歳三参る

将棋・一般の話題について、自由気ままに書いていきます。

「知に働けば角が立つ、情に棹させば流される」

士道覚悟でなくっちゃ、やってられんねぇー。

追記:上記は、スレを立てた者の投稿姿勢ですので、
   その限りという事で、レスされる方は、自由気ままにお書きください。

投稿者: 喝采 投稿日時: 金, 09/22/2017 - 16:47 categories [ ]

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ヒトP4.1

 どうもです。

>>(京極夏彦)ぺらぺらとページを繰り読みで、全く読む気にならなかった代物だった

 正直、読んでいないに等しいです(週刊誌の表題くらいは見たといった程度です)。
 上記は怪奇物の一つだかに関しての事です。

 読んでもいないものについてあれこれ言うのは、禁じ手でしたね。反省。

 

ヒト P4

酒仙様> 晶子の 君 死にたもうことなかれ の 弟 無事帰還 
大阪市立大学? で教壇に立ったのかな  (ヒト P3より)

ネト繰りました。鳳籌三郎と言う人ですね。兄の方が学者になったので、家業を継いだとか。昭19晶子と同じ63歳で亡くなった。

兄が学者ということで、ハッと思い出したのは、東大の電気工学の伝説的存在である鳳教授(親か祖父の方)。ド暇なときにその人物かどうか確かめまするが、多分間違いないでせう。日本の工学者の戦前の位置付けの一つの指標になる人で御座います(後述)。

そういえばウィキペディアに晶子は数学が良く出来たとある。鳳-テブナンの定理と言うのは、当時としてはべら棒に数学が出来ないと証明出来ぬもので御座いました。

[東大では鳳-テブナンの定理と呼び、日本の他の大学ではテブナン-鳳の定理と呼び、日本以外の大学では単にテブナンの定理と呼ぶ。]
         _____________

喝采様>(京極夏彦)ぺらぺらとページを繰り読みで、全く読む気にならなかった代物だった

確かに、ウィキペディアの経歴と作品リストを見たら、正統派インテリとは合う筈は有りませぬ。愚は子供の頃全く身近に感じなかった(前にも書いたように近所の子供たちは、北陸の地方都市なのに大いに教養が有って、路地でのチャンバラごっこで色々名乗り合っていた。)ので、ド暇なときに常識を身に付けようとして居た所、偶々週刊誌に連載が始まったので御座いました。

当否は知らず、歳三の一種凄絶なまでに現実を見据えた理知的な内面を、新選組の内ゲバから滅亡と本人の死まで、書き連ねているのが、面白かったので御座いますが、ま、先に司馬遼太郎の方を読んでみませう。

晶子P10.1

 おはようさんです。

>正確にはそうだったような。

 実は、米長暴露の前に、某氏のブログで、ある集まりで寅氏に出会った方がその件を、
寅氏の姓のイニシャルで書いていましたな。
 それもあって、小生、米長の暴露は本当臭いと感じました。

 寅氏自身が、本名の件は特に気にしていないかと、当初は思いましたが、
そうではないとわかって、小生も気を付けるようにしました。

>(蛇足) この辺が、喝采さんと(もしかしたら寅○さんマタは)愚との間で、時々起こる議論の食い違いの一因で御座いませう。

 それもあるかと思います。あとは、小生は寅氏の言を、瞬間、一応批判的に読みます。無批判に受け取ることはあまりないでしょう。
批判的に読んでも、最終的に同意する、あるいは書き手の持ち味という事で納得することも多いですが。

>基本的には寅○さんが言われる喝采さんの地頭の良さ、特に瞬間的な反射能力の表れなので御座いませう。

 本人としては、それは否定しておきます。地頭はごく普通。
将棋掲示板への書き込みについて、記憶に残っている量とか質が、ある件においては少し多い、
というのが真実だと思います。ひょっとしたら、将棋愛が、フマン氏より少し多いのかもしれませんね。

 実のところ、掲示板の書き手について、あれこれ批評(批判に限らず)するのは、小生はできるだけ避けようと考えています。
どうしても、上から目線と捉えられるし、所詮匿名なのですから。
 書かれた内容(書き手についてではなく)についての言葉のやりとりが掲示板の楽しさにつながると思います。
 すべからく、とまでは言いませんが(留保をつけておきましょう)。

