駒の流儀・第35部 最終回

第170章「真犯人」

 伊加訓生の悲痛な叫び声で、一瞬静まり返った会場内が、こんどは困惑の雰囲気に変わった。

        暇名小五郎 「ハハハハは。伊加さん、どうも有り難う。もういいですよ。名演技でしたね」

伊加訓生事務局長代理 「いやぁ、どうも。冷や汗かきましたよ」

       伊加は、照れくさそうに頭をかいた。

 山城寬斎事務局長 「なんや? わけがわからんやないか。どないなっとるんや」

       暇名小五郎 「はは。皆さんには申しわけないことをしましたが、伊加さんには私が頼んで演技をしてもらいました。騙したようですみません」

       会場は、こんどは全員呆気にとられた顔である。まだ、ざわざわしていた。

湯川慶子委員 「どういうこと?」

            暇名小五郎 「はい。伊加代理は、殺人犯ではもちろんありません。尤も、伊加さんが犯人だとは一度も言ってませんがね」

 喝采賢介委員 「たしかに・・」

      暇名小五郎 「真犯人を安心させ、油断させたところで、おびき出すために一芝居打ってもらったのです。公開捜査を実現させるためには、どうしても偽の犯人役が必要だったのです。真犯人は別にいます」

不利舎耕介副委員長 「暇名君。きちんと説明してもらおうか」

     暇名小五郎 「勿論です」

          暇名小五郎お得意の、大芝居である。

       暇名小五郎 「本日ここに、セブンイレブンの不満多羅オーナーが来てくれてますが、その不満オーナーが桜上水の殺人事件が起きたその日に、石辺五郎氏が下高井戸店に来ていたと、私に連絡をくれました」

