と金TOKING

みなさまお早うございます

「煙草1000円」で思いもかけず「将棋史」のトピックを盛り上げていただきました。と金掲示板にも世間を映すTOKINGの場があったほうがいいですね。(♪)

なおTOKINGも「と金」ですよ(歩歩)。HONG KONG(香港)、PING-PONG(ピンポン)と同じ。昔はPEKING(北京)とも書いたし。

さてコメントは「将棋史」などに捉われず幅広くお願いしますが、とりあえずそっちで出た話題と縁があることを二題。

● 尾鷲で内縁の妻が殺した夫の遺体を床下に隠すのを手伝った男逮捕。「象埋めて」と頼まれたという。
● オバマ氏がベルリンのブランデンブルク門の前での演説を希望したが、ベルリン市長は賛成、女首相は反対。ベルリンの壁崩壊の2年前レーガン大統領が、2年後クリントン大統領が演説している(多少不正確かも)。

♪ 当掲示板初期の「と金の歌Ⅰ」にもそのつもりはあったのですが、位置づけとも絡み、当時の情況からすこし理屈っぽいものになってしまいました。今度は気楽に参れますね。

投稿者: 歩曼陀羅華 投稿日時: 火, 07/22/2008 - 09:07 categories [ ]

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凱旋門 3

3年前の今頃、凱旋門に歩いて昇った。上で周囲を見渡したとき、パリに来たことを実感した。エレベータより歩いた方が、印象が長く残る。

周囲には、東京のような高層ビルはなかった。

なるほど

そう言えばチェイルリーのほうから歩いて遠くから見えたような気もする?

ワシの部屋(2階)の目の前に12,3階のビルが建ったが本当に見上げる。これより大きいとは?
歩いて登るなど思いも寄らぬが昔は若かったのでたいしたことないと思ったか?

ともあれナポレオンを偲んで一杯やるとしよう、、、

どう言えば?

いいのか?

Je suis désolé.Je ne suis pas bon à anglais.

J'ai 70 ans.Est-ce que je n'aurai pas besoin de payer double? (info翻訳)

(すみません、僕英語が出来ないんです。70歳なんだけど倍払わなくてもいいんですか?)

これくらい言いたいが、、、?

凱旋門 2

関根銀次郎さま

それがしもY会長の頭の中が見えませぬ。いったい何を考えているのやら。笑いを取ろうとした?にしても、パリジェンヌに日本語やブロークン・イングリシュで話しかけても通じますまい。単なるアホにしか見えなかったに違いない。自分が耄碌したしまったのに気が付いていないのか。

ところで、凱旋門は、高さ50メートル、幅45メートルでござる。3.4回のビルの高さではござりませぬ。14、5階ぐらいの高さでござる。それがしも歩いて登った(エレヴェーターが故障していたので)経験がありますが、結構しんどかったでおます。Y会長もええ運動になったかもしれん。

凱旋門

某ブログによると某会長が歳を23といって凱旋門に登ろうとして恥をかいたそうな?
どうもあの人の頭の中が見えん、、、まともな将棋ファンはお気の毒様。ワシはよそ者だからいいが、、、?

あれに登るなど考えたこともないがせいぜい3、4階のビルの高さしかない、、、?
モンマルトルに登れば絶景が見えるが?
兼好法師は、先達はあらま欲しきものかな、と言っている。良きガイドはいないものか、、、?

美麗駒

ミコノスに生活感とは珍しい、、、(普通は女?)
タウンは車進入禁止でスーパーなど重いものを運ぶ時のみ軽が入れる。一度外人女性が誤って入って道が狭く身動きできないときがあった。

美麗駒はやはり欲しいもの。
教えても彼らに漢字は読めんじゃろう。ワシにアラビックを読めというようなもの。
駒を叩きつけるようなやつには向かんが美しい武者駒などできれば将棋指しのイメージも変わるかも知れん。

∑antoρinιの点はアクセント記号。最後のniはviになるはずじゃが英語風にしてハイカラぶるのもワシらと同じか、、、?普通は∑avtoρivι?辞書がどこかにあるはずじゃが探す気にもなれん、、、

ミコノスとサントリーニ

ミコノスのどこがいいか?(銀様)

生活感ですかねぇ.丘の上の(当たり前のようだが,オランダの風車は低地ですから,違う)5つ並んだ素朴な風車.民家.渚のレストラン.母娘が店番してる庶民的な小さな店.そこで真鍮のペーパー・ナイフ(某掲示板で愚を唆した人物が居たが,これなら秋葉原で一人くらいは刺せそう)を買ったら,レモンの切れ端で磨くと光ると言われた.帰国して試してみたらほんとにそうだった.路地と至る所に止めてあるさまざまなスクーター.ホンダもヤマハもあった.島のサイズと風景にマッチしていた.日本に帰ってもしばらく羨ましくてヴェスパでも買おうかと思いましたが,やはりミコノスの稜線を走るのが最高で,日本の道路は怖い.そういえばベネチア同様4輪車は無かったかも.

サントリーニの絶景(同上)

文句はありませぬ.愚も例の小島を展望するレストランでシンガポール航空に勤めているという美女二人と食事しましたな.こっちはホテルも土産物屋も立派で,店に入った途端目が釘付けになった金属製のチェス・セットを日本に送らせました.ナイトの代わりにグリフィンというギリシャ独特の神獣になっている.

