蹴球8日制

かつてボランティアで母校(高校)サッカー部の監督を務めていた
青年が書いていた『蹴球7日制』というメルマガがありました。数年
間続き、日々の練習風景や選手集め(監督自ら中学生をスカウトした
こともあり!)、試合での泣き笑いなど、文の上手さもあって大変面
白い読み物でしたが、彼の下で1年生として入部し後に3年生となり
キャプテンを務めた選手が卒業してセミプロチームに入ったあたりで
突然連載が中断し結局そのまま廃刊となってしまいました。

今「蹴球7日制」でググるとブログなどいくつものサイトがヒットし
ますが、どれもかつてのメルマガ『蹴球7日制』とは別の物です。

今回そのメルマガ『蹴球7日制』へのノスタルジーと、「7日では足らん
ぞ、8日だあ!」という内なる声に押され、「蹴球8日制」なるスレッド
を起こすことにしました。サッカーに関するアレコレを書いて行くつ
もりですし、皆さんもうんちく、エピソードいろいろ自由にお書きくだ
さい。

また「蹴球」とは銘打っているものの、他のスポーツでもいっこうに
かまいません。

投稿者: よこやり賀茂 投稿日時: 木, 08/13/2015 - 14:29 categories [ ]

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サッカーに関するちょっとマニアックな問題 P3

ちょっとマニアック過ぎましたね。ではヒントの意味で
問題文をちょっと変更します。

北海道では「いも」と呼ばれ、関東では「XXXX」と呼ばれ、
関西では「どんこ」と呼ばれています。これは何でしょう?

サッカーに関するちょっとマニアックな問題 P2

「サッカー きのこ」で検索すれば取っ掛かりが見えますね...多分これで方向は正しいと思います。

これも愉快...
http://www.nikkansports.com/sports/news/photonews_nsInc_p-sp-tp0-2011081...

サッカーに関するちょっとマニアックな問題

北海道では「植物の根/茎」、関東では「フルーツの缶詰」、関西では
「きのこ」・・・これは何でしょう?

今回はネット検索の達人である管理人さんを意識して、検索ではなか
なか分からないであろう問題にしました。因みにサッカー経験者なら
即答できる(かもしれない)問題です。
なお「サッカーに関する・・・」としましたが、厳密には「サッカーにも
関係する・・・」の方が正しいかもしれません。

最速の二人(可変)で競う球技は何でしょう? P7

ハイアライですか。
初めて聞く競技です。世にはいろんな競技があるんですね。

最速の二人(可変)で競う球技は何でしょう? P6

手具を用いるスポーツだろうというのは分かったのですが、そこから
先は・・・。バドミントンははたして「球技」なのかという点がちょっ
と引っ掛かったところ。

で、ヒントを読んで分かりました。

答えは「ハイアライ」

実際に見たことはありませんがテレビで紹介されたことがあり、また
YouTubeでも映像を見ることができます。

https://www.youtube.com/watch?v=TgAAcB5erSk

球速は300km/h以上だそうです。

最速の二人(可変)で競う球技は何でしょう? P5

>私の知る限りでも頭文字”B”の競技しか思い浮かびません。

...ではありません。

調べたら選手数は 可変 でした。

『一般的に8人(シングルス)または8組(ダブルス)によってラウンドロビン方式で行われ、7点または9点を先取した選手/組が勝利する。ダブルスの各チームは、前衛と後衛のふたりの選手からなり、一方のチームの前衛の選手がサーブを打つことで試合が始まる。それぞれの点の勝者がコートに残り、順番で決められた次のチームと対戦する。敗者はコートから去り、次の順番まで待機する。』

...テニス、ピンポンみたいな感じですね。

最速の二人で競う球技は何でしょう? P4

私の知る限りでも頭文字”B”の競技しか思い浮かびません。

最速の二人で競う球技は何でしょう? P3

最速 = 球の速度が最速...です。

最速の二人で競う球技は何でしょう? P2

「最速の」と言う形容詞がついているが、その意味がわからない。2人で争う球技にはテニス、バトミントン、卓球があるが「最速の」に該当しない。

それとも頭文字"B"の競技か!

