは“来客者用の記帳簿”のような気がします」   

  丸潮新次郎委員 「しかしですなあ、怪人がまさか本名を書くはずがないし、だいいち記帳すらしないでしょうな」

        丸潮委員も譲らない。

喝采賢介委員 「たしかに、筆跡のこともあるし、わざわざ記帳したりはしないでしょうなあ」

     喧々諤々の名人審議委員会の会議だったが、打倒暇名小五郎ということでは全員一致していた。

駒の流儀・第4部  第18章

第18章「捜査三課の事件」

  展示室で話を聞いている途中で、女子職員がなにごとか山蛇館長に告げに来た。

 女子職員<20歳> 「館長。警視庁の刑事さんが来ていますけど・・」

    女子職員が入り口へ引き返すと、まもなく見慣れた顔の刑事たちが案内されてきた。捜査三課の連中である。

渡り鳥旭警部 「おお。もう来てたのか。早いね」

    暇名小五郎とは、何年も前からのつきあいでもあったが、つい先日も警視庁で顔合わせたばかりだった。

山蛇知之館長 「遠くからわざわざご苦労様です」

 渡り鳥旭警部 「はは。ま、千葉だからね。そんなに遠くはないよ」

     もうひとりの刑事は、細波雷蔵という若い体格の良い男だった。

 細波雷蔵刑事 「僕らより先に来てるとは、流石ですね」

      若い刑事は、名探偵を尊敬の眼差しで見ていた。

暇名小五郎 「ははは。なにしろ警察と違って、私らは暇ですから」

  渡り鳥旭警部 「それで、何か発見はあったかね?」

     暇名探偵は、これまでの経緯や館長の話を、かいつまんで説明した。

 渡り鳥旭警部 「なるほどね。それなら指紋なんかも残ってないだろうなあ」

暇名小五郎 「まず無理でしょう。指紋を残すような泥棒はいませんよ。問題は、いつ盗みに入ったかですが、館長さんの説明からすると、休館日の前日の月曜日が最も可能性がありそうです」

 細波雷蔵刑事 「しかし、座布団を持って出たら不自然だし、誰か気がつくでしょう?」

     館長は、亀臨職員のほうを見た。

亀臨辰彦職員 「それがそうでもないんです」

  細波雷蔵刑事 「というと?」

亀臨辰彦職員 「先ほども言ったように、展示品が盗まれるということは考えたことがなくて、ここはご覧のように図書館と同じで、無料で誰でも入ることができます」

      このビルの3階は図書館になっているが、そこにも将棋関係の文献や資料、書物、将棋連盟機関紙などが所蔵されていた。
     職員は、野田市商工課の職員が派遣されて来ていた。
 

山蛇知之館長 「係員も、いることはいますが、この展示室だけではなく、対局室や図書館のほうへ往ったりもしてますので、その間に持ち出すのは、そんなに難しくないんですよ」

  渡り鳥旭警部 「なるほどな。それに座布団1枚ぐらいなら、大きい紙袋やバッグに押し込んでもわからないだろうなあ」

暇名小五郎 「ええ。私も同感です。特別気をつけて見ていれば別ですが・・」

 細波雷蔵刑事 「この館内には、防犯カメラは設置されていないのですか?」

山蛇知之館長 「ありません。盗まれるようなものは無いという前提でしたから」

  亀臨辰彦職員 「でも館長、これからは必要かも知れませんね」

     せっかく野田市までやってきたが、暇名探偵も渡り鳥警部も、これといった収穫は無かった。
     しかし、ずっと後のことになるが、怪人60面相の犯人像に繋がる、重要な手掛かりはここにあったのである。

山蛇知之館長 「暇名さんたちも、せっかく東京からいらっしたのですから、関根名人のお墓を見ていかれたらどうですか?」

  暇名小五郎 「名人の墓ですか。何処にあるのですか?」

山蛇知之館長 「関根記念館の隣が元関根名人のご自宅、その隣が墓地になっていて関根名人のお墓があります。こういう機会は滅多にないので、是非お墓参りをしていって下さい」

     帰りがけに、暇名と温対だけではなく、刑事たちも一緒に墓参りをしたのは言うまでもなかった。

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