駒の流儀・第3部

第11章「盗難予告」

  銀座から千駄ヶ谷へ向うつもりだったが、暇名探偵は思い直して先に温対記者に会うことにした。
   将棋連盟には、温対記者と一緒に行くことにしたからである。

    【四谷スカイタワービル5階 週刊ポテト社】

皆本編集長 「やあ暇名さん、いらっしゃい」

 暇名小五郎 「皆本さんも、ご無沙汰してます」

   
   温対記者と後呂記者は、でかけているようだった。

 
皆本編集長 「長野県には、温対と一緒でお疲れ様でしたね」

  暇名小五郎 「いいえ。あまり収穫がなくて・・・」

     編集長と雑談しているうちに、温対記者と後呂記者が帰ってきた。
     暇名探偵は、早速、今朝の手紙の件を話した。

暇名小五郎 「これは私個人にというよりは、将棋連盟への挑戦状のようでもあります。あるいは盗みの予告ということからすると、警察への挑戦状にも見えますね」

      怪人60面相からの挑戦状のことである。

皆本編集長 「なるほど。それだけじゃなく、我々マスコミへの挑戦でもあるな」

  後呂記者 「僕も同感です」

       すかさず、後呂記者が編集長に合わせた。

温対記者 「しかし、その怪人60面相がなんのために、こんなことをするんですかねえ?」

 皆本編集長 「それがわかれば、誰も苦労しねえよ」

暇名小五郎 「いろいろ考えられますが、今の時点ではあまり先を考えないで、様子を見るほうがいいでしょうね。私は、これから将棋会館へ行って、この手紙を米中会長や理事の方々に見てもらいます」

     暇名探偵が手にしている手紙の文章は、筆記具やワープロなどで書かれたものではなく、雑誌や新聞等の記事を切り抜いて、文字にしたものであった。

  温対記者 「じゃあ僕も一緒に行きます」

暇名小五郎 「ええ、そのつもりです」

      やはりこのコンビが、一番似合うようだ。

暇名小五郎 「あ、それから後呂さんは、魔道館の関根元総裁に会ってきたようですね。何か収穫はありましたか?」
 

  後呂記者 「それがあまりこれといった、目新しい発見はありませんでした」

      後呂記者は、申し訳なさそうに首をすくめた。

暇名小五郎 「そうですか。その話は、また後でゆっくり聞かせてもらいます」

       温対記者と暇名探偵は、会社の車で千駄ヶ谷へと走った。四谷からだと、手の届く距離であった。

  温対記者 「暇名さん、連盟の事務局長さんが協力的な人で、関根総裁を訪ねるときも、後呂君と一緒に行ってくれたんですよ」

     車に乗り込むとすぐ、温対記者のほうから話しかけてきた。

 暇名小五郎 「そうですってね。私も一度、お会いしたいです」

温対記者 「ええ。着いたら紹介しますよ。後呂君とは初対面のようでしたが、僕は何度も会ってますから」

     暇名探偵も、越中氏とはどんな人物なのか、気になってきた。

暇名小五郎 「そうですか。どんな人なんですか?」

  温対記者 「仕事も出来るし、いい人ですよ」

     まもなく車は、将棋会館の前に到着した。
      車を降りて、1階事務室へ行くと、越中事務局長は留守のようだった。

 温対記者 「越中さんは、出かけてるみたいです。また次の機会に紹介しますよ」

    2人は、応対に出た事務員に会釈して、エレベーターの前に立った。
     扉が開いて乗り込む寸前、暇名探偵が温対記者を残して、事務室に引き返してきた。

暇名小五郎 「あの、事務局長さんはどちらへ出かけたのですか?」

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 金, 03/12/2010 - 10:25 categories [ ]

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駒の流儀・第3部  第16章

第16章「関根名人記念館」

  暇名探偵と温対記者は、池袋からJR埼京線で大宮まで行き、東武野田線に乗り換えた。

温対記者 「暇名さん、関根名人記念館には行ったことがあるんですか?」

駅で買ったゆで卵を食べながら、話しかけた。

暇名小五郎 「いや、初めてです。温対さんは?」

      暇名のほうは、缶コーヒーを飲みながら答える。

温対記者 「僕もありません。それに恥ずかしながら、その名前も知りませんでした」

  暇名小五郎 「はは。私も同じですよ」

温対記者 「それはそうと、怪人60面相は予告どおり、盗みを働いたということですよね?」

  暇名小五郎 「はい。そうなりますね」

温対記者 「最初、暇名さん宛てにきた手紙では、座の心得に反した者には、罰として何か大切な品物を盗むと書いてあったと思いますが、それが座布団のことを指していたと考えていいですか?」