最速の二人で競う球技は何でしょう?

...これ意外に難しいかもしれない。

一人ならゴルフね。

何処かで見たトリビアを P11

たかが50年前のことなのにこれ程苦労するとは思わなんだ...

http://www.adi-files.com/adidas-data/history-of-adidas-soccer-balls.html
http://www.adi-files.com/adidas-keyword/molten.html

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アディダス仏が1963年にテルスター ELASTを発売

アディダスは1963年に切頂二十面体の白黒サッカーボール"テルスター ELAST"を発売します。

おそらくサッカーボールの歴史の中で、切頂二十面体で且つ白黒のカラーにしたのはアディダスが世界初だと思われます。そして、このサッカーボールデザインは後に世界的に主流となっていきます。
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モルテンが白黒の亀甲型サッカーボールを発売(1966年)

モルテンは1966年に日本国内で初めてとなる白黒の亀甲型サッカーボールを発売します。この白黒の亀甲デザインは、後にサッカーボールの定番デザインとなりますが、日本国内においてはモルテンが普及させました。

ちなみにアディダスは1963年に白黒の亀甲型サッカーボールを発売しています。
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...この二つを付き合わせると、ど~も 

モルテンが発案・開発 ⇒ Adidasが(モルテンから何らかの協力を得て)切頂二十面体の白黒サッカーボールを製造

...の説は怪しいです。

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賀茂様の年表に合併すると...

1947年:エイジル・ニールセンがSelect Sport社を設立。
1961年:モルテン社の営業マンが欧州に「五角形と六角形を組み合わせたボールがある」ということを知る。
1961年:モルテン社が、アルキメデス立体の1つである切頂二十面体を応用して新式ボールのデザインを意匠登録。
1962年:エイジル・ニールセンが切頂二十面体のサッカーボールを考案。
1962年:モルテン社が亀甲型ハンドボールを発売。
1963年:アディダス仏がテルスター ELASTを発売
1964年:モルテン社の営業マンがハンガリーユニバーシアードで「亀甲型のカラーボール」を発見。
1965年:モルテン社が白黒亀甲型のボールを開発し、実用新案権を取得。
1966年:モルテンが白黒の亀甲型サッカーボールを発売
1968年:アディダス製「Telstar Elast」が欧州選手権で使用される。
1970年:アディダス製「Telstar」がW杯メキシコ大会で公式球として使用される。

...これから導きだされる妥当な解釈は...

①アディダスのテルスターの開発・製造に対し、当時のモルテン社の関与は無かったであろう
②だが、モルテン社は同時期に別過程を経て同様・同等のデザインに到達
③ネットで散見される 『モルテン社が開発⇒アディダスが採用⇒世界中に拡散』説 は勘違い

...だと思われますが?

>ユニフォームの名前表記はどうなるのか

そーいえば、サッカーにユニフォームには背番号は無かったのネ。

要らぬ心配

・・・かも知れないけど、武藤(マインツ)と武藤(浦和)が来月の
W杯予選で同時に代表に呼ばれたらユニフォームの名前表記はどうなる
のか。通常同じ苗字の選手が2人いるときは名のイニシャルを使って区
別する。だけど今度の場合、武藤は2人ともイニシャルがY(「よしの
り」と「ゆうき」)。これじゃ区別がつかない。

となるとかつての「中田」のケースのように、一方を苗字単独にする
か・・・つまり「Muto」と「Y. Muto」。その場合、どっちが「Muto」
になるのか。

「中田」のケースでは、後輩の中田浩二が先輩中田英寿に敬意を表して
「K. Nakata」とした(中田英寿は単に「Nakata」)。しかし今回は
代表歴では武藤(マインツ)が先輩で、年齢では武藤(浦和)の方が上。
うーん、武藤(マインツ)=「Muto」、武藤(浦和)=「Y. Muto」
と予想してみる。