晶子 P10  (※)

喝采様>芥川

それだと今昔物語が本命でせうが、全く思い当りませぬ。ま、ゆっくり探しませう。

>寅氏

正確にはそうだったような。(➡※)

>南青山氏

そうでした。この方は駒音を去るにあたり、特に愚に、いつか会うことが有ったらと書かれた。で、数か月後、それらしいビルに行ってみたことが有りまするが、会うところまではイタシマセンでした。

          ____________

※ 愚文は『と金TOKINNG09』(9/18/2017 - 20:29)「別荘・・・」の次の文章に基づいていました。 

寅○様>我慢ならんので、自ら暴露せざる得なくなっちゃったよね。

つまり米長暴露(ホームズまで)から寅○さんの公表までには、少し時間経過が有った。それを後年要約して回顧する場合には、読みようによっては、殆ど同時的に見える文章になることも有る。

(蛇足) この辺が、喝采さんと(もしかしたら寅○さんマタは)愚との間で、時々起こる議論の食い違いの一因で御座いませう。基本的には寅○さんが言われる喝采さんの地頭の良さ、特に瞬間的な反射能力の表れなので御座いませう。

晶子P9.1

 各位様

>今回の「おばあさん、おばあさん、・・・」は、

 ど暇の時にお調べください、では、木で・・・・。
失礼なので、ヒント一つ。芥川の作品にあります。

>寅○さんのように米長ブログで名指しされてやむを得ず実名を明かした人

 寅氏自身は、実名を明かしていなかったかと。米長の暴露を否定しなかったという認識でした。違ったかな?

>昔青山一丁目と言われたか、

 南青山氏の事ですね。寅さんは、そう解説していましたね。小生は裏はとっていないので、まあ、そんなものだろうな程度の認識ですが。

>鉄幹の歌で好きなのは われおの子 詩の子意気の子 つるぎの子 名の子恋の子 ああもだえの子

 よく覚えておられる。
 小生は、「イワシが大漁・・・・・」相田?氏の詩でしたか、あれが、ビビっときました。

晶子P9

喝采 さん
>>> 酒仙さんは博識だなぁー
違います ご勘弁を
 > 教授殿の学識の前には ひれ伏すのみです

>>> 小生、詩が苦手で
同様 なぜか詩人が一人おり 3年に1度くらい 詩集が届きます

昔のでは 古今がいいかな 百人一首などは 問題なし
かなり前ですが 岩波新書の アーロン収容所 かな
将棋も碁もあるのに 99首まで出てきて最後の一つが出てこない
そこで思い出した と ありましたが それが教養と感動しました

子規の うた詠みに与える書 多くの続編あり も参考になりました

鉄幹の歌で好きなのは
われおの子 詩の子意気の子 つるぎの子 名の子恋の子 ああもだえの子 
かな 少し間違いかも

今二人は 多磨霊園の 双翼塚 に眠ります

現代の歌人と言われる女性もおりますが 晶子とは 段違い と 思う
参考 千筋の黒髪 田辺聖子

>>> 正体をどうするのか
ま~ 適当でいいではありませんか
会いたければ 5月初めの ソフト選手権で 管理人さんを入れて 
川崎で 宴会を開けばいいことです
どこかで 越中さん 飲みましょうね

酔いながら 適当に書いてますので 細かな点は ご勘弁を

晶子 P8

喝采様>違いますなぁー。正体を勝手に想像しながら、掲示板を楽しむという事でやんす

それなら良かった。正体を知って欲しいという意味やも知れぬと思ったので御座います。

しかし、今回の「おばあさん、おばあさん、・・・」は、どういう意味で正体に繋がるのかな~。

>匿名掲示板で、敢えて自ら正体をひけらかしたり、実名で書いたりする方には、なんでそんなもったいないことするんだろうと、首を

隠伏度をどの辺に置くのが、掲示板上のお付き合いに手頃であるかは、結局書くことの内容に依って決まると思いまする。

寅○さんのように米長ブログで名指しされてやむを得ず実名を明かした人も居るし、愚のように身内の社会的活動への迷惑の波及(誇張でなく身体的危害も有りうる世界。)を恐れて管理人に土下座して謝って暴露を免れた者も居る。昔青山一丁目と言われたか、実名が漏れた後社会的活動を妨害するための執拗な攻撃の的になり去った人もある。