その島に渡ってさらに絶景を楽しんだのはいいが,ちょっと暑くて山登りはしんどかった.行きの船で一人の美女と語ったが,どうも売春婦だったらしい.しかし愚は少年だと思われて誘われなかったのか(数年前までは無かったわけでない.ナポリで3人組のスリにやられたとき一味の一人に「…しただけだよ.バンビーノ」と言われましたからね.ま,これは「カモ坊や」という意味でしょうが.).あっちの売春婦は自分から誘ったりしないものだとも聞くから,こっちのノリが足りなかったわけか?(あ,アムステルダムの飾窓の看板娘の場合は,はじめから正体がはっきりしているから誘ってきましたね.)

で,このコメントは,サントリーニで買った典型的な土産用コーヒー茶碗にエスプレッソを淹れて飲みながら書いて居りまする.手描きで∑antoρinιと綴られているようだが正確には分かりませぬ.iは無いはずなのでιにアクセント記号でもついているのでしょうか?

レシートを受け取る

>レシートを受け取る

客が受け取らなかったレシートを使い「払い戻し」を行い、現金は懐へ...でしょうね。

あと店によっては「返品、交換にはレシートが必要」...レシート無しなら当然拒否。(だからレシートをお忘れなくという事)

美子乃須

何の規制があったのか知らんが昔イタリアでレシートを受け取るように、と言われたことがある。つまりはレジを打たないと記録が残らず脱税、と言うことなのか?客も捕まる?は大げさでも一応注意は必要。

喫煙者は受難の時代、、、
昔は図書館なんかも雑誌新聞を見る席に灰皿がずらりと並び煙がもうもうとしていたもの、、、今は考える事も出来ん。居酒屋はともかく喫茶店も微妙な時代か?近くのマクドも喫煙席と言うよりガラスで完全に席を遮断した。

そういえば席にコンセントがありPCをやってる者もいるがネットが使えるのかな?ワシも一度だけノートを買ったが、せいぜい2-3キロか?それでも重くどうしてもと言うときはキャリングカートを使ったが、、、?あとはデスクトップのみで夜お酒を飲むときは別室で、つまり将棋も夜になると解説が出来ん、、、

ミコノスは何が良かったのかな?
景色ならサントリーニが絶景。いくら見ても飽きん。一度NYのOLと食事したのが場所的には最高だったか、、、?

公開対局の場所

ホテルやルーヴル美術館では、多分狭すぎる。

多くのフランス人が集まるコンコルド広場(ルイ16世やマリー・アントワネットがギロチン処刑された場所)が適当だろう。

そこで公開対局をすれば、多くのフランス人にshogi(または Japanese chess)とはどのようなものか知ってもらうことが出来る。

外国人から見た日本文化

外国人は、日本の文化に関心ある人が多い。逆に日本人が外国の文化に関心があるかどうかわからない。

先日秋場所大相撲を観戦に国技館に行った。小生のまわりにどういうわけか外国人がいっぱいいた。

小生の隣に30代の外国人男性2人がいた。小生は、Where are you from? と聞いた。その男性はSpain Barcelona と言った。小生は、バルセロナに行き、サッカーのバルセロナの試合を見た、と言ったら、その男性は、うれしそうな顔をした。

話が横道にそれたが、フランスで将棋の公開対局をすれば、これが日本文化かと思い、多くのフランス人は、観戦に来られるであろう。

宣伝

>興味津々で見ているだろう。

それで宣伝効果十分じゃないですか?ウン千万円の予算があるならこれくらいやらなきゃ。

>盤をはさんで1時間以上座っているのは、向こうの人には理解されない。

Shogiとは言わず、Japanese Chessと銘打てばそれなりに理解されると思いますよ。

さらに人類未踏の道を行くなら、ルイ王朝時代の正装で優雅に将棋を指す…これはニュースになりまっせ。

パリの竜王戦

管理人さん
>どうせやるならホテル(ルーヴル美術館!?)にガラス張りの防音室でも設置して公開対局でもすればエラク盛り上がるかな…と思った。

着物は、説明はなくても日本人の正装の時に、着るものだと理解できる。しかしなにもしないで、特におやつのケーキを食べながら、盤をはさんで1時間以上座っているのは、向こうの人には理解されない。しかし、興味津々で見ているだろう。

対局場

『たった今、2008年10月18日午後9時、パリ市内「ル・メリディアン・エトワール」9階スイートルームに特別設営された対局場で、渡辺竜王に羽生名人が挑戦する第21期竜王戦七番勝負が火ぶたを切った。』

これならパリくんだりまで出向く必要が無いのでは?どうせやるならホテル(ルーブル美術館!?)にガラス張りの防音室でも設置して公開対局でもすればエラク盛り上がるかな…と思った。

ギリシャ

最近なにかギリシャの規制が新聞種になりましたね.ネット・カフェ関係だったか.言論か営業の自由かに関わるので,行政と最高裁まで争えば勝てそうだが,裁判が終わるまでには業者が倒産するという.日本と違って,最高裁まで行ってもせいぜい数か月で決着するらしいけれども.