何処かで見たトリビアを P10

実は「弁理士会の文献」は早い段階で見つけていました。が、情報が英語サイトに
比べてあまりに少ないのと、記述が今ひとつ明確でないため特に言及しませんでした。
もうひとつの「サッカーボールの進化」というブログは、「タンゴ」が1978年W杯
アルゼンチン大会の公式球であることを考えるとちょっと疑問です。

これまで管理人さんが紹介してくださったサイト等から以下の年表を作ってみました。
「ニールセンの切頂二十面体ボール」が1962年であるのに対し、モルテンの営業マン
が「欧州に五角形と六角形を組み合わせたボール」があることを聞いたのが1961年で
あることから、この話しを信じるとすると「ニールセンの切頂二十面体ボール」以前に、
「五角形と六角形を組み合わせたボール」が欧州に存在したことになりますね。

またアディダス「テルスター」は当初欧州で生産されていたようですので、モルテンは
その頃無関係だった・・・となると、アディダスはどういう経緯で「テルスター」を開
発するに至ったかが問題になります。Select社と関係があったのでしょうか。

確かに闇は深くなるばかり・・・今度時間があったらモルテンに質問してみましょうか。

1947年:エイジル・ニールセンがSelect Sport社を設立。
1961年:モルテン社の営業マンが欧州に「五角形と六角形を組み合わせたボールがある」
    ということを知る。
1961年:モルテン社が、アルキメデス立体の1つである切頂二十面体を応用して新式ボー
    ルのデザインを意匠登録。
1962年:エイジル・ニールセンが切頂二十面体のサッカーボールを考案。
1962年:モルテン社が亀甲型ハンドボールを発売。
1964年:モルテン社の営業マンがハンガリーユニバーシアードで「亀甲型のカラーボール」
    を発見。
1965年:モルテン社が白黒亀甲型のボールを開発し、実用新案権を取得。
1968年:アディダス製「Telstar Elast」が欧州選手権で使用される。
1970年:アディダス製「Telstar」がW杯メキシコ大会で公式球として使用される。

何処かで見たトリビアを P9

使用キーワードは 切頂二十面体 です。
で、Wikipediaにこの立方体に関する情報がありますので 辺 の数が答えとなりまする。

-----

...で、突然ですがサッカーボールの 白黒パターン に関する文献を発見!
日本弁理士会のサイトからです。

http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/happyon/pdf/vol6/06_05.pdf

...これが正しいならやっぱり 白黒パターンはモルテン社由来 になるのかな?
真実はまた闇の中に隠れてしまいましたのう。

更にもう一つ...

http://blogs.yahoo.co.jp/grande_ac_milan/41742603.html

何処かで見たトリビアを P8

「サッカー縫目」かな?これで一応正解にたどり着けます。

ところでこの問題の答えですが、「テルスター=モルテン開発&アディダス販売」
と同じ様に賀茂は知っていました。ところがどのようにして知ることになったのか
が(両方とも)分かりません。おそらく雑誌で読んだか、サッカー仲間の会話で聞
かされたのだと思いますが・・・。

人間、多少とも長く生きていると如何なる経緯で獲得したのかが分からない知識が
増えてきて、それが正しければいいのですが今回の白黒サッカーボールの起源のよ
うに間違っていた場合、単に恥をかくだけでなく(ある意味、恥などは大した問題
ではありません)、何らかの問題、損害を引き起こすのではないかと不安になります。

何処かで見たトリビアを P7

>縫い目(縫い合わせた箇所)は何本あるでしょうか。

...は、グーグル検索一発で回答に到達するのですが(消費時間5秒)、さてここで問題です。我は何のキーワードで探索したでしょう?(笑)