喝采さんは、寅○さんや愚よりも、安全で高い隠伏度を楽しんで居られるのは、優雅で結構なことで御座います。

晶子P7

 各位様

 酒仙さんは博識だなぁー。
やはり、能ある・・・だったか。

 小生、詩が苦手で、小学生の頃、詩を書けという授業があって、何度書いても
それは詩ではないと教師に言われ、ついにできなかった(実際は他人の作りを真似て提出したが)。
 今なら、では、先生何が詩で、何が詩ではないのか、小生に分かるようご教示ください、とか言っていたかな。
その教師には、嫌われるだろうなぁー。

>正体が知れるというのは、ネット上に実名か筆名が有るという意味で御座いますね。ヒントが足りませぬよ。

 違いますなぁー。正体を勝手に想像しながら、掲示板を楽しむという事でやんす。

 個人的には、匿名掲示板で、敢えて自ら正体をひけらかしたり、実名で書いたりする方には、なんでそんなもったいないことするんだろうと、
首をひねっています。

>>死んだ土方歳三よりは、生きている喝采様を理解するために、読む値打ちが有りそうで御座いますね。

 とのことでしたので、深読みしすぎましたか。誤解される(あるいは不適切)表現でしたか。
 

晶子 P6

喝采様>小生の正体が知れるかも

う~ん そう言われると知ったほうが付き合いやすくなるかな~。

この文章は、落語のような気がしまするが、どうも喝采さんの書くものに落語的な匂いはしませぬ。すると民話マタは童話や絵本ということになるけれども、著述家、マタは売文家だと、よくよくの魂胆が無ければ匿名掲示板に文字を書くなど馬鹿らしくてやって居られない筈。出版関係だとお堅さから教育系と言うことになりそうだけれども、リタイヤ後にしても、精神的余裕が有り過ぎる様子だし。

正体が知れるというのは、ネット上に実名か筆名が有るという意味で御座いますね。ヒントが足りませぬよ。

晶子P5

晶子ばかり出てくるので ひねり玉

山川冨美子 を お忘れなく < 鉄幹の愛人

それとなく 赤き花みな 友にゆずり そむきて泣きて さくら花折る
 > 友 = 晶子

彼女が亡くなった時
鉄幹の詩

夕べ 不忍池歩く で始まります
 > いいですなあ こうでなくては

注 うろ覚え 細かなミスはご勘弁を

晶子P4

 そういえば、晶子はそういう言葉を残していましたね。
全く失念していました。最初に目にした時は、そこから入っていたのに。

 小生の中では、放埓な男関係、ラディカリストという色に塗りつぶされていた。

 その後は、子孫が好きになれなかったし。

 小生は、漱石より芥川が断然好みですけど。直球だからかな。

 「おばあさん、あばあさん。お客様はお帰りだから、もうお泊りの用意はしなくていいよ」
 歩曼さん、こちらを探求した方が、小生の正体が知れるかも。どってことない正体だが。ど暇になられたら。
 

ヒトP2.1

 各位様。どうもです。

>グ~ンと歴史文学館にしてゆかなあかんのかな~。

 自由気ままにどうぞ。

>死んだ土方歳三よりは、生きている喝采様を理解するために、読む値打ちが有りそうで御座いますね。

 値打ちは、無いと思いますよ。世間知らずの10代の頃楽しんだというだけですので、その頃の小生を理解して何になるのかなぁー(豊田嬢風で)。

>「怪奇史観」とでも呼ぶべき京極が、

 実は読んだことはないのです。小生の好みのジャンルではあるが、ぺらぺらとページを繰り読みで、全く読む気にならなかった代物だったので。
 結構偏食、偏読なのです。

>其マタ蛇足  歴史上の人物を筆名にすることについては、選んだ理由が真面目で有ればあるほど、付き合いにくい人に感じそう。

 これは、小生も同意します。小生、人間をそれほど信頼できないので。
 遊び心が大切ですね。

晶子 P3  (付)漱石

おしまいなはんしたか

みなかみ様>よく無事にすんだものです

1904年(明37)、言うまでも無く日露開戦の年。愚が知ったのは、高校(新制)の歴史だと思うから、戦後の民主主義教育が普通に落ち着いた時代だったので、無事に済んだことに、左程思いをイタシマセンでした。(むしろ今の政治でひしひしと思う。)