 暇名小五郎 「そうだと思います。いずれ何かが盗難に遭うとは思っていましたが、座布団とは気がつきませんでした。迂闊でした」

温対記者 「いやあ、そんなこと誰も気がつきませんよ」

     怪人60面相の話をしている間に、列車は川間駅についた。
      川間駅の改札を出ると、北と南と出口が二箇所あった。駅員に尋ねると、北口からは朝日バス、南口には<まめバス>が出ていた。

  温対記者 「ねえ暇名さん、まめバスのほうに乗りませんか? おもしろそうですよ」

暇名小五郎 「いいですねえ。そうしましょう」

     <まめバス>というのは、緑色の小さな可愛いバスで、どこまで乗っても1回一律に100円だった。
     難点は1時間に1本しか運行されていないところだが、幸い暇名たちが乗るバスは、30分も待たないうちに乗車できた。

  温対記者 「ほんとに小さなバスですよねえ。それにバスの前部に100と、丸く大きく囲ってあるのには笑えますよ」

暇名小五郎 「ははは」

       温対たちが乗ったのは、<関宿中央ターミナル行>というバスで、<いちいのホール>という駅まで行く。
      バスの中から眺める景色は緑がいっぱいで、清清しい気分にさせてくれた。

       <いちいのホール>で降りると、すぐ目の前に大きな建物が見えた。
       これが<いちいのホール>である。
 

温対記者 「きれいな建物ですねえ。この中にあるんですね」

     建物の中に入って、エレベーターに乗ると5階を押した。
      尤も、ここは5階が最上階だった。
     記念館の入り口右横には、柔道場のような大きな狐色の木の看板が掛けられていた。
     
      そこには<野田市 関根名人記念館>と書かれてあった。

  温対記者 「へえ。結構広いですねえ。あ、こっちには対局室もありますよ」

暇名小五郎 「ええ。洒落てますね」

     展示室の入り口には、来客者用の記帳簿が置いてあった。
      係りの人に来意を告げてから、それぞれ自分の名前を記帳していると、奥の方から2人やって来た。
     ひとりは館長の山蛇知之、もう1人は職員の亀臨辰彦だった。

 山蛇知之館長 「東京からいらした暇名さんでしょうか?」
 

駒の流儀・第3部  第15章

第15章「歩の流儀」

  日本将棋連盟の米中会長宛に、怪文書が届いたのは、千葉県野田市の騒ぎから3日後だった。
   米中会長は、すぐさま暇名小五郎を呼び出した。

米中会長 「暇名さん、どう思うかね?」

     米中は、自分で判断する前に、必ず他人の反応を窺ってみる癖があった。

 暇名小五郎 「この前、私に送ってきた人物と同一人ですね。こんどは会長宛ですか・・・」

    越中事務局長が渡してくれた、怪人60面相からの手紙は、次のようなものだった。

     ☆日本将棋連盟 米中会長様

       駒の流儀書<歩の流儀>に反する行為により、千葉県野田市の<関根名人記念館>に所蔵されていた座布団を頂戴したことを報告する。

       去る3月16日、棋聖戦2次予選において、屋敷伸幸9段は同郷の先輩である日浦一郎7段を差し置いて、上座に座った。
      これは、4段昇段も早く、自分よりも年長者である者を敬うことなく、著しく<座の心得>を逸脱した行為である。

       よって、屋敷9段が中原允棋聖から、タイトルを奪取した対局で使用した記念の座布団を罰として取り上げた。

     暇名探偵には、くれぐれもよろしく。
   
                 怪人60面相

暇名小五郎 「犯行声明ですね、これは。それで、会長はどうされるおつもりですか?」

暇名は、単刀直入に聞いた。

 米中会長 「うむ。座布団ぐらいで警察に届けるのも、気が引けるしねえ」

      のらりくらりしながら、他の者の意見を待っている。

越中褌事務局長 「しかし会長、最初に暇名さんのところにきた予告のような手紙は、先日暇名さんと一緒に警察に見せてますので、この際警察にも届けるべきではないでしょうか?」