『サッカーボールの縫い目の数』は模範解答ですが、ものぐさな我はもっと簡単にこのページ内からのコピペで済ませました...6文字です。

何処かで見たトリビアを P6 そして新問題

管理人さん

>最後のダメ押し

いやダメを押されなくとも、P3の記述だけで2014年W杯のブラジル1-7ドイツ戦
のように前半で戦意喪失、負けは決まってました。

今回自分でもサッカーボールの歴史について調べて新たに分かったことがいろいろ
ありました。なかでも、長いことW杯ではフランス製のボールを使っていたという
のが面白かったですね。FIFAの設立でフランスが大きな役割を果たし初代会長が
フランス人であったことや、そのFIFAの大きな目標であった「サッカーの世界大会」
(=ワールドカップ)の実現に当時のFIFA会長ジュール・リメが尽力したこと
などFIFAやW杯がらみでのフランスの存在の大きさを考えると、フランス人の意地と
「創業者権益」意識みたいなものを感じました。

では、ここで新たなトリビア問題をひとつ。

五角形12個、六角形20個を組み合わせたあの白黒模様のサッカーボール(商品名
「テルスター」など)の縫い目(縫い合わせた箇所)は何本あるでしょうか。
頭の中でボールをひっくり返して調べるのもあり、数式を考案してもよし、スポーツ
用品店に行って実物を手に取り数えるのもあり。ただ数えると云っても一筋縄では
行きませんよ。

ラグビー

9月にラグビーWカップが行われるが、昨日15日に東京秩父宮ラグビー場で日本代表の壮行試合があった。相手は世界選抜。

秩父宮ラグビー場の収容人員が約2万人。昨日の入場者は12740人。一番ラグビーファンがいる東京のど真ん中での日本代表の試合でこの数字。。もちろん地上波でのテレビ中継もなかった。サッカーの壮行試合ならば、全国何処でおこなっても満員になるであろう。

4年後の日本でのラグビーWカップは、2002年のサッカーWカップ用に建設したスタジアムを使うのであろう。それで全国で試合がおこなわれる。今まで高校生以外のラグビーの試合がおこなわれたことがない地域でもWカップの試合がおこなわれる。例えば昨日の試合を新潟、大分または宮城で行われたと仮定すると、1000人か2000人ぐらいの観衆だったであろう。

本番ではどうなるのか。ガラガラなスタンドで、日本は大恥をかくのではないか。奥の手を使って大量の無料券をばらまけば、少しは客が入るかもしれないが、お金を出して券を買った人はバカを見る。

小生ラグビーの試合を年に数試合みるが、4年後券を買ってラグビーWカップは見ない。多分主催者は券をばらまくであろうから。

何処かで見たトリビアを P5

>ただ手元の資料には「Official ball=公式球」という表現はありません。

http://www.soccerballworld.com/Telstar.htm
http://www.soccerballworld.com/HistoryWCBalls.htm
http://quality.fifa.com/en/Footballs/Football-facts/The-footballs-during...

歴代のワールドカップの『公式ボール』は上記のリンクよりです。

1970年の白黒ボール(Official World Cup Mexico = メキシコ ワールドカップ 公式)が 「公式ボール」 のマークの始まりの模様ですね。

P3で書いた我説を誤解のないようまとめると...

①20面体の形状は Eigil Nielson が発案
②白黒の塗り分けは Adidas の意匠

...となります。

ワールドカップ使用のボールについては更に詳しいサイトを発見しました。

http://worldcupballs.info/world-cup-balls/1970-mexico/adidas-telstar-dur...

”THE CHILE BALLS

At the conference in Mexico City on January 1970, along with the Telstar, Adidas introduced two other single coloured balls: one completely white and one completely orange; both were denominated “Chile”. Just like the Telstar, the two single coloured balls were also made of 20 hexagonal and 12 pentagonal panels sewn by hand and their interior was a modern air chamber made of latex rubber. However, the „Durlast” plastic film was not applied on these two balls. They were made of leather with a plastic treatment, making them more resistant and durable, suitable for hard and dry terrain. They were labelled „Elast” in reference to the membrane coating which was applied to the surface and they were much harder than the Telstar balls, which were softer due to the Durlast film protection they had. Adidas created these two balls in commemoration of the 1962 World Cup and called them „Chile” for this reason. During the Mexican World Cup the orange Chile was used in the quarter final match between Germany and England, whilst the white Chile ball was used during the first 23 minutes of the famous semi-final between Italy and Germany. It was replaced during the match because it deflated.”