1904の大町桂月の非難が凄まじい。

●桂月「乱臣なり賊子なり、国家の刑罰を加ふべき罪人なりと絶叫せざるを得ざるものなり」

順序は逆だが、

●晶子「桂月様たいさう危険なる思想と仰せられ候へど、当節のやうに死ねよ死ねよと申し候こと、またなにごとにも忠君愛国の文字や、畏おほき教育御勅語などを引きて論ずることの流行は、この方かへつて危険と申すものに候はずや」

この下に、次の記述有り。

●日露戦争当時は満州事変後の昭和の戦争の時期ほど言論弾圧が厳しかったわけではなく(中略)らにも戦争を嘆く詩を垣間見ることができる。

(以上ウィキペディア 与謝野晶子)
         _____________

酒仙様>昭和でしたら 即座に ブタ箱行

東條政権に虐殺されていたやも知れませぬよ。

上述のウィキペディアによれば、1942(昭17 同年63歳にて没)には、全く逆の歌を発表している。1910(明43)年の歌や第一次大戦の詩を引用しつつ、反戦歌人として一貫していたわけでないとさらっと書かれているが、徐々に内面の姿勢が変わったことは有るにしても、身の危険を感じ続けていたに違いない。

(蛇足) 今の安倍政権のやり方だと、晶子は相当に迫害されるでせうね。桂月に代わる筆頭論難者は櫻井よしこ氏ら。

蛇足の蛇足 それにしても明治時代は、今より権力者の度量が大きかったのか?

其マタ蛇足  なおここで人気が有る漱石先生、同じウィキペディアの中に、次のように出てくるのが印象的で御座います。

1911年(明44)文部省と内務省が文芸作品の顕彰と称し、諮問機関・文芸委員会を作ったことに対し、晶子は「栄太郎 東助といふ 大臣は 文学をしらず あはれなるかな」と皮肉に満ちて批判的な歌を作っている。文芸委員会に対しては、夏目漱石も「最も不愉快な方法で行政上に都合のいい作品のみを奨励するのが見えすいている」と言っている。

更なる蛇足 今、日本には真の知的で信念が有る大物が居ないのだろうか?

御仕舞いの蛇足 大逆事件が1910であることを思えば、桂月は晶子の死刑を主張していたと同じ。逆に晶子の変節的行動は身を守るためだったと見るべき。

晶子 P2

>>> よく無事にすんだものです
同感です 
昭和でしたら 即座に ブタ箱行

晶子

 私の従妹に晶子がいます。与謝野晶子にちなんで命名したそうです。その有名な詩の第3節は
   君死にたまふことなかれ、
   すめらみことは、戰ひに
   おほみづからは出でまさね、
なのです。よく無事にすんだものです。
http://www.geocities.jp/sybrma/62yosanoakiko.shi.html

ヒト P3

>>> 乃木愚将論
小生的には 賛成しておりまする
語学をよくしても 軍人としての才能は別
203高地にしても 源太郎のヘルプでとれたようなもの
頂上には 砲弾で作ったロケット型の記念碑 10M位か があります

先年行きました折には 花を手向けました

小説を読んだときは 湾は目の前にあるように感じましたが 実際には 8KM程先でした

そうそう 晶子の 君 死にたもうことなかれ の 弟 無事帰還 
大阪市立大学? で教壇に立ったのかな

ヒト P2 (表敬)

おはようございます

グ~ンと歴史文学館にしてゆかなあかんのかな~。

喝采様>司馬遼の小説に描かれた「歳三」が好み

死んだ土方歳三よりは、生きている喝采様を理解するために、読む値打ちが有りそうで御座いますね。ただ何かと忙しいので、新しい課題は、仕分け中。

>京極よりは、司馬遼の方が遙かに格調が高い

司馬と並んで水木しげるが文化功労者になったが、「妖怪史観」と言う言葉は無いから「怪奇史観」とでも呼ぶべき京極が、芸術院会員になったり文化勲章を受けることは無かろう。しかし存外本質の一端を的確に射抜くこと無しとしない。