昨夜ふと観た番組では,脱税防止のためレシートを受け取らないと客も処罰されるそうな.コンビニのレジの前にレシート捨て箱がある日本とは大違い.ま日本では,あの箱が無いと玄関から駐車場の至る所にレシートを散らかされてしまうのでしょうな.風が吹くと近所の住宅の敷地に飛んで苦情も出るだろうし.

ある私学で大部分の場所を禁煙にしたら,いつのまにか禁煙のはずの場所に灰皿どころかほとんど正規喫煙許可場所かと見まがう灰皿付きスタンドがじわじわと復活する.調べてみたらなんとお掃除のおばさんあたりの「自己防衛策」だったらしい.(学生に理解があって優しい? そういう時代の雰囲気が残っているのなら微笑ましいが.) これが日本.

それはともかく昨夜の番組で取り上げていた巫女の巣でないミコノス島は良かったですなあ.浮世の義理から解き放されてから再訪したいところの一つ.

犯罪被害の経験は,愚はまだ書いておりませぬが,アテネで釣銭詐欺に会いかけたのも,結構面白い話になります.いずれ折を見て.

次の王者

土井はよく知らんが一応木村を入れると、

土居市太郎 1887年11月20日
木村義雄  1905年2月21日
大山康晴   1923年3月13日
中原 誠  1947年9月2日
谷川 浩司 1962年4月6日
羽生 善治 1970年9月27日

となり大山以前が20年弱、以降が24年つまりふた回りと言うことになる。

これからすると次の王者は1994、5年頃、中学生のもう奨励会に入ったか、入ろうとしている者か?

ちと先は長いが楽しみとしよう、、、

20年で思い出すこと

昨日中国人達と人口と文化について議論しているとき,彼等は20年1世代,10年半世代という感覚でいるのが分かりましたな.われわれは英語の時間で1世代30年と教わったが.

伊藤清先生というと世界の数学者の間で知らぬものは無いのだが,素人とは無縁の存在だった.昨年春頃だったか,マネーゲームのピーク時に,「デリバティブ」金融投機概念の大元を作った大学者という立場で,テレビに出られたのをたまたま拝見した.その後状況は一変したわけだが,幸か不幸か,先生は昨今の状況を知ることなく他界された.

ところで,先生がつねづね述懐されていたことは,一つの価値ある学問分野が成立したとき,大学の講座をそれに即して入れ替えるのは「20年」掛るということだった.ご自身は確率微分方程式論(確率過程論の最高峰)の創始者だが,今回のノーベル賞受賞者の誰か同様頭脳流出世代の人で,日本についてはご苦労された.愚も60歳停年とも密接に絡む「20年交代説」はなるほどと思った.

将棋は数学の世界とはまるで違うと思って当然だろうが,「20年」と言われて改めて考えると,人生の現役としての長さは同じ上に,学問の世代交代も,よく見ると本質には各個人の「肉体」,「技術」による熾烈な闘争があるものなので(そして,そこでの頭脳の使い方になるとになると将棋と数学は少なくとも皮相的には類似性がある),世代間競争としてマクロに見れば案外共通の現象かも知れませぬな.これ確率過程論の応用になるかも.

20年周期説

20年ぐらい前に東急日本橋店で将棋祭りがあった。

そのとき、加藤次郎名誉九段の講演があった。彼は、管理人さんと同じように20年周期説について話した。

大山15世の前に強かったのは、土居市太郎名誉名人1987年11月20日生まれであろといった。とかく土居さんは強かった、と話された。

土居氏から谷川氏まで並べると、次の通りである。

土居市太郎 1987年11月20日
大山康晴   1923年3月13日
中原 誠  1947年9月2日
谷川 浩司 1962年4月6日
羽生 善治 1970年9月27日
(大山氏から羽生氏までのデータは、管理人さんによる)

羽生さんは、当時タイトルを取っていなかったので、加藤氏の講演では、「羽生」という名前はでなかった。

加藤氏は、中原氏の次は、谷川氏でなく、別の人になるといっていた。

最強棋士出現周期説

歴代最強棋士の誕生日を並べてみる…

大山康晴 1923年3月13日
中原 誠 1947年9月2日
谷川 浩司 1962年4月6日
羽生 善治 1970年9月27日

渡辺 明 1984年4月23日

その時代の最強棋士がその強さを保てるのは約20年程度、年齢にして25歳から45歳まで。前・最強棋士が下り坂の時にうまく出現できれば最強棋士の後釜におさまれる…のかな?

その点、谷川・渡辺氏は生まれる年に恵まれなかった???

古人曰く

天才は世代を制し大天才は二世代を制す。

大山は二上、加藤を退け中原を待った。
中原は次の南、高橋も及ばず羽生を待った。

羽生の次は竜坊とすると、、、?
羽生を倒すのは今奨励会か?

ワシが見るのは無理のようじゃ、、、

そう言えば、、、

中座、近藤など一世を風靡?したような者も上には上がって来ん。
A級になりタイトル挑戦するようでないとその将棋を見ることもなく強いのか弱いのかも分からん、、、
その点羽生は批判もあるようじゃがやはり王道を行く感じはする。
ボクシングならインファイトもアウトボクシングも出来んといかん、、、

ワシはやや竜坊に厳しいが並なら何にも言わん。
やがては羽生を追い抜く逸材になって欲しいが、、、果たして?

