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第28章「変装の名人」
中田宅を訪問すると、幸い中田8段夫妻は家に居てくれて、2人を快く迎えてくれた。
中田宏喜8段 「連盟の越中事務局長さんから、先ほど電話がありましてね、おふたりが訪ねてくるかもしれないと聞いていました」
やはり越中氏は、気が利いている。
中田宏喜8段 「それに、夜には名人審議委員会の方たちも来ることになっています」
不利舎耕介や喝采賢介たちも、暇名小五郎に負けじと迫ってきているようだ。
暇名小五郎 「そうでしたか。何度も同じことを聞かれてご迷惑でしょうけど・・」
中田宏喜8段 「いいえ、そんなことはないです。何から話しましょうか?」
対局の時と変わらず、中田8段は物静かな好青年という印象で、落ち着いた受け答えだった。
暇名小五郎 「では、先ほど怪人60面相と名乗る者から、犯行声明が出されました。それは、もうご存知ですね?」
中田は、軽く頷いてみせた。
暇名小五郎 「その声明文によると、中田先生は、対羽生名人戦において<香の流儀>に反する行為をしたため、罰として大切な本を盗んだとありますが、心当たりは?」
あくまでも中田は、冷静な態度である。
中田宏喜8段 「NHK杯戦のことだと思います。私が定跡外の手を指したということらしいですが、それほどのことでもないように思いますけどねえ」
中田は、いかにも心外だという表情をみせた。
中田宏喜8段 「ま、普通の手とは言い難いですが、それでも罰を受けるとかいう性質のことではないですよ。変質者の仕業ですね」
温対記者 「そうですよねえ。僕もテレビを見てましたけど、大熱戦でしたよね」
むしろ、温対のほうが興奮していた。
暇名小五郎 「この団地には、防犯カメラは設置されているのでしょうか?」
中田宏喜8段 「あることはあります。でも、各廊下とエレベーターや階段などの一部に置いてあるだけで、防犯カメラに映らないように出入りすることは可能のようです」
この防犯カメラや指紋については、後日警察で確認するつもりだった。
暇名小五郎 「怪人60面相は、盗難予告をするほどですから、おそらく事前に現場の下調べをしているはずです」
温対記者 「暇名さん、もしかするとその下調べの時に、防犯カメラに映ってるかも知れませんね?」
暇名小五郎 「あるいはね。でも彼は怪人60面相ですよ。必ず変装をして来ているはずです。仮に映っていたとしても、変装した姿でしょうから決め手にはなりません」
暇名探偵は、ふと怪人40面相も変装の名人だったことを思い出していた。
中田宏喜8段 「ま、盗られたのは本1冊だけですから、どってことないのですが、私にとっては大切な思い出のある本なので、できれば取り返したいです」
中田夫人は、2人にお茶を出しただけで、あとは黙って傍に座っていた。控えめで賢い女性のようであった。
暇名小五郎 「よくわかります。怪人60面相も、それを承知で盗んでいます。盗られても平気なものなら手を出さないでしょう」
中田宏喜8段 「それにしても、あの本は私には大切なものでも、他の人には何の価値もない古本ですけどねえ。道に落ちてても誰も拾いませんよ」
その通りだが、今は金額や価値の問題ではなかった。
暇名小五郎 「部屋の中は、特に荒らされた形跡も無かったのですね。本はカムフラージュで、別に何か盗られたということはありませんか?」
中田宏喜8段 「ないです。私も不思議なので、何度も確認しましたが、やはり本1冊だけでした」
暇名小五郎 「そうですか。ところで、その盗られた本があった場所に、将棋の駒が置いてありませんでしたか?」
中田宏喜8段 「ああ、そうそう。駒が1枚置いてありましたよ」
暇名小五郎 「香車ですね?」
中田宏喜8段 「はい。よくお分かりですね」
暇名小五郎 「どんな駒でしょうか?」
やはり<ギンナン面>の装飾がしてあったのは読者諸氏の想像通りである。
帰り際に、この団地は普通のマンションなどと雰囲気が違うことを伝えると、一時期自殺者が多勢でたために、廊下などに防護柵が取り付けられていて、屋上にも上がれないようになっているためではないかと、中田夫人が話してくれた。