((要約))

Adidas は白黒ボールの他に二つの一色ボール(白・オレンジ)を発表。

オレンジ色ボールは準々決勝(ドイツ 対 イギリス)で使用
白色ボールは準決勝(イタリア 対 ドイツ)で23分使用...試合中萎んでしまったので交換されました。

”BALLS USED IN THE WORLD CUP

For most of the 32 matches during the 1970 World Cup, the black and white Telstar ball was mainly used, while the Elast balls were the alternative, substitute pair. Very few games were played with the white Chile (perhaps only two), while the orange Chile ball was used at least in five matches. For some reason only the white Chile model was advertised and shown in catalogues, while the orange model was never sold on the market, this is why it is the most rare adidas ball ever. The regular black and white Telstar Durlast ball was the most heavily advertised ball and therefore it was sold in the highest volume.

Adidas provided a total of 500 anonymous balls (so no print branding / text on them) for the 1970 World Cup, all manufactured in France. The balls were distributed as follows : 300 Telstar, 100 white Chile, and 100 orange Chile. The 500 balls were destined for the 5 Mexican stadiums, in proportionate quantities to the number of matches that each stadium would host and they were only supplied for official match use. Balls with print were available from sports stores and the players could use these during training sessions.

At the time of the Mexican World Cup, there were different companies in the world who manufactured Adidas footballs under license. Normally, the models considered as “official” were the ones produced in France or Spain; but only the ones made in France were destined for the World Cup. This practice continued until the 1994 World Cup. After this tournament, Adidas footballs were produced first in Morocco, and later in Asia (Pakistan, Thailand, Korea, etc.).”

((要約))

ワールドカップ32試合で主に使用されたのは 白黒ボール でした。
白色ボールは2試合程度、オレンジ色ボールは5試合以上使用されました。

(ここからがモルテン社説を轟沈する核心部分です)

Adidas はロゴ無しのボールを500(白黒300、白100、オレンジ100)を1970年のワールドカップに提供。ボールはフランスで製造されました。

メキシコワールドカップ当時、世界各地でAdidasからライセンスを受けたボールを製造。フランスとスペインで製造されたものが 公式 とされました。

ワールドカップ用のボールは1994年までフランスで製造されたもののみを使用。

--------

http://www.soccerballworld.com/Telstar.htm

According to Francisco: "The Telstar balls with NO marks or logos were made EXCLUSIVELY for the matches of the world cup... This ball was a gift from the organization committee of the world cup to a radio journalist in Mexico city.

探索中に分かりましたが(少なくとも1970年当時)、ワールドカップ 公式ボール ≠ 試合使用ボール でした。
両ボールの 型 は同一ですが、試合使用ボールは色以外 無地 です。

上記リンクのページにある衛星画像の下にあるボールがそれです。

--------

最後のダメ押し

http://www.molten.co.jp/corporate/jp/about/history/index.html

モルテン社の社史ページ発見!!

1959年(昭和34年) 2月 第1号ボール完成、スポーツ事業に参入
1962年(昭和37年) 10月 日本ハンドボール協会より検定球として認められる
1973年(昭和48年) 6月 国際サッカー連盟(FIFA)より認定球として認められる
1975年(昭和50年) 5月 国際ハンドボール連盟(IHF)より公認球として認められる
1979年(昭和54年) 5月 アディダス社とタンゴサッカーボールに関し、ライセンス契約締結

...これではど~考えても1960年代にワールドカップ使用のボールを製造できたとは思えませんです。

何処かで見たトリビアを P4

>我の調べとは少々異なりますな。

ホントにまったく違いますね。しかし紹介されているサイトから判断すると
管理人さんの説の方が正しいような気がします。

「テルスター=モルテン開発&アディダス販売」というのが固定観念になっ
ていたので、P2に書いた事をまったく疑いもしませんでした。これはちょっ
と調べてみたいと思います。