沙汰

駒音に投稿したものですが、ここにも当てはまるので…

藤井九段の「システム」は個性を極めました(そしてそれなりの成果を収めました)。ですが、対策研究が進めば「相手がグーしが出さないジャンケン」みたいなもので、結局の所沙汰されましたのう。

一芸棋士

唯勝って楽しみたい者、将棋を基礎から研究して将来に力を蓄える者。
タイプはそれぞれ。アマは楽しければよい、しかしプロとなると、、、?

竜坊のただ穴熊にして勝つ、と言うのもワシはやや危険な香りを感ずる。
囲えば勝つ、囲えなければ勝てない、と言う安易な発想を見る思いがする。

何度かヨロイを着なくても勝て、なんてことを書いたがつまりはそれ。
B級にとどまるのもつまりは研究が足りないのではないか?

ワシは傍観するだけだからそれでもいいが師匠なら怒りたいのではないか?
ここは雑談スレで真面目に語るところではないがちょっとだけ苦言、、、

一芸おじさん

将棋には基本的にお金のかからないものであるから弱く見せる事はないが一芸おじさんのようなその戦法だけは強いがあとはまるっきりからっきし、と言うのも居る。

中飛車、ひねり飛車、石田流など初めての相手には効果的の場合も多い。右四間などというのもはまるとすぐ相手がつぶれたりする。しかしそういう特殊なことをするものに本当に強いやつは居ない。

弱く見せる、というのは普通はないが指してみればすぐ実力が分かるもの、時代小説などで構えただけで隙がない、剣の達人と言うほど大げさなものではないが、ただ早く指すより考えるべきところでちょっと小考すると強いな、と言うのがすぐ分かる。

但し殆んどはじめての人が参加する大会などではあるらしい。段位者が級クラスに出て優勝して僅かな賞金を得る、、、というような?まことにけち臭い話じゃがそんなやつもいるかも知れん。

道場で段級を持っていればそれだけ勝っている訳だからそれほど弱いという事はないかも知れんよ。

演出は無いのですか

将棋道場というと愚には届かぬ世界ですが,以前駒音か何かで段位の自己申告で弱くいうことは勿論,どの段階までかは知りませんが指し手もそれなりに弱く見せるという話を読んだことがあります.なにか魂胆があってのことか,単に日本人らしい謙虚さから出るものかはさまざまでしょうが.

麻雀小説などには大いにありますね.しかしどれにも共通しているのは,はじめに「弱く見せる」こと.

ところが最近知り合った人が,なんとネット・(コントラクト)ブリッジで,どう見ても実力の2段階上を自己申告してやっているとのことで驚きました.ブリッジはペア競技だから,ネット上で固定名を名乗り,その都度パートナーを誘った上で,トーナメント参加になるわけなので,割と早く評判が定着するはず.しかも世界中が相手.日本人だということまでは伝わる.ちょっと愚の人生観に揺さぶりを掛けられてしまいました.

将棋道場

将棋道場にはこの戦法しか出来ないというおじさんが居る。
将棋の力はたいしたことないがこれだけは負けぬ、というような?
常連には弱いが新入りさんには強い?

ネット発達の折、金と時間をかけていく事もなくなった。
お客さんも減っているのかのう?

フィレンツェのすいか

皆さんいろんなところでいろいろおいしい食べ物にありついているようですね。
すべてを体験することは不可能だし、その必要もありますまい。

それがしのささやかな幸せ体験を。
トスカーナは牛肉料理で有名。たぶん飼料に工夫を凝らしているのでは。
観光に疲れたあと、夕食を地元のレストランで(お客が大勢入っている店ならまず
間違いなし、一番確実な店選びです)おいしい肉料理をいただいた後、熱い体を
冷やすためにSMNの駅前広場で涼んでいました。

そこへ近郊の農家から冷やした果物や野菜を積んだワゴン車が。売り物は冷えたトマトや
スイカ、それに冷たい水など。肉料理で少し胃が張っていたそれがしは早速冷えたスイカを
購入。日本円に換算すると250円くらいだったと思います。このとき食べたスイカの
すっきりとした味は今でも爽やかな思い出。真夏のフィレンツェの鮮やかな色彩とともに
あのスイカの甘く、みずみずしい思い出が今でも口の中に残っています。

将棋道場

20数年前に、町の将棋道場に行った。

そこで他の方の将棋を見ていた。一方の方は非常に将棋が弱かった。世の中にこんなに将棋が弱い方がいるのかとおもって、あきれてみていた。

その将棋が終わり、道場主がその将棋の弱い方の相手の小生を指名した。

あろうことか小生は、その将棋が弱いと思っている方に負けた。

それから小生将棋の自身を失い、それから将棋道場にほとんど行っていない。

WHISKY

ロンドンで出国時にほんのあまった当時のポンドを使うつもりで買った某ウイスキー。これが何ともうまく帰国後早速何回か買ったがうまくなくすぐやめた。

何年か経って会ったイギリス人に話したら笑って「国内向けと輸出ものは違う」と言われた。つまり一級品は国内で二級品を国外に輸出する。ウイスキー愛飲家はお気の毒様。わしはもう買わんよ。

煙草の住み分けはうまくいってる。列車内でコンパートメントを出ると窓際に灰皿がある。
しかし夜行は極めて危険。国の首都間等長距離では夜行に乗らないといけない時があるが飛行機か寝台を取るべきか?ワシはもう夜行に乗ることもないと思うが?