 切れ者の越中は、米中会長の腹の内を読んでいて、米中が決断し易いように進言した。

  米中会長 「そうか。そういうことなら、届けましょう」

     座布団1枚で騒ぐのは、大物らしくないが、部下が望むのなら仕方が無いというポーズをとった。

暇名小五郎 「では警察へは事務局長さんに、届けていただくことにして、私は独自に探ってみたいと思います」

 越中褌事務局長 「暇名さんとしては、とりあえずどうされますか?」

暇名小五郎 「そうですねえ。私は温対記者を誘って、千葉県の関根名人記念館に行って見ます」

  越中褌事務局長 「そうですか。私は何かお手伝いすることがありますか?」

     
      越中は、暇名小五郎には好意的だった。

暇名小五郎 「はい。事務局長さんは、警察に行く前に屋敷9段に会って、例の座布団について情報を集めておいていただけますか?」

 越中褌事務局長 「わかりました。そうします」

       越中事務局長は、名古屋に何しに行ってきたのか暇名探偵には言わなかったが、暇名のほうも何も聞かなかった。
      暇名小五郎と越中事務局長は、並んでエレベーターに乗り、将棋会館の正面で別々のタクシーに乗り込んだ。

       越中事務局長は、携帯電話で屋敷9段と待ち合わせた竹橋へ向った。
      暇名小五郎は、週刊ポテト社のある四谷である。

     【週刊ポテト将棋担当部室】

暇名小五郎 「連盟で米中会長に会って来ましたよ」

 温対記者 「また怪人60面相から、手紙がきたんですってね?」
  
      
暇名小五郎 「はい。これでようやく事件が起こりました」

 後呂記者 「暇名さん、なんかうれしそうですね」

暇名小五郎 「ははは。そう見えますか?」

暇名が米中会長との会談の様子や、今後の方針などを話すと、皆本編集長もすっかり乗り気になっていた。

 皆本義経編集長 「よし、温対も暇名さんにくっついて、千葉県へ行って来い。ただし、邪魔はするなよ」

温対記者 「いやだなあ、編集長。わかってますよ」

駒の流儀・第3部  第14章

第14章「雨もよう」

  東京は朝から、いかにも雨が降り出しそうな天候だった。
   ここ千駄ヶ谷の東京将棋会館では、棋聖戦二次予選が始まろうとしていた。

  対局開始15分前に入室した屋敷伸幸9段は、なんのためらいもなく床の間を背にして上座に座った。

     屋敷伸幸9段
         
      1972年生 38歳 北海道出身
 
       竜王戦2組   順位戦B級1組

        1988年4段 棋聖位3期獲得

屋敷9段が入室して5分後、対戦相手の日浦一郎7段が入室。
    屋敷が上座に座っているのをチラッと見て、おもむろに下座についた。無言だったが、横顔には苦虫を潰したような、かすかな陰りがみられたような気がした。

     日浦一郎7段

      1966年生 43歳 北海道出身

        竜王戦4組  順位戦C級1組

       1984年4段 新人王戦優勝

   大熱戦となり、勝負の決着がついたのは夜中になっていた。いつもなら、勝負にそれ程執着しないタイプの日浦だったが、この日はいつになく勝負へのこだわりが感じられた。

 その熱戦の日から、5日後のことだった。

  千葉県野田市にある「いちいのホール」では、朝から騒ぎが起きていた。

山蛇知之館長<52歳> 「朝からみんな何を騒いでるんだ」

     慌ただしい気配に、館長の山蛇知之が部屋から出てきた。

 亀臨辰彦職員<28歳> 「それが館長、展示物が無くなっています」

     山蛇館長の問いかけに答えたのは、中堅職員の亀臨である。

山蛇知之館長<52歳> 「何が無くなったのだ?」

    展示物が紛失すれば、館長の責任問題に発展するため、山蛇としても気が気でなかった。

  亀臨辰彦職員<28歳> 「はい。すぐには分からなかったのですが、展示室のパネルの下に展示していた座布団のようです」

山蛇知之館長<52歳> 「座布団? あの肖像画の下のか?」

     平成15年6月、関宿町と野田市が合併した際、旧関宿役場庁舎だった<いちいのホール>5階にオープンしたのが<関根名人記念館>だった。

     関根金次郎は、村田英雄の歌で知られる阪田三吉の好敵手であり、数々の名勝負が後世に伝えられている。
  

    また、13世名人となり、それまで一世名人制であったものを、実力名人制に改革するなど、現在の将棋界の基礎を築き上げた人物であった。

     千葉県野田市出身の関根の業績を讃え、設立されたこの記念館には、関根に関することのみならず、将棋に関係するあらゆる文献、書籍、資料、記念品などが保存所蔵されていた。