白黒モデルがW杯で最初に使われたのは1970年メキシコ大会であったことは
間違いありません。ただ手元の資料には「Official ball=公式球」と
いう表現はありません。同大会ではテルスター以外にも旧型ボール(茶色)
も使われていました(これも同資料の写真から分かったことです)。
これは推測ですが、現在の意味での公式球というのはアディダスの御膝元で
ある西ドイツ(当時)で開催された1974年大会で使われるようになったので
はないでしょうか。それ以前はけっこう緩やか、のんびりしていて、一応ス
ペックが規則通りなら、どのメーカー製でもOKみたいな雰囲気があったのか
もしれません。

しかしあのテルスターの前に「Select」というブランドの白黒ボールがあっ
たとは驚きです。

以下追記です。

>このデザインは1968年のヨーロッパ大会(この名称でいいのかな?)

日本語では「ヨーロッパ選手権」と云います。今は「UEFA European
Football Championship」と頭に「UEFA」(=ヨーロッパサッカー連盟
の意味)が付くようになりました。通常は「EURO(ユーロ)2016」のように、
開催年を付した略称で呼ばれています。
国別対抗の大会であり、規模はワールドカップに譲りますが、レベルはワールド
カップをしのぐとさえ云われています。
現在予選が行われており、来年本大会がフランスで開催されます。

何処かで見たトリビアを P3

>そのアルキメデスの発見にヒントを得て日本のボールメーカーで
>あるモルテンがあの白黒ボールを開発。それまでの主流だった茶
>色や白色のモノトーンのボールに替わって広く使われるようにな
>りました。

我の調べとは少々異なりますな。(日本語版無いのは勘弁ネ)

先ずは形状に関してですが、

https://en.wikipedia.org/wiki/Eigil_Nielsen_%28footballer,_born_1918%29
http://www.select-sport.com/

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Father of the Modern Soccer Ball

While playing, Nielsen worked in the shoe and leather industry for additional financial support. This gave him the opportunity to explore and develop his own soccer ball designs. As a result, he founded the Select Sport company in 1947, which continues today as one of the world's largest companies producing soccer balls.[5]

Eigil Nielson is credited with creating the common 32-panel soccer ball design in 1962 using 20 hexagonal and 12 pentagonal patches.[6][7][8] It quickly became popular when the Adidas Telstar in 1970 became the first soccer ball in the World Cup to use the design.
----------

((要約))
Eigil Nielson が近代サッカーボールの発案者(1962年)となっています。
そしてこのデザインが1970年ワールドカップの公式ボール(Adidasが製造)に採用されたことにより世界的に広まることになりました。

このデザインは1968年のヨーロッパ大会(この名称でいいのかな?)

http://www.soccerballworld.com/Euro_1968_Telstar_Elast.htm

...にすでに登場していますね。

と、ここまで書きましたが、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83...

...には、

Adidas Telstar (ワールドカップの公式ボール)は...

『1960年代に日本のスポーツ用品メーカーモルテンが、当時ハンドボール用に作られたボールの技術を転用する形で、黒色の五角形の革12枚と白色の六角形の革20枚で構成された切頂二十面体のボールを登場させると、より球体に近いことと、土のグラウンドでも見分けられやすいということなどもあり瞬く間にサッカー選手に広まっていった。

アディダスは、この人気と利点に目をつけ、モルテンとOEM契約を結んでワールドカップの公式試合球としてこの切頂二十面体の構造を使用することにした。また、この時期が丁度カラーテレビが世界に普及しだした時期であり、大陸を超えた衛星中継も実用化(テルスター衛星)されるようになって、テレビ観戦する人々が、ボールをちゃんと見分けられるという点にも注目し、television starという意味をこめてボールのブランド名をTelstarと命名した。』

...とあります。

さて、この異見をもう少し検証してみます。

サッカーボールの歴史に関して多数の資料がある

http://www.soccerballworld.com/Historypg2.htm

...によると、

”The first 32-panel ball was marketed by Select in the 1950s in Denmark.”
(Select は上記の Eigil Nielson の興した会社です。上記のWikiによれば1962年なのですが???)