なおこれらの制度がいつ導入されたかは知らぬが、「幻想怪奇派」(本家なれど元祖か否かは知らず。)の江戸川乱歩は紫綬褒章、勲三等瑞宝章(1965追贈。享年70)を受賞している。

>ヒト殺しという括りでは、、東郷平八郎、山本五十六、西郷隆盛など枚挙に暇無し

殺した人数で言えば、新選組全部合わせても、正規軍人と比べたら微々たるもの。土方は辻斬りでないから、せいぜいで数十人しか殺していないのではないか? 新選組お得意の内ゲバ・粛清となると十人斬ったか?

ということは、京極の創作意図は、何か別の所に有るのだろう。
         _____________

酒仙様>坂の上の雲 数年前のNHK TV あれはひどかった

司馬遼太郎初漫画化『幕末桜田門外の変』森秀樹(週刊文春連載中)の方がもっとひどいと思うけれども、劇画を「格調」が最も低いものとする愚の偏見か、センスの欠落に依るやも知れませぬ。

>遼太郎は 坂の上の雲のTV化 を 生前 認めてませんでした どうやっても軍国主義になるからと

上の軍人の評価とも関連するけれども、司馬の(『殉死』と)『坂の上の雲』による「乃木愚将論」(203高地の日本側戦死者は約2500人。)に対する、旧長州閥(~自衛隊)に依るものか、軍事史的な史実と違うという組織的であるかとさえ見える強烈な批判にも原因が有るやも知れませぬ。

愚は、乃木愚将説はよくは知りませぬが、司馬説の影響を受けた評論家のエッセイか何かで、何でわざわざ自刃の日に、広く公開されることをアザトく計算したような夫婦の写真を撮ったのかという指摘が有ったのを、そう言われてみるとそうだなと思い、明治以後軍閥政府らによって「創作された」偉人像の一例に数えて居まする。

(蛇足) 実は、と言うのも変ですが、愚は幕末明治の偉人と言うものに、相当な「粉飾」が有ったことを知り始めてから、近年は更に新資料が発掘されたりマタは史学者が以前から知っていて隠蔽していたことを白状し始めたことから、むしろ多くの偉人については最初から「愚民教育のための作為・虚飾」が行われたのではないかと疑うようになりました。

ま、時代を広げて、紫式部から山本五十六まで、天才マタは軍神では有っても神ではなかったのは、目を覚まして見れば当たり前で御座いますが。

蛇足の蛇足 新選組となると偉人とまでは持ち上げられてはおりませぬが、或る時代から子供の間で大人気になった。新京極で中高生の修学旅行のお土産に「誠グッズ」が氾濫するようになったのは、司馬作品のせいやも知れぬが、愚が子供だったのはその前なので、因果関係が分からぬので御座います。(戦前の鞍馬天狗までは遡りませぬ。愚は殆ど観たことが無いけれども紙芝居の時代のヒーローだったのだろうか?) 

  (喝采様) フマン氏は歴史上の人物、土方歳三嫌いのように感じた。

  土方歳三以前に、新選組が好きな子供たちと、チャンバラごっこをしなかったから。

其マタ蛇足  歴史上の人物を筆名にすることについては、選んだ理由が真面目で有ればあるほど、付き合いにくい人に感じそう。

更なる蛇足 司馬遼太郎も「偉人」になりつつありまする。

漱石 4.3

>横溝正史と西村寿行

 横溝、今思うと、あの時代あれらを書いたのだから、すごいことですね。
 西村、『金狼』(風吹ジュンで映画化?)でしたか、あと何冊か読んだ覚えが。

>学生時代に三国志のTVゲーム~PCゲームに嵌ってしまい、

 南9段もハマってしまった口とか。それで将棋がだめになったとか。嘘か真か知りませんが。

 PC88で出た時には、驚愕でしたね。あの頃のコーエーは、すごかった。今はバグだらけで発売、まったく魅力がなくなったようです。

 小生は孫堅、姜維が好きでしたね。小説も柴錬ともう一人、度忘れしましたが、2種類読みました。
 黄忠も。南蛮の大王?とかもよかったなぁー。

 JCさんには、長くお世話になりました。歩曼さんのところは、力作ぞろいでしたが、切れ切れになってしまうのが難点でした。

司馬遼小説P4.1

>うろ覚えですが 家康に 掛川城を 差し出したのは 

 そうでしたね。覚悟のほどを見せたとか。博打を打った、勝ち馬に高く売った、どういう心境だったのかなぁー。
 福岡の鳩山候補みたい?!