そういえば一度若い女性と二人だけになったがこちらを気にしながらも出て行かなかった。ワシも安全に思われたのか、、、?

生ハム

以前駒音掲示板のほうだったかで触れた覚えがありますが,パリで1番好きだったのが,オープン・カフェでワインを飲みながら食べる,かなりしょっぱくて硬いがなんともいい匂いの生ハム,2番目がお土産の定番のマロン・グラッセでしたね.

どちらも日本で出来るようになったので有り難味が薄れた.どうも本場ものより迫力は無くなったが,フランス人から見ても結構上等らしい.

ほんとはエスカルゴが一番好きだが,パリでは2度くらいしか食べたことがありませぬ.定宿は凱旋門のすぐ近くで,シャンゼリゼの〝クィック・エリゼ〟の裏手2ブロック目だったが,あの辺ではそういう店を見つけられなかった.

それで今でも,日本でなにか私に食事場所の選択権があるときはエスカルゴの出る店を探します.これも今や国産のほうがむしろ上等ということになった.

さて日本の生ハムは,一度製造が禁止された時期がある.外国産も見たことが無かったから,輸入も禁止されていたのだろう.表向きは衛生上の理由だろうが,内実は既成の加工肉業界団体の圧力が有ったに違いない.

憤慨して,その話をフランス人にしたら,「そういう規制はアメリカが特にひどい.すぐ輸入を止める.彼らの言うことが正しいなら,フランスに健康なのは一人もいなくなる筈だ」と吐き捨ててました.

腸詰めソーセージ

彼の地でしか味わえないものでわすられぬのがコレ。冬のため一頭の豚(牛?)をつぶして内臓を詰めたもの。人間が手を加えぬ血も混じった?肉の本当のうまさが味わえる。ワシが食したのはスイス&ギリシャ。都会より田舎が良いと思うが丹念に歩けばそれに近いものがマーケットで売っているかも?

オリーブオイルで最高級と言うより普通手に入らぬのが手絞りのオイル。製品ではないので知り合いに頼むか農民のつてを頼るしかない。日本の最高の清酒よりも隠れた酒造の幻の銘酒を思わせる。日本に持ち帰れば料理の達人には宝物のように喜ばれる。女性にはブランドバッグよりも上か?

どちらを工場を通さぬもので日本的完全衛生主義には合わん。考えてみると工場なんかない中世にはもっとうまいものを食べていたのか、、、?

禁煙

飛行機で知り合ったイラン人の実業家。今64歳で、60歳のときに結婚した20代の奥さんとの間に娘が居るという。奥さんが「禁煙しないと娘に『駄目な父親だ』と教える」と言って脅すので、今日が最後のタバコになると言っていた。

もしかしたら彼等は酒も飲めないようなことを言っていたかも。イスラムのせいですかね。あるいは現政権のせいか。

これまで何度禁煙したのかときいたら、2度だという。最初は18歳で吸い始めて、大学に入って止めたとのこと。(いろいろ事情があって遅れたらしい。そもそもパーレビ国王が失脚したときに父親も事業を失った一人という。)

あんたはまた吸うさと言ったら、いい予言だなと嬉しそうにしていた。

パリでお互いに帰国便の乗り継ぎのために分かれてから、シャルル・ド・ゴール空港で建物の外で(屋内は全面禁煙。暇人様も書いて居られたか)ビジネス・バッグ片手に旨そうにタバコを吸っているのを見つけ、手を振って別れた。

元気な人物だったが、ともかくイランは未だ大変らしかった。政権の影響がもろに出ているという。麻生さんに替わっても、そんなことはそっちのけで、掲示板で喧嘩していられる日本人なんぞ優雅なものです。

犯罪など書きたいと思いますが、投稿環境が壊れたので、しばらくの間、間遠になるかもしれませぬ。

喫煙場所と非喫煙場所

本レスでは、少し話題を変える。

ヨーロッパ各国では、喫煙場所と非喫煙場所とははっきりしている。

公共の屋内は、すべて禁煙。屋外は、原則として喫煙OK。

レストランやカフェーも屋内は、禁煙。内部にno smokingなどの表示はない。喫煙者は、どうするかといえば、歩道に並べた椅子とテーブルのところで、喫煙しながら、食事をしたり、飲み物を飲む。

向こうは、歩道が広く、ほとんどのレストランやカフェーは、歩道に椅子とテーブルを出している。相当寒い冬でも外で食事されている方がおられる。

屋外にある駅のホームがすべて喫煙OKではない。ホームの一箇所に線で囲った場所がありそこでのみ喫煙OK.

長距離列車内もすべて非喫煙。日本では、駅構内に排煙装置つきの囲った喫煙場所があるが、向こうにそのようなものがない。

日本に来られる外人の方は、多分迷うであろう。レストランでも喫煙場所と非喫煙場所が分かれていたり、道路でも、喫煙すると、罰金を取られる地域(東京都千代田区の一部の地域)があったりするからである。

マカオ

ポルトガルというとあるマカオ行きのほろ苦い思い出が.

返還まで国連大学(これ日本がメイン)の情報部門がありました.何度か招かれていたのは見送っていたが,いよいよ無くなるというので,行くことにしました.香港はもう返還されて,見掛けはともかく人の心はまるで変わっていた.折悪しく週末に他の私的な行事に出席する約束があった.