 喝采賢介委員 「さきほど不利舎先生が、説明した話ですなぁ」

       暇名小五郎 「私はすぐ、不満オーナーのいる上北沢店に行って、事件当日の下高井戸店の監視ビデオを見せてもらいました」

大橋宗雪理事長 「下高井戸と桜上水なら、すぐ近くじゃのお」

  温対記者 「僕も、暇名さんと一緒に上北沢店に行きました」

         暇名小五郎 「そして、もしかすると八幡山の山岡組長殺害事件の日にも、何か映っていないかと思い、上北沢店のビデオも見せていただいたのです」

筒井村重本部長 「ここまでは、不利舎氏とおなじですね」

  喝采賢介委員 「八幡山と上北沢もすぐ近くだなぁ」

湯川慶子委員 「あなた詳しいわねえ。遊び人なのね」

   仁歩犯則書記長 「たしか、両方の店には石辺五郎氏は映っていなかったはずでしたねえ」

        暇名小五郎 「はい、石辺五郎氏は、下高井戸店だけでした。両方の店に映っていたのは、ほんの一瞬だけでしたが、私のよく知ってる人物だったのです」

大吉三郎委員長 「ほお」

       暇名小五郎 「尤も、帽子にサングラス、つけ髭の例の変装スタイルでしたがね、私にはすぐ分かりましたよ。顔は隠していても、体全体の雰囲気や特徴は隠せませんからね」

筒井村重本部長 「暇名さん。いったい誰のことですか?」

     暇名探偵は、筒井の問いかけに、ゆっくりと深呼吸した。

        暇名小五郎 「どうして第2、第3の犯行現場の近くに居たのですか? 金銀一課長」

 湯川慶子委員 「え!?」

     警視庁捜査一課長の名前が、暇名小五郎の口から出た瞬間、実になんとも言えない空気が流れた。

仁歩犯則書記長 「なんだって!」

       全員が、一瞬自分の耳を疑った。

 大橋宗雪理事長 「どういうことじゃ?」

     
金銀銅鉄一課長 「暇名君、いったいなんのことだね? なぜそんなことを聞く」

    捜査一課長は、いつもと同じように落ち着き払っていた。

        暇名小五郎 「お分かりになりませんか課長。あなたが真犯人だからですよ」

      この暇名小五郎の一言で、将棋会館の2階道場は震え上がった。あまりの驚きに、道場内が凍りついたようになった。まるで、時間が止まったようである。

今陣孝太郎管理人 「嘘だろう?」

     赤外線警視総監だけは、驚いた様子も無かった。事前に暇名から知らされていたようだ。

   丸潮新次郎委員 「まさか、そんな馬鹿なことが」

金銀銅鉄一課長 「天下の名探偵にしては、お粗末ではないかね?」

      真犯人と名指しされても、金銀課長は一向に動じた様子はみられなかった。

        暇名小五郎 「そうでしょうか? 金銀課長、あなたの母親が千葉県松戸市に住んでいることも、そして、藁人形茂和氏の実の姉であることも分かっています」

金銀銅鉄一課長 「それは否定しないが、それがどうしたというのだ」

      捜査一課の寅金警部や天然流捜査官だけでなく、捜査三課の刑事たちも、完全に声を失っていた。

       暇名小五郎 「ではなぜ、今までそのことを隠していたのですか?」

金銀銅鉄一課長 「何もわざと隠していたわけではない。被害者が母の弟の子供だということは知っていたが、わざわざ言うほうが捜査が混乱すると考えたからだ」

       暇名小五郎 「本当にそうでしょうか。都合が悪かったからではありませんか?」

金銀銅鉄一課長 「ふっ。暇名君らしくないねえ。こじつけだよ」

       暇名小五郎 「金銀課長のほうこそ、らしくありませんよ。まだ白を切りとおすのですね。自白していただきたかったのですが、残念です」

 金銀銅鉄一課長 「何を言うかと思えば、自白だと?なぜ私が自白などしなければならない」

      暇名小五郎 「では、私があなたが真犯人であることを立証しましょう。この事件の最大の鍵は、殺人鬼は藁人形茂和氏の病状、つまり余命いくばくもないことを把握している人物だということなのです」

湯川慶子委員 「そうよね。たしか、家族と医者とあなたたちの4人だけだって、言ってたわね」

      暇名小五郎 「そのとおりです。金銀課長、あなたが真犯人だと分かったとき、何もかも理解できました」

金銀銅鉄一課長 「・・・・・」

     暇名小五郎 「なぜ怪人60面相からの脅迫状や、犯行声明文を知っていたのか。なぜ事件の捜査状況や、将棋連盟側の対応に精通していたのか。誰が容疑者で誰が関係者なのかを知っていたのか等など、すべての謎が氷解しました」

金銀銅鉄一課長 「いい加減なことを言うな」

      暇名小五郎 「では犯行の動機ですが、何度も言うように相続財産が目的でした」

        会場の関係者たちも、すこしづつ落ち着きを取り戻してきていた。皆、興味深く名探偵の説明に聞き入っていた。

      暇名小五郎 「本来、相続財産は推定相続人である父親の死亡によって、相続が開始されるものですが、まだ父親が存命中に法定相続人になるべき子供のほうを殺害することによって、将来の法定相続人の順位を変えるという、特異な犯罪でした」

不利舎耕介副委員長 「うむ。そのとおりだ」

      暇名小五郎 「あなたの母親は、闇金融の山岡商事から多額の借金をしており、返済に窮していました。息子であるあなたは、そんな母親の窮状を見かねて、相続によって母親が相続人になるように画策したのですね」

金銀銅鉄一課長 「しかし、藁人形社長はまだ生きてるではないか」

        暇名小五郎 「金銀課長。脳外科病院の最所才吾医師とは、同じ大学の出身で、親しい友人でしたね。あなたは、母親と最所医師を通じて、推定被相続人である藁人形社長が重たい病気にかかっており、それ程長い命ではないことを知っていたのです」