>国盗り物語 覇王の家 竜馬が行く 等々 あの時代のサラリーマンにマッチしてましたね

 『国盗り』ありましたね。高橋幸二の信長だったか?迫力あったように覚えています。マムシがよく書かれ過ぎているなと、感心した覚えも。

漱石 4.2

喝采さん、こんにちは。

「歳三」についてお答えいただきありがとうございました。 私は、由来は存知ませんでしたが、歩曼さんのところとJCさんのところでHNを拝見したことがありました。 ROMだったし、もちろん喝采さんのことだとは存じませんでした。

私は・・・ ゲスな本しか読んだことが無い。 横溝正史と西村寿行(漢字?)はほぼ全部読みました。 横溝シリーズでは主人公と犯人の名前を覚えておくのが得意でしたが、ほとんど忘れてしまいました。

日本の戦国武将もいいけど、学生時代に三国志のTVゲーム~PCゲームに嵌ってしまい、中国の武将を良く調べました。 張飛が好きかな。 実は呂布や董卓も好きだなぁ。

司馬遼小説P4

>>> 山内一豊の妻、千代でしたか
お万 と いう説もあるようです 

うろ覚えですが 家康に 掛川城を 差し出したのは かなりの才覚

国盗り物語 覇王の家 竜馬が行く 等々 あの時代のサラリーマンにマッチしてましたね

司馬遼小説P3.1

 なんか、司馬遼が腹いっぱい詰まっている風。

 『箱根の坂』もよかったなぁー。伊勢の鞍作りから、戦国大名の草分けに。
 風景、空海か?
 『梟の城』もあったか。
 『関ケ原』は、そのものだなぁー。

 モンゴルの大草原もいかが。

 湯川のおばはんが、行ったことあるという事だけど、話に出たことはない?

司馬遼小説P3

上野城から鍵屋の辻を通り御斎峠を越え、宇治田原から伏見稲荷、
そして四条河原を通り、室町から近江関ヶ原を踏み、富士を仰ぎ見、箱根の坂へ。 
日野の空は高くて広い。

司馬を通して見る風景を肌で感じることが、私の旅。

司馬遼小説P2.1

 山内一豊の妻、千代でしたか。
 へそくりして、夫の出世のチャンスに馬を買ってアシスト。
 この逸話の方は、読む以前に知っていた。
 内助の功というより、主婦礼賛の気が。

司馬遼小説 P2

>>> 『功名が辻』『龍馬が行く』
小説的には 功名が辻 が 好きかな

>>> TVになると
ま~ プロヂュサーの 技量でしょう  
でもね 遼太郎は 坂の上の雲のTV化 を 生前 認めてませんでした 
どうやっても軍国主義になるからと
みどりさん なぜOKしたのだろう と 今でも不思議

司馬遼小説

> 司馬遼の小説 一番好きなのは 坂の上の雲

 読んでいないのです。

 TVになると、ひどくなるのとより良く感じるのと両方ありますね。

 一番最初は、『功名が辻』。次が『龍馬が行く』でしたか。生徒の時代に。

 その後、『果心居士』だったか。「韃靼」ものも面白かったように。司馬遼がモンゴル語学科出身のせいもあるかな、雰囲気が出ていたように。

ヒト0.2

>>> 司馬遼の小説

一番好きなのは 坂の上の雲

数年前のNHK TV あれはひどかった

ヒト0.1

 お今晩は。

 小生、何度か書いているので、ご存知の通り、司馬遼の小説に描かれた「歳三」が好みなので。
 京極よりは、司馬遼の方が遙かに格調が高いかな。

 ヒト殺しという括りでは、、東郷平八郎、山本五十六、西郷隆盛など枚挙に暇無しのような気が。

漱石4.1

越さん。どうぞどうぞ。
これまで同様、気ままに、酔っぱらってどうぞ(余計な一言?気ままだから)。

質問の回答ですが。かなり以前、書いたことがありますが、「歳三」は、JCさんのところでの小生のHN。

その当時、フマン氏に由来を尋ねられ。その時に司馬遼の『燃えよ剣』のTVドラマ(最初の方)での歳三役、栗塚旭がかっこよかったと説明した。
小生若かりし頃、新撰組ファンのニョショウが職場におり、京都に行ったり、東京下町の新撰組研究会もどき?に通っていた。そんな縁もあったり。