世話役の夫人にお詫びしたときの問答:

愚「ポルトガルの植民地を見て置きたいんですよ」
ある夫人「ポルトガルへは主人が招待されたので去年一緒に参りましたわ.
  素敵なところでしたよ.マカオなどご覧にならなくても」
愚「うーん,植民地だから無くなる前に見たいんだけどなぁ」
夫人「本物をご覧になれば.本物は無くなりませんことよ」
愚「…」(汗を拭く)

こういうのはもうダメです.昔はご婦人方だけがこんな風に調子っぱずれだったが,この頃は趣味の世界に定年後の男性が一杯入ってくる.活気が出るし,男としての見識や経験が豊かだからいいはずだと思うと,案外話が通じなかったりします.

それはともかく,丘の上から見下ろした,暮れなずむマカオの港はセピア色の絵葉書そのものだった.「落日」と19世紀に戻ったような旧い植民地の情景と重なって,人生にそう何度も無かった感慨を持ちましたね.船の檣まで古そうに見えた.

翌年も,やはり「南蛮人」の引き揚げ絡みで,今度は私的に訪問する機会が有ったが,そのときの同行者はカシノがお目当てだった.

中国とポルトガルとの混交.おそらく立派な洋館や遺跡だけは残るが,民衆の生活と一体化した,独特の街並みはどんどん消えているのでしょうね.

北京の胡同(フートン)も,90年代半ばにはすでに壊される動きがあったが,このオリンピックで,大破壊があったらしいのは残念なこと.

チベット(ラサ)も行ったことは無いが,かなり壊しているらしい.カトマンズも危ない…

で,要するにポルトガルの「本物」は未だ.

リスボン

>小生が市電に乗らなかったので、その男女も市電から降りた。
これは絶対ありえぬことで降りて正解、ラッキーだったかも?

リスボンのバーで飲んでいたら同行の日本人が胸ポケットに金を入れ「安全だ」と自慢してワシが「危ない」と注意したらその数分後に人ごみにまみれて盗られそうになっていた。あちらに安全などはない。唯一あるとしたらワシのように格好だけ強そうにして盗るとやられそう、と向こうが思うときのみ。(本当はからっきし弱い)

ポルトガルよりもスペイン、コスタデルソルあたりで老後の年金受給者移住を聞いたことがある。最近聞かないがどこの地でも外国移住はなんらかの問題があるのか、、、?

食い倒れ

牛肉は御馳走のようで意外にどこもたいした事はない。スペインでは馬鹿!と言うと牛肉が出てくる。(Vacca)ロンドンでやや高めのステーキハウスに入ったが何ともひどくこれをおいしそうに食べているロンドンっ子に逆に感心した。

フィレンツェの牛肉はただ塩コショーしただけで不思議にうまいBistecca Fiorentino.
ウィンナーシュニッツェル(スペル分からん、ドイツ語苦手)は日本のソースが欲しかった。テーブルに何や分からぬ調味料が置いてあったがどれも合うとも思えなかった。但し食べたのはザルツブルグ。日本のステーキが意外にいけるかも?

ウサギはそれと分かっていれば絶対頼めぬがもしかすると既に口に入っている可能性もあり。聞くところによるとチキンとあまり変わらぬとか?
日本にラムはあるがシープもうまい。パスカでグルグル回して焼くのも楽しいもの。

生臭いオリーブ油を食せたのは幸せ。
1.ギリシャ 2,3がトルコ、シチリア(これは噂)か?一時ダイエーでギリシャオイルを輸入しイタリアが200ml.700円くらいのをギリシャに1300円の値をつけた。しかし多分売れなかったかも?

池袋にギリシャ政府直営店がありここで買ったこともあったがこれは失敗。まだ半分残ってる。今使ってるのはスペイン産2L入り。料理の技術はレシピよりいっぱい使うこと。

今朝の朝食はポトフ。スペインで他の客が食べていたが料理名が分からず悔しかった。コツは野菜の大盛りにする事。これは誰にでも簡単。(食うことに比べたらワシの将棋はアマ3級か?)

天橋立

未だ踏みも見ぬ,,,
京都の上の海岸で何度か焼きうどんを食った。ソースなのか醤油なのか理解できなかった?

ポルトガルのリスボンの思い出

ポルトガルのリスボンに3日間滞在しことがあります。

リスボンの国鉄オリエンテ駅から市電に乗るために待っていた。目的の市電25番が来たので乗ろうとしたが、ある50代の男性が口から泡をとばしてその電車に乗ってはいけない、といわれた。その市電25番に乗らなかった。

次に25番以外の市電が来た。今度は、先ほどの男性と違う年配の男女が先にその市電にのり、小生にその市電に乗るように薦めた。警戒して、その市電に乗らなかった。小生が市電に乗らなかったので、その男女も市電から降りた。

ホテルに帰って考えると、最初に市電に乗るな、と言った男性は非常に良い人なのだろう。怪しげな男女がいるから市電に乗るなと、言ったのだろう。

リスボンでは、変だと思ったのは、これだけである。リスボンは物価は安い。食べ物や交通費(メトロやタクシー)は東京より安いだろう。

メトロParque駅の近くに飛鳥という日本食レストランがある。天丼と日本茶(外国では日本茶は有料)で12ユーロぐらいだった。

食味あれこれ

グルメの人には敵いません.牛肉料理は,なかなか違いが記憶に残らない.先日のパリではフランス人に大人気というピレネー地方の料理の専門店に連れて行かれましたが,たしかに美味しかったが,さてどこが特徴的だったかは,もはや表現出来ませぬ.大変柔らかかったと言う程度.