...となり、1958年興業のモルテン社が最初に作った...と言うのは怪しいですね。更には...

①モルテン社は『明星ゴム工業(現・ミカサ)を退社した技術者らにより、1958年に創立。』...が由来なので(ゴム製品製造会社が)革張のサッカーボールを製造する技術を当時有していたのかに対しては懐疑的です

②OEMは通常、顧客側(Adidas)が指定・デザインした製品を受注側(モルテン社)が製造するのが普通。よって『アディダスは、この人気と利点に目をつけ、モルテンとOEM契約を結んで』は不自然

③モルテン社とAdidasが技術提携したのは1979年

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E7%A7%8B%E5%8F%B2%E4%B9%9F

...であり、1960年代からAdidasとOEM関係があるなら時期が10年以上ずれています

④モルテン社のHPには全然この件に関する記述は無し ⇒ 大宣伝して当然かと

Select社のHPには

http://www.select-sport.com/profile/the-story-of-select/

”At this time, all footballs were made up of eight sections of cow leather which most of all looked like a brown leather orange. Later 18 oblong strips were used before SELECT in 1962 introduced one of the greatest inventions in the history of football - the 32-section ball. At the beginning of the 1970s Eigil Nielsen was again a forerunner when he and SELECT brought out a handball with 32 sections.”

...となり、更には(32枚貼りの)ハンドボールのデザインもこの会社に由来する(つまり、サッカーボールが先)...と宣言していますね。

⑤最後に...1970年ワールドカップの公式ボールは、3種類の色が提供・使用され、

http://www.soccerballworld.com/Telstar.htm

3 kinds of balls were used in the world cup. All with 32 panels, and with NO marks.
1) White ball. All panels were white. (全面白色)
2) Brown ball. All panels were brown. (全面茶色)
3) And this one, the most popular and used in the world cup, with 20 hexagons white and 12 pentagons black." (白黒)

白黒の受けが一番良くこれが継続使用...となったらしいです。

...と、上記の 『...瞬く間にサッカー選手に広まっていった』 と話が合いません。

我が以前見たトリビアでは、

 白黒テレビしかない当時ではそれが ボールを画面で認識し易い 配色であった(特に回転時)

...とありましたが、どーも理由は後付けみたいです。

ちなみにサッカーボールのあの形態(まあ、空気を入れて膨らませてありますが)の正式名称は 切頂二十面体

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%87%E9%A0%82%E4%BA%8C%E5%8D%81%E9%9D...

...だそうです。

>サッカー史上有名な「疑惑のゴール」...

http://www.prnewswire.com/news-releases/worlds-first-intelligent-soccer-...

...は、FIFA公認のセンサー付きボールがあれば問題ナシ???

何処かで見たトリビアを P2

あの白黒パターンのボールのアイデアが古代ギリシャに端を発する
ということを知ったときは驚きました。アルキメデスが球体を構成
するいくつかのパターンを発見しており、その中に五角形12面と
六角形20面の組み合わせで球体を構成するパターンが含まれてい
ました。

そのアルキメデスの発見にヒントを得て日本のボールメーカーで
あるモルテンがあの白黒ボールを開発。それまでの主流だった茶
色や白色のモノトーンのボールに替わって広く使われるようにな
りました。

ではなぜ白と黒のツートーンにしたかですが、当時の日本のサッ
カー環境はお粗末で芝のピッチは数えるほどしかなく、特に練習
は土のグラウンドが当たり前でした。そこであの白黒模様が大い
に威力を発揮。選手にとってはボールの挙動を確認しやすい、汚
れても見やすい、さらには真球に近くコントロールしやすいなど
の利点があり、観戦する方にとっても見やすさが格段と上がりま
した。