想像だが、フマン氏は歴史上の人物、土方歳三嫌いのように感じた。蓼食う虫も好き好き。

 小生は、歴史上の人物、土方歳三については、よく知らないので、評価は保留している。

 小生の「歳三」使いとは、関係ないんですがね。

漱石3.2

>>> 熊本に?
いましたよ
どれくらい いたかなど調べてませんが

そう言えば 西郷さんも上京の折 ちょっとだけいました 笑

鹿児島の友人には言うのです 東京へ行く時は 俺に言え
出ないと 通さない と 大笑

漱石3.1

ラフカディオ・ハーンも、松江だけでなく、熊本に?
何か怪談でもありましたか。

うらやましい

AV 5-60本 出演 消防副士長 を 停職

いい思い したんだろうなあ

小生には 声かからず 涙

ヒトごろし

3、4か月前に終わったばかりだが、題名も週刊新潮だったことも京極夏彦だったことも思い出せなかったけれども、土方歳三の内面(怜悧で虚無的な殺人狂。なお沖田は単に頭が空っぽの殺人狂。)を描いた内容は面白かった。

但し、それを確認するために検索して見つかったサイト
http://blog.livedoor.jp/shibainuryou/archives/52043900.html

にかかれている感想には、愚は殆ど付き合えませぬ。

特に、このブログ著者が佳境と言っている近藤との別れなど、正しい指摘やも知れませぬが、愚はそもそも愚かな近藤(小説の中で自認している。)に全く興味が無いせいか、この辺から先は大して面白いと思うことは有りませんでした。

漱石4

喝采さん、こんばんは。

スレ建て、おめでとうございます。 「自由に書ける」なんていいですね。 たまには参加させていただきます。

酒仙さん、こんばんは。

漱石をしっかり調べていませんが、150年と言ったらちょうど1867年? 1年くらいズレるのかな。 「一夜虚しく江戸幕府滅ぶ」と覚えました。

喝采さん、質問です。 「歳三」って何か意味があるのですか?

助六、は引退した・一線を退いた者が名のる名前である、と聞いたことがあります。

漱石3

漱石は 市内で 2-3回引越ししたようで その借家が どこかに書かれてます
妻の 鏡子を 駅に出迎えたとか いろいろあります

小泉八雲 も いたので 借家等は同様
あとは 横井小楠かな 

漱石2

そういえば、どこかの区が記念館を作ったそうですね。
新宿だったかなぁー。

しばらくブームが来る予感。

元組織暴力団員の妻(閣僚)【喝】

 『文春』(週刊文春)をちら見したが、なぜ籍を入れたのか?!。それも比較的最近。

 その前の議員との時は、事実婚で籍は入れていなかったそうな。

 更正への慈善(犠牲)的行為だったと、柄にもない忖度をしたところで、
 自身の立場(議員)をわきまえない軽率な判断だったろう。ハマコーの時代と時代が違う。

 雄雌由来と捉えてよいのかどうか(これまでの不倫スキャンダル問題とは、構造が違うだろうが)。
 誉田の小説の女デカ(TVドラマでは竹内結子が演じた)のケースを思い出した。

 小池・野田提携、秒殺(週刊誌の見出し)の要因だったのか。

 ワイドショーが追うのか(まだ総選挙は確定していない)、TV局評価のポイントにもなるかな。
 
 資産公開から『文春』が、引っ張り出したネタなのか、どうか。
 小渕を「ホウムッタ」線と同様なのか、どうか。
 正体不明だが、なんとなく臭う気がする。
 

漱石

共和国の 第5高等学校で 英語を教えました
市内に 自宅が数軒

没後 150年かな 何か祭りがあるようです 友人が数名 委員会に参加中

はい2

どうぞどうぞ。歓迎です。

はい

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