野ウサギ(フランス),ガチョウ(イギリス),トナカイ(ノルウェイ)など素材の違いが有れば分かりますが.

中国はいろいろ物凄いけれども,ツバメの巣や鱶のひれも,別に美味しいわけではないという印象です.ただこの世界には上には上がありそうなので,宮廷ででも出るような最高の物は,別だろうと想像します.

ずっと前に仏教学の中村元大先生がブータンの国王から貰ったという茅台酒を戴いたことがありますが,こういう酒についての観念が全く変わってしまいましたね.次元が違う.だからといって,自分で手に入れてまでマタ飲みたいは思いません(全く同格なのは手に入らないでしょうが).

ほかに日本人の好みもある.今回イタリーでの会議の晩餐会は,京都の鴨川の「床」のようなところでありましたが,そこのレストランのオリーブ油は当然のことながら「最高級」とV.S.O.P.とX.O.と合わせたような能書きが書いてあった.臭みがほとんど無くて,たしかに「いわゆる一つの」(長嶋節)洗練された極致だったけれども,日本で通が取り寄せているもののほうはちょっと青臭いような香が生々しくて,我々日本人は「ああこれが本物のオリーブ油なんだ」などと感激してしまったりする.

ポルトガルは未だ踏みも見ぬ地.一頃日本人が老後の移住の候補地にしてましたね.その後移住者は(知り合いは居ませぬが)どうしているやら.愚も30代の頃,さして本気でもないが,老後はポルトガルかななんて考えて見た覚えが.

牛もつサンド

うまいものと聞くと止まらなくなる。色気卒業(嘘)食い気のみのご隠居のたわごとと思って許されよ。

フィレンツェにお越しの節は是非牛もつサンドをお試しあれ。
ゆでたもつを目の前で切ってパンにはさむ。軽く塩コショーしてこれは毎日止まらなくなる。St Rolenzoと昔はストローマーケットにもあったが?頼むとヴェルデ(野菜ソース)ロッソ(ぴリカラソース)をつけてくれる。
分からなければランプリドットと言えば教えてくれるかも?

そういえばパスタ(普通はペンネ)も日本ではあの味が出せぬものか?桃太郎トマトが甘すぎる、、、

ポルトガル

ポルトガルもうまかった。

大西洋と地中海の魚が違うのかもしれない、、、?

チェリー酒か果実が入ったワインがばかうま!

是はうまい!

ヨーロッパでうまいものと言ったらいろいろあるがスペインでは何を食べてもうまい。
魚介類が豊富でそれほどしつこくない。ギリシャにも絶品料理があるが皆様の行きそうなところでやはりローマでは、、

S.M.Maggioreの向いにむかしラザーニャのうまい店があって次に行ったときには既になくその次もまた無駄とは知りつつ行った。特にその店だけでなくごく普通の味と思うが都内でうまいイタリアンに行く度にほぼ必ずあれば頼むが味が全く違うのが残念。

テルミニの近くのピザ屋で朝トマトの出来立てピザが最高!あふれんくらいのトマトで下から食べるようにしないとこぼれる。そういえば日本でうまいものを食ったことがない。

料理ではないがパリにお越しの節はホテルで朝食、などせずに是非パン屋でパンを買ったら如何か?焼きたてのバケットにバターだけで幸せになれる。そういえば渋谷にパリ直営店があって焼きたての時間に女性が列を作って買っているのを見たことがあるが家に帰ってさめてから食べれば同じ事。是非その場でかぶりつくことをお勧めする。

屋台の生鰊

今日から王位戦だと思ったら未だ1日前.北海道だと思っていたら箱根なんですね.

食べ物については,愚の場合は,自分で食べ漁りに行くタイプでもないので,会議の宴会や招待では結構珍しいものも戴いているのですが,料理の名や材料はそう頭に残って居りませぬ.

一番を上げれば,数週間の季節にだけ有るアムステルダムの屋台で食べる,もしかしたらその朝北海で獲れたての生鰊(小さめのへリング)のマリネ.若い頃定期的に訪れていた時期が有り,その時節のときに当るように「運が良ければ〝運河〟の」畔に行って毎日食べていました.

オランダ人曰く:

「毎日1匹鰊を食べる者には医者は寄り付かない.毎日2匹鰊を食べる者には誰も寄り付かない.」

犯罪の話はあらためて.

♪ そうそう〝運河〟の畔はご存知ハンブルグと並ぶ「飾り窓」も名物でしたが,今年辺りからとうとう「浄化」され,芸術家達やファッション・デザイナーのパフォーマンスや展示の場として生まれ変わりつつあるそうです.若い頃,絵葉書になっていた一番の「スター」(皆様もご記憶ではありませぬか?あのなんとも愛くるしかったアイドル風の…)から声を掛けられたときに,部屋に連れ込まれる度胸が無かったのが,今思うと残念です.