亀臨辰彦職員<28歳> 「はい、館長。たしかあの座布団は、屋敷9段が初めて棋聖位を獲得した時の、記念の座布団で、将棋連盟を通して屋敷9段から寄託されたものです」

 山蛇知之館長<52歳> 「うむ、覚えてる。20年くらい前だった」

     正確には1990年。当時の中原允棋聖を屋敷が3勝2敗で破り、棋聖位を獲得した。
    その後、森下9段、三浦8段を挑戦者に迎えて、いずれも3勝1敗で退けている。 

駒の流儀・第3部  第13章

第13章「誇り高き陣容」

   東京将棋会館での用事を済ませて、暇名探偵と温対記者は、連盟の伊加職員を伴って、こんどは霞ヶ関の警視庁へ出向いた。

  

     【霞ヶ関 警視庁】

   久しぶりの警視庁だったが、今日はいつもの捜査一課ではなく、4階の捜査三課である。

 温対記者 「あれ、暇名さん。捜査二課に行くんじゃないんですか?」

      廊下の途中で、温対が怪訝そうに尋ねた。

暇名小五郎 「ええ。私もちょっと迷ったんですが、二課より三課のほうがふさわしいような気がして。それに三課には顔見知りもいますんでね」

     現在の警視庁の主な陣容は、次のようになっている。
  

        警視総監  赤外線透<58歳> いつも冷静沈着、警視庁の顔。

       捜査一課・・・殺人、強盗、傷害、放火などの凶悪犯が対象である。

        捜査一課長 金銀銅鉄<40歳> 正義感に燃えるエリート。
   警部  寅金邪鬼<49歳> 泣く子も黙る鬼警部。
捜査官 天然流誠<35歳> 切れ味抜群、カミソリ流。 

       捜査二課・・・詐欺、汚職、選挙違反などの知能犯罪を対象としている。
       

       捜査三課・・・侵入窃盗、スリ、ひったくり等の窃盗犯罪が対象。

        捜査三課長 世渡甚六<54歳> 人情に厚いベテラン。
           警部 渡り鳥旭<48歳> 悪事は許さぬ熱血漢。
           刑事 細波雷蔵<32歳> 若手の俊才。

    さすがにわが国が誇る警視庁だけに、各課とも敏腕の刑事たちで固められていた。
     まさに誇り高き陣容である。
  

伊加訓生職員 「捜査三課には、誰がいるんですか?」

     伊加は、暇名探偵の交友関係には興味があるようだった。

  暇名小五郎 「ええ。課長も警部も知り合いです」

温対記者 「捜査一課は判るんですが、二課と三課の区別が、よくわからないんですけど」

 暇名小五郎 「はは。実は私も、よくはわかってないんです。地方の警察は一緒ですからねえ」

伊加訓生職員 「振り込め詐欺なんかは、どっちなんですかね?」

 暇名小五郎 「それは二課です。政治家や公務員の贈収賄や、選挙違反など金銭がらみの犯罪も、みなここになります」

伊加訓生職員 「なるほどねえ」
 

暇名小五郎 「怪人60面相の場合は、予告だけで、まだ何も罪を犯したわけではないので、どこの部署が担当なのか、正確にはわかりませんけどね」

     そんな話をしながら、長い廊下を歩いていると突き当りまで来た。
      その左横の部屋が、捜査三課である。
     ドアを押して中に入ると、見覚えのある顔が見えた。

暇名小五郎 「警部、お忙しいですか?」

  渡り鳥旭警部 「おっ、誰かと思ったら。珍しいねえ」

 細波雷蔵刑事 「暇名さん、お久しぶりです。元気でしたか?」

      この2人の刑事とは、怪人40面相の事件の時にも協力し合った仲である。

暇名小五郎 「貧乏暇無しですが、病気だけはしてません」

     暇名探偵は、温対記者と伊加職員を紹介してから、例の手紙を見せた。

暇名小五郎 「そういうわけで、まだ事件というわけではないんですけどね」

  渡り鳥旭警部 「うむ。たしかにそうだが、犯罪が起きてから動くだけではなく、未然に防ぐのも警察の仕事だからなあ」

    渡り鳥警部は、3人を捜査三課長の部屋へ案内してくれた。世渡三課長と暇名小五郎は、親しい友人でもあった。

 渡り鳥旭警部 「課長、どうも私には嫌な予感がするんですけど」

世渡甚六三課長 「うむ。渡り鳥君がそう言うのなら、何かが起きるかも知れないねえ」

    捜査一課長の金銀銅鉄は、有名大学出のエリートだが、世渡甚六三課長は、叩き上げの苦労人で、人当たりもよく、誰からも好かれる人物だった。

駒の流儀・第3部  第12章

第12章「探偵の習性」

   この時、暇名小五郎が越中事務局長の行く先を尋ねたのは、別に深い意味があったわけではない。
    常に些細なことにまで気を配る、長年の探偵としての習性からだった。

