第61期 王将戦 第2局 久保利明王将-佐藤康光九段 栃木県大田原市「ホテル花月」

http://mainichi.jp/enta/shougi/ohsho/
http://mainichi.jp/enta/shougi/etc/kifu/120126.html
http://www.kagetsu.jp/

『挑戦者の佐藤康光九段が2連勝で王将復位に近づくのか。それとも久保利明王将が1勝1敗のタイに追いつくのか。第61期王将戦第2局は1月26日(木)・27日(金)、栃木県大田原市・ホテル花月でおこなわれる。立会人は中村修九段と小倉久史七段。記録係は伊藤和夫三段(23歳、劔持松二八段門下)。
両対局者の過去の対戦成績は、久保21勝、佐藤23勝。
対局開始は26日午前9時。第1局と先後を入れ替えて、先番は久保王将。』

...さて、今回はどの様な趣向を凝らした対局になるのかな?

投稿者: webMaster 投稿日時: 水, 01/25/2012 - 02:22 categories [ ]

コメントの表示オプション

お好みの表示方法を選択し、「設定の保存」をクリックすると、表示方法を変更することができます。

王将戦

関西関西さん 報告ありがとうございます。

>金曜は関西将棋会館、金曜の夜であるが会場は30名いない、20名を少し超えた感じで寂しい入り。

これは久保ー佐藤というカードに魅力がないということでなく、終局時間だろう。多分皆が7時前に終局すると考えて、行かなったのであろう。

2月1日のA級ラス前は東西とも満員になるであろう。3月2日の一番長い日は挑戦者や降級者が決定していると、満員とはならないかもしれないが、

金曜の関西将棋会館」

金曜は関西将棋会館、金曜の夜であるが会場は30名いない、20名を少し超えた感じで寂しい入り。
ところで東京は王将戦の解説無しです。どうなってるの。
阿部隆先生と思いきや淡路先生、途中から行ったのでよくわからんが、病気なので淡路先生が代理?
局面は久保2冠優勢で途中一旦3八王としてて手を渡せばよかったのではというのが淡路先生の見解。
2六桂あたりではもう流れがおかしくなってきているとの解説。
途中【久保はこんな負け方しない。】などぼやくこと数回。【久保、久保】とも連発。
久保2冠を久保と呼べるのも淡路先生だけだが、淡路先生も愛弟子の残念な負け方にさすがに寂しそうな負け方でした。
日曜の菅井五段に対する井上先生の表情とは好対照で。。。。
佐藤さんの粘りもすごかって人間と人間のこのような戦いを望んでいるのだが、
もう少し人が入らんと何か盛り上がらんね。
やっぱり2人でしてもらわんと何か違和感あるね。1人でうまくで来るのは福崎先生や山崎先生ぐらいでそれも原因だろうか。
第3局以降も人間と人間の勝負が見れそうで楽しみは変わらないが、何か解説会のありかた考えないともったいないな。
東京でしないのも何ででしょうか。

驚き!

・・・佐藤さん、「あれ」を勝ったんですか!?

う~ん、なんと言うか。 佐藤さんの力が上回ったのか、コメントが間違っていたのか・・・ とにかく凄い将棋でした。

富山県小矢部市で開催された棋王戦で、久保 v.s. 佐藤戦が公開対局でした。 佐藤さんは、耳まで真っ赤っ赤にして考えているんです。そして対局が終わったら、和服の上からでもわかるくらいの汗がビッチョビチョなんです。 もうどっちが勝ったのかも忘れてしまいましたが。 私が応援に行くと、佐藤さん負けることが少し多いのです(悲)。

暇人さん、以前の王将戦の貴重な体験をありがとうございます。とても興味深く拝見しました。

次元は全く違いますが、私は2003年秋、陣屋に一泊しました。木村 v.s. 升田戦の対局室が見学できたり(違うかも)、大浴場や露天風呂に入って「多くの棋士達もここに来たんだろうなぁ~」なんて妙に感激しました。玄関には呼び鈴の代わりに小さな太鼓があって、うちの子豚が叩いていたらホントに係の人が来ました。 以前、一部を投稿しているかもしれません。

57手目▲24香まで

打つんじゃないかと思ったけど、ホントに打つとは・・・
キゥイ封じて完勝狙いなのか、佐藤さん。

ホテル花月

ブログにはホテル花月の対局室が写っているが、7~8年前には秋篠宮殿下がこの部屋に宿泊されたとのこと。近くでナマズの品評会があったので、来られた。

紀子さまはこられなかった。その理由は聞いたが忘れた。

第2局

小倉さんって何気に王将戦解説よく出てくる印象がある。
毎日新聞に数週間して解説が1ページ載るので何気なく覚えている。
何か担当者の好みがあるのかな。不思議じゃ。

王将戦

5年前の1月ホテル化月で王将戦の第1局があった。対局は羽生王将vs佐藤挑戦者であった。1日目の午後ホテルに到着し、2泊した。

印象に残った事は、1日目の封じてが終わって対局室から出てきた2人を間近にみた。羽生さんも佐藤さんもふらふらになって出てきた。やっと歩いて同じ階の自室に入っていった。

立会いはA氏で、副立会人は滝七段だった。滝七段の仕事は主に大広間で行われていた解説会の解説役であった。A氏は相当高齢であった。

対局は2日目の午後に千日手になった。そのとき滝さんは解説会場にいた。テレビ画面で千日手が成立したのがわかった。高齢のAさんは控え室にもおらず、自室で休息中であった。テレビ画面で見たところ千日手が成立してもA立会人は対局室に来なかった。そこで滝さんは急いで対局室に行き、千日手を宣言した。

二日酔いで2日目の封じて開封できなかった立会人が過去にいた。これほどの失態ではないが、千日手成立のとき(対局画面を写しているテレビがある)控室におらず、自室にいたAさんも軽い失態だったろう。

千日手の後の対局では佐藤さんが勝った。

もうひとつ印象ににのこったことは、次の日の朝ご一行がホテルを出て行く様子をロビーで見ていた。負けた羽生さんはものすごい陽気であった。これが羽生さんのすごいところだと思った。負けたことを後に残さないところがは羽生さんの強さだとおもった。

最近はAさんは王将戦の立会人を務めていない。軽い失態が影響しているのだろう。

コメントの表示オプション

お好みの表示方法を選択し、「設定の保存」をクリックすると、表示方法を変更することができます。