金銀銅鉄一課長 「たしかに重症のようだとは聞いていたが、それだけのことだ」

       何事も無いように、平然と言った。

         暇名小五郎 「いいえ。それだけではなく、山岡組長や越中事務局長が病院まで来たことも、母親や最所医師から聞いていたはずです」

金銀銅鉄一課長 「ふっ。単なる憶測だ」

       暇名小五郎 「藁人形茂幸氏とは親戚として、山岡組長とは捜査を通じて、それぞれよく知った間柄だったのです」

 湯川慶子委員 「それで、なんなくお酒を一緒に飲めたのね」

金銀銅鉄一課長 「うむ。君の言うとおりだ。だが、それでどうして私が殺人犯だと言い切れるのだ?」

      暇名小五郎 「金銀課長。あなたが真犯人だと分かったのは、<キョーシロウ>という呼称からでした。私には、<キョーシロウ>が誰なのか、どうしても分かりませんでした」

  大吉三郎委員長 「そうでしたなあ。それが最大の謎でしたね」

        暇名小五郎 「考えていても仕方が無かったので、私は千代田図書館へ行って、猫面忠治君が新聞販売店で<キョーシロウ>と一緒に働いていた年に、どんなことがあったのか一日中調べました」

 大吉三郎委員長 「たしか、1988年だね」

湯川慶子委員 「私たちも、散々調べたんだけど分からなかったわ」

         暇名小五郎 「そして、今から22年前の1988年に、オリンピックがあったことが分かりました」

 丸潮新次郎委員 「オリンピックですか?」

        暇名小五郎 「はい。ソウル・オリンピックです」

喝采賢介委員 「うんうん。ありましたなぁ」

          暇名小五郎 「金銀課長。あなたの名前は、まさにオリンピックそのものを連想させますねえ」

金銀銅鉄一課長 「だからなんだ」

      金銀課長は、まだ落ち着いた態度は変わらなかったが、暇名小五郎の次の言葉を、不安げに待っているようにも見えた。

      暇名小五郎 「私はね、それでピンときたのですよ。あなたがなぜ<キョーシロウ>だったのかがね」

金銀銅鉄一課長 「・・・・・」

     暇名小五郎 「ソウルは、<京城>なんです。日本式に読むと<きょうしろう>だったのですよ」

     京城は、日本語読みでは<けいじょう>だが、当時の少年たちには、<きょうしろう>と読むほうが自然だったのである。

金銀銅鉄一課長 「・・・」

      暇名小五郎 「いかがですか。間違ってますか?」

 金銀銅鉄一課長 「・・・・・」

          暇名小五郎 「あなたが忠治君と一緒に、新聞配達をしていた当時の訳知雀店主が来ていますよ。あなたの顔を見れば、<キョーシロウ>君だと、すぐ判るそうです。お会いになりますか?」

 金銀銅鉄一課長 「いや結構だ。会う必要も無いし、会いたくもない」

       金銀一課長が両腕を出すと、寅金警部が直属の上司に無言で手錠を掛けた。

  秋の気配がしたばかりだったが、もう冬に近いのだろうか。
     温対記者が外を見ると、小さな粉雪が、将棋連盟の道場の窓に当り、蝶のように飛んでいった。
      温対記者は、前にも同じような経験をしたことがあることを思い出していた。

                      <完> 

投稿者: 悪魔仮面 投稿日時: 月, 11/08/2010 - 13:02 categories [ ]

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印象的な最終シーン

秋冷の候,文化たけなわのこの時期に,長編の完成おめでとうございます.愚にも分かりやすくなっていた筈ですが,時節柄コンビニの経営も多端で,このところほとんど拝読する機会がありませんでした.更に余裕ができたときにゆっくりと味わせて頂こうと楽しみにして居ります.

まずはこれだけのものを読者に与えて下さったことへのお礼と,祝意を表するのみにて

追って 愚も相当長く倶楽部を離れて居りますが,なるべく早く戻りたいと思っておりますのでお見捨てなく

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