 伊加職員 「事務局長は、名古屋へ出張です」

暇名小五郎 「そうでしたか。名古屋へは、よく行かれるのですか?」

  伊加職員 「さあ。大阪へはよく行ってますが、名古屋はそれほど多くないです。ただ、この前後呂君と名古屋へ行ってますから、その関係じゃないでしょうか?」

暇名小五郎 「なるほど。有難うございます」

    戻って来た暇名探偵に、エレベーターのドアを固定しながら待っていた温対記者が聞いた。

  温対記者 「何かあったんですか?」

暇名小五郎 「いいえ。大したことじゃありません」

       この時点では、実際暇名探偵も事務局長の名古屋行きを、深く気に留めてはいなかったのである。

      【日本将棋連盟 会長室】

米中会長 「うむ。その手紙の文面を見る限り、挑戦状なのか悪戯なのか、まだ判然としないねえ。嘘矢倉のようなものかな」

     米中は、現役時代の得意戦法を引き合いに出した。

西村和義専務理事 「以前に1億円を要求してきた怪文書の人物と、同一人でしょうから、断ったことの腹いせではないでしょうかねえ」

    表情を変えずに、淡々とした口調が西村流だった。

 桜井登常務理事 「西村専務に同感です。悪戯の線が強いね」

    対照的に、豪快な発言をするのが桜井である。

淡路仁重理事 「うーん。僕はちょっと違うなあ。だってこの男が流儀書を持っているのは事実みたいやし、まんざらハッタリには見えませんけどなあ」

     やや慎重に、そしてとぼけた味をだすのが、淡路の個性だ。

 青野輝一常務理事 「たしかに、これから何か起こしそうな気がしますねえ」

      青野の良さは、さわやかなところだが、やや重みに欠けるところがあった。

  上野宏和理事 「手紙に書かれている<歩の流儀>というのも、気になります」

     若さが売り物の上野だが、手腕は未知数というところか。
 

青野輝一常務理事 「つまり、歩の流儀に反する行為をした棋士からは、制裁として何かを盗むと言ってるんだと思いますが、そうですよね暇名さん」

      青野は、名探偵に自分の考えを確認した。

暇名小五郎 「はい。そう読み取れます」

 西川敬二理事 「しかし、なぜ将棋連盟宛ではなく、暇名探偵に送りつけたんですかねえ?」

将棋と同じで、あまり華やかさはないが、堅実なところが西川の持ち味だ。

暇名小五郎 「文面を読むと、怪人60面相は既に将棋連盟が、私に調査の依頼をしたことを知っていて、牽制球を投げてきたんだと思います」

  米中会長 「だが、天下の名探偵に挑戦してくるとは、度胸がいいのか、頭が悪いのかだね」

温対記者 「でも、暇名さんに依頼したことが、どうしてわかったんですかねえ?」

この質問には、事務局の伊加職員が答えた。

伊加訓生職員 「それは自然にわかるはずです。理事や役員の方々はもちろん、連盟事務局や関係者、ほとんどの棋士や奨励会員まで、怪人60面相のことは知れ渡っています。人の口に戸は立てられませんからねえ」

     伊加の言うように、おそらく、伝染病のようなスピードで、噂は広まったのであろう。

  温対記者 「わかりました。それで、将棋連盟としては、何か対策を講じるのでしょうか?」

桜井登常務理事 「対策といったって、まだ何も起きてないんだし、手の打ちようがないよ」

     快活な桜井も、歯切れが悪かった。

暇名小五郎 「幸い、人殺しとかの物騒な話ではないので、何か起きるまで傍観しておくのも良いと思います。ただ、盗難の予告ですので、一応警察には届けておいたほうがいいでしょうね」

    暇名の忠告を受けて、米中会長は伊加職員に指示して、警察に注意を喚起するように申し入れることにした。
     暇名探偵と温対記者が、これから警視庁へ行くと聞いて、伊加職員も同行することになった。

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