彼らの目的は現金である

そういうときは、観光だから持ち物は、肩からかけたカバン1個である。たとえ、みやげ物を手に持っていて下に置いたとしても、彼等はそういうものは狙わない。彼らがほしいのは、現金である。

カメラで一緒に写真を撮ったら、次にどうなるかわからない。

ヒモで手を結んだ場合、現金を渡さないと、そのひもをほどいてもらえない。この手口は、ダイアモンド社発行の「地球の歩き方  ローマ編」に説明されている。

おいしい食べ物に関し、小生、食べ物に関心がない。小生、世の中のほとんどの食べ物は、おいしく感じる。例えば、東京で一番おいしいカレーライス店(そういう店がどこにあるかわからない)のカレーライスも駅の立ち食いのカレーライスも同じようにおいしい。

小生、現地で日本料理店、中華料理店やフランス料理店にたまに行くことがあるが、ほとんどは、デパ地下で何かを買いホテルで食べる。

明日から将棋ファン待望の王位戦第7局。その前にこういう話題もよいのかもしれない。

おいしい料理は?

また、掲示板が盛り上がってきましたね。しかも、将棋とは全く関係ないところで。
これもまた、楽しいですね。

歩曼さん、暇人さん、いつでもいいですからヨーロッパの街で、これはおいしいと思った
料理や食べ物を紹介してもらえませんか。いろいろと思い入れのある食べ物があると
思います。

それがしは、ローマで食べた超薄焼きのピザとフランスのアミアンで食べた
オムレットが今でも思い出に残っております。その他にもいろいろとありますが、
今日はもうこんな時間、明日、仕事もあります。またの機会に。

でも、今日は棋譜がいっぱいアップされそうです。将棋の掲示板だから、当り前ですが。
それに、それがしも一枚加わりそう。

絶対相手にしない

>一緒に写真を撮ろうとか、ヒモを持って一緒に結ぼうとか。

手荷物を下に置いたら最後、風のごときスピードで手荷物を持ち去られる...といったトコロですか?

永遠の都

暇人さま>ローマは、観光資源の宝庫である。一度行ってみる価値があると思う。

街すべてに古代の雰囲気が漂っており、幻想とロマンに満ち満ちた都市ですね。
サント・アンジェロ城、スペイン広場、トレビの泉、ナヴァーロ広場、カラカラの浴場、
テベレ河、フォロ・ロマーノ、いろいろな丘、そしてミケランジェロの設計による建物…
ほかにも、アッピア街道、真実の口などローマは本当に魅力に満ちた街です。
街を歩いているだけで映画のセットにいるようなふわふわした気持ちになってきます。

ある作家が述べています。
「後になって私はローマを知った。この街に較べれば、他の街など存在しないに等しい」
彼もまた、都市ローマに魅入られた一人だったのだろう。「永遠の都」の名前もむべ
なるかなです。

ローマは安全なところ

小生は、テルミニ駅のすり集団のことを書いたら、いろいろな方がレスされた。それについて感謝しております。

ローマに行かれたことがない方が、ローマはいかに危険なところとの印象をもたれると困るので、補足説明させていただきます。

基本的に旅行用のスーツケースをもって歩かなければ、ローマは安全である。スーツケースを持っているときは、タクシーでホテルに行く。

小生、ローマでオペラを見た。終わったのは、夜12時近くだった。テルミニ駅近くを歩いて帰ったが、危険だと印象をまったく持たなかった。

ローマでは、いろいろな方が声をかけてくる。一緒に写真を撮ろうとか、ヒモを持って一緒に結ぼうとか。こういう方が近づいたときは、絶対相手にしないで、急いで現場を離れる。

これらを守れば、ローマは安全である。住民が銃を持っているわけではない。

ローマは、観光資源の宝庫である。一度行ってみる価値があると思う。

テルミニ駅といえば

昔の映画、「終着駅」の舞台となった駅。映画では人妻とイタリア人青年の
哀切極まりない別れが演じられた所(今でも、モンゴメリー・クリフトの最後の
悲痛な顔を覚えています)ですが、いまや駅およびその周辺はスリや怪しげな
外国人がたむろしていて、かなり危なくなっているようです。それがしも、家族で
ローマに行った時、駅から出ようとしたところで鉄道警察官みたいな人に呼び止められ、
泥棒にはくれぐれも気をつけるように、家族で固まって行動するようにという
忠告を受けたことがあります。

地下鉄でも一つ手前のマンゾーニ駅では何ともなく、落ち着いてのんびりとした
感じを受けるのですが、テルミニ駅ではいつも緊張と不安がいっぱい。最近、
イタリアの治安当局もようやくロマ人の取り締まりに力を入れだしたそうですが、
まだまだのようですね。

テルミニ

すりにはご用心。

駅前のチンコチェント広場には悪いのがたむろしている。しかしその気で行くとけっこう面白い。売店の物価も少し安かったような気がするが?

しかしワシが行ったのは何時か?前世紀である事は間違いないが、、、いつも出発2日前に到着、前日バチカンで当日朝立ちだったような気がする。ゆっくり見たのは何十年も前かも?

盗られたら「すり」はなんていうんだっけ?などと考えずにとにかく叫ぶことか?
なぜかワシには誰も狙わんが、、、?

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