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駒の流儀・第5部 第28章
第28章「変装の名人」
中田宅を訪問すると、幸い中田8段夫妻は家に居てくれて、2人を快く迎えてくれた。
中田宏喜8段 「連盟の越中事務局長さんから、先ほど電話がありましてね、おふたりが訪ねてくるかもしれないと聞いていました」
やはり越中氏は、気が利いている。
中田宏喜8段 「それに、夜には名人審議委員会の方たちも来ることになっています」
不利舎耕介や喝采賢介たちも、暇名小五郎に負けじと迫ってきているようだ。
暇名小五郎 「そうでしたか。何度も同じことを聞かれてご迷惑でしょうけど・・」
中田宏喜8段 「いいえ、そんなことはないです。何から話しましょうか?」
対局の時と変わらず、中田8段は物静かな好青年という印象で、落ち着いた受け答えだった。
暇名小五郎 「では、先ほど怪人60面相と名乗る者から、犯行声明が出されました。それは、もうご存知ですね?」
中田は、軽く頷いてみせた。
暇名小五郎 「その声明文によると、中田先生は、対羽生名人戦において<香の流儀>に反する行為をしたため、罰として大切な本を盗んだとありますが、心当たりは?」
あくまでも中田は、冷静な態度である。
中田宏喜8段 「NHK杯戦のことだと思います。私が定跡外の手を指したということらしいですが、それほどのことでもないように思いますけどねえ」
中田は、いかにも心外だという表情をみせた。
中田宏喜8段 「ま、普通の手とは言い難いですが、それでも罰を受けるとかいう性質のことではないですよ。変質者の仕業ですね」
温対記者 「そうですよねえ。僕もテレビを見てましたけど、大熱戦でしたよね」
むしろ、温対のほうが興奮していた。
暇名小五郎 「この団地には、防犯カメラは設置されているのでしょうか?」
中田宏喜8段 「あることはあります。でも、各廊下とエレベーターや階段などの一部に置いてあるだけで、防犯カメラに映らないように出入りすることは可能のようです」
この防犯カメラや指紋については、後日警察で確認するつもりだった。
暇名小五郎 「怪人60面相は、盗難予告をするほどですから、おそらく事前に現場の下調べをしているはずです」
温対記者 「暇名さん、もしかするとその下調べの時に、防犯カメラに映ってるかも知れませんね?」
暇名小五郎 「あるいはね。でも彼は怪人60面相ですよ。必ず変装をして来ているはずです。仮に映っていたとしても、変装した姿でしょうから決め手にはなりません」
暇名探偵は、ふと怪人40面相も変装の名人だったことを思い出していた。
中田宏喜8段 「ま、盗られたのは本1冊だけですから、どってことないのですが、私にとっては大切な思い出のある本なので、できれば取り返したいです」
中田夫人は、2人にお茶を出しただけで、あとは黙って傍に座っていた。控えめで賢い女性のようであった。
暇名小五郎 「よくわかります。怪人60面相も、それを承知で盗んでいます。盗られても平気なものなら手を出さないでしょう」
中田宏喜8段 「それにしても、あの本は私には大切なものでも、他の人には何の価値もない古本ですけどねえ。道に落ちてても誰も拾いませんよ」
その通りだが、今は金額や価値の問題ではなかった。
暇名小五郎 「部屋の中は、特に荒らされた形跡も無かったのですね。本はカムフラージュで、別に何か盗られたということはありませんか?」
中田宏喜8段 「ないです。私も不思議なので、何度も確認しましたが、やはり本1冊だけでした」
暇名小五郎 「そうですか。ところで、その盗られた本があった場所に、将棋の駒が置いてありませんでしたか?」
中田宏喜8段 「ああ、そうそう。駒が1枚置いてありましたよ」
暇名小五郎 「香車ですね?」
中田宏喜8段 「はい。よくお分かりですね」
暇名小五郎 「どんな駒でしょうか?」
やはり<ギンナン面>の装飾がしてあったのは読者諸氏の想像通りである。
帰り際に、この団地は普通のマンションなどと雰囲気が違うことを伝えると、一時期自殺者が多勢でたために、廊下などに防護柵が取り付けられていて、屋上にも上がれないようになっているためではないかと、中田夫人が話してくれた。