サッカー史上有名な「疑惑のゴール」として、1966年W杯イング
ランド大会決勝のイングランド対西ドイツ戦でイングランドの
ハーストが放ったシュートが知られています。ボールはダイレク
トにクロスバーに当たって勢いよく地面に落ちましたが、一瞬の
ことだったためボールがはたしてゴールラインを越えたのかどう
かが分かりませんでした。
主審は線審(現在の副審)に何度か念を押すように確認した上で
ゴールを認めました。ところが後に映像解析からボールはライン
上にあり、ゴールではなかったことが確認されています。

その時に使われていたのはあの白黒パターンではなく、(バレー
ボールなどと同じ)長方形のパネルを組み合わせた旧式のボールで、
しかも革製のため色が茶色でした。仮にあの時、白黒パターンの
ボールが使われていたら視認性が多少とも高まり判定も適切に下
されていたかもしれません(となると、イングランドの優勝もな
かった可能性が出てきます)。

ところで黒いパネルは五角形、六角形のどちらかご存知ですか。

何処かで見たトリビアを...

...昔(?)のサッカー用ボールは白黒のアレでしたが現在は色々デザイン的に自由になってきました。

さて、なぜ昔は 白黒 だったでしょう?

サッカー<極>小史

サッカーの「起源」については諸説あります。その内有力視さ
れているのは、モッブフットボール(英国)、カルチョ(イタ
リア)、蹴鞠(中国)、ペニダ(古代ギリシャ)、ハルパスト
ム(古代ローマ)です。今のところFIFAは中国の蹴鞠を起源と
して認めていますが、これは多分にブラッター会長の独断専行
による、中国でのW杯開催を実現するためのビジネス戦略的臭い
が強く、シルクロードを通って中国から西洋にもたらされたと
する説を裏付ける学術的考察ないし証明は為されていないよう
です。また「サッカーの母国」イギリスは当然のことながらこ
れに反発しています。

「学術的」な意味でのサッカーの起源はこの際措くとして、現
在世界中でプレーされ、また観戦されているサッカーの起源が
イギリスであることは疑いありません。
パブリックスクールで教育の一環として行われていた「フット
ボール」が次第に普及して行き、やがてパブリックスクールや
カレッジ間での対抗戦が盛んになって行くと、それまで各校ご
とに定めていたルールを統一する必要に迫られ、1848年にケン
ブリッジルールという規則が作られました。これが現在のサッ
カー規則の基礎となりました(現在のサッカーとラグビーに分
離して行ったのはこのルールが契機であったとも云われています)。

さらに1863年にイングランドフットボール協会(英語名は「The
Football Association」で略称は「The FA」、世界で唯一
組織名に国名/地域名が付かないサッカー協会です)が世界最初
のサッカー協会として設立され、14条で構成される最初の統一
規則を制定しました。
現在サッカーの国際競技団体はFIFA(Fédération Internationale
de Football Association:国際サッカー連盟)であり、世界中
でプレーされるサッカーの「公式戦」はすべてFIFAの統括の下
(当然実際には各国のサッカー協会およびその下部組織によって運営
されています)、「サッカー競技規則」(英語名:Laws of the
Game)に従って実施されています。
ところで多くの人が勘違いされているのですが、「サッカー競技規
則」(Laws of the Game)はFIFAが制定しているものではあり
ません。「サッカー競技規則」はFIFAとは別組織である国際サッ
カー評議会(International Football Association Board:
IFAB)が定めており、この国際サッカー評議会はFIFA(1904年設
立)よりも古い1882年に、イングランドフットボール協会(FA)、
スコットランドフットボール協会(SFA)、 ウェールズフットボー
ル協会(FAW)、アイルランドフットボール協会(IFA)の4協会に
よって設立されました。IFAB設立以前はFA(イングランドフット
ボール協会)独自のルールと云っても過言ではなかったサッカー競
技規則を、4協会の協議によって整備したのが「サッカー競技規則」
(英語名:Laws of the Game)(現在の「サッカー競技規則」は
17条構成)であり、FIFAはその国際サッカー評議会が定めたルール
に則ってサッカーという競技を実施・運